第105話 4月度スターノヴァ月間ランキング ②
月見里先生のランキング講評は順調に進み第4位までの発表が終わった。
「さて、残るは3作品だけとなったわけだが、上位3名の講評は別の場所で行われることになっている。この後、皆、第1講堂へ集合してくれ」
「先生。どうして場所を移すのです?」
「まだ呼ばれていない上位3名は総合ランキングでもトップ10に入っているからだ。全学科が入り混じった総合ランキングで上位10名に入った作品は皆の前で発表される」
月見里先生の補足によると年に数回だけランキングトップ10の作品は皆の前で表彰されるようだ。
皆の前で栄誉が与えられることで生徒達のモチベーションアップに繋がるらしい。
皆、一斉に立ち上がり、ぞろぞろと講堂に移動する。
その途中で池君が僕らに絡んできた。
「桜宮恋よ。俺の作品はまだ呼ばれていない」
「そうなんですか」
「ノベル科のトップ3に入りながら、1年全員の中でもトップ10に入る実力者。それが俺だ」
「そうなんですか」
「今からでも遅くはない。俺と——」
「——どけ」
「ひっ!?」
氷上与一が花恋さんと池君の間に入り混んでくる。
蔑むような視線を池君に送ると彼は恨めしそうにしながら下がっていった。
「いつもありがとう氷上与一」
「ありがとうございます。氷上さん」
「礼を言われることなど俺は一切していない。虫を払っただけだ」
ぶっきらぼうに話すその横顔はほんの若干赤らんでいるように見えた。
「それにしても二人共どうしたのだ? 何を平然とワースト1,2を取っているんだ」
「「いやぁ~」」
向かい合いながら今度は僕らの方が照れ笑いをする。
「私は会話文の修行をしたかっただけですので最初から順位は気にしてません。本命の長編が仕上がったその時がランキング戦に参戦すべきタイミングだと思っておりますので」
例のノンフィクション恋愛小説『転生未遂から始まる恋色開花』の進捗はあまり著しくないと聞く。
納得のいく一作が出来上がるまでは花恋さんは短編で応募し続けるのだろう。
「僕の『絶望|Re:Creation』は全力投球した結果、評価得られなかっただけだよ。つまりはこれが僕の実力ってことなのかもしれないね」
「『絶望|Re:Creation』。取り柄がなにもない主人公が後悔を募らせながら灰色の学生生活を送っている様子が5話に渡って展開されていましたね」
花恋さんの言う通り、主人公——袴田大星の陰鬱な学園生活が描かれているだけでランキング評価圏内の5話分が終わってしまった。
見ていてイライラするレベルの陰鬱っぷり。これではレビュアーの心に響かないのも仕方ない。
でもそれは僕も想定内の結果だった。
「不思議な感覚でした。弓くんの文章が巧みなせいなのか、自分が袴田くんとシンクロしているような気持ちになって、彼の思考が激しく共感できました。変わりたいのに変われない。行動を起こしたいけど起こせない。主人公が動かない理由に妙な納得感があって……んと……えと……」
無理して言葉を探している花恋さんを割り込む様に氷上与一が言葉を挟んできた。
「その作品なら俺も読んだ。まさか雪野先生の作品だとは思わなかったけどな。今の所『面白い』というよりは『目が離せない』作品として注目している」
「そう! それです! 私が言いたかったのはそういうことです! さすがですね氷上さん。弓くん! そういうわけですからね!」
「う、うん。まぁ、つまらないと言われなくてホッとしているよ」
この作品の本質は暗い学園生活を共感させることではない。
この後に待っている大きな切り返しポイントを経てこの作品は面白くなる。
まぁ、それまでにどれだけ読者離れを起こさせないかがまず一番のポイントでもあるのだけどね。
「雪野先生。俺の作品はまだ呼ばれていない。つまり勝負は俺の勝ちということで良いのだろうか?」
「……あー……それは……」
「氷上さん。今回は弓くんの本命は『絶望|Re:Creation』ではないのだと思われます。氷上さんに対抗する作品に関しては弓くんもまだ呼ばれておりませんよ」
「……なるほどな。ということはやはり『あの作品』は雪野先生の小説だったか」
どこか納得のいったようなすっきりした表情を浮かべる氷上与一。
そうだよな。『あの作品』は誰よりも早く投稿された作品だ。
氷上与一のみならず、ノベル科生徒全員に見られている可能性が高い。
「たぶんだが、雪野先生の作品が一番に投稿されたせいでノベル科全体の応募総数が減ってしまったのだと思うぞ」
「ん? どういうこと?」
「……あー。これご自身で気づいていないパターンですよ。どうします? 氷上さん」
「……雪野先生はもう少し自身の影響力を自覚すべきだな」
「全くの同感です」
花恋さんと氷上与一がなぜか呆れたような表情をこちらに向けてきている。
どうして僕の作品が最初に投稿されるとノベル科全体の投稿率が落ちるのだろう?
