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番外編~2年目7月 この子、誰の子?1





「…………」


「…………」



町から帰ってきてから気付いたけど、玄関前にまったく知らない人がいた。



その人もわかってはいるのか、ただ私をジッと見てるだけ。それもそうだ。その若さから言えば、初対面には間違いないから。



ただ、言葉が出せないことに間違いはないから、私が話しかけても無駄かもしれない。でも、どうしても放っておくことなんてできなかった。



だって、私も同じいきさつでおばあちゃんと家族になったんだから。



「こ、こんにちは。どうしてこんなところにいるのかな?」


「………」


「とりあえず、ここにいても仕方ないから。お家に入ろっか? あ、抱っこするけどだいじょうぶだよ? なにもしないし怖い人じゃないから」



おはる屋では子ども相手に商売もするけれど、実際に面倒を見るとなると話が違う。



ましてやそれが、大きめのかごに入れられた赤ちゃんとなれば未知の世界。



まだ葛西さんの赤ちゃんは生まれてないし、間近に接したことはないから何をするにも怖い。かといって、この7月の炎天下。かごが木陰に置かれていたとはいえ、赤ちゃんをいつまでも外に置くわけにはいかない。



恐る恐る手を伸ばして、あ、手を洗ってからの方がいいかな? って気づいて。綺麗なタオルを引っ張り出し赤ちゃんの体に手を差し入れて慎重に抱き上げる。



「わ……結構重いな。でも……」



なんだか、柔らかくてあったかくて。なんだろう……胸の奥ががむずむずする。きっと私の顔は緩んでいただろうと思う。



だけど……



一枚のメモを見た私は、何もかもが凍りついた。



“伊織さんへ――

育てられなくなったので父親のあなたへ託すことにしました。美鈴といいます。

どうかよろしくお願いします。――美里より”











「まったく、人妻となった身でこれくらいでオタオタしなさんな。みっともない! 」



どうしていいかわからずにとりあえずおばあちゃんを家に呼んだら、赤ちゃんを見た途端にいきなり一喝された。



「だ、だっておばあちゃん……伊織さんの子どもって……」


「ふん、バカ婿も一応はやるじゃないか。浮気は男の甲斐性って昔はよく言ったもんさ。

だがまあ、子どもに罪はない。あんたも狼狽えてる暇はないよ、しゃんとしな!

母親になる練習だと思って、頑張って面倒を見るんだ」



やっぱりおばあちゃんは慰めたりしてくれるはずもなくて、いきなり突き放されてしまいましたよ。



「えっ……でも、私。赤ちゃんの面倒なんて見たことないから、どうしていいかわかんないよ」


「まったく……相変わらずぼんやりとした子だね。あんたもいつかは子どものことを考えてたんだろ? なら、先に勉強くらいしておくもんだ」



おばあちゃんはそう言いながら、手にした風呂敷をドサリ! とリビングのテーブルに置く。



「とりあえず、赤子にはオムツとミルクだろ。あとは自分で何とかしな!」


「え……もう帰っちゃうの?」


「わしは忙しいんだよ。いつまでもあんたにかまってるヒマはないからね。こっちは十人の子どもが待ってるんだ。後は自分で頑張んな」



おばあちゃんはそう言ってさっさとリビングから出ていった。






風呂敷包みを開いてみたら、そこにあったのは布のオムツと古びた育児本……そして、母子手帳があった。



「これ……私のだ」



“篠崎 碧”



へその緒がついたまま捨てられた私は、おばあちゃんが見つけてくれなければきっと死んでた。おばあちゃんがお母さん代わりに一生懸命育ててくれたから、私はこうして大人になって。伊織さんとも出逢えたんだ。



そして複雑な事情で彼と契約結婚したけど、奇跡的に想いを重ねることができて。今では本物の夫婦になれた。



それはとても幸せなことだし、身に過ぎた幸運と感じてる。


伊織さんの過去を全ては知らないし、無理に問い質すつもりはない。彼が話したい時に話してくれればって考えてる。



でも、やっぱり気にならないと言えば嘘になる。



(美里さん……って誰だろう?伊織さんが父親というなら……やっぱりそういった関係があったんだよね?)



