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#25 御庭番


 ──アルムが遥か下を望むと、川が細く見えるほどに流れ、湿原が広がっていた。

 彼方へと目を向ければ緑深き山々がそびえ立ち、飛騨ノ国土が絶景となって瞳に映る。


「おおーーー人が塵芥のようだ」

「見えるのか?」

「眼がいいんすよ、眼が。いやぁ~~~さすがに速いっすね、"雲嶽鳥(うんがくちょう)"」

「当たり前だ。各国ごとの大大名にのみ、たった一羽ずつしか管理が許されず、飛騨幕府でさえ四羽しか保有していない貴重な大鳥だ」


 アルムは今まさに乗っている巨大鳥の両翼から尾翼までを順繰りに眺める。

 以前南州(シーハイ)で老師とガオフェンの決斗(けっとう)を邪魔して、あっさり討伐された"大怪鳥"とは種類が全然違うようだが、同じくらいかそれよりもデカい。


「確か戦争には使われないんでしたっけ?」

「当然だ。大名級の要人の送迎や、緊急時に城への糧秣輸送などにのみ使われるものだ」

「はっはぁ~~~要人っすもんね、俺」

「バカ弟子が思いあがりやがって。ちょうど幕府での"鳥見とりみ"が近かったからな」

「……"とりみ"?」

「検査のことだ。体調など異常がないかを診るわけだ。それを"お屋形さま"に言って早めてもらった」

「なるほどなー、わざわざ早めて使うなんて……さっすが"お屋形付き"。ってか当主の棗トキサダ様って身内にはけっこー柔軟というか甘いっすよね」

「我が従兄ながら。もっとも対外的には恐ろしいがな」


 棗ナガヨシの言葉には、しみじみとした声色を感じるのだった。



「早めてもらって、向こうはいきなり対応できるんすか?」

「心配はいらない。"使いツバメ"は既に送ってある」

「……"つかいツバメ"?」

「"雲嶽鳥(うんがくちょう)"よりも、遥かに速い伝達手段だ。御庭番の推挙の件も含めて飛ばしてある」

「ほうほう、そんな方法が」

「御庭番となったら必ず使うゆえ、しかと覚えておけ。元々は大陸由来の連絡方法で、その繁殖・飼育・調教・管理について幕府内においても秘中の秘。その名称すら他言無用だぞ」

「俺、まだ御庭番じゃないんすけど」

もう断れない(・・・・・・)からな、説明が先か後かになるだけだ」


 既に後戻りできない旨を言われたが、アルムとしても特に断る気もないのでそこは流す。



「"雲嶽鳥(うんがくちょう)"みたいなのはいないんすか? 御庭番専用の空飛ぶ移動手段みたいな?」


 アルムが雲嶽鳥(うんがくちょう)の背を撫でながら、そう棗ナガヨシに質問した。

 "空間転移"ができるアルム自身にとっては不要なものの、あっちこっち短時間で移動する為の辻褄(つじつま)合わせにはちょうどいい。


「そんなもの使ったら目立つだろうがアホ、馬ですら使ってはならぬ時もある」

「……しゃーないっすね」

「オイ、再三言っているが"御朱印羽"には触るなよ」


 "御朱印羽"は赤く塗られた羽であり、将軍の印も記されている。

 それは幕府の管理下にあって、各国間を自由に行き来できる"御鳥免状"も兼ねていた。


「そう何度も言われると……」


 ギロリッと本気で棗ナガヨシから睨まれたアルムはさすがに閉口しつつ、誤魔化すように手を伸ばした。


「いやぁ、にしたって宇宙(そら)もこんなに近い。この最高の景色をゆっくりと堪能できる方法って欲しくないっすか?」


 "星の紋章"が薄っすらと甲に浮かぶ右手で、アルムはグッと星を掴むように握り込み……次に指で輪っかを作ると、そこから"片割れ星(カノン)"を覗き込んだ。


「……まあ気持ちはわからないでもないがな」

「ちなみに御庭番って儲かるんで?」

「そうだな──まだ時間もあるし、到着する間までたっぷりと教えてやるとするか」

「げぇっ藪蛇(やぶへび)ィ」

「遅かれ早かれだ」


 アルムは景色を楽しむ時間を削られ、棗ナガヨシから御庭番の心得を叩き込まれるのだった。





 扇祇(おうぎ)家、飛騨領──"櫻桐城"。


 城の敷地内にある"飛翼場(ひよくば)"に着陸し、"雲嶽鳥(うんがくちょう)"を専門の世話役人である"御鳥奉行(おとりぶぎょう)"へと預ける。

 そこは飛騨幕府の根拠地であり、ヒタカミにおける(まつりごと)の中心である。


 城下町(みやこ)を楽しむ間もなく、入り組んだ隠し通路を"鬼面"に追従して辿り着いたのは──蝋燭が一本だけ中央にある薄暗い隠し部屋──"夜陰の()"と呼ばれる場所であった。


