第22話 私は世界一弓野ゆき先生のファンなんだから
「そ、その、メイドさん可愛かったですね」
僕らは1年生の催し物を満喫し終えると、小休止の為に中庭に足を運んでいた。
「でもくっそつまらなかったわね」
「わわわ。瑠璃川さん、そんなはっきり言っちゃ駄目だよ! D組の子達頑張っていたんだから!」
雨宮さんの言う通りメイドさんは可愛かった。ていうよりかは接客してくれた女子が可愛かっただけでメイド衣装自体は一目で安物だとわかるクオリティだった。たぶんド〇キ辺りで買ったんだろうなアレ。
それだけならまだ良かったのだけど、メニューが飲み物しかなかった。多分食べ物系は衛生許可がおりなかったのだろう。
ついでに言うと注文したコーヒーからはいつも自販機で飲んでいるものと同じ味がした。
コーヒー以上に苦い顔をしている瑠璃川さんにはお気に召さなかったようだ。
ついでに他の1年生の催し物も見て回ったが、『輪投げ』、『休憩所』、『瓶のふたコレクションの展示』とどれもパッとしないものばかりであった。
「雨宮さん、これがノンフィクションの文化祭だよ。アニメやドラマみたいなお祭りは現実には存在しないんだ!」
「わーん! そんなことないですもん! ノンフィクション文化祭もきっと楽しいことありますもんー!」
「そうだよキュウちゃん! 催し物はちょっと残念でもこうして友達と一緒に回ることに意味があるんだよ」
「み、水河さん……! そ、そうですよね! 何をして過ごすかより誰と過ごすかって所に大きな意味があるのです! わかりましたか!? 雪野さん!」
確かは一理ある。今までは一人で過ごしていた文化祭は図書館で本を読んで過ごすだけのくっそつまらないものだったけど、4人で回る文化祭は新鮮さが感じられるし、こうして会話をして過ごせるだけでもありがたい。
「ふぁ~わ。私飽きたから図書室にでも行ってていいかしら?」
「「「瑠璃川さぁぁぁぁぁん!!?」」」
瑠璃川さん的には4人で過ごす文化祭より1人で読書する文化祭の方が好みのようであった。
雨宮さんが慌てて引き留める。
「だ、駄目です! 瑠璃川さんも一緒じゃなきゃ、わ、私、その……」
「花恋ちゃんがくっそ可愛いからもうちょっと一緒にいてあげるわ」
意思よっわ。ぐらっぐらだ。
「ねね。体育館とかなら面白そうなイベントやっているんじゃないかな? 漫才とかライブとか!」
「体育館は卓球部によるガチラリ―対決が開かれているらしいよ」
「一体何のために!? しかも体育館全部使って!?」
「どうする?雫。ガチラリ―見に行く?」
「や、やめとく……」
つまらなすぎるだろ我が校の文化祭。世のリア充はどのようにしてリアル文化祭を楽しんでいるんだろうか。
「そういえばライブといえば雨宮さんのクラスは黒龍がバンドライブ開いているんだよね?」
「は、はい。一応その予定です」
「なに? 雪野君あんな奴のライブ見に行きたいの?」
「正直卓球部のガチラリ―よりは興味あるけど、一応雨宮さんのクラスだし催し物をみていくのはありかなと」
「そうだね。キュウちゃんが対峙しているドラゴンさんがどんな人なのか私も見ておきたい。行ってみよ?」
「私は反対よ。この私があんな奴の音楽を聴きに行くなんてプライドが許さないわ」
「わ、私もすみません。全く準備に携わっていなかった故にちょっと顔を出しづらくて」
あらら。意見が割れてしまった。
まぁ、僕もアイツのライブを絶対にみたいというわけでもないし、案は却下の方向に――
「じゃ、ちょっとだけ別行動しよっか。私とキュウちゃんはライブ、瑠璃川さんと雨宮さんはガチラリ―。お互い頃合い付いたら落ちあお♪」
「「私たちガチラリ―に行かなきゃいけないの(ですか)!?」」
悲痛の叫びを残している二人を尻目に僕と雫は二人で再び校内に入っていった。
改めて考えると私服の女の子とふたりっきりって中々目立つよなあ。外部客自体が少なめだし、それに――
「てなわけで、キュウちゃんエスコートよろしくね。ねね、手つなぐ?」
「それは普通に恥ずかしい」
改めて見るとこの子とんでもなく『可愛い』部類に入るんだもんなぁ。周りの視線を集めるレベルに。
