第