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#33 契約 II

 アルムはパチンッと指を鳴らすと、"空脈方陣(スタンプ)"によって展開させていた霧が完全に晴れたのだった。


 そして阿佐木(あさぎ)と古賀の姿を確認した飛鳥馬ムネチカは、二人へとクイクイッと手で合図を送る。

 二人は塞いでいた耳を解放し、それぞれの歩調で近付いてくる。


「交渉は成立です」

「どうもお二人さん、手間をとらせたようで」


 阿佐木と古賀の懐疑的な瞳がアルムを見据える。


「こんな子供(ガキ)が……たった一人で?」

「失礼ですよ、古賀くん。わたしが己の商才を見出したのは彼より若い頃です。武の才に天稟あれば年齢(とし)など関係ありません。そう……たとえば"北州(ヒタカミ)無双"こと宗像タツトラのように」

「こりゃしたり。すまねェ悪気はねェんだ、ついな」


 たしなめられた古賀は頭を下げる。


「いいっすよ、俺は俺なんで」

「在りし日の"眞宵(まよい)オウセツサイ"や、最近だと"人斬り"ゲンジロウっつーのが若造らしいからな。まったく年は取りたくないもんだぜ」

「眞宵って山城ノ国の大大名……? そんなに強いんだ」

「そうさ、老いてなお……いや老いるにつれて技の冴えは研ぎ澄まされているんだとか。いくらこの身が鬼人族でも肉体が衰えちゃ意味が無ェ、ちっとは技術も(みが)かないとだぜ」


 ヒュパっと抜いた刀身の切先(きっさき)を見つめ、古賀は再び朱に染まった白鞘へと戻す。


「つーかおめぇさん地声も若いな、声色の変え方が随分とまあ達者だったじゃねえか」

「まっ、ね。歌が好きだから色々と試してて、喉にはそこそこ自信がある」


 実際には"空間変成(ヴォイドシフター)"で、口腔内の空間をほんの少しだけ歪めることで声を変えていただけに過ぎない。



「どこの流派だ? いやそもそも名前を聞いてなかったな」

「霧縫アルム。流派は"霧縫流"だけど、あんたに使ったのは"弟弟子(おとうとでし)"のおっさん(・・・・)から習った"永極拳"の武器術だよ」


 アルムは偽名を名乗ろうか迷ったものの、既に飛鳥馬ムネチカには知られているので隠す必要もないと本名を名乗る。


「ほっほーーー武器術か、だから鉄鎖術みたいな変わり種もあったわけかい」

「使ったのは鎖だったけど、技術的には"流星錘"──南州(シーハイ)武術(わざ)さ」

「そりゃ珍しい、っとこっちがまだちゃんと名乗ってなかったな。"古賀ジンパチ"──流派は"仁道武念(じんどうむねん)流"を下地にした我流だ」

「ふ~~~ん、"仁道武念(じんどうむねん)流"かぁ……四大流派の一つだね、今度習ってみようかな」

「あれもこれもと身に付くのか?」

「ん、今さら増えてもって感じかな。今も六ツくらい掛け持ちしてるし」

「好奇心旺盛だなオイ、本人が構わねェんならいいがよ。暇があったら教えてやるよ」



 会話が止まらなくなってきたところで、飛鳥馬ムネチカがパンッパンッと手を叩く。


「武人同士、話が尽きないようですが……──阿佐木くん」

「はい、なんでしょうか殿(との)


 飛鳥馬ムネチカは、心を込めて自分の部下の名を呼ぶ。


「彼には今後、大陸関連の流通の一つを任せることが決まりました。君が全面的に協力してあげてください」

「なっ……手前がですか!? そ、それは──」

「元服には少しばかり早いですが、あなたもそろそろ(ひと)り立ちをしていい頃──同じように市場を一つ預けます。並行して二つの販路を成功させてみせなさい」

「……っはい、かしこまりました」

「期待していますよ」


 阿佐木の恨めしげな視線が、アルムに一瞬だけ突き刺さる。

 しかしすぐに──主人から独立することの寂しさと、主人に評価されたという嬉しさとが──混在したような表情を浮かべていた。



「ではわたしは帰りましょうかね。実は別の商談途中で切り上げて急いで来たものですから」


 飛鳥馬ムネチカはピュイッと指笛を吹くと、広い屋敷の庭に"巨大な鳥"の影が舞い降りた。


「"雲嶽鳥(うんがくちょう)"……」


 それはつい最近、アルム自身も乗ったことのある移動手段だった。

 大大名である飛鳥馬ムネチカならば確かに使えるもので、それを移動手段として用いたのならば速度にも納得がいく。


「よくご存知で」

「あっ、いえ……棗家にも修行に行ってるもので」

「──そうでしたか、なるほどなるほど」


 飛鳥馬ムネチカはそう言いながら一度だけうなずく。

 アルムは何度目かの己の迂闊(うかつ)さに、まだまだ甘いなと自戒した。



「ではこれにて失礼。阿佐木くん、事後処理をお願いします。追加(・・)の物資も二日後には届く予定ですからね」


 アルムはその言葉を聞いて「してやられた」と、飛鳥馬ムネチカという男の手練手管を思い知らされる。

 "雲嶽鳥"は輸送用にも使えるとはいえ、積載量はそれほど多くはない。

 おそらくだが到着したと言っていた物資は、予定の半分にすら満たないのだろう。

 仮に飛鳥馬ムネチカが来ようと、盗みを強行していたとしたら……また違った結末を迎えた可能性があったのやもと。


(敵わないなぁ、これが……一流の商人ってことか)


