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#30 霧の襲撃


 1日目に派手にやった強盗によって、2日目は札差たちもそれぞれ護衛を少なくなく雇っていた。

 しかし様々な師匠に鍛えられ、魔導まで使えるアルムにとって、十把一絡(じっぱひとから)げの雇われなど有象無象のカカシと変わらない。


 アルムは別々の札差から一蔵分ずつ──実に初日の倍近くになる量を強奪していった。

 そしてそれを今度は配るって回るのではなく、町外れに積み上げた上で、町民たちにその場所を教えたのだった。


 分け合う(むね)を一筆書いた立て札を差し、広まった風聞(うわさ)を利用して各人に持ち返らせる。

 さらに先んじて町奉行所に匿名の投書を送り、札差たちの屋敷に分散させることで、持ち帰る町民たちが規制されることがないように陽動。


 町民から町民へ話は伝播し、我先にと大挙して押し寄せ──夜が明ける頃には、ほとんどの量が消え失せていたのだった。



「ひさびさに腹いっぱい食えるべよ」

「立て札を読んだかい?」

「おらぁ読めんかったけんど、読めるやつに教えてもらっただ」

「"戯賊"だってな。札差をこらしめるわけでも、おれたちを助けるわけでもねぇんかねえ?」

「遊びだったとしてもこっちゃ救われてんだ。文句なんざねぇさ」


 アルムもまた町民に(まぎ)れつつ、米を懐中(ふところ)に入れて、悠々と町民たちと同じように帰路についていた。

 民たちの表情を見て、また声を聞きながら、達成感と満足感を味わう。


(だいぶ慣れてきたな、明日はもっと上手くやれそうだ)


 減らした労力で倍の量を盗み出す手際、我ながら盗賊稼業も板についてきたものだと。



「親方~おはよーございまーす」

「辰田さん、どこへ行ってたのです?」

「お米をもらってきましたーーー」


 アルムは巾着袋を取り出して、火口ダイゴへと見せる。


「それは……」

「朝の鍛錬で走ってたら話を聞いて……ほんとかなぁ? って思ってたんですけど、ちゃんとありました。こんなことなら親方にも一声かければよかったですね、親方の大きな体ならいっぱい持ってこれたのに」

