第一章 第二章
第一章
新崎県立病院は緑に囲まれた静かな市外地に建っている。
私が勤務する精神科第二は三棟に別れた病棟のうち、この病院の主となる第一病棟に属している。
院内は明るく、開放的なイメージで、患者にとっても私のような医師たちにとっても過ごしやすい環境だ。
回診を済ませ、内科第三の前の廊下を歩いていたら、廊下の向こうで内科医の波瀬に手招きをされた。
「何だ、珍しいな。患者はどうした?」
「空きができてな。小澤君。僕の患者を一人診て貰えないか?」
彼は面長で品の良い顔をしているのだが、ぼさぼさの頭と分厚い眼鏡のせいでその良さが失われてしまっている。よれよれの白衣もその原因の一つだ。
「意外だな、お前が患者をまわしてくるなんて」
「いや、この患者は小澤君の方が専門だと思ってな」
「専門?子供なのか?」
「ああ、11歳の子だ。だが、年齢じゃあない」
「11歳だが自分を45歳の妻子持ちだと思っているとかか?」
「いいや、そうではない。まあ、一度診てみてくれ」
波瀬がここまで言うので承諾をしてみた。
これがあの少女と出会うきっかけになった経緯だった。
第二章
波瀬に頼まれた少女の名は、遠藤望。年は波瀬の言ったとおりの11歳。
大きな目に、丸っこい顔のせいで、実際の年より幼く見える。
長いストレートの髪に星の形をしたバレッタをつけている。
「始めまして、望ちゃん」
「・・・始めまして」
「緊張をしてる?」
「はい。少し」
診察室はやけに広い。そこにスチール製の机と椅子が三つ。
広さの割には物が少ないので、少々落ち着かない部屋だ。窓も一つしかない。
「そうだね。なんたって僕とは初めてお話をするからね。じゃあ、始めは絵を描くことにしよう。」
そう言って白い画用紙を取り出す。
「この紙に実のなる木を描いてくれるかな?どんなものでもいいから」
「はい」
そう答えてから彼女は少し考える様子を見せて、それから鉛筆を走らせる。
じっくりと考えながら描いているようだ。
「出来上がった?」
「はい」
「どれどれ?」
描きあがったものは、右上の部分に太くがっしりとした幹があり、右端に寄せたために幹の割には葉が少なくなった、実のなっていないものだった。
「実は忘れちゃったのかな?」
「いいえ、これからなるんです」
「どんな実がなるのかな?」
「オレンジ色の小さな実がなります」
少し、気になる絵だった。
木になる実のイメージが出来ているのであれば、この少女の年頃の子なら描くのが殆どだ。
それに、右上にはみ出した木のイメージは生への損失である。
木は自分自身を例えているものなのである。
「いつ頃なるの?」
「来年には」
「そう」
カルテに今のやり取りを書き留めていると、唐突に少女は言った。
「先生は時間というものはどんなものだと思いますか?」
第一章の文字数が600字を満たさなかった為、第二章と併せて投稿をしました。申し訳ありません。