 先々まで見通して行動する。

 既にやり込められてしまい、新たな関係性までも作ってしまった。完全に後の祭りである。


「それと古賀くん、"巖尽衆(がんじんしゅう)"の方々(かたがた)も、しばらくは治安維持の為に協力してください」

「承知しやした」

殿(との)、わざわざお手間をお掛けいたしました。道中お気をつけください」


 阿佐木はうやうやしく礼をし、飛鳥馬は"雲嶽鳥"の背に乗る。


「またいずれお会いしましょう、アルムくん」

「ぜひとも」

市井(しせい)の民として、商売人として、武人として──様々な視点で物事を観察することは、君の(かて)になってくれるはずですから」


 "雲嶽鳥"が羽ばたき、空へと上がっていく。

 こうして駿河ノ国の大大名──飛鳥馬ムネチカは、風のように現れ、嵐のような場を治め、再び風のように去っていったのだった。





 "雲嶽鳥"が夜闇に紛れて完全に見えなくなったところで、古賀は頭をかきながら口を開く。


「──んじゃま、とっとと他の屋敷に詰めてる連中に声を掛けてくらぁ」


 古賀は下手な鼻歌のようなものを口ずさみながら、この場を後にする。

 二人だけが残されたところで、阿佐木はやれやれと言った様子で口を開いた。


「まったく、手前が子供の世話をすることになるとは……」

「とんだ言い草だなぁ。俺とあんたとじゃ年は四つしか違わないって聞いたぜ? それに飛鳥馬さんは補助役にあんたを選んだ、ってことは言うなりゃ俺が主人?」

「何をバカなことを……あくまで支援や教育であって、"対等の契約"ですよ」

「ふ~~~ん、まっどっちでもいいや。これからよろしくな、阿佐木」

「……呼び捨て、ですか」

「だって対等(・・)なんだろ?」


 阿佐木は自分が言ったことがそのまま帰ってきてしまい、一度だけ溜息を吐く。



「そういや阿佐木の下の名前は?」

「リュウト──"阿佐木リュウト"です」

「じゃぁリュウト」

「阿佐木で結構です」

「あっ、そう? 俺のことは霧縫じゃなくってアルムで。養子だから名前のがいいし、呼ばれ慣れてる」

「了解しました、アルムと呼ばせていただきます」

「な~~んか他人行儀だな、これからは"パートナー"ってことだろ?」

「商人としての性分です。それと"ぱーとなー"というのは……」


 阿佐木は聞き慣れぬ単語を(たず)ねる。


「大陸の(なま)りだよ、相棒って意味」

「そうですか──アルムは随分と大陸に傾倒しているのですね」


 アルムはニッて笑うも、阿佐木は淡々とした調子を崩さない。



「俺は育ちは北州(こっち)だけど、生まれは大陸なんでね」

「なるほど、殿(との)が貴方に"大陸の流通の一部を任せる"と言った理由はそういうことでしたか」

「手伝えそう?」

「保証はできません。なにせ"海魔獣"の回遊と異常気象の所為(せい)で、交易路が構築できず散発的なものですから」

「大嵐・大波・大渦潮・雷雨・暴風・竜巻と凄ェらしいねーーー。海魔獣はなぁ~~~んで他所(よそ)に行かないんだか」

「それが理解できたり、安定した交易路が確立できたのなら……それこそ大名にも匹敵する富を築けるでしょうね。アルムはどのような方法で?」

「俺は一歳くらいだったからまったく覚えてない。でも"紅炎一座"には優秀な魔術士が何人かいたから、荒れる海原(うなばら)も強引に突き進んだらしいぜ。でも命がいくつあっても足りないから二度とやりたくねえってよ」

「……それはそうでしょうね。長時間飛行も現実的ではないですし、本当に運良く隙間を見つけて渡るしかありません」


 霧を縫うように、いずれは超常気象すらも縫ってみせるとアルムは心に決める。


(それか海魔獣を討ったっていいな──)


 鎖国から解放された自由な民と自由な世界。

 それはきっと自分に様々なものを与えてくれるのだろうと。

 

「ところで……手伝うのはいいとして、貴方が商売人としてやる気がなければ意味はありませんよ。もしも半端な気持ちであれば、早々に諦めてくださいね。商売のイロハを叩き込むのにも時間と労力が()りますから」

()らないことを()るのこと──未知を既知にするのは楽しいかんね。立て込んでるんで今すぐは無理かもだが、やる気は()()ちてるってもんだ」

「であれば。手前もしばらくは見極めさせてもらいます。その本気がどれくらい続くかどうかを含めて」

「応ともよッ!」


 阿佐木リュウトから差し出された手を、アルムはバシィと強めに叩いて握るのだった。



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