試練
眼前に広がるのは一面の銀世界。吹雪のみが視界を覆う中、陸斗たちは用意されていた乗り物で雪原の向こう側にあるギルド本部へと向かっている。
「う〜〜さびっ」
陸斗が身体を丸め、ガタガタと震えている。それは陸斗だけでなく他の二人もそうだ。柚季と紗亜弥は寄り添って震えている。
マントのおかげで『凍傷』のバッドステータスはないが、感覚的な寒さまでは防いでくれない。
「泰樹さんは寒くないのかしら……」
柚季は前方に視線を向け泰樹を伺い見る。
乗り物は先頭に二匹の羊のような馬が引いている。陸斗たちがいるのはその毛深い馬が引く籠の中だ。泰樹はその籠の外で馬の手綱を握っている。
外にいるのだから当然マントだけではない。その上からファー付きのコートを着ている。それでも吹雪に曝されれば寒いだろうに。
柚季の声に気づき泰樹が陸斗たちの方に振り向いた。
「そりゃあ俺はいつも鍛えてるからよ、この寒さにも慣れたさ」
「この寒さは慣れるものなのか……?」
「ま、当然スキル補正で体温低下を防いでるがな」
「それよ!それがセコいのよ!」
「ははは、このスキルはこの地域じゃないと手に入らないからな。外から来たアンタらが持ってるわけないか」
多少小馬鹿にした言い方だが、見下しているわけではないと分かると親近感が湧いてくる。
「一応、アンタらが乗ってるその籠は吹雪を凌ぐ防風シートで覆われてるんだぜ。こっちにいるよりかは断然温かいはずだ」
「確かにそういう寒さはないですけど、これはそんなレベルじゃないですってば!」
「紗亜弥ちゃんは大丈夫?寒くない?」
「はい、寒くないとは言えませんが、が、我慢します……」
外気温度が極限まで低いため、いるだけで凍えてしまう。
「どうしてこんなところにギルド本部を作ったんですか……?」
陸斗は眠ってしまいそうな頭を起こすためこんな質問を投げかけてみた。
実際は眠っても死ぬことはない。今は寒さで体力が減らないようにマントが防いでくれている。
「ん〜、俺も途中から入った見だからなぁ、詳しいことは知らないが。先輩から聞いた話だとギルドマスターの故郷に似てるから、らしい」
「こんな極寒の地を故郷と呼べるってどんな人なんですか……」
「――おい、それはマスターへの不敬と、捉えていいのか」
突然背筋がゾクッとした。寒さではない、恐怖の感覚。陸斗が何気ない言葉で引き出してしまった恐怖に、陸斗はすぐに謝罪した。
「すみません!つい出過ぎたことを」
「ははは、いいよいいよ。まあ、今回は許したる。でも、ギルド内ではマスターの素性を探ることは不敬に値するからな、気をつけろよ」
一転、ケロッとした調子に戻った泰樹。気のせいか若干気温が上がったような気がした。
近くにいた柚季と紗亜弥も萎縮している。たった一言でこの威圧。きっとかなりの実力者だ。陸斗は頭の隅でそんなことを考えていた。
「ギルド内の決まり事とかは他の先輩たちに聞いてくれや。俺はアンタらを送り届けたらまた街に戻るからよ」
「そうなんですか。大変な仕事ですね」
「まあ、な。これもいつかは儀式の資格を得るためだ」
陶酔したように視線が遠くを見つめる。
この実態を見る限り、ギルドメンバーは強い信仰心を抱き、マスターのために、儀式のために、と己をも犠牲にする覚悟を持っているように見える。
その時、柚季がキョロキョロと周りを見だした。
「どうしたんだ?」
陸斗は小声で柚季に尋ねた。何かに気づいたかもしれない。
「何か、音がする」
柚季の声は普段通りの大きさで、秘密にすることではないと分かる。
陸斗は周囲を見渡す。籠の外も確認するが三六〇度全方位が吹雪のせいでホワイトアウトしてしまっている、耳も澄ましてみるが陸斗には聞こえない。
陸斗の次に紗亜弥が籠から顔を出すと、一点を見つめた。
「あ、あれです!何かこっちに向かってます!」
紗亜弥が指差した先を見る。やはり見えない。紗亜弥には遠視のスキルでもあるのだろうか。
「泰樹さん!何かこっちに向かってるみたいです!逸れてください!」
「…………」
前方にいるはずの泰樹に声を掛けるが反応がない。
「泰樹さん!」
「…………」
やはり無言。
このままではこの籠が危ない。
そして陸斗の視界にも吹雪の向こう側から来る「何か」に気づいた。