伊織さんが女性経験がまったく無いとは思えない……その……手慣れているし、私はいつも夢の中にいるようで。いつの間にか気付いたら朝に……なんてパターンばかりだし。



最近はやたらスキンシップも増えて……って思い出しただけで、頭が沸騰しそうなくらい熱くなる。



(伊織さんが慣れてるってことは……他の女の人と……ってことだよね。それは仕方ない……私と出逢う前だし……)



複雑な気持ちはあるけれど、結婚前だったら伊織さんの自由だし。そう考えても、やっぱり胸が重くなるのは避けられない。



伊織さんの……子ども……赤ちゃん……。 私とは違う女性との。



何とも言えない気持ちのまま、かごに入った赤ちゃんの様子を見ようと覗いてみた。






やっぱり、泣きも笑いもせずただひたすらこちらをじっと見てくる。



赤ちゃんってこんなものなのかな? 子育てなんて私にとってまったく未知の世界。とにかくリラックスさせようと、にっこり笑ってみたんだけど。



途端に、赤ちゃんの顔にくしゃりとシワが寄る。



(え、怖がらせちゃった? 笑顔ってコミュニケーションの基本だと思ってたんだけど。もしかして赤ちゃんには通用しない?)



「だ、だいじょうぶだよ! 私は何もしないから。何にも怖いことはないんだよ。ほらほら、あばば!」



たしか、子どもや赤ちゃんには変な顔をすれば喜んでくれたような……気がした。



そこで、百面相のように色んな変顔を試すと。赤ちゃんはますます顔を歪ませて、今にも泣きそう。



(わ……どうしよう。どうすれば……そうだ! 抱っこしてあやせば……)



幸いさっき手を洗って殺菌しておいたから、触っても大丈夫なはず。抱き方はいまいちよくわからなくて、かなりいい加減かもしれないけど。とにかくご機嫌を直して欲しくて恐る恐る抱き上げる。



さっきも感じたけど思ったよりずっしりしていて、そして何だか柔らかい。ほんわかした甘い匂いのようなものがして、また胸がむずむずして温かい気持ちになる。



「だいじょうぶだよ。きっと、お母さんは来てくれるから、だから、それまでいい子にしてようね」



赤ちゃんのぬくもりを感じながら、自然にそう語りかけて微笑んでみせた。



これで大丈夫。落ち着くかなと思ったのに。



「ふんぎゃ~!」


赤ちゃんはもっと顔を歪ませて、火がついたように泣き出した。



「ええっと……待って。ほら、猫ちゃんいますよ~」



何とかあやそうと無駄な努力をしてみたけれど、ますます勢いをつけてギャン泣きされてしまいました。



(泣かないで、って言っても無理だよね。ええと……確かおばあちゃんはミルクかオムツって言ってたっけ)



こうなったらおばあちゃんのアドバイスに従って、何とかお世話してみるしかない。赤ちゃんをそっとかごに寝かせて、肌掛けをかけてからテーブルで開いた風呂敷の中身をチェックする。



まだ新しい哺乳瓶と缶入りの粉ミルクを見つけた。きっとおばあちゃんが近くの薬局まで買いに行ってくれたんだろう。



(おばあちゃん、ありがとう)



おばあちゃんは口は悪いしすぐに突き放されるけど、自分で努力してどうにもならなければちゃんと手助けしてくれる。



わかりにくいし遠回しな優しさだけど、それは真の愛情からくるものだと私は思う。 本人のためを思えば、努力や経験してこそ得るものや成長する芽を摘むなんてことはできないはずだし。



私だって、いずれ母親になるならこれくらいで狼狽えてちゃダメ。おばあちゃんくらいどっしりした人には難しいけど。子どもから頼られる母親になりたい。だから、これはいいチャンスだ。