考えてもよくわからなかった。
講堂に集合し、僕らは仲間全員で纏まって前の方の席に陣取っていた。
一番端っこに雫が着席し、その隣に僕、鈴菜さん、花恋さん、瑠璃川さんが並んで座る。
いっこ後ろの席に和泉君、ナズナさん、淀川さん、氷上与一が腰を下ろしていた。
「すっごく自然にマスター君の隣に座ったわね鈴菜」
「だってこういう機会でもないと弓さんの隣に座れないんだもん」
なぜか得意げな表情の鈴菜さん。
懐いてくれるのは嬉しいのだけど、腕を絡めてくるのは自重してもらいたい。人沢山いるし……
それに雫と花恋さんがジト目でこちらを睨んできているので……
「朝も思ったけど、弓さんって結構筋肉質だよね。いいと思うよ! ギャップ萌え!」
「あ、ありがとう」
最近色々な人から筋肉を褒められている気がする。それは素直に嬉しい。
僕に満面の笑顔を向けてくる様子を見て、後ろの席の方々は怪訝そうに声を潜めながら話していた。
「(ねぇー! あれ本当に鈴菜なの?! 私の知っている鈴菜はもっと警戒心強い子のはずなんだけどー!?)」
「(大丈夫。俺の知っている鈴菜も警戒心の塊みたいなやつだから。雪野君以外の男には超塩対応だよあの子は)」
「(異様なくらい雪野様に懐いているわよね。隣で腕なんか組んじゃって。ちょっとはしたないわよね。謹んでほしいわ。満更でもなさそうな雪野様含めて)」
ひそひそ声丸聞こえだからね? 3人とも。
なんで僕まで責められているのだろう。
「そういえば鶴彦。さっき先生と何を話していたの?」
「ん? ああ。これから総合ランキング発表されるだろ? 俺の作品の時は講評よりも別のことをやってほしいって頼みにいったんだ」
「サラッと和泉君がトップ10入りしていることを漏らしたわね。まぁ、キミなら当然か」
「そういう春海さんこそトップ10入りしているって聞いたぞ。そっちこそさすがだな」
後ろに座っている人たちは全員化け物かな?
和泉君、ナズナさん、そして氷上与一。
この空間だけでこれだけの人数がトップ10入りとか。やっぱりすごいメンバーなんだな。
今回作品応募を見送った雫や淀川さんも相応の実力を持っているし、花恋さんもスペック的にトップレベルだ。
改めて物凄いメンバーに囲まれていることを実感した。
って、浸っているだけじゃなくてねぎらいの言葉を掛けなきゃ。
「みんなもランキング入りしているんだね。すごいや。おめでとう!」
「「「…………」」」
「なんで全員呆れた目でこっちを見てくるの!?」
「一番早くスターノヴァに投稿した小説……さ。アレ、雪野君の作品だろ?」
「う、うん。よくわかったね」
氷上与一もそうだけど、どうしてみんなアレが僕の作品だってわかるんだろう。
僕の作風ってそんなに特徴あるのかな?