「"鬼"の推挙、名乗るがいい」

「はッ! 霧縫アルムと申します」


 "獅子頭(ししがしら)"の面を着けた男は立ったまま、その背後には"翁面"が静かに座っていた。


「"鬼"から説明は受けていよう」

「はい」


 その設立は第八代将軍の頃"扇祇(おうぎ)ナリムネ"の頃までさかのぼり、市井(しせい)の諜報・暗躍の為に組織された"公儀御庭番"。

 命令系統としては聖威大将軍の直轄であり、その活動は秘密裏に遂行される。



「ここまで来た以上、拒否権は既にない。しかし改めてここに誓ってもらう」


 顔の粗布を外したアルムは、事前に棗ナガヨシから聞いていた宣誓を自分なりの言葉で紡ぐ。


「霧縫アルムはこれより公儀御庭番として、公方(くぼう)さまに身命を(なげう)って(つか)えることを誓約いたします」

「よろしい。霧縫アルム、新たに"天狗面"を与える」


 アルムは受け取った"天狗面"を、その場でかぶる。


「"天狗"よ、おぬしの正体を知るのはこの場の四人と当代将軍のみ。それ以外には自身の正体を知られるべからず。他の御庭番にも知られてはならぬし、氏素性(うじすじょう)を知ろうとしてもならぬ」

「承知」

「任務において必要な物は全て支給される。達成報酬とは別に、定期的な俸給も与えられる。他の仔細については、ひとまず後見人たる"鬼"から教示を受けよ」



 "雲嶽鳥"の上で受けた公儀御庭番について、アルムは思い出す。


 "使いツバメ"と呼ばれる、大陸発祥の連絡手段を介してやり取りをするのが現在の基本。

 平時の情報収集や監視等に加え、密書を通じて諜報や暗殺といった特別な任務を遂行せしめる。

 原則として1人で行動するが、場合によっては協力することもあり、別途現地で援護・補助要員がつくこともあるという。


 全員の氏素性(うじすじょう)を知っているのは、直属の上にあたる将軍さま。

 御庭番全体を統括する、頭領にあたる"獅子頭面"。

 その補佐となる()頭領の"翁面"のみ。


 それ以外の構成人員の立場は皆同じであり、鬼と天狗の他にも般若面・能面・狐面・化猫面など総勢は定かではない。

 また()きが発生した際には基本的に、後見人となる者より推挙される形で補充される。


「早速だが──"鬼面"」

「はッ!」

「"天狗面"はどれほどの期間、使えようか」

「一週間……長くて二週間かと。まだ若い身ゆえ、教えることも多いかと存じます」

「うむ、霧縫としての生活もあろうしな。長くて二週間……慣らしには、充分か。さしあたっては市井(しせい)での潜入任務をやってもらう」


 そう言って"獅子頭面"は懐中(ふところ)から3つの紙束を出した。



「まずは近場、上総(かずさ)の土地にて情報を集めよ。潜入先は三つある、どれがよいか自ら選べ"天狗面"」

「はい……それでは──」


 アルムあらため"天狗面"は、潜入場所と扮する職業がそれぞれ書かれた紙の中から一つを選び取り、"獅子頭面"へと差し示す。


「こちらでお願いいたします」

望陀(もうだ)の鍛冶師の見習いか。よかろう、話は通しておく」


 "獅子頭面"は3つの紙束をまとめて折り込んで、蝋燭の火に近付けて燃やす。


「しかと励め天狗、若いからこそできることもあるゆえ期待させてもらおう」





 櫻桐城の天守閣の屋根上で、面をはずした師・棗ナガヨシと弟子・アルムは夜半の城下町を見つめていた。


「これで名実共に、おまえは"忍者(しのび)"だ。感想は?」

「お師さんの鬼面のほうが良かったっすかね? ほら俺って四分の一は吸血()なんで」

「それは仕方ない、()きが割り当てられるだけだからな。天狗もいずれ馴染むだろうさ」

「まぁ"天狗"も大いにアリです。南州(シーハイ)では"流星"──天空(そら)より現れ凶兆を告げるみたいな意味があるらしいんで……って知ってました?」

「知らん。そういえば……星が好きだとかなんとか以前に言っていたか、"雲嶽鳥"の背でも──」

「物は知らなくても、物覚えは悪くないっすよね、お師さん」


 ゴツッと軽めの拳がアルムの頭頂部へと吸い込まれる。


「聞いておきたいことはあるか?」

「特には。実際にやってみないとなんとも」

「無理はしてくれるなよ、後見人である以上おれには監督義務もあるからな。危険を感じたらすぐに退避し、援護を求めろ」

「んじゃ、そん時は遠慮なく」


 心にもない返事をしつつアルムは──その場で寝転がるように天を仰いで──夜空と"片割れ星(カノン)"を見つめた。


「バカ弟子、おまえ殺しは?」

「賊なら何人も──」

「任務とあらば、それが誰であっても(・・・・・・)殺す必要があること……重々肝に銘じておけ」

「了解っす」


 具体的にどういう人物を指すのかまでは、互いに言及しない。



「それと何がしかの背信(うらぎり)があれば、追っ手が掛かる──よりも先におれが責任をもっておまえを粛清する」

「俺を推挙した後見人としての義務、ってやつすか?」

「そんなところだ」

「んじゃお師さんが離反した時は、俺が殺してやりますよ」

「くっ……ッハッッハハハッハハハハハ! よく言った」


 思わぬ返しをされ、棗ナガヨシは腹の底から笑った。


「霧縫が今なお伝承する、忍びとしての技術(わざ)も──思う存分に使えばいい。実戦においてこそ磨かれるもあるからな」

押忍(おす)



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