11:侯爵家の門の前が渋滞していた。
お茶会が終わり、両親らと男爵領へさぁ帰るぞという時だ。
侯爵家の門の前が渋滞していた。
もちろん、車ではなく馬車の渋滞。
「何かあったのかしら? にぃちゃま、見える?」
「んー……先頭の馬車が傾いて見えるね。車輪が壊れたかどうかしたのかな。父上、ちょっと行ってきます」
「ディルムット。あまり派手に使うんじゃないぞ」
派手に――とは、もちろん錬金魔法のことだ。表向きには「木材の加工」しか出来ないってことになっているからね。まぁ馬車の車輪関係なら、ほぼ木材だし大丈夫さ。
「マーガレット。ごめん、頑丈な木材はある?」
従者とメイドさんが乗る馬車の方へ行き、マーガレットに声を掛けた。
「あ、はい。少量ですがございます。お持ちしますね」
「いや、マーガレット。わたしが行こう」
「ロバート様がですか? あ、そうですね。ではこちらをお願いします」
何かあってはマズいからと、馬に騎乗していたロバート卿が下りてきて一緒に来てくれた。
途中、シュパンベルク伯爵家の馬車を通り過ぎるとき、ランドファスが窓から顔を出して何か言いかけたが、ロバート卿を見て慌てて引っ込んだ。
「ロバート卿はどんな顔をしてランドファスを睨んだんですか? 顔を見ただけで逃げてくれるんだから、僕も見習いたいのだけど」
「いや、そう言われましても……。ただ憎たらしいクソガキめ、お前が人間ではなくゴブリンだったら簡単には死なせないぞ――という気持ちが表情に出てしまっただけなのですが」
それ、完全に獲物を狙う猛獣の顔だったんだろ。
ロバート卿は父よりも七つ年上で、代々騎士の家系だ。次男ってこともあって爵位を継げないからと、若い頃は冒険者をしていたこともあるらしい。なのでモンスターの知識も豊富で、凄く頼りになる男なのだ。
まぁそんな人からゴブリン扱いされて睨まれれば、そりゃ怖いだろうな。
先頭の馬車の近くまでやってくると、何故か騎士たちが道を塞いでいる。
ロバート卿が前に出て彼らに何事か尋ねると、渋い顔をした騎士のひとりが「何でもない。直ぐに済むからお待ちいただけるか」と。
これは埒があかないパターンだな。
「あの、馬車の車輪が壊れたように見えるのですが、合っていますか?」
俺が一歩前に出ると、すかさずロバート卿が「こちらはシュパンベルク男爵家の嫡男、ディルムット様です」と紹介してくれる。
「壊れた箇所が木製であれば、僕の錬金魔法で治すことも出来ます。そちらの主にご確認ください」
「れ、錬金魔法……お、お噂はお聞きしております。少々お待ちください」
一番年長の騎士が踵を返す。
それにしても、彼らが立っている場所から先頭の馬車まで結構距離があるな。
なんでこんな離れた所で後続の馬車を止めているんだ。
しばらくして騎士が戻って来ると、俺とロバート卿が通された。
「右前の車輪が破損したのです。ここへ来る途中、大きな岩に一度ぶつけておりまして」
「あぁ、それじゃあヒビでも入っていたのかもしれませんね」
「おそらく……つい先日も破損したばかりだったので、予備の車輪をその時に……」
予備を使って更に予備を用意する前にまた壊れたのか。運転の荒い御者なのか?
馬車までやってくると、確かに右側の前輪が壊れていた。御者は……見当たらないな。
まぁいいや。
「ではすみませんが、車輪を外さなきゃいけないので馬車を持ち上げて――「お前っ」はい?」
女の子の声だ。振り向くと金髪で赤い瞳の女の子が仁王立ちしていた。
この子、さっき会場で見た子だ。
「直ちぇるそうね」
ちぇる? ティファニーやジークと同じ歳ぐらいだし、まだ上手く発音できない部分もあるんだろうな。
「うん、出来ると思うよ」
「思うではダメらの! あんた、わたくちをバカにちてる!」
「い、いや、バカにしてるとかじゃなくって――わっ」
いきなり右手を振り上げるから、思わずその手を掴んだ。
「んなっ。この!」
今度は左手かよ。それも掴んで、さぁもう手は出せないぞ――と思った瞬間、噂を口にしていた子供たちの話を思い出す。
――アソコを蹴った。
――アソコを
――アソコ……
悪寒がして、即座に俺は右足を上げてガードした。
そしてそれは正解だった。
目の前の幼い女の子は、俺の大事なアソコを蹴り上げようと足を上げたのだ。
ガ、ガードしておいてよかった。
「いったぁい。な、なんで避けりゅのよ!」
「なんでって……君はとんでもない女の子だね。車輪が壊れて困っているだろうと思って助けに来たってのに、その相手に対して平手打ちや急所蹴りをお見舞いしようだなんて」
「んなっ。お、お前……わ、わたくちに立て付くつもりなのっ」
はぁ。さっさと修理して戻ろう。こんな乱暴な女の子がいるなんて。
「坊ちゃん。車輪は外しておきました。大丈夫ですか?」
「うん。なんともないですよ。たまに騎士団のみなさんに鍛えて貰っていたのがよかったのかな」
二、三日に一度のペースで、木剣を使った剣術の鍛錬も付けてもらっている。
だってこの世界にはモンスターがいるんだ。そして俺はいつか男爵家を継ぐ男。モンスターと戦えないんじゃ、カッコつかないしな。
「それじゃ、やってしまおうか」
壊れた車輪と木片、それからロバート卿に持って来て貰った木材を集めて、魔力を練り上げる。
車輪に触れて魔法陣を出現させてから――頭に浮かんだ文字から【修繕】を強く念じた。
壊れたと言っても、半分以上は原型を留めている。おかげで魔法の方で自動補正してくれるから楽なもんだ。木っ端微塵になっていたら、他の車輪のサイズを測って全く同じように作らなきゃいけなかったから、結構面倒なんだよな。
七色に光った車輪が元の形へと戻る。
「これでちゃんと走れますから、あとは嵌めるだけです」
「あ、ありがとうございます。いや、本当に一瞬で……」
「ははは。一瞬ですが、木製のものしか錬金出来ないんですけどね。それに大きなものも」
と嘘アピールをしておく。
さぁ戻ろう。あんな狂暴な女の子からはおサラバしなきゃ。
いくら顔が綺麗でも、俺は暴力女は嫌いだ。前世の母親がそうだったから。
「ま、待ちなさいっ」
待ちたくない。
「あんた、わ、わたくちの奴隷になりなちゃい!」
「は? ど、奴隷!?」
「お、お嬢様っ。それはなりませんっ」
「おまだりっ。わたくちはクリスティーナ・ローズメインよ! 侯爵令嬢なんだから、言うことを――「おほほほほほ。馬車の修理、ご苦労でしたね小男爵。このお礼は後日いたしますわ」むむぅーっ」
横から飛び出してきたのは金髪の貴婦人。たぶんこのクリスティーナという子の母親だろう。
どういう育て方をしたんだ……。
「お礼は結構です。みなさん、帰れず困っていたからやったまでですから。では失礼いたします」
軽く会釈をしてから、足早に自分の馬車へと戻った。
はぁ……もう完全に女版ランドファスって感じで、疲れたなぁ。




