第49話 奏でる者
【main view ????】
アニメが好きだ。
ゲームも好きだ。
最近は急に時間が余ってしまったので『ヨムカク』や『小説家だろぉ』の閲覧にもハマっている。
動画サイト『ミーチューブ』の歌ってみたや弾いてみたも素晴らしい。
世の中にはこんなにもクリエイティブに溢れている。
高校3年生という時期に俺は初めてそのことを知ることができたことを実感する。
現在もテレビの前で俺の人生の聖書『ラブリーくりむぞん』を視聴していた。
「うおぉ! 新OPすげぇ! やっぱアニソンは世界に誇れるコンテンツだわ」
サビから始まる曲増えたよなぁ。イントロを削る手法、タイムパフォーマンス楽曲。
作曲的にどうなの? って思ったことはあったけど今やこれが主流になりつつある。
その証拠に俺の心もOPが流れてわずか5秒でがっつり掴まれているから。
「俺も次はこれやってみようかな」
つい電子ピアノに手が伸びる。
って、駄目駄目。まずはラブくりの視聴が最優先! リアタイ視聴後に感想スレを投下するのがオタクの義務!
『——なんて体たらくなの英雄くりむぞん。仕方ないわね助太刀してあげるわ。感謝なさい!』
「んほぉ! 新キャラキタ!!」
新キャラ——珊瑚ちゃんというらしい。クールビューティ系のツンデレキャラか。推せる。
新クール、新OP、そして新キャラ。やはり古志監督はわかっている。ラブくりが長く愛される理由はこの監督の力が大きいよなぁ。
——いつか——俺も——
再度チラッと電子ピアノに視線が映る。
良いものを見ると良いものを作りたくなる。
クリエイターというのはそういう生き物なのだ。
だけど今は我慢する。ラブくり視聴を最優先せよと俺の中のオタ神が叫んでいるからだ。
『~~♪ ~~~~♪』
新キャラの活躍により敵は倒され、お決まりの勝利ライブが始まる。
この曲もかなり凝っているな。キャッチ―なループ感を出しているし、サビのベースなんて神すぎだろ。これ弾いたらめちゃくちゃ気持ち良さそ。
なによりボーカルがいい。
声優さんなんだからいい声なのは当たり前なのかもしれないが、キャラ声でここまで歌唱力を出せるのって単純に実力があるからなんだろうな。
そういえば珊瑚の声優さんだれだ?
流行りの人なら大体は聞き分けられるけど、この新キャラに関してはわからない。
でもなんだろう。絶対聞いたことある声なのは確かだ。
うーん……?
ライブシーンが終わるとそのままED曲が流れる。
俺は新キャラのクレジットに注目した。
「——えっ?」
その名前を見た途端、硬直する。
同時に体に震えが奔った。
『珊瑚——CV:春海ナズナ』
「キミ、これ落としたわよ」
「えっ? あ、本当だ。ありがとう気づかなかった」
「いえいえ。気を付けなさいよ。それじゃ」
これが1年前、別クラスだった俺と春海ナズナとの出会い。
なんの変哲もない出会い。良くある光景。
こんなのさぁ……
「好きになるに決まっているじゃん」
オタクの惚れやすさ舐めるな?
女子との関わりのなさを舐めるな?
一言会話するだけで惚れるんだから気を付けろよ?
進級し、クラス替えにて俺は春海ナズナと同じクラスになる。
右斜め前の席に居る彼女を陰ながら見つけ続けることが幸せだった。
俺から話しかけるなんてとんでもない。
見ているだけで俺は満足だった。
春海ナズナは校内でも有名人である。
スラリと高い身長。抜群のプロポーション。可憐さとボーイッシュさを統合させた中性的な顔立ちが更に彼女の魅力を引き上げている。
エネルギッシュな行動力に溢れ、行事も率先して引き受ける優等生。
成績も学年2位。もちろん教師受けも良い。
口調がたまにきつめの時もではあるが、思ったことをズバズバ言ってくる性格を好ましく思っている人の方が多い。
告白を受けた回数は2桁を超えている。噂によると3桁に届いているのではないかと言われているがさすがにそれは尾ひれの付いた嘘だろう。
ただ春海さんならもしかしたらあり得るのかもと思える所が彼女の恐ろしいところだ。
とにかく春海ナズナは男女問わず人気のある女生徒であり、スクールカーストは間違いなくトップ級だった。
いつものように俺は春海ナズナの後ろ姿を眺める。
半年以上同じように見続けているが一向に飽きない。
今日の彼女はいつもより眩しく見えた。
彼女の声は特徴的だ。
地声から高めのアニメ声だと思っていたが、珊瑚の声は格好いい低温ボイスだった。
声優さんっぽい声だなと思っていたが本物のプロ声優だったとは。
しかもラブくりに出るってかなりの実力者じゃないか?
