幕間:侍女①
私の名前はエドナ。
ミリセント・アグエッドス公爵令嬢付きの侍女である。
ミリセント様が三歳の時より、私はミリセント様の侍女として仕えている。
ミリセント様は昔から変わった令嬢だった。なんというか、はじめてであった時から何処か年相応ではない雰囲気を持ち合わせていたり、慌てている時に不思議な言葉を発したり――、そんなことがたまに起こった。
とはいえ、少し変わった所があるとはいえ、ミリセント様はいつだって元気で、真っ直ぐで、優しい令嬢である。私はそんなミリセント様の傍に仕えられることを誇りに思っている。
さて、そんなミリセント様が本格的に変になったのは七歳のある日のことだ。ある時、ミリセント様は倒れてしまった。そしてその後、目を覚ましたミリセント様の様子はおかしかった。
ブツブツと何かを言い放ち、顔色が悪かった。……ミリセント様のことを誰が憂いにさらしているのか、ミリセント様を悲しませるものは排除しなければと私を含む、アグエッドス公爵家に仕えるものたちは思ったものだ。私たちはミリセント様が心健やかに楽しそうに過ごしていることが好きなのだ。
専属侍女である私は、ミリセント様が何を憂いているのか、少しだけ知る機会があった。
「……このままじゃ、ティモに捨てられちゃう!? そうよねー、私悪役令嬢だし、いやでもうーん…」
などと謎のつぶやきを発しているのを聞いてしまったのだ。
ミリセント様の言うティモとは間違いなく、ミリセント様の婚約者であるティモ殿下のことであろう。誰かがミリセント様に良からぬ助言でもしたのだろうか、何かミリセント様にそのように思わせるようなことを噂として耳に入れたのだろうか。——そんなことを思ったが、私はずっと傍に居て、不審な事を言うものはいなかった。
それにしてもミリセント様の婚約者であるティモ殿下はそれはもうミリセント様を愛していらっしゃる。だというのに何をミリセント様は心配しているのだろうか。
ティモ殿下はきっと、ミリセント様が婚約者をやめたいといっても離さないぐらいにはミリセント様のことを思っている……と側から見れば丸わかりなのだが。そもそもあの殿下、まだ子供なのに恐ろしいほど頭が回るから、ミリセント様のことをミリセント様に悟られないように囲うぐらい簡単にしそうだと思う。
あとミリセント様は悲しそうにつぶやいていたので、本心では捨てられるなんて嫌なんだと思う。ですよね、ミリセント様とティモ殿下、王侯貴族同士の婚約者でありながら仲良しですし。政略結婚も多いのに、お二人とも本当に仲良しですし。
となると、何をもってしてミリセント様はそんな風に不安になっているのでしょうか。
そんなことを思っていたらミリセント様はなぜか、ティモ殿下と交換日記なるものを行うことにしたようです。しかもティモ殿下の使い魔なんていう間違っても使い走りにしてはいけないものを使って……。
ミリセント様はしばらく変な様子でしたが、しばらく経つと昔のように戻り、笑顔を見せるようになりました。
ティモ殿下から捨てられてしまうといった思考はなくなったようです。
私はそのことに安堵しました。
ミリセント様には一番笑顔が似合っています。落ち込んだ表情や暗い表情なんてミリセント様には似合いません。ミリセント様は、ずっとずっと笑っていたらいいのです。ティモ殿下の隣で。
ミリセント様は、交換日記を始めてから昔より変になって、見た事もないものを作り出そうとしたり、よく分からない言葉を言ったりすることも多くなりました。でもそんなミリセント様でも私たちの大事なお嬢様です。
この度、ミリセント様は疫病の解決に貢献していたようです。交換日記の中でティモ殿下とそれをおさめるための働きをしていたようで、王城に行った時もお二人で話をしていました。
互いに「ティモのおかげね」「ミリーのおかげだよ」と言いあうお二人は……こうなんといいましょう、とても素晴らしい関係です。言葉で表せないぐらい素晴らしいものをなんと表現したらいいかとミリセント様に問いかけたら、「かけがえのないものや胸に迫るもの、最高な物に対して尊いという言葉を使うものなのよ」などとおっしゃられてました。はい、そんなわけで私はミリセント様とティモ殿下に尊いという表現を用いています。
お二人とも、お二人で居る時が一番笑顔で、一番素晴らしいと思います。ミリセント様はティモ殿下の前では、全てをさらけ出しているようなそんな雰囲気があります。ティモ殿下もミリセント様の前だといつもにこにこと笑っています。こんな表情が見れるのは私がミリセント様付きの侍女だからにほかなりません。
本当に良い関係で、私はお二人にこれから寄り添いあい、幸せになってほしいと望まずにはいられません。
「エドナ、次はね――」
ミリセント様は次々に色んなものに手を出します。色んな事を巻き起こします。それについて行くのは正直大変です。それでも、ミリセント様が喜ぶ笑顔があるのならば私は幾らでもミリセント様に付き従う所存です。




