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#24 棗


 北州(ヒタカミ)に来ておよそ9年──霧縫アルムは概算ではあったが、10歳を数える頃となっていた。

 様々な師から学ぶことで頭角を現してきたアルムは、新たに霧縫ドウゲンの推薦によって、霧縫家を召し抱えている大大名の(なつめ)の家に定期的に修練しにきていた。


「おーーーいバカ弟子(・・・・)

()ーーーッ()! なんすかーお師さん(・・・・)


 棗家(なつめけ)領内、鍛錬場にて──アルムは部位鍛錬の途中で、呼ばれるがままに男のもとへと歩いて行った。


「立ち合いだ」

「"弥勒(みろく)"兵法で?」

「いやおれぁ"シン捨流刀殺法"でやる、おまえは自由にやれ」

「また俺が試し台っすか、了解」


 アルムはやれやれと言った様子で、木刀を平正眼に構える。



「よーく聞けよ、今から見せるのはなんと!」

「……なんと?」

「奥義だ」

「おぉ、ついに完成?」


 棗家の当主トキサダの従弟(いとこ)にあたる"棗ナガヨシ"が、眼の前で木刀を見えない鞘に納めるように構える。

 いわゆる"居合"の型をとる師匠は、棗家の分家でありながら本家当主(おやかたさま)直属の護衛の任についている、"お屋形付き"という実質的なNo.2の位置に近い。

 

「一本目は微動だにするな、二本目は自由に反撃するなり、(かわ)すなり防いで構わん」

了解(りょーかい)


 "兵法弥勒(みろく)流"はかつて棗家が抱えていた"弥勒(みろく)十蔵(じゅうぞう)"という名の武芸者が、様々な武術や軍学・政争に至るまでを洗練し体系化してまとめた兵法である。

 その汎用性と実践性は長きに渡って証明され、ヒタカミでも広く学ばれ、名を変えて分かたれた流派も少なくなく存在する兵法──されど棗家に伝わっているのはその元祖、源流とも言える。



「それじゃ一本目──奥義・"飛一刃(ひいちじん)"」


 棗ナガヨシの眼光が鋭くなり、重心を低く()え、空気が重たく感じるような圧力でもって場を支配する。

 気付けば腕が振り抜かれており──木刀が通ったと思われる軌跡をなぞるように──鋭い一陣の風が後からアルムの顔を叩いた。


(はっ)え~、木刀なのに斬られた手応えもなかった」


 言いながらアルムは、己が握っている"(なか)ばから切断された木刀"を見つめる。

 棗ナガヨシの木刀によって切断された、アルムの持つ"木刀"の半分は……いつの間にか地面へと転がっていた。


(しん)を捨て(ゆだ)ね、(しん)を深く落とし、(しん)なるままに発し、(しん)に応じて変幻し、(しん)をもってこれを討ち、(しん)を残し備える……まずまずってとこだな」

「お師さんが立ち上げた"シンしゃ流刀殺法"──その集大成的な?」


 (しん)を捨て(しん)を拾う、(しん)を捨て(しん)を拾う、(しん)を捨て(しん)を拾う、(しん)を捨て(しん)を拾う、(しん)を捨て(しん)を拾う。(これ)(しん)なる剣なり。