「マスターくん。よくも皆にプレッシャーを与えてくれたね」
「なんのこと!?」
「「「「「「「はぁ~~~~……」」」」」」」
「なんで全員して一斉にため息吐くの!?」
和泉君達だけでなく、なぜか雫や花恋さん達も同じように呆れた視線を向けてきていた。
「それでは1年生のスターノヴァ総合ランキングトップ10の発表と講評に入らせて頂きます」
初老の講師が教壇に上がると、前置きもなしに皆が待ち望んでいるであろうランキングの発表に入った。
確かイラスト科の佐山先生だったよな。貫禄があってなんだか凄みを放つ人だなぁ。
「まず第10位。ノベル科。池照男。作品名『最強異世界転生物語』。獲得スター数+123。該当者は起立をしてください」
「……はい」
やや消沈気味の池君がその場に立ち上がる。
自信満々な様子だったし、もっと上の順位だと思っていたんだろうな。
10位であることも十分に凄いのに。
「——えっ!?」
池君が起立した瞬間、側方から驚きの声があがる。
目を見開いて驚きの表情で居たのは——雫だった。
僕は小声で雫に声を掛ける。
「(どうしたの? 雫)」
「(……あ、いや、その、高校時代のクラスメイトが、居たもので)」
「(クラスメイトって……もしかして池君?)」
「(う、うん。ま、まさか、あの人がこの学校に居るとは思っていなくて、そ、その、ビックリしちゃった)」
ビックリ……というより怯えてないか?
高校時代に池君と雫の間で何があったのだろう。
僕が心配そうに雫の様子を伺っている最中に、壇上の佐山先生は池君の作品の講評に入っていた。
「池君。キミの作品は正に今の流行りを大胆に取り入れたものだね。地の文も少なめでライト層が取っ付き易い内容だ。流行っているものを十二分に活用するスタイルは非常に大衆向けだね」
「ありがとうございます」
「内容も簡素で分かりやすかった。主人公も魅力的だね。異世界転生モノは如何に主人公を輝かせられるかが最重要。そこをよく理解している作りだよ」
べた褒めだ。
実はまだ池くんの作品は読んだことないのだけど、ここまで褒められているのであれば内容が気になってきたな。
池君も得意げに鼻を鳴らしている。
だが、その得意げな顔はすぐに曇ることになる。
「ここからは批評だ。まず、この作品は小説家だろぉで掲載中の作品をそのまま転載して応募したね? 別に駄目とは言わないが添削くらいはしてほしかったな」
「手直しする所などありませんでした」
「そうかね? キミの文章は粗が多いよ? 重言は多いし、なんならキャラクター名も間違っていたよ? 投稿する前にきちんと見直しをしたまえ」
「……ぐっ」
「あと、ヒロインが主人公に惚れるの早すぎないかね? 主人公が『料理』スキルで上手いモノを提供したことが惚れるキッカケとなっていたが……上手い飯が作れるだけで惚れるのはさすがに無理があると思うよ」
「りょ、料理が出来る男は昔からモテる要素の一つです!」
「だからといって料理を提供したその日に夜這いをかけるほど惚れるかね? まぁ、そういう健気な要素をヒロインに取り入れるのは結構だが、個人的には終始首を傾げざるを得ない内容だったよ」
「ぐぐ……っ!」
「物語の大筋は悪くないのだから、キャラクターに『深み』を持たせてみるとより魅力的な作品になる。批評は以上だ。着席していいよ」
「…………」
け、結構ズバズバ提言してくる先生だな。編集者みたいだ。
でも言っていることは本当に参考になる。
イラスト科の講師でありながら小説のクリエイトにも知識が深いようだ。
佐山先生の容赦ない批評を目の当たりにし、周りの生徒がざわついてきた。
そして第9位の発表がすぐに行われるのだが……
あまりにも大きな衝撃が僕を襲うこととなる。
「第9位。音楽科。黒滝龍一郎。作品名『I’m Back』。獲得スター数+131。該当者は起立をしてください」
——えっ?
「……はい」
後ろの方に座っていた男子生徒が立ち上がる。
髪はヤンキー風な反りこみ坊主に変容していたが、その迫力、その眼光……
それは僕の知っている黒龍で間違いなかった。
「ええええええええええええええええっ!?」
思いもよらぬ宿敵の登場に、僕はつい大勢の前で叫んでしまっていた。