たとえこの子が伊織さんの子どもでも、そうでなくても……おばあちゃんの言う通り。子どもに罪はない。



私だって、母親に捨てられた。複雑な気持ちは薄まらないけど。それでもこの子は昔の私と同じ。なら、一生懸命お世話しよう。そう決意した。






「えっと……ミルクは人肌程度? あ、その前に哺乳瓶と飲み口を殺菌しなきゃならないの? あ、お湯を使えばいいのか」



缶に書いてある作り方や育児書の注意事項を参考にして、まず手を念入りに洗って……哺乳瓶や必要なものを煮沸消毒。水は水道水で問題ないけど、必ず70℃以上でないとサルモネラ菌の心配がある……と。



ミルクの温度は人肌程度。作る時は先にお湯で粉ミルクを溶かしてから、後で同じお湯を足すか冷まし用のお水で冷ますか……流水で冷ます、と。



その他にも細かく注意しなきゃいけない点があって、慣れない私はミルクを作るだけで悪戦苦闘。



やっといいかな、って思えたミルクを腕に落として温度をみたら、思ったより熱くて慌てて冷まし直したり。



泣き声に急き立てられて焦った結果、リビングの入り口に足を引っかけて転びそうになった。



「できた……はい、ミルクだよ」



ぼろぼろになりながらなんとか作り終えたミルクの入った哺乳瓶を赤ちゃんに見せるけど、ただ泣くだけで反応がない。吸い口である乳首を口に近づけても、飲んでくれません。



「も、もしかしてお腹空いてない? オムツの方だったの!?」



ひええ、どうしよう。作ったミルクは衛生上次に持ち越せないって書いてあったし。もったいないけど捨てるしかないか……


(それより、一度オムツを見てみないといけないか。何時間外にいたか知らないけど、そりゃ大人でも我慢出来ないよね)



ミルクが冷めないようにタオルでくるんでから、かごの中にいる赤ちゃんのオムツをどうにかしようと開いてみたら。やっぱり濡れてました。



「ええと……まずはお尻を拭いて……パウダーを……え、オムツ……ってどうやって巻くの?」



まったく未知の出来事なだけに、オムツ替えに30分近くかかって。やっと落ち着いて抱き上げたまま哺乳瓶を与えたら、やっと乳首に吸い付いてくれました。



お腹が空いていたからなのか、勢いよくミルクが減っていく。空気を一緒に飲ませないように、と哺乳瓶の角度を変えながら、飲んだ量を観察。



(空気を飲み込むとミルクを吐いちゃうから……飲んだ後はゲップをさせないと)



さっき読んだ育児書の内容を思い出しながら、にわか知識で赤ちゃんの様子を見守る。抱き方1つでもちゃんとした理由があって、世の中のお母さんって大変なんだなって実感した。



たぶん飲み終えただろう頃を見計らって、縦抱きにしてから赤ちゃんの頭を私の肩に載せて背中を軽く叩く。しばらくして、けふ、とかわいらしい音がしてホッとした。



お腹がいっぱいになったからか、赤ちゃんが眠たげにあくびをしてる。



「それじゃあお寝んねしようね」



話しかけながら篭に敷いたベビー用布団にそっと横たえ、寒くならないように肌掛けを体にかけてエアコンで室温と湿度を調整。高機能なエアコンでよかった。センサーがついて冷風が赤ちゃんにいかないから。



すうすうと寝入った赤ちゃんを見ながら、どっと疲れを感じたけど。なんだか全身がぽかぽかとなるような暖かさを感じる。



(もしかすると、これが母性愛ってものかな?)



赤ちゃんを見てるだけで頬が緩むし、幸せな気分になる。可愛くてなにかしたくなる。



自分でも、こんな気持ちになるなんて思わなかった。



(だけど……どうしてお母さんは手放したんだろう? こんなに健康そうで、布団も籠もちゃんとしたものだし。やっぱり経済的に苦しくなって……なのかな?)



赤ちゃんが愛されて育ったことは一目で解った。だから、よほど切迫した事情があるのだと思う。きっと断腸の思いで託すために連れてきたんだろう。



(お母さんがちゃんと思い直してくれますように……)



赤ちゃんの寝顔を見ながらそう思った。



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