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春~5月第2話 藤祭りにて




「うわぁ、キレイ!」



五月晴れの空に、子ども達のはしゃぐ声が聞こえる。



日曜日。午前中だけという約束だけど、空くんが連れてきた子どもたちと一緒に藤祭りにやって来た。



晴れ渡った青空に薄紫の藤の花が映えて、とても綺麗。隙間なく滝のように垂れ下がる様は圧巻だった。



久しぶりに絵心がくすぐられて、抱えてたスケッチブックを開く。やっぱり来てよかった。このところ伊織さんとのことで気分が塞がってばかりだったけど、抜けるような青空を見てるだけで元気が出る。



今日は動きやすい緑色のロゴ入りトレーナーとゆったりめのジーパンとスニーカー。色気も何もないけど、子どもの相手をするしと顔も日焼け止めとリップしか塗ってない。



よし、描くぞと意気込んだ私に、子ども達が露店に目を奪われてるのが見えて苦笑いをした。



「碧姉ちゃん、あたし、りんごあめ食べたい!」



さっそく心愛ちゃんが私におねだりしてきたから、財布を出そうとしたけど。先に空くんが小銭入れから500円ずつ子ども達にお小遣いをあげてた。


「無駄遣いすんなよ! 冷たいもんは腹を壊さないように気をつけろ」


「はぁい! 空兄ちゃん、ありがとう!」



空くんに元気よく返事をした子どもたちは、早速目的のお店に向かって走る。花より団子だわ~と、素直に欲望を表す子ども達が微笑ましく感じてクスクス笑った。


「空くん、兄貴面のために無理しなくていいんだよ? はい、お金」


「いいって。バイト代が入ったばっかだし、碧姉ちゃんにばっかし負担をかける訳にはいかないだろ。碧姉ちゃん、バイト辞めたじゃん」


「……それは」



白いピーコートにカーキ色のチェックカーゴパンツと高校生らしいラフなファッションに身を固めた空くんは、私を横目で見てくる。まさか彼にまで経済的な心配をされているなんて思わなかった。



確かに、ファミレスのバイトは伊織さんの命令で辞めるしかなかった。だから、空くんは私が金銭関係で悩んでると思って気遣ったのかな?



構図がいい場所を見つけてベンチに座ると、空くんが隣に腰を下ろす。開いたスケッチブックに鉛筆を走らせながら、私は空くんに一応言っておいた。



「空くん、心配してくれてありがとう。でも、私は大丈夫だよ」


「大丈夫……か」


ボソッと空くんが反芻するから、そうだよって答えた。



「私は、いつだって大丈夫。空くんが心配してるような問題なんて、なんにもないんだから」



シャッシャッと鉛筆を滑らせ、輪郭を写し取っていく。一通り描き終えて細かな陰影を描き込んでいると、空くんはぽつんと小さく吐いた。



「――嘘だね」


途中で、鉛筆が止まる。



「碧姉ちゃん、知らないだろ? 碧姉ちゃんが嘘を誤魔化す時、笑った時の顔が左右でアンバランスなの」


「……」



知らなかった事実を指摘されて、動揺したのは事実。するともしかすると、今まで嘘を着いた時は全て見破られていた?



