第113話 魅了
「まさかこの私がバドミントンで負けるなんて……」
ぜぇぜぇと息を切らしながら恨めしそうに僕を睨みつけてくる瑠璃川さん。
「ま、マグレだよ」
謙遜でもなんでもなく、本当にマグレだ。
10回勝負したらきっと9回は負けていただろう。
たまたま勝機の1勝が初戦で起きたに過ぎない。
瑠璃川さんの運動神経はそれほど圧倒的だった。
「謙遜する所が憎らしいわ。息一つ切らしていないで涼しい顔しちゃっている所もね」
それは単純に男女の体力差だ。
持久力で女子に負けていたらさすがに格好付かない。
「弓くん……すごい……」
「……(ぽー)」
花恋さんと雫は後方で呆けるように試合を伺っていた。
何か珍しいものをみるような視線で僕の顔を捕らえている。
僕は振り返って二人に手を振ってみた。
「「~~~~っ!!?」」
目が合うとなぜか慌てて目をそらされてしまった。
二人はヒソヒソと小声で何やら囁き合っているようだ。
「(や、やばいやばいやばいですぅぅ)」
「(ね! や、やばいよね!? あいつちょっと反則すぎるよぉ!)」
何かやばいことをやってしまったのだろうか。
理不尽さを感じながら首を傾げながら僕は終始ソワソワしっぱなしの二人を眺めていた。
【main view 雨宮花恋】
私は恋をしている。
恋心を自覚したあの日から毎日弓くんを見ている。
優しくて、努力家で、一緒に居ると心が弾む。
それだけでもとても魅力溢れる人だ。
だけど今日私の知らない彼の一面を見せつけられ、いつも以上に心臓が高鳴っていた。
パーフェクトスコアに近いバッティングを見せつけられ、バドミントンでは運動神経抜群の瑠璃川さんに勝ってしまった。
この人はまだこんな素敵な一面を隠し持っていたのか。
毎日見ていたはずなのにまだ知らない一面を見せつけられてちょっと憎らしく思えてしまう。
私の目にはもう弓くんしか映っていない。
もっとこの人のことを見て居たい。もっとこの人のことを知りたい。
その気持ちが無意識化に暴走し、気が付けば私は弓くんの左手をギュっと握っていた。
手を握りながら熱の帯びた視線で彼の顔を見上げるように覗き見る。
「え、えと、ど、どうしたのかな?」
急に手を繋がれて狼狽する弓くん。だけど拒絶したりはしない。
困ったような表情も可愛らしくて素敵だった。
「…………」
私は無言のまま彼の顔を見つめ続けている。
少しだけ弓くんの顔が紅に染まっている気がした。
照れてくれている。
嬉しい。
「…………」
弓くんの腕に引っ付いたまま歩く。
彼の顔を見ながら歩く。
彼から少しだけ汗の匂いがする。
私にはその匂いがとても官能的に感じた。
そのスメルを頂きながら彼の表情にも注目する。
照れたような表情だったのがどんどん和らいでいく。
私が隣で引っ付いていることを自然なことのように受け止めてくれたのかな。
だとしたら嬉しいです。
私が弓くんに夢中のように、弓くんも私に興味をもってくれると嬉しいな。
しばらくすると彼の表情はまだ少し変化した。
えっ——?
緊張しているような強張り方。
どうして?
どうしてそんな怖い顔をするのですか?
いつもの優しい表情がいいのに。
私が隣に居るときは怖い顔をしないでくださいよ……
拗ねる様に自然と唇が尖った。
私は彼が足を止めていることにようやく気が付いた。
彼の視線の先を追ってみる。
その姿が目に入った瞬間、私も弓くんと同じように身体を強張らせてしまった。
私はポツリと『その人』の名前を呟いた。
「黒滝……さん……」
かつて私を恐怖で支配していた人間が私たちの目の前に立っている。
「黒龍……」
別に私達を待ち構えていたわけじゃない。
それは偶然の再会だった。
「よぉ、雪野虎之助。女3人連れとはいいご身分だな」
彼は皮肉するような言葉をこちらに投げてくる。
私は彼の声を聴いた瞬間、過去のトラウマがフラッシュバックし、つい弓くんの背中に姿を隠してしまった。
怖い。
この人はやっぱり怖い。
スターノヴァのランキング発表の時、彼の名前を聞いた瞬間本当は震えあがっていた。
でも私はあのころとは違う。
私は強くなった。
弓くんに見てもらえるように性格をイメチェンして強くなった。
——強く……なった……
——本当に?
怖くて好きな人の背中に隠れている自分の何を見てそう言える?
誰かの背中に隠れて、震えあがっている姿は高校時代と何が違う?
強くなったというのは私の思い込みではないのだろうか。
——違う。
——私は……
——私は!
——弓くんに守ってもらってばかりの弱虫ヒロインのままでいるつもりはない。
——高校の文化祭で弓くんが私を守ってくれたように
——今度は私が弓くんを守るんだ!
ありったけ勇気を振り絞り、私は一歩、力強く前に歩み出る。
弓くんを庇うように両手を広げ、私は力強く黒滝さんを睨みつけた。
「黒滝さん! 私に何の用ですか!」
「いや、別にお前に用はねーわ。ランキング選外の雑魚に興味はねーし」
黒滝さんは心底興味無さそうに私の視線を受け流してしまった。
「私のありったけの勇気が!?」
過去の自分を決別する為に振り絞った勇気は簡単に一蹴されてしまい、何とも言えない空回りの空気がこの空間を支配するのであった。