こんなんますます好きになるわ。どうしてくれるんだ春海ナズナ。
そんな俺の気持ちを一瞬で陰らせる出来事がおきた。
「あ、あの、春海さん、職員室で真壁先生が呼んでいたよ」
クラスの消極的な男子が頑張って春海さんに話しかけている。
おぉ。勇気あるな清水くん。カースト上位グループで雑談中に割り込んで入るなんて。
だけど、悲しいことに清水くんの言葉は雑談にかき消されてしまっており、春海さんの耳に届いていなかった。
清水君は俯き加減になりその場でオロオロしだす。
「ナズナ―。清水がなんか話しかけてるよ」
近くにいた女子生徒——斎藤さんが清水君の存在に気づき、助け舟を出してくれた。
「え? ああ。ごめん。気づかなかったわ。もっと大きな声で言ってくれればいいのに」
「ご、ごめん。あの、真壁先生が職員室で呼んでいたから、それを伝えに……」
「そうなのね。わかったわ。清水君、先生何の用なのか聞いてる?」
「い、いや、そこまでは知らないけど」
「……そ。じゃ行ってくるわ」
ちょっと冷たくないか?
最後、『こいつ使えねー』みたいな視線を投げるのは絶対に違うと思う。
ちょっとだけ清水君が可哀想に思えてしまう。
清水君は先生からの伝達を素直に伝えただけなのに、春海さんはお礼もせず、無意識に清水君を傷つけた。
清水君が何をしたっていうんだ? ほら、明らかにしょぼくれた表情でポツンと自席に座っちゃったよ。
春海さん的に清水君の存在は視界に入れる価値もない弱者なのだろう。
弱者には優しくする必要はない。
多少冷たくあしらおうが自分の人生に一欠片も影響がないからだ。
だけど、たぶん彼女はそれを『無意識』でやっている。
春海さん自身悪意はないのだ。
それをわかっているから清水君も何も言い返したりしないのだろう。
しかし、俺にはこの出来事が強烈に刻まれた。
少なくとも今の俺は春海さんより清水君の味方でありたいと思った。
今日は清水君をお昼に誘うことにした。
実はゲーム好き同士という共通点もあって彼との話は大いに盛り上がった。
清水君とのゲーム対談を終え、彼と共に教室に戻るとそこは異様な空気が漂っていた。
春海さん含むカースト上位女子グループが眼光鋭くして待ち構えていたからだ。
向かい合って小首を傾げる俺と清水くん。
春海さんの眼光は明らかに『俺』を捉えていた。
急に視線が絡み合い、俺は石化したように硬直する。
「——ちょっといいかしら?」
この呼び出しが俺の残り少ない学園生活を劇的に変えることになる。
体育館裏の誰もいないデッドスペース。
雑草まみれでロマンチックのかけらもないこの場所に俺と春海ナズナが対面で立っている。
「なんで呼び出されたのかわかる?」
その眼光は怒りに満ちていた。
ああ——俺はこれから糾弾されるんだなと瞬時に理解した。
理解するともうどうなってもいいやという投げやりな気持ちがこみ上げてくる。
「本当にごめんなさい。俺の視線が気持ち悪くて仕方なかったんだよね。でも見るだけで話しかけたりしなかった俺の謙虚さも少しは評価されるべきだと思うんだ」
「思わないわよ!! ちゃんと呼び出された理由を理解していたのは上等だけど、この状況で自己主張してくるとは思わなかったわ!」
「あああ。やっぱり俺の視線気持ち悪かったか。もう一度謝る。本当にすみませんでした。春海さんがあまりにも可愛らしく、あまりにもいい声なもんだからつい視線が奪われてしまったんだ」
「そ、そんなこと言われてもこちらは困るだけなの! 常に見られ続けるこっちの身にもなって」
声を窄めながら視線を外方へ移している。
その仕草もオタ心にぶっ刺さる。
って、駄目だ駄目だ。もうこれ以上春海さんに迷惑が掛かるような想いを抱いてはいけない。
「あっ、ラブリーくりむぞんの珊瑚の声もすごく素敵でした」
「ほんと!? ツンデレクール系って初めて演じたんだけど上手く出来たか心配だったのよね! 生の声嬉しい!」
うお。めっちゃテンション上がっている。そんな目をキラキラさせながら詰め寄ってこない。
「春海さんってプロの声優さんだったんだな。素直に尊敬する」
「や、プロってほどじゃないわよ。たまたまオーディションで上手くいって役をもらえて……ってそんなことはどうでもいいの! 私は貴方を叱りにきたの!」
「申し訳ありませんでした。もう2度としません」
「おぉう。そんな素直に頭を下げてくるとは思わなかったわ。ま、まぁ、わかっているならいいわよ。もうしないでね迷惑だから」
それだけ言い残すと春海ナズナは去っていく。
ああ、完全に終わったんだな俺の恋。まぁ、始まってすらいなかったんだけど。
まっ、いいか。清水君との一件でちょっと彼女のこと嫌いになりかけていた所だし。
「帰って曲でも作ろ」
失恋直後の今ならアンニュイな名曲が生まれる気がする。
