第107話 4月度スターノヴァ月間ランキング ④
——氷上君を立ち直せる役目は俺に任せてくれ
「(和泉君……)」
先日、ミーチューブに投稿されていた和泉君の演奏動画を拝見させてもらった。
正直言って度肝を抜かれた。
音楽に全然詳しくない僕でも分かる異次元レベルの演奏力。
動画が終わった後もしばらく余韻で動けなかった。
音楽に心が揺らがされるという感覚を生まれて初めて味わった。
彼のクリエイト力ならば人の心すらも動かすことができる。
だからこそ僕は和泉君に期待してしまう。
和泉君なら消沈した氷上与一を元気づけることが出来るのかもしれない。
「では第3位——」
ランキングも残るは3作品。
僕の2作目『クリエイト彼女は僕の小説に恋をする』はまだ発表されていない。
それに和泉君の名前も——
「イラスト科。瑠璃川楓。作品名「星の詩人の物語」。獲得スター数+271。該当者は起立してください」
「はい」
「「ええええぇぇっ!?」」
「る、瑠璃川さん!?」
「なんかごめんなさいね。二人の順位に割り込んじゃって」
ここに来て初めて瑠璃川さんの名前も呼ばれていなかったことに気が付いた。
ベータポリスで投稿中の『星の詩人の物語』。
詩的で清浄な純文学小説。
もちろん直筆の挿絵も素晴らしかった。
あの作品ならばスターノヴァでも良い所までいくと思っていたけど、まさか氷上与一すらも超えてくるとは思わなかった。
「とても多才に満ちた作品でした。自分で小説を書き、自分でイラストを描く。両刀の才能だ。この時代、たくさんの技能を持っている人は重宝される。一つのジャンルに縛られず、二つの武器を持って臨んでくれた姿勢がこの順位を生み出したと言っても良い」
「ありがとうございます」
「イラストを評価したレビュアー、小説を評価したレビュアー、両方を評価したレビュアー、様々な面から星評価がされていた。そして皆に共通して言えるのは一様に高評価を出しているところだ。キミの作品はどの面から見ても優れていることが分かる」
挿絵付きの小説というのはスターノヴァでは奇策だ。
だからこそ刺さる。
評価軸を1本に絞らなかったことが功を奏し、瑠璃川さんの順位をここまで引き上げたのだ。
「だがイラストにしても小説にしてもまだまだ伸びしろはたくさんある。どちらを伸ばしていくのか、はたまたどちらも伸ばしていくのか、どの選択をするにしても我々講師陣は全力でキミに技術を授けるつもりだ」
瑠璃川さんは今分岐路に立たされているのかもしれない。
二刀流でいくのか、それともイラストだけを伸ばしていくのか。
「一つ注意して欲しいのは、決して器用貧乏になってほしくないということだ。どちら中途半端に進むのは良くない。中途半端なまま技術が混ざり合うと作品もちぐはぐになってしまうからね。それだけはどうか肝に銘じてほしい」
「わかりました」
今回は奇策が刺さり星評価がたくさん入ったが、次からはどうなるかわからない。
今のうちに進むべき道を決めておかねばいけない。佐山先生の言葉からはそんな迫力が込められていた。
「それと批評だが、キミの作品は誰かの影響を強く受けているね? キミの作品からは別の人の顔が見えていたよ? もちろん目標となる人物を見据えてそこに近づいていくのは良いが、クリエイトの基は『自身』であることを忘れてはいけないよ? 次作はキミの『顔』をもっと作品に表してほしい」
「……はい」
瑠璃川さんの作品には二人のクリエイターが強く反映されている。
イラストに関しては雫の塗り、小説に関しては桜宮恋節の文章。
そこに瑠璃川楓のオリジナルはまだ存在しない。
でも佐山先生の言う通り、瑠璃川さんには多面の才がある。
きっと彼女ならいつの日かオリジナルの武器を見つけられるだろう。
「さて、残るは2作品となるわけだが……」
僕の作品と和泉君の作品か。
どちらが上に行ったのか、仲間達も固唾を飲んで見守っている。
僕も祈るように両手を強く握りしめていたのだが——
事態は思わぬ方向へと突き進む。
「残りの2作は星の数が+298と全くの同数、よって同率1位となりました。1位が2作出たのは学園始まって以来出来事でございます」
「「ど、同率一位!?」」
僕と和泉君の声が重なった。
戸惑いながら僕達は思わず目を合わせる。
「発表します。1位ノベル科雪野弓、作品名『クリエイト彼女は僕の小説に恋をする』。続いて同率1位、音楽科和泉鶴彦、作品名『無題』。両者その場に起立してください」
戸惑いを表情に浮かべつつ、僕と和泉くんは同時に立ち上がった。
「まずは皆様、二人に拍手を送ってあげてください。現時点では彼らが5期生諸君のトップです」
パチパチパチパチパチ。
講義室中から一斉に拍手が飛び交った。
鈴菜さん、花恋さん、雫の3人は目を輝かせながら特に大きな音を出して手を叩いてくれる。
改めて胸の中に感動が広がった。
この凄いクリエイター集団の中でトップになれた自分が誇らしい。
「一人ずつ講評に入ります。まず雪野君」
「はい」