「そうですか、やはり話は本当だったのですね」

「親方も知ってたんで?」

「えぇ、わたしのところにも夜中の内に話が回ってきました」

「取りにいかなかったんです?」

「今のところは困ってませんし、蓄えもあります。他のみなさんの分を取るわけにはいきません」


 アルムは火口ダイゴの言葉を聞きながら、本当に心根が善人なのだと感じる。

 それだけに。ふと気になったことを尋ねてみる。



「親方は、こういうのは反対っすか?」

「……なんとも言えませんね。飢えている人が食べられるようになるのはいいことです。あれはとてもつらいですから」

「あーーーたしかに」


 アルムはイドラの封牢へと転移して、さらに転移失敗して泰山で賊に捕まって吊るされていた時のことを思い出す。


「辰田さんも苦労しているのですね。ですのでそのお米は、あなたがぜんぶ食べてください」

「そうします」


 くるくると巾着を回しながら、アルムは懐中へ入れる。


「確かにみなさんのお腹は満たされる──しかし今後、町はどうなるのでしょう……わたしには想像がつきません」


 善良であるがゆえに割り切れない。知識がないゆえに先がわからない。

 腕は確かだが、決断は鈍く。争いは嫌うものの、その手で武具を造る。

 獣人種としての立場。相反する感情と現実。人にしては珍しく(きよ)く、曖昧で人間臭くもある。


「なるようになる、しかないんじゃないですかー?」


 アルムはその清廉さへの興味を改めて膨らませつつ、今夜はどこを襲うかを考えるのだった。





阿佐木(あさぎ)さんよォ、本当にここに現れんのかい?」


 そう口にしたのは一本角の鬼人族の男で、顎に手を当てながら招集をかけた人間へと()く。


「最も可能性が高いのはこの屋敷です。だからこそ手前(てまえ)もここにいますし、"巖尽衆(がんじんしゅう)"の長である貴方に頼んだのですよ"古賀(こが)"どの」


 "巖尽衆(がんじんしゅう)"──飛鳥馬(あすま)家ではなく、当主である飛鳥馬ムネチカが保有する私兵部隊の一つ。

 多くが亜人や獣人といったはみ出し者によって構成されており、その腕っぷしは幾度となく荒事で発揮されてきた。


「"戯賊(ぎぞく)"だったか、こちとら暴れてなんぼの商売だ。他の三ヵ所にもウチで自慢の手練れを配してはいるが……全員分のお手当ては出るんでしょうな?」

「それはもちろん。急遽集まっていただいた分も上乗せするよう、我が主人(あるじ)に頼んでいます」

「なぁんだ、飛鳥馬さまに話が通ってんならいいや」

「この町でその名は出さぬようお願いします」

「お堅いねェ」

「性分なので」


 古賀は鍔のない木造りの白鞘から、音も無く刃を抜いて星明かりに映す。


「数のわからない相手かぁ。ま、いつもと変わらんがね」

「同時襲撃も考えられますが……やることはお伝えしたとおりです」

「わかってらい。とはいえ手応えが無さすぎても、()っちまうかもしれんぜ?」


 逆手で持った刀を振る古賀の様子を眺めながら、阿佐木は目を細める。

 

(さぁ姿を現してみろ、戯賊……)



 しばらくして阿佐木と古賀は異変に気付く。

 視界が白んでいき、夜空の星はおろか大きく見える"片割れ星(カノン)"も隠れていく。


「霧……? しかも濃い、これは──」

「どうやら来なすったようだな。随分と()いてるようだが──それもそうか、(やっこ)さんも早めに盗まなきゃならんもんなぁ」

「この濃霧では、狼煙花火(のろしはなび)も音だけになってしまうか……」

「おっと、姿を確認するまでは撃つなよなぁ? 陽動かも知んねェ。いやこの霧じゃあ、無理に合流しようとするほうが危ういかもなァ」


 どれほどの範囲に霧がかっているかは定かではない。夜闇の暗さと霧の深さで、視界は恐ろしく悪い。

 屋敷と屋敷間の道々(みちみち)に罠を仕掛けられていれば、剣を抜かずして戦闘不能になってしまうことすらありえる。


「どぉれいっちょ、"炎上刀"──」


 そう口にした古賀は白刃に炎を纏わせて、何度も周囲を切り裂く……も、霧はすぐに元通りになってしまうのだった。


「なっっっんだこりゃァ、振っても振ってもまとわりつくように払えやしねえ。面倒臭ェことこの上ない」


 チャリッとわずかに金属が(こす)れる音が聞こえたかと思うと、次いで風切り音が頭を下げた古賀の上を通過した。


「鎖分銅かぁ!」


 続けざまに霧を裂いて襲ってきた鎖を、古賀は逆手に持ったまま刀で絡めとると、鬼の膂力(ちから)まかせに引っ張る。

 ピンッと張った鎖からの手応えがなくなった瞬間、槍の穂先が霧中より現れる。



「ッッ──ンの野郎」


 (たい)(ひね)りながら槍先を(かわ)したものの、"片鎌槍"だった為に脇腹が裂かれた。

 古賀は反射的に通り抜けた()を掴むと、握力だけで潰し折った。

 さらには投擲された"手斧"を、鎖がついたままの炎上刀で弾く。


「武器の見本市ってか、しゃら(くせ)ェ」


 背後に感じた気配に向かって、古賀は返しの刃を振るう。

 (たい)が崩れた状態ではあったが、鬼人族の筋力であればそれだけで十分に人は斬れる。


 ガギィッ──刀と刀がぶつかり合う音が夜の霧間に残響し、体勢を支えられない古賀はそのまま倒れ込む……も、追撃はなかった。



「……よっぽど姿を見せたくねえのかねェ」


 もしくは、あからさまに見せた隙には乗ってこないだけなのか。

 ゆっくりと立ち上がりながら、古賀は燃える刀に絡んだ鎖を一振りで外し、次いで左手で脇腹の傷を確認する。


「しかしやってくれんなぁ、傷なんて久しぶりだ──ッヅァア!!」


 古賀の流血は既に止まりかけてはいたが、炎上剣をあてて傷口を焼いて完全に(ふさ)ぐ──これで戦闘続行に支障はない。


「ふぅ……おい、"戯賊"だったなぁ? 複数人に見せかけて来ているのは一人だろ」


 べっとりとついた左手の血が、白鞘を朱色に染める。

 霧の中からは返答も、攻撃もない。


「なんとか言えよ、お喋りだって聞いたぞ」

『ご明察』


 少しの沈黙のあと、出所がわからない声が霧中に響いたのだった。

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