入城
陸斗とイノシシの周囲は雪の粉塵が舞っている。
「陸斗!!」
柚季の声が響く。そしてその声に答えるように粉塵が晴れていく。
「はぁ……はぁ……」
息遣いが聞こえる。次第にシルエットが浮かび上がる。
そこには腕を天に突き上げた陸斗の姿があった。勝利のポーズだ。
証拠に、地面に倒れ伏したイノシシがその場で爆散し光粒となって消えた。
「ほ、ほんとに勝ったんだ……」
柚季の隣にいた紗亜弥がそう呟き、ほっとしたように肩をゆっくりと下げた。
巨大なイノシシを陸斗たち三人で倒したのだ。その達成感は凄まじいものだろう。
そこに、乾いた音が入る。拍手の音だ。
「いやぁ、驚いたよ。まさかウチのイノちゃんをやっちまうなんてな。追い払うだけでも合格にしてやろうと思ったが、これは期待できそうだ」
聞き慣れた、とは言えないが知った声に一同が振り向く。
吹雪の中から姿を現したのは、いつの間にか消えていた泰樹だった。
「泰樹さん、今までどこに……じゃなくて『ウチの』ってどういうことですか」
聞きたいことはたくさんあった。しかし泰樹はそれに答える気はなさそうだった。
「まあ、こっちに乗りなよ。今度こそギルド本部に連れてってやるよ」
そう言うと、泰樹の後ろに先ほどまでの籠よりも上等な馬車が露になった。
陸斗たち三人は顔を見合わせ頷き合う。泰樹をとりあえず信じることにしたのだ。また騙される可能性もあるが、そんなことを言っていたらキリがない。
陸斗たちが乗り込むと、馬車はすぐに動き出した。
それからは、こちらからどれだけ話しかけても泰樹は答えなかった。最初の頃とえらい違いだ。
そして馬車に揺られること三時間。ついに『リベラシオン・エグリース』のギルド本部に辿り着いた。
□ ■ □
厳かな雰囲気を漂わせる外観。鋼鉄の城と表現したくなるような巨大な建物。この吹雪の中でも褪せない異彩は陸斗たちに畏怖を刻むのに十分だった。
泰樹の案内で陸斗たちが中に入ると、まず眩いほどの真紅のカーペットと豪奢なシャンデリアが目に入る。二階へと上がる階段は優雅な螺旋を描き、壁には装飾が施されており、絵画まで飾られている。
陸斗たちも我を忘れて見とれていたほどだ。
「へっへっへ、驚いたろ! これが我らがギルド『リベラシオン・エグリース』本部だ!」
泰樹は両腕を広げ、高らかに声を上げた。
「うっさい、泰樹! 何時だと思ってんの!」
すると二階から怒声が降ってきた。四人は一斉に上を見上げる。
「す、すいません姐さん……。久しぶりの帰還で舞い上がってしまって……」
「ああ、そうだっけ。二週間ぶりくらい?」
「正確には二十日ぶりですかね……」
「まあまあ、細かいところは置いといて。そいつらは?」
そこでようやく陸斗たちに気づいた女性。
珍しい青みがかった髪色で、だいぶ下目のツインテール。頬がわずかに上気しているのは風呂上がりだからだろうか。服装もゆったりとした白のワンピースだ。
「細かいって……。えっと、こいつらは新入りです。事前にメール送ってますよね?」
「あ、そう? まだ見てなかったけど」
女性は泰樹に対して心底めんどくさそうに接する。はた目から見れば仲が悪いのではないか、と邪推してしまうほどだ。
「えっと、皐月陸斗です! 新規で――」
「ああ、いいよ自己紹介は。明日ギルメンの前でやってもらうから」
女性は手をひらひらして陸斗の言葉を遮った。
先陣を切って始めた自己紹介だったが、あえなく撃沈したようだ。
「んじゃあ、泰樹。新入りを部屋に案内してやんな。まだ食堂に給仕係がいると思うから」
「了解しました!」
