第7話
ついに、この時が来てしまった。
つい先ほど、御霊の発生の連絡が入り、僕達3人は出撃の準備の為に、直ぐに着替えを済ませていた。
今回のように出撃するのは、以前から分かっていたので、以前から、それ用の服は決めていた。
今の僕の服装は、紺色のTシャツに迷彩柄のスカート、そして、動きやすいように、黒いスパッツを穿いていた。
出撃等の非常事態の時くらい、動きやすい様にズボンを許可してくれても良いと思うけど、吉川さんは断固として認めてくれなかったので、仕方なく、こんな恰好になってしまった。
その服の上に、山田さんの用意してくれていた防刃ベストを羽織り、特殊樹脂製の手甲を両手に付けている。
そして、僕の霊器である日本刀と、予備武器の小太刀を腰のベルトに差すのだが、これは吉川さんの運転している、今乗っているワンボックスカーを降りてからでいいだろう。
因みに本間君の服装は、こちらも紺色のTシャツに黒のズボン、その上に、防刃ベストを羽織り、特殊手甲を両手に付けている。
そして、本間君の霊器は、一文字槍だ。
一文字槍とは、鉤爪やら、刃が十字になっている様な物ではなく、刃が両刃になっているだけの、見た目がシンプルな槍の事である。
そして、予備武器の匕首を、ベルトの後ろ側に差していた。
殆ど、僕の服装と同じ感じになっている。
驚きなのが、吉川さんの服装なのだ。
上は白い着物、つまり、小袖を纏い、下は赤い袴である緋袴を穿いていたのである。
そう、つまりは巫女さんの恰好なのである。
不思議だ。
普段の吉川さんの態度からは想像が全く出来ないが、物凄く似合っているのだ。
何故だ?
なにより、もの凄い理不尽を感じるのは何故だ!
そして、吉川さんの霊器は、弓である。西洋の弓のアーチェリーではなく、日本の弓の和弓だった。その隣には、矢筒に入った矢が用意されていた。
吉川さんの運転するワンボックスカーが現場に向かって走っている。
僕達の住んでいる永岡から、海に向かって自動車で30分位くらい走ると寺留に着く。
寺留の海岸沿いには、鮮魚店が何軒も続いている鮮魚通りがある。
釣れたばかりの魚介類が売っているだけではなく、その魚をその場で焼いた浜焼きも好評でよく売れているらしい。僕も浜焼きが美味しくて、好きなんだよね。
それに、ラーメンの上に蟹が丸ごと一杯載っているカニラーメンも、凄く安くて好評らしい。
県内だけではなく、県外からもお客さんが来る程の人気の観光通りで、「魚のアメ横」と呼んでいる人もいる。
もし、この通りだったら、規制も情報操作も被害も凄い事になっていただろう。
だが、運が良い事に、今回、御霊が発生したのは、この鮮魚通りではない。
吉川さんの運転するワンボックスカーが、現地より広めに張っていた規制地点を超え、目的地に辿り着く。
鮮魚通りから2キロは離れた小さな公園である。
僕達は車を降り、それぞれ装備を整える。
僕が刀をベルトに差していると、本間君が困った様に眉を寄せながら話しかけてきた。
「なぁ、中山・・・」
僕は、本間君の方に向き直り、顔を斜めに傾けながら、
「ん?何?」
本間君は、自分の頬を指で掻きながら、僕に提案をしてきた。
「中山。これからなんだが、何だったら今日は見ているだけで、戦闘に参加しなくていいんだぞ」
「え?」
何でそんな事を言うんだろう?
僕が不思議に思っていると、
「そうよ。英奈ちゃん。今日は場の雰囲気を感じ取るだけでいいんだからね」
矢筒を背中に担ぎながら、吉川さんまでが、何故か同意してくる。
2人の僕を見る表情から、何でそんな事を言い出したのか、分かってしまった。
「2人とも、私の事を気にかけてくれて、ありがとう。でも、私は大丈夫ですよ」
僕は、そんな2人の思いやりが嬉しくて、つい微笑んでしまう。
それでも、本間君はやっぱり心配なんだろう、なおも、聞き返してきた。
「本当に良いのか?無理しなくてもいいんだぞ」
「うん。大丈夫!それに、場の雰囲気を知るのだったら、私は1度、ちゃんと経験しているしね」
「いや、それはそうなんだろうけど・・・」
なおも、言い募ってきそうだったから、
「本間君。今は私の事よりも、早く御霊をどうにかしないといけないんだよ。だから、早く行こう」
「しかし・・・」
それでも、何か言おうとしていた本間君だったが、吉川さんが本間君の肩に手を置いて、顔を左右に振った。
「本間君。多分、何を言っても無理みたいね」
「・・・そうですね」
本間君は何故か納得していない顔ながらも、不承不承頷いた。
「じゃあ、行きましょう!」
僕はそう言いながら、鞘から刀を抜いた。
僕達は公園に足を踏み入れた。
公園の外縁部を、種類は分からないけど、植物が葉を茂らせていた。
そして、公園内には鉄棒やブランコ、あと砂場が点々と有るだけの、少し寂しいものだった。
その公園内には、複数の人影が見えた。
皆、バラバラな方向に向いて、呆けたように突っ立っていた。
だが、これらの人影は、人間では無かった。
そう、黒い霧?の塊が人の姿をしていたのである。
つまり、ここにいる複数の人々は御霊という事だった。
でも、その御霊達の持っている武器の形が目に付いてしまった。
ある御霊は、1メートル位の棒の先に板状の物が付いていた。
あれって、まさか、鍬なの?
さらに、他の御霊は、20センチ位の棒の先が、湾曲していた。
あれは、鎌なのかな?
そんな感じに刀や槍を持っている者は殆どいなかった。
つまり、あそこにいる御霊は・・・
「どうやら、今回の御霊は農民くずれだった者らしいな」
本間君は、どうやら僕と同じ考えだったらしい。
「そんな・・・」
御霊とはいえ、元が武士や野党の類だったなら、もともとが戦闘を生業としているのだから、討たれるのは覚悟していたか、していなくても仕方ないと言えるのだが、もしも、農民くずれと言うのなら、おそらくは食うに困って、已むに已まれず農具を武器にしたのだろう・・・。
そんな人達だった者を、手にかけるのは、気が進まない。
「どうする?やっぱり見るだけにしておくか?」
僕のそんな思いが、おそらく顔に出ていたのだろう、本間君が気遣うように聞いてきた。
「ううん。やるよ。これは仕事なんだからね。それに、好き嫌いで決めるのは違うと思うしね」
「いいのか?」
しつこく本間君が言ってくるので、僕は呆れたように、肩を竦めてしまった。
「もう、本当にしつこいよ」
「それじゃあ、私が『場』を整えるから、それから、2人が仕掛けてね」
「了解!」
「はい!」
吉川さんが僕達の返事を満足そうに頷く。
「じゃあ、いくわね」
そう言って、吉川さんは肩幅に足を開く。
そして、息を吐きながら、目を閉じる。
再び目を開いた吉川さんからは表情が消えていた。
普段は表情豊かな吉川さんだから、無表情な姿は、凄い違和感があるのだが、それだけ集中しているという事なんだろう。
その吉川さんは、背筋を伸ばし、矢を番えずに、ゆっくりと弓の弦を引く。
そして、弦を持つ指を離す。
ビ~ン!
弦の鳴る音が公園中に響き渡る。
その瞬間、音の範囲内にいた全ての御霊の姿が揺らめいた。
まるで、蝋燭の火が風で揺らめいたかのようだった。
久々の戦闘回のつもりが、戦闘までいかなかったです(笑)




