第七章 第八章
第七章
今日も雨だった。
バケツをひっくり返したような、とはこのことで、びしょ濡れになって出勤をした。
「よう、今日はいちだんと降るなあ」
そう声を掛けたのは同じ精神科第二で働く実藤だった。
「びしょびしょになってしまいましたよ」
「今年はよう降るなあ」
「ですね」
確かに今年は雨降りが多い。
「なあ、お前、波瀬から患者をまわされたって?」
「はい。一人だけ。でもいい子ですよ」
「遠藤って子だろ」
「そうですけど?」
「その子、内科ではちょっと有名だったらしいぞ」
「はあ?」
「ま、がんばれよ」
そう言って意味ありげに笑い、彼は去って行った。
「・・・」
彼女が有名だった?がんばれよ?私にはあの少女が手におえないような凶暴性のある患者には思えない。第一、少女の印象は消え入りそうにおとなしい、だった。
あの子には何かがある?
一体何が?
とんでもない患者を引き取ってしまったのか?
あの少女については謎ばかりだ。
第八章
「こんにちは」
今回は少女の方から挨拶をしてくれた。
「こんにちは。気分が良さそうだね」
「はい」
「何かいいことでもあったのかい?」
「いいえ、とくには。だだ、私が先生の知り合いだったんです」
はて、この子と以前どこかで会ったことがあるのだろうか。
「知り合い?僕は君と会ったことがあるのかな?」
「いいえ、今の私とはありません」
「そう」
妄想?からかい?判断がつきかねる。
「質問をいくつかさせてもらうよ」
はい、と素直に返事をし、少女は姿勢を正した。
「君は誰もいない所で誰かの声を聞いたりしたことはあるかい?」
「はい。私自身の声を聞きます」
「私自身とは心の声のことかな?」
「意識の声です。あまりにも多くて潰れてしまいそうです」
「では、誰かの視線が気になることは?誰もいない所で」
「それはないです」
「自分の中に誰かがいるような感じはするかい?」
「私の意識の外には沢山います」
「その人たちが話しかけてくるのかい?」
「はい。そうです」
「君も話をするの?」
「私の声は皆には聞こえません」
「そう」
比喩で答えているのだろうか?自分の心の中の声を擬人化させているのか?
冗談を言っているようには見えないが・・・
少女の丸く大きな目を覗き込みながら、聞いてみる。
「君はこの状況をなんとかしたい、と思っているのかい?」
「はい。でも原因は私自身にあるんです。」
「ほう、その原因とは?」
下を向いたり左右をきょろきょろとしてから、真っ直ぐに私を見据えて少女は言った。
「先生、私をこの時間から解放して、そして私たちを助けて!」