手なんか繋いで歩いていたら奇異の目で見られるだろうな。どうしてあんな美少女がこんな冴えない奴なんかと……みたいな視線。
「なんでー? 女の子慣れしているキュウちゃんなら私と手を繋ぐくらい余裕でしょ?」
「女の子慣れなんてしてないよ!? 雫の中で僕はどんなナンパ野郎なの!?」
「や、第2印象くらいからこの人女の子慣れしてるなーとは思っていたよ? 実際雨宮さんや瑠璃川さんにも慣れた様子で接しているし」
「慣れてなんかないよ。正直いっつも緊張しているよ。二人共とびっきりの美少女だし」
「むむっ、それはアレかね? 雫ちゃんは美少女じゃないから緊張しないと?」
「雫もとびっきりの美少女で驚いているけど、それ以上に長い年月過ごした特別な仲だからねぇ。緊張したら負けだと思ってる」
「ほら! そういうところー! 普通に女の子に対して『キミ美少女だねー』とか言わないんだよ。言うとしても女の子慣れしたナンパ野郎だよ」
「うそぉ!? 僕は本音を伝えていただけなのに」
「少なくとも童貞ではないと見た」
「ど、どどどどどど童貞ですけど!?」
「なんで声震えてるの?」
「雫が変なこと言ってくるからだよ!」
ビックリした。
普段の会話でもプライベートな質問などはしないようにお互い気を付けているのだけど、急にド直球な下ネタを言ってくるとは思わなかった。
「キュウちゃん可愛い♪」
なんて言いながら結局手を繋いでくる雫。
いやいや、だから目立つって。それとドキドキするんだって。
「ちなみに私も処女だよ」
「なんでカミングアウトしたの!?」
「んー、私に対して特別な仲と言ってくれたのが嬉しかったからかな。同じように思ってくれていたのはポイントアップ」
「そ、そっか。そ、その、僕も嬉しいよ」
「私が処女だったってことが?」
「特別な仲だと思ってくれたことに対する同意だよ!」
くそー、雫からのからかいには慣れてきたと思っていたのに、こういうド直球な下ネタは全然耐性がない模様だ。童貞故の悲しさである。
このままだと顔が茹でだこみたいに真っ赤になりそうだったので無理やり話題をそらしてみることにした。
「親友って手を繋いで歩くものなの?」
「もちろんだよ。たまに街中で手を繋いでいる男女いるでしょ? あれって実は半数が親友同士なんだよ」
「し、知らなかった……!」
「もちろん嘘だよ」
「もちろん嘘なのかよ!?」
「やーいキュウちゃん騙されてやんのー。男女で手を繋ぐって普通恋人だよ」
「そうだよね!? 僕の認識間違えてなかった!」
えっ? じゃあ今僕ら手を繋いでいることも色々まずくない?
ま、まぁ、雫理論でいうと親友って恋人よりも上の立場らしいから、いい……のか?
「キュウちゃん。指絡める手のつなぎ方していい?」
「本っ当。耐性ないんだからこれ以上は勘弁してください雫さん!」
「あー、『さん』付けで呼んだ。マイナスポイント。罰ゲーム」
指と指の間にひんやりとした感触が入ってくる。
やばい、これやばい。このつなぎ方やばい。理性が持つ気がしない。
このつなぎ方が恋人繋ぎと呼ばれる所以が少しわかった気がする。これ恋人以外がやると憤死するやつだ。今の僕状態になるやつだ。
「えへへへ」
僕が悶える姿をみて雫は愉快そうに終始笑っていた。
ドギマギしているのが僕だけみたいでちょっと悔しかった。
「やっば……超ドキドキするコレ。私何やってるんだ」
「こっちが聞きたいっ!?」
雫も緊張してるんやないかい。急に素に戻らないで。
普段の通話よりもずっとテンション高めだったからこれが素なのかと思っていたけど、テンパって暴走しているだけだこれ。
「あはは~。今日の私変だ。自分でも分かる変さだ。ごめんねキュウちゃん、私キュウちゃんに会えて自分の想定以上に舞い上がっているっぽいや。それとキュウちゃんが私の想像通りの人で嬉しかったってのもあるかな」
絡めた相手の指の温度が上がっているのが伝わってくる。
おおぅ。熱暴走起こしていらっしゃる。
「童貞とか処女とか言ったの忘れてください」
「もうデリート不可レベルで脳内に刻みこまれているよ」