名前を呼ばれて返事をすると、一同は一瞬ざわめきたった。
悪名で有名だからなぁ僕。
『雪野ってあの盗作魔の!?』ってな感じで悪口言われてそう。
「まさに現代のライトノベルと言った作品だった。序盤から盛り上がる展開、わずか5話で伏線回収を済ませるテンポ感、序盤で如何に作品に惹き込めるか、その大切さをキミはよく知っているようだね」
「はい」
Web小説では序盤の展開こそ最重要。
第1話で伸ばし、如何に第2話で閲覧数を落とさないか。
『クリエイト彼女』は最序盤に大きな山があり、物語に惹き込む作風となっている。
「キミは物語の作り方が単純に上手い。天賦の才と言って良い。読み始めたら止まらなくなった。『読むのを止めたくない』と感じたのは久しぶりだったよ」
なんて嬉しいことを言ってくれるんだ。
ここまで褒められるのは糧となり自信になる。
「キャラクターも良いね。共感出来て応援したくなる主人公。そして少しずつ関係を深めてくれるヒロイン。この二人が中心となる物語でありながら、サブ人物もしっかりとキャラが立っていて一つの作品に複数の物語が展開されている」
その手法は『ウラオモテメッセージ』で培った技術だった。
キャラを増やし、全ての人物に主役級のドラマを作る。
いつのまにか僕にはその技術が存分に備わっていたのだ。
「批評……というかステップアップのアドバイスをしよう。キミは中々語彙力に優れているが、この作品は敢えて文章力を落とした方がいい。とにかく読みやすく、そうだな……中学生でもスラスラ読めるような文章がこの小説には合っている。巧みな語彙力はキミが応募したもう一つの作品の方で存分に奮ってくれたら良い」
『クリエイト彼女』は中高生向き、『絶望リクリエ』は大人向き、佐山先生はそう言いたいのだろう。
敢えて文章力を落とす……か。考えたこともなかった。
確かに難しい単語を盛りだくさんにしたところで作品が面白くなるということには直結しない。
作品に合った文章を選ぶ。それも物書きには必要な技術なのだろう。
それにしても間接的に『絶望リクリエ』のアドバイスもしてもらえるなんてありがたいな。
「それと、序盤に盛り上がり所を持ってきたのは大正解だが、そこから下降しないように気を付けたまえ。中盤、終盤も同じくらい面白い展開を持ってこれなければ、この作品は沈むよ?」
「は、はい」
笑顔に迫力がありすぎる。
でもそこは本当に気を付けなければいけないよな。肝に銘じておこう。
「雪野君。キミは自身の偉業を誇って良い。キミは過去に例のない偉業を2つも果たしたのだよ?」
「えっ?」
「ノベル科の生徒が総合ランキングでトップを取ったこと。あと1位を取りながらも同時に最下位を取ったことがあるというのもある意味偉業かな」
「あ、あはは……」
「これからもぜひ精進してくれたまえ。ライバルはキミの後ろ姿を追いかけてくることになるからね」
「は、はい」
「以上だ。素晴らしい作品を生み出してくれてありがとう。私個人的にはもう一つの作品の方も注目しているよ」
「ありがとうございます」
総評が終わり着席する僕。
チラッと周りを伺うと、意外にも悪意の視線は少なく、驚きと尊敬の視線が入り乱れていた。
「さて、次に和泉くん」
「はい!」
「キミに関しては講評は無しにしてくれと話があったのだが、間違いないかね?」
「ええ。その代わり俺の講評でもらえる予定だった時間でお願いしたいことがあります」
「それも聞いているよ。前に来たまえ」
講評無し?
和泉君が予め先生方にお願いしていたような言い回しだったのが気になる。
和泉君、何をするつもりなのだろうか?
壇上に歩み出た和泉君は佐山先生からマイクを受け取り、皆に向けて言葉を投げる。
「あー、あー。どうも。和泉と申します。ちょっとお時間をお借りして皆さんに聞いてほしいものがあります」
言いながら和泉君はプロジェクターに投影されているPCを操作し、スターノヴァのマイページを開いていた。
そこには彼のクリエイト作品が1つ。
『無題』と書かれている音楽ファイルを和泉君はダブルクリックした。
「今、この学園には心無い噂で傷ついている人が二人います」
心無い噂——例の盗作騒動のことを指しているのだろう。
「二人のクリエイターが作り上げた二つの作品。ぶつかり合った二つの才能。酷似してしまった二つの小説」
ウラオモテメッセージとエイスインバース。
「二人のクリエイターの中でこの騒動は終焉しています。どちらも素晴らしい作品。似ているけど違う作品。ならば両方とも尊重されるべきであると」
ウラオモテメッセージの更新は停滞しているけれど、尊重されることが許されるのであれば僕は物語の続きを書くつもりだ。
雫にもそう約束した。
「だから俺はそれを伝える為にこの曲を作りました」
ウラオモテメッセージとエイスインバースは似ているだけで全くの別品。
彼は今、自分の『音楽』を持って全員に証明しようとしてくれていた。
「聞いてください。二重奏『ウラオモテ≠インバース』」