 "弥勒兵法"をはじめとして、"神蔭(しんかげ)流"や"心道無想(しんどうむそう)流"ほか、様々な武術を(おさ)めた棗ナガヨシが求めたのは……己だけの流派だった。



「そんなところだ。二本目いくぞ」

「いやいや、どう受けろと? 避けろと?」

「アルム……おまえは腐ってもこの"シン(しゃ)流・刀殺法"、今のところ唯一の弟子」

「無理やりじゃないっすか、まぁ思ったよりは(しょう)に合ってたけど……」

「やってやれないことはないはずだ、そうだろう?」

「期待値が(たっか)いなぁ、でも燃える。本気で手段を選ばなくていいなら、多分やれますけど。正直なとこ、ただの速いだけの居合っぽいんで」


 アルムは深呼吸を繰り返しつつ、内に巡る魔力を集中させていく。


「ただ速いだけぇだぁ? よく言った。応撃なりなんなりがないと、課題も見えてこん」


 再びナガヨシが居合の構えをとった瞬間、アルムは手の内から燃やした木剣(・・・・・・)をその顔面へ──ノーモーションで投げつけていた。



「ぬっ──」


 あっさりと木刀の柄頭(つかがしら)で弾かれたものの、それによって(しん)が崩れる。

 間隙(かんげき)を逃さず炎の(くら)ましに乗じるように、アルムは前方に飛び込みながら重心を急激に落とし、弓のようにしなる下段足払い蹴りを放つ。


 奇襲から死角に紛れるような動きだったが、一瞬早く木剣を間に挟まれて蹴りは防がれる──も、アルムは意趣返しとばかりに強引に払いながら木剣を叩き折ったのだった。


「アルム……おまえ確か魔術が使えないんじゃなかったか? いつの間に」

「"見せ札を作り、裏に手札を忍ばせよ"──"弥勒兵法・詭道(きどう)"の初歩じゃないっすか」


 地を這うように見上げながらアルムが答え、足を払われる直前に跳躍していたナガヨシが着地する。


「今までおれにまで使えないと思わせてたわけか、こんなんで見せて良かったのか?」

「まぁお師さんは俺の敵じゃないですし。"晒した札は新たな見せ札とせよ"、──っすから」

「しっかりと身になっているようで偉いぞ。強さってのは選択肢(てふだ)の多さだ、対応力が高いほど相性差も(くつがえ)しやすくなる」

「ただし戦闘という環境下で的確に選べれば、でしょ? 逆に迷いとなっては足を(すく)われることになる」



 ナガヨシは視界の端で、ボロボロの炭となった木剣を見ながら口角を上げて笑った。


「ハッハッハ! よーくわかってるな、そろそろバカ弟子呼びはできねえか。さっきの足払いも……即興というよりは積み重ねた流麗(なめらか)さを感じたが、どこの技だ?」

「身意八合拳──"箭虎腿(せんこたい)"」

「以前言ってた南州(シーハイ)の拳法ってやつか。まったくもってしてやられた」

「"飛一刃"の中身を知らなきゃ、即座に出鼻を挫くなんて戦法……まずやらないと思いますけどねぇ」


 殺人術の本質は初見殺しにあり。先手を取って一方的に殺し切ることこそ至上。

 ゆえに霧縫流などは一子相伝・門外不出。継承者の面では不安定となるものの、実戦性としては語るべくもない。



「アルム……武において最も大切なことはなんだ」

「唐突っすね──相対しただけで格の違いを理解(わか)らせて、命乞いと共に平伏(ひれふ)させる圧倒的な力量差かと」


 淡々と、アルムはそう言い切った。


「即答か。間違いではないが、そこまでいくと極端すぎる。それを体現するなら、この世で最も強くなる必要がある」

「男に生まれたからには、地上最強──いや、宇宙最強を目指さないと」

「宇宙……?」

「夜空の向こうの世界をそう言うんすよ」


 ナガヨシは曇り空を望み、腕を組みながら口にする。


「……これはあくまで大陸の風聞(・・・・・)だが──地上最強とされる人物は、"海魔獣"より大きい"黒竜"をその夜空にまで届かんばかりの噴火(・・)で倒したのだとか」

「そりゃぁ……半端ないっすね、でも超えてやりますよ」

「やっぱりおまえはバカ弟子だ。……しかしこれが若さとも言えるか。分不相応な夢を見ること、脇目も振らずに勇往邁進(ゆうおうまいしん)し続けること」


 己自身にもそういう時期があったことを、ナガヨシは遠い目で曇り空を眺めつつ、にわかに思い出していた。



「覚えておけ、武において最も大切なこと。それは即ち、"残心"──敵を制した後も、戦場(いくさば)において常に心を残し置くことだ」

「これでも元は忍者の家系たる霧縫。残心どころか、"常在戦場"っす」

「良い心がけだ。しかしそれが本当に日常となるほどに溶け込んでいるのかどうか──それは死ぬその時まで疑問を残すところだろうな」


 若さゆえの無鉄砲な危うさを(いさ)めるつもりだったが、若く実力もある弟子にとっては百も承知なことのようだった。


「ふぅん……にしても"忍者(しのび)"か──アルム、なりたいか?」

「はいぃ? 霧縫では"研ぎ澄まされた刃のような武士らしくあれ、そしてその下に秘して心を忍ばせよ"とは教えられてますけど」

「そういう心得としての話をしているんじゃあない。地位(・・)としての忍びも存在するということだ。おまえの実力はおれが認めるところ、推挙してやってもいい」

「ふんふん、なぁ~んか面白そうな匂いがしてきた。ぜひとも!」


 パチンッと指を鳴らして、アルムは即答する。


「ただし後戻りはできんぞ、霧縫を含めて他の誰にも秘匿しなければならない」

「お師さん、俺って意外と秘密が多いんすよ?」


「ああ実力ともども、身をもって知ったところだよ。おれが後見人となってやる──聖威大将軍・"扇祇ノブナリ"さま直轄、"公儀御庭番"のな」

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