怖くなって、鉛筆を持つ手が震えた。



「そんなに驚かなくてもいいだろ。俺が何年碧姉ちゃん見てきたと思ってんだよ」



空くんが苦笑いしていることは手にとるように解る。だけど、私は彼の顔を見る勇気が出なかった。



「まあ、俺がまだガキだから、言えないってのはわかる。だから、無理に訊いたりはしないよ」



ガリガリと頭を掻く音がして、思わず顔を上げた。



「空くん! みんなが何かを食べてる場所で頭を掻かないの」


「へえ、へえ。それは悪うござんした」



空くんは肩を竦めておどけた後、にやりと笑う。



「やっぱ碧姉ちゃん、おっかね~なぁ、みんな」


「ほふほふ、そうだね。この前ボクが靴のまま奥の部屋に上がったら、碧姉ちゃんに足を叩かれたもん」


「あ、あれは……大地くんが悪いんでしょう!」



小学4年の大地くんが兄貴分の空くんに賛同して、易々と私の恥ずかしい話を暴露する。空くんは卑怯だ。弟分達を味方につければ、私に勝ち目はないのに。


劣勢だった私を見かねたのか、心愛ちゃんが加勢をしてくれた。



「あら、そう? 野蛮な猿が何か叫んでるけど、あたしには聞こえない。ねえ、碧お姉ちゃん。猿がバナナ食べてるけど気にしなくていいからね」



心愛ちゃんが取り澄ました顔でなかなかの毒舌を吐くと、チョコバナナを食べてた大地くんがムキッ! と唸る。



「だれが猿だ、誰が!」


「あら、不思議。猿なのに日本語が通じたなんて」



ぎゃんぎゃん喚く大地くんの言葉を、心愛ちゃんは涼しい顔で聞き流してる。



可笑しくてクスクス笑ってると、空くんがにやりと笑った。



「碧姉ちゃんもたまにはああしてガキみたいに好きに言えばいいんだよ。溜め込むよりはましだろ」


「空くん……」


「あんま溜め込むの良くないだろ? ま、どうしてもってんなら俺が聞いてもいいけど? ステーキセットと引き替えに」


「ちょ、それ高すぎ!」



あはは、と遠慮なく笑う。なんとなくすっきりして、空くんの気遣いに感謝した。








その日の夜、おはる屋から帰った私は葛西さんに電話をかけた。



葛西さんは伊織さんの秘書を勤めて3年経つけど、付き合いはもっと長くて出身大学が同じの学友だったみたいだ。


伊織さんと葛西さん他数人が大学在学中に始めたビジネスがヒットし、小さな会社を創業。今年は創立13年目で、最近本社ビルを買い取ったとか聞いた。



伊織さんはどこぞの御曹司だけど、家族とは絶縁してるらしい。以上は必要最低限の知識として葛西さんから教えてもらった。



葛西さん自身は数年前に結婚をして幼い娘が一人いる。だから、そんな幸せを伊織さんにも味わって欲しいとこぼしてたけど。私では無理かもしれない。

でも……。



何もしないで諦めるよりは、当たって砕けろ精神で。チャレンジして後悔した方がずっといい。



『そりゃ、いいね!』



私の話を聞いた葛西さんは楽しそうに同意してくれた。



『早速スケジュールを調整するよ。あのワーカーホリックが過労死する前に休ませるのも秘書の務めだからね』


「あの……本当にお仕事大丈夫なんですか?影響があってご迷惑でしたら」


『平気、平気! あのバカはもう少し有能な部下を信用すべきなんだよ。下っ端の仕事まで抱え込む癖が抜けてないから。

何とか騙して連れてくから心配しないで』



葛西さんの軽い調子に若干不安を抱きつつ、お願いしますと頼んで電話を切った。








「……なんでおまえがここにいる?」



次の日、公園の待ち合わせ場所に現れたスーツ姿の伊織さんは、開口一番にこう言った。



私が葛西さんに頼み込んだのは、伊織さんに藤を見せたいってこと。



昨日青空の下で見た薄い紫色がすごく綺麗で。今しか見られない景色を、少しでも伊織さんに見て欲しいって思ったから。


今日はあいにく雲が多いけど時折青空が覗くし、雲間から漏れる光が綺麗だった。


彼に恥をかかせないため、ちょっとだけメイクもしてある。みっともない自分だけど、少しでもマシに見えるよう精一杯のお洒落をしてきた。



「あ、あの……すみません、私がわがままを言ってしまったんです。伊織さんに藤を見ていただきたいって……今が一番綺麗な時期ですから」



私は一生懸命に話すけれど、伊織さんの眉間のシワが深くなっていってる。


もしかするといつになくお洒落をしてしまったから、わざとらしすぎて機嫌を損ねた?私は慌てて頭を下げてから、ごめんなさいともう一度謝っておいた。



「ムダな時間を過ごすヒマはない」



案の定伊織さんは私の謝罪を歯牙にも掛けずその場で踵を返そうとしたけど、伊織さんの前に葛西さんが立ち塞がった。彼は伊織さんより10センチは背が低いけど、笑顔の威圧感が半端ない。



「伊織くん? ぼく言ったよね? この用事が済むまで次の書類を渡さないって。きみ、承諾したでしょ? 社長なのにそんなにあっさり約束を反故にするんだ~へ~え?」


そして、追加でニコッと笑ってとんでもないことをおっしゃいました。



「そんないい加減な人間を社長になんて据えてられないな~?キミを社長どころか会社から追い出すの、簡単なんだけど? 心血注いできた5年目のプロジェクト、チャンスを潰したいのかな?」



葛西さんの脅しを聞いた伊織さんは、あからさまに嫌そうな顔で盛大なため息を吐いて私を見た。



「で、どこへ行く? さっさと案内しろ」







「わ~こんなに咲いてる場所が市内にあったなんてね。近いうちにくるみと千尋を連れてきたいな」



昨日と同じように藤棚のベンチに座ったけど、感嘆の声を上げたのは葛西さんだけ。伊織さんは不機嫌なまま、ジッと空を睨んでるだけ。



仕事に使うスマホやタブレットは葛西さんに取り上げられたから、手持ちぶさたなんだろう。なら、と私は抱えていたバスケットを開いて2人の前に差し出した。



「あ、あの……よかったらこれ……どうぞ」



バスケットの中に詰めたのは、サンドイッチとフルーツとプリン。サンドイッチは重くならないように野菜を多目にして、食べやすいよう一口サイズにした。

ペーストの野菜をベースにアンチョビを挟んだり。卵もマヨネーズで和えずに塩だけにしたり。


朝から四苦八苦しながら工夫して、伊織さんが食べられるものをと思ってたんだけど。



「お~うまそう!食べていいの?」


「はい、あまり自信はありませんけど。よかったら……」



おずおずと顔を上げると、葛西さんは両手でサンドイッチをつかむと早速かぶりつく。



「うま! これ、すごい美味いよ」


「は……はい、ありがとうございます」



葛西さんの賛辞に適当な相づちを打ちながら、ちらちらと伊織さんを見る。



「伊織、せっかく作ってくれたんなら何か食えよ」



葛西さんにせっつかれた伊織さんは、大きなため息をついてバスケットに手を伸ばす。



いよいよ食べてもらえる? と緊張したけど。



伊織さんが手に取ったのは、プリンが入ったガラス容器だった。




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