猛烈な勢いで雪を巻き上げながら突進してくる「何か」。この籠とは垂直の位置だ。万が一この籠に直撃すれば木っ端微塵になる。
「くそっ!みんなこの籠から飛び降りるんだ!!」
三人とも同じ危機感を持っていたため、陸斗の指示に意を唱えなかった。
三人が同時に籠から飛び降りた。
直後、背後の籠が豪快な破砕音を轟かせ砕け散った。
それでようやく止まった「何か」は次第に姿を現した。
白い体毛は雪のよう、高さで言えば三〜四メートル、特徴的なその二本の牙は勇ましく反っている。
「ヴォォォォォォォォォ」
雄叫びからは想像つかないが、姿はまんま巨大なイノシシだ。
「イノシシ!?」
「雪原にイノシシなんて聞いたことないです……」
こんな状況なのに毅然と敵に向かう紗亜弥は、年齢とは一致しない覚悟を持っていた。
伊達にここまで生き残ったわけではなさそうだ。
「泰樹さん!大丈夫ですか!?」
先程から見えない泰樹に向かって陸斗が呼び掛ける。
……やはり無反応。
籠が破壊された時、羊馬は手綱から離れ逃げていった。
これでこの雪原を渡る足が無くなったわけだ。この際、泰樹を探すのはやめようと決心した。きっとどこかに避難しているに違いないと信じて。
「明らかに俺たちに敵意を向けてるよな……」
「そうね。きっと逃がしてくれないわよね」
「戦う、ですか?」
「ああ、でもここは固まらず散開して戦った方が良さそうだ」
「誰かにターゲットが向いたら他がカバーするのね」
「そうゆうこと――ダッシュ!」
陸斗の掛け声を合図に三人はバラバラに動いた。
イノシシの正面は陸斗、右側面に柚季、後ろ寄りの左側面は紗亜弥が配置された。
するとすぐに三人の《開弾》が重なった。
攻撃はすぐに始まり、雪原にマズルフラッシュが瞬く。
イノシシのターゲットはまず正面の陸斗に向けられた。むしろそれを狙って陸斗はイノシシの正面に立ったのだ。
「ヴォォォォォォン」
雄叫びを上げながらイノシシが牙を地面に刺しながら突進してくる。
これは最終的に突き上げの攻撃だと悟った陸斗は銃撃を止め、[白兵戦術]スキルで上がった身体ステータスを全開で横に飛び退った。
「……あっぶねー」
イノシシから三メートルほど離れると、陸斗が元いた位置でイノシシが案の定、地面に突き刺した牙を突き上げた。
同時に降り積もった雪が空を舞う。舞ったところで吹雪とさして変わらないのだが。
しかし陸斗は離れすぎた。
イノシシのターゲットは離れた陸斗から次に近い柚季に向けられた。
「柚季!狙われてるぞ!」
「――ッ!?でも大丈夫!!」
イノシシの牙が地面に深々と刺さり、そのまま柚季の方に旋回する。
抉られた土と掻き集められた雪が柚季を襲う。
「いやぁぁぁぁあ!」
柚季は下がるのでなく、全速力で前進した。
ついに牙が雪と共に柚季を飲み込む。
「柚季!!」
「柚季お姉さん!!」
陸斗と紗亜弥の声が重なる。
突き上げられた牙によって土埃と雪がイノシシの周囲を舞う。
その直後――。
ドン!ドン!ドン!
三発の銃声が響く。何かに抑えられたような低い銃声だった。
その時、どっしりとしたイノシシの重心が傾いた。その方向は陸斗側だった。
(これが勝機!)
直感的にそう判断した陸斗は、イノシシに向かって駆け出した。
イノシシの片足は浮いたまま。そこに更なる銃声が響く。
パァン!パァン!
イノシシの重心がさらに陸斗側に傾く。
おそらく紗亜弥の銃撃だ。
「オラァァァァァア!!!」
陸斗は牙に飛びかかると精一杯の力でこちら側に引き寄せる。
しかしそれではビクともせず、イノシシも片足のバランスを保とうとする。
(腕じゃ無理か……!)
陸斗はさらに足も絡ませ、牙を軸に身体全体を回転させる。遠心力の力も加え、イノシシを転倒させようとする。
イノシシの重心は既に角度的に三十度を超え、どちらに転がってもおかしくない。
あとはイノシシの踏ん張る力と陸斗の引き寄せる力の一騎打ちだ。
「ヴォォォォォォォォォ!!」
「堕ちろォォォォォォォ!!」
イノシシと陸斗が吠える。
ドォォォォォン!!
周囲に重音が響いた。
新キャラ紹介
早見紗亜弥(13)
銀髪のツインテール少女。
身長は美姫と変わらないぐらいだが、こちらは年相応の身長と言える。
[遠見]のスキルを持ち、遠距離のものを見ることができる。