ギター音源メインがいいな。久々にギター手入れしなきゃだな。
【main view 春海ナズナ】
「(ちょっと、言い過ぎたかもしれないわね)」
ただ後ろ姿を見られていただけだ。
それなのに必要以上にきつい言葉を彼に投げてしまったかもしれない。
でも、これは彼の為でもあった。
だって——
『ほら、ナズナ。また見てるわよアイツ』
『うっ……む、無視無視。私は別にそれほど気にしてないし』
『キモすぎ。ナズナ良ければ私から言ってきてあげるけど?』
『いいわよ別に。見られているだけで実害あるわけじゃないんだから』
『いや、私だったら即キレちらかしてるわよ。イケメンならともかくあんな陰キャにじっと見られ続けられるなんて耐えらないわ』
『陰キャって……そこまで言わなくても。とにかく私は気にしてないから。大丈夫だから』
『ナズナは優しすぎんのよ。だから惚れられやすいの。言うときはバシッと言わないと! ああいうやつってそのうち劣情を抑えられなくて襲ってくることだってあるかもしれないのよ』
『そんな大げさな』
『私はナズナが心配なの。いいわ。やっぱり私がバシッと言ってくる。あの気持ち悪い視線を必ず止めさせてくるわ。失明させてでも』
『怖い怖い! わかった! 言う! 自分で言うから! お願いだから美奈は動かないでね』
彼が私を見ていたことはずっと気づいていた。
ていうかクラス中が気づいていた。
彼のことを『キモイ』とか『陰キャ』とかみんな罵っている。
そんなにひどく言わなくてもと私は思っていたのだけど。
でもこれ以上放置していたら美奈だけじゃなく、クラスメイトから制裁を受けてしまうかもしれない危うさがあった。
だから私は罪悪感に飲まれながら彼を突き放した。
「(でも思ったより素直だったというか。それに話しやすかったかも……)」
——『ラブリーくりむぞんの珊瑚の声もすごく素敵でした』
——『春海さんってプロの声優さんだったんだな。素直に尊敬する』
こ、この辺の言葉はちょ~~っとばかし嬉しかったりしたし。
それにあの様子だと彼も『ラブくり』のこと好きなんだよね。
か、語り合いたい。
私にはアニメ対談できる友達がいない。
あんな風に突き放してしまった後だというのに……
彼と——もっと話したいと思っている自分が居た。
「お姉ちゃん。どうしたの? また告白でもされた?」
ノートPCで動画サイトを見ていた妹の鈴菜が、私の様子を怪訝に思ったのか首を傾げながらこちらを心配そうに見つめていた。
「『また』って何よ。そんな年中告白受けたりしてないんだから」
「はいはい。今年に入ってから私の知っている限りでも10人はいたよね。全員玉砕していたっけ」
妙に嬉しそうに10人の玉砕を話す鈴菜。
勇気を出して告白してくれた人達なんだからもう少し配慮してほしい。
悪気がなさそうだからスルーするけど。
「告白とかじゃないわよ。ちょっと私がクラスメイトにきついこと言っちゃったから自己嫌悪してたの」
「そうなんだ。お姉ちゃん口調きつめだからね。その男の人にはご愁傷様としかいえないね」
「うん……って、なんで相手が男の人ってわかったの?」
「あ、やば。べ、べべべつに遠くから現場を見ていたとかじゃないよ。うん。か、カンだから。カンで言っただけだから」
「……? そう?」
なぜか妙にキョドる妹に疑問を抱くけど、それを追求する気にはなれなかった。
それ以上に今後の彼のクラスでの立ち位置がどうなってしまうのか気になってしまう。
少しでも彼への風当たりが軽減されればいいのだけど。
「ちなみにその男の人ってどんな人? 何をやらかしてお姉ちゃんの逆鱗にふれたのか気になる」
「別に逆鱗に触れたわけじゃないけど。んと、私の斜め後ろの席の人で。ただ私のことをじっと見ていただけなの。ちょっとばかしその頻度が多かったから注意したわけ」
「ストーカー1歩手前じゃん。怖いね。名前は?」
みんな彼を犯罪者予備軍みたいに言ってくる。
そんな悪い人には思えないんだけどな。
「名前は——和泉、鶴彦くんだったかな」
「いずみ……つるひこ? えっ、待って? それってまちがいない?」
「え、ええ。特徴的な名前だからなんか憶えていたわ。鈴菜知っているの? 和泉くんのこと」
「知っているも何も——」
鈴菜はなぜか自分のノートPCを私に見せてくる。
『演奏してみた』系の動画のようだけど……
「えっ!?」
動画内でグランドピアノを悠々に弾いているその姿。
見慣れすぎているその男性の顔は——
今日、私が糾弾してしまった人物のものだった。
投稿者:和泉鶴彦
演奏してみた:月間ランキング1位
総再生数:599万再生
皆様お久しぶりです。
執筆にお時間をもらい、ストックも少し溜まってきましたので投稿再開致します。
以前と同じように週2~3回ペースでしばらく投稿して参りますので、よろしくお願い致します。