「ぁぅぅ~」
真っ赤にして縮こまる雫。
だけど絡めた指が離れる様子だけはなかった。
雫は手を繋いだ状態のまましゃがみ込み、そのまま上目遣いで僕の瞳の奥をじっと覗いてきた。
まるで何かを訴えかけてくるような瞳だった。
「弓野ゆき先生」
なぜか著名で呼ばれる。
「なに? 水河雫先生」
僕も併せて呼び方を変えてみた。
「大恋愛は忘れた頃にやってくるのイラストレーターに選んでくれてありがとう。出版終了後も毎日通話してくれてありがとう。過去作全部見せてくれてありがとう。いつも私の絵を誉めてくれてありがとう。それと……こんな私と親友になってくれてありがとうございます」
怒涛のお礼ラッシュだった。
上目遣いのまま潤んだ目で言われると破壊力がすごい。おまけに手を繋がれた状態だ。
魅了の術にでもかかったかのように動けなくなる。
なんか前にも雨宮さんと一緒の時に同じようなことがあったな。
僕は涙目上目遣いという女子の攻撃に滅法弱いみたいである。
しばし沈黙が続いてしまう。
僕は声を震わせながら力を振り絞るように言葉を返す。
「お、お礼をいうのは、こ、こちらだよ。雫レベルの神絵師が僕なんかを担当してくれてありがとう。それと、僕が本当に辛かった時、励ましてくれて本当にありがとう。あと、こちらこそこんな僕と親友になってくれてありがとうございます」
僕が今の僕で居られるのは大部分が雫の功績が大きかった。
彼女がいなければたぶん僕は今も理不尽と人間不信におびえる毎日を送っていただろう。
「キュウちゃん。小説の世界に戻ってくれてありがとう。じゃないな。おかえりなさい」
言いながら雫は繋いでいない方の手を僕に伸ばしてきた。
おかえり、か。そうだな。長かった。あの事件の後僕は何ヶ月待たせてしまっていたのだろう。
『感謝』。この2文字を伝える為、伸ばされた手を握り返した。
「ただいま。雫。それと、僕を見捨てないでくれて本当にありがとう」
「見捨てるわけないじゃん。私は世界一弓野ゆき先生のファンなんだから。先生が復帰する為なら私はなんでもする。何ヶ月でも待つ。何年でも纏わりついてやる。そういう気持ちだったから」
「でも、そのせいで雫は自分の活動を――」
「いいの」
「でも……」
「どのみち今の私の実力じゃ元々プロの世界ではやっていけなかったと思う。だから力を蓄える期間だったんだよ。それに何より私は『弓野ゆき』先生の作品の絵を描きたいの」
『あの事件』の後、僕は小説を書くのを止めた。
その時点で雫には『僕を見放す』という選択肢もあったはずなのだ。そうすることによって雫は僕に囚われずまた自由に自分の絵を世に広める活動ができたのだ。
だけど雫はその選択を行わなかった。
彼女は引きこもっている僕の為だけに絵を描き続けてくれたのだ。
当時人間不信になっていた僕はその行為をうっとうしく思えたこともあった。雫にひどい言葉を投げたこともあった。
過去にタイムスリップできるなら僕は真っ先に自分をぶん殴るだろう。『このクソ男が!』って怒鳴り散らしながら僕の顎をアッパーカットしているに違いない。
雫は僕にひどいことを言われても、僕のことを信じ続け、絵を送り続けてくれた。
やがて僕の心は溶解するように穏やかになっていき、そして『また小説を書こうかな』と思えるようになった。
その結果が『異世ペン』だけど。
「キュウちゃんが過去作を送ってくれて、私がそれに絵を描いていたあの時、とっても楽しかったよね」
「小説送ってから1日もしないうちに鬼クオリティの絵を毎回仕上げてきて、本当この人何者なのって毎日思っていたよ」
「えへへー。あの時私は絶賛不登校時期でしたので。時間は超いっぱいあったんだよ」
「いや、時間いっぱいあったにしてもあのクオリティの絵は普通1日じゃできないからね」
「雫ちゃんまじっく!」
「また雫ちゃんマジックを見るために僕も執筆頑張らないとな」
「頑張れ頑張れ。キミにはいつでも親友がついていてあげるからね」
この言葉は比喩でもなく本気でそう思ってくれていることを僕は知っている。