ビシッと敬礼をする泰樹。これだけ見れば女性の方は、泰樹の上司的な立ち位置なのだろう。
それきり女性は二階の廊下をあくびをしながら去って行った。
「んじゃま、まずは食堂に行こうかね。はぁ~腹減ったぜ」
軽やかな足取りで歩きだす泰樹に陸斗たちはついていく。新入りである陸斗たちに行き場など無いため、仕方ないのだが、トントン拍子に事が運んで若干疎外感を感じている陸斗たちだった。
□ ■ □
この『リベラシオン・エグリース』の本部は城の形をしているが、内部は簡単な間取りを取っている。
三つの館で構成されており、西館と東館は居住区になっている。西館が女子寮、東館が男子寮という感じだ。そしてその二つの挟まれる南北に延びる館は主な生活空間として使われている。
真ん中の館は三階構成で、一階が玄関や食堂、倉庫としての役割を持つ。二階は集会場、装備庫、図書館。三階はギルドマスターの部屋となっている。
ちなみに風呂はそれぞれの寮に大浴場と部屋風呂が完備されており、北館の裏には馬車の馬が百頭ほど飼育されているらしい。馬用の館があるのだとか。
さすが金持ちギルドは金の使いようが違う、などと感想を持った陸斗たちは泰樹の行くままに食堂へと向かった。食堂は北館にあり、中は広々とした空間で食堂のイメージ通り白を基調としている。
「ここの料理はなかなか美味いんだぜ。なんたって料理スキルを持った料理人が作ってるんだからな」
泰樹はさも自分のことのように話した。そこに申し訳なさそうに、遠慮がちに手を上げる柚季。
「あ、あの~。私も一応料理スキル持ってます……」
陸斗と柚季が隠しているのは独弾のリングだけなので、スキルについては隠していないのでバラしても問題ない。ここではリングの使用に制限があるらしく、所持していることがバレると没収されるのだ。そうなると調査で支障をきたす恐れがある。強みである独弾はできれば所持しておきたい。対してスキルは自分でオンとオフができない仕様なのでオープンにしていても問題ないというわけだ。
「へぇ、それじゃ柚季ちゃんは給仕係に配属されるかな。紗亜弥ちゃんも、まあ安全な給仕係だろうな」
「そ、そうですか……」
紗亜弥はやや残念そうに呟いた。戦闘面に出なくて済むのならそれに越したことはない。安全な屋内にいることに不満でもあるのだろうか……。
「じゃあ、俺は!?」
名前を呼ばれなかった陸斗はやや食い気味に問うた。
「う、うーん、君はそうだねぇ……」
泰樹が若干引いているように見えるのは気のせいだろうか。
「まずは、掃除係からかな」
「そ、掃除係、ですか」
期待していたものよりもずいぶんとしょぼいものでかなり勢いが減衰したようだ。
「まあ、新人は掃除から。よくある話だろ?」
「そ、そうですね……」
泰樹が誤魔化して励ますが陸斗のげんなりした様子が回復することはなかった。
それから食事をみんなで済ませ、泰樹が給仕係を呼んで陸斗たちはそれぞれ部屋に案内される。
□ ■ □
「こちらです」
陸斗が通されたのは東館――男子寮の方だ――の二階、北側端から三番目の部屋だった。
部屋の前まで案内すると、給仕係の人は去って行った。
陸斗は緊張しながら扉を開ける。中は暗く、カーテンも閉められている。
「そういや、外はもう夜だからカーテンが閉まっててもおかしくないか」
壁に手を這わせ照明のスイッチを探す。二つのスイッチが指先に触れ、押す。
パッと明かりがつき、部屋の様相が分かってくる。
そこまでは広くない間取りで、壁際に二段ベッドがあり――
「おい、誰だ明かり付けたのは。まぶしい」
どうやら先住民がいたようだ。




