第127話 Last message
【main view 水河雫】
『ユキ 先生が ウラオモテメッセージ 最新118話 を投稿しました』
今日もウラオモテメッセージが更新された。
16日連続投稿。
世界一好きな小説の最新話が16日連続で読めることの幸せ。
ウラオモテメッセージは佳境を迎えていた。
8人居た主人公。
更新が止まった102話の段階では2人の物語が終わっており、主人公は6人にまで減っていた。
104話でまた1組の物語が終焉し、主人公は5人へ。
107話4人へ。
111話で3人。
113話で2人。
そして115話残り1人となっていた。
凄い勢いで作品を畳もうとしている。
だけど、作品には粗がなく、全ての主人公が納得のいく形で話を締めていった。
117話からは最後の1組——『小太郎』と『シズク』の物語が描かれている。
私は『シズク』が一番のお気に入りだった。
キュウちゃんに提供した挿絵も恐らく『シズク』が一番多い。
自分と同じ名前だからという安易な理由ではない。
私はシズクの『物語』に魅入られていたのだ。
◆
シズクはとにかく弱い子だった。
身体が弱く、病室暮らしのシズク。
治る見込みの薄い病気と常に戦う彼女は苦しみに耐えるだけの暮らしにウンザリしていた。
自ら命を絶とうともしたシズク。
しかし、小太郎という謎の人物との出会いで彼女は変わる。
小太郎はシズクの彼氏——を自称するよくわからない男だった。
シズクには全く見覚えのない男の子。
その男の子は急にシズクの目の前に現れて、よくわからない話を一方的に行い、そして日が暮れた頃に帰っていく。
小太郎は毎日毎日シズクの病室へ足を運んでいた。
当然、小太郎はシズクに警戒される。
見ず知らずの他人がいきなり恋人を自称してきたのだ。
警戒され、それどころかシズクに気味悪がれる小太郎。
でも、小太郎の話を聞いている時だけは病魔のことを忘れることが出来ていた。
小太郎の話は恋愛話が多かった。
と言っても小太郎自身の身の丈話ではなく、彼の知り合いに関する恋愛話だ。
彼が来るのは夕夜間。
時間にすると1時間くらい。
その1時間の中で、彼はたくさんの物語をシズクに聞かせてあげていた。
「世の中にはこんなにもドラマチックでドキドキする話に溢れているんだよ」
変える間際、彼は必ずそういってくれる。
シズクはその言葉に励まされ、病室の外の世界に憧れを抱くようになっていた。
シズクにはたった一つの特技があった。
それは絵を描くこと。
人物でも風景でもモチーフは何でも良かった。
入院中暇がシズクはスケッチブックに写生することで時間を潰していることが多かった。
でもそれは病院の中だけを描いた小さな世界。
「さぁ~て、描いちゃるぞ!」
シズクは初めて風景画以外のモノを描き始めた。
「こんにちは。シズク。今日はまた別の知り合いの恋愛の話を——」
「小太郎君。これ、見てくれる?」
シズクは小太郎の話を遮って出来立てほやほやのイラストを小太郎に見せつける。
それをみた小太郎の瞳がみるみる大きくなっていく。
「これ……昨日僕が話したお話の描写!?」
「そうだよ。場面を想像しながら一枚の絵にしてみたんだ。小太郎君の知り合いさんに似てなかったらごめんね」
「似てないなんて……とんでもない! 上手だ……とても……素敵な絵だよ! ありがとう!」
「えへへ。嬉しいな。それに『ありがとう』は私のセリフ。いつも素敵なお話をありがとう。楽しい一時をありがとう。小太郎君のお話……ほんとのほんとに好きなんだ」
「~~~~っ!」
「……あっ、『好き』ってお話がだよ!? 私はまだキミのことを『恋人』だなんて思ってないんだからね!」
「『まだ』ってことは……」
「だぁぁぁぁっ! 今の無し! 早く話せ! 今日の恋愛物語をはよきかせんかい!」
「あ、ああ。それじゃあ今日は、また知り合いの恋愛話なんだけど……」
そして今日も小太郎が新たな物語を語っていく。
学校をサボり気味な不良と彼を心配する委員長ちゃんのお話だった。
「(小太郎君って本当に色々な知り合いが多いなぁ)」
彼の知り合いというのは不良の男の子の方だろうか?
それとも委員長ちゃんの方?
「(委員長ちゃんの方だったら……やだな……)」
胸中にモヤモヤしたものを渦巻かせながら、シズクは彼が綴る物語に魅了されていく。
その物語は素敵なハッピーエンドを辿り、シズクのモチベーションも乗じて上がっていく。
やがてスケッチブックには7組目のカップルのイラストが描かれた。
絵を見せた小太郎は驚きと共に笑顔を向けてくれる。
その笑顔を見たくてシズクは頑張っているのだ。
「さて、今日もカップルの話なんだけど……」
「お知り合いの話でしょ?」
そう聞き返すと、小太郎はゆっくりと首を横に振る。
真剣な面持ちで小太郎はシズクの瞳をじっと見た。
いつもとは違う彼の表情に内心ドキっとする。
「8組目の男女の話は……僕の知り合いの話じゃない」
「えっ?」
「いや、そうじゃないな。今までの7組のお話は事実じゃない。僕の、創作の話なんだ」
「…………」
なんとなくだけど、そんな気はしていた。
でもそれがなんだというのだ。
例え創作であろうと小太郎の離す恋愛ストーリーは面白い。
だから気にすることなんて何もない——
シズクがそう言おうとしたら……
「でも8組目の男女の話だけは事実なんだ」
「あっ、そうなんだ」
なぜだか知らないけどその言葉にシズクは不安を覚えてしまった。
とてつもなく嫌な予感。
今までのハッピーな気分が全て覆ってしまうようなそんな予感。
「最後の男女はね、しがない作家と自分が亡くなっていることに気づかない幽霊の話」
「——えっ」
「作家の名前は成美小太郎。そして幽霊の女の子の名前は……小川シズク」
つま先から頭のてっぺんにまで電流が奔るような痛みがシズクを襲う。
失われていた記憶が全身を経由してシズクの脳へと到達された。
そうだ。
どうして今まで忘れていたのだろう。
自分の苗字が『小川』だったこと
自分は病気に負けて死んでしまったこと。
そして——成美小太郎という人が好きだったこと——
「今まで語ってきた7組の物語は全てキミに喜んでもらうための僕からのプレゼント。シズクの為の物語」
シズクは小太郎の綴る物語が大好きだった。
それは生きていた頃も死んでからも同じ。
「そして最後に語るこの物語は——」
彼の物語はいつもハッピーエンドで終わってくれる。
面白くて、安心する物語。
「お別れの物語」
小太郎は生まれて初めてバッドストーリーを披露しようとしている。
でもそれはシズクにとって、二人にとって必要なストーリーだった。