「そだ。昔も言ったけど私キュウちゃん小説マニアだから。書いているもの全部みせてくれないとやだからね。泣くからね」
「隠しているものなんてないよ。あっ、ごめん、嘘ついた。実は新作を立ち上げようと思って最近プロットを――」
「うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ! 見せろー! 今すぐ見せろー!! ていうか隠すな! 雫ちゃんに作品を隠すなー!!」
「プロット段階で見たいの!?」
「見たいの!」
「う、うい。帰ったら見せる」
「わーい。あれ? でも異世ペンは?」
「異世ペンはもうたたみに掛かっているよ。んー、あと10話くらいで終わりかなぁ」
「えー。そうなの!? 残念」
「あ、あれ? 雫あの作品嫌いじゃなかったの?」
「私がキュウちゃんの作品を嫌いになるわけないでしょ!? つまらなかったのは序盤だけで中盤以降はちゃんといつものキュウちゃん作品していて面白かったよ」
「言ってよ!?」
「今言ったじゃん」
「通話の時に言って!?」
「キュウちゃんが新作を隠していたように雫ちゃんも心の内を隠していたのだー」
「小悪魔か! 雫には僕の小説を無条件で褒め続けるBOTになっていてほしいのに、異世ペンはボロクソ言われて悲しかったんだからね」
「人をBOT扱いする人はちょっとくらい痛い目をみるべきだよ」
「まぁ、それはおっしゃる通りだけど! もういいよ。異世ペンも好きになってくれたなら」
いつもの僕と雫の会話らしくなってきた。
繋いだままの手と手だけはずっと気になるけど、ようやく僕らは変な緊張を消し去って素のままで話し合うことができたような気がした
そうだ。雫にこれだけは伝えておかないと。
「ねぇ。雫」
「なぁに? キュウちゃん」
「いつか、さ。今はまだ無理だけど、いつか必ず書くから」
「何を?」
「――ウラオモテメッセージの続き」
それを聞いた刹那、雫が不意にピタっと立ち止まる。
同時に左目から少しだけ涙がこぼれていた。
「わ、わわわわ、な、泣いてるの!? ご、ごめん」
僕は慌ててハンカチを差し出した。
雫はそれを奪い取るように受け取ると、次々と流れ出る涙をハンカチで拭っていた。
「お、おのれが、な、泣かしたんじゃい!」
「ま、誠にごめんなさい」
「……ううん。私こそごめんね。急に泣き出しちゃって。その、あまりにも嬉しくて」
「……そっか」
ウラオモテメッセージは僕にとって――いや僕らにとってトラウマを植え付けた作品でもある。
だからこそ雫はウラオモテメッセージについては一切話題を出そうとしなかった。
でもいつまでもそれじゃ駄目だと思った。
雫のこの言葉を聞いたから。
――『私は世界一弓野ゆき先生のファンなんだから』
こんな嬉しいことを言ってもらえて勇気づけられないわけがない。
何よりあの時の雫は『ウラオモテメッセージ』の更新を誰よりも楽しみにしてくれていた。
僕も1話1話雫に絵を付けてもらえるのが楽しみでモチベーション高く執筆できていた。
だからこそこの作品は『忌むべきトラウマ作』として処理してしまうのは違うと思った。
更新を楽しみに待ってくれている一人のファンに作品を届けたいと思ったのだ。
「キュウちゃん。無理はしないでね。それと矛盾するようだけど、頑張って!」
「うん。超がんばる」
決意を込めて繋いだ手に力を入れる。
雫も優しく握り返してくれた。
『ウラオモテメッセージ』。ただ続きを書くだけでは駄目だ。
書くならば、あの作品を書ききるならば、更新を続けていた当時よりも面白くすることが必須となる。
今の僕にはその自信がない。
今までのやり方ではその自信は一生身につかない。
ならば、やはりステージを変えることが必要になってくるだろう。
「キュウちゃん。小説もだけど、今日は別のことを頑張らないといけないんだよ」
「おっと。そうだった」
そもそも雫が今日来てくれた理由は『雫ちゃんミッション』の最終仕上げをするためだ。
黒龍とのいざこざは今日中に片を付ける必要がある。
それこそが今日の最優先事項だった。
それじゃ参りますか。
自分から割り込んで入った喧嘩を終わらせる作業に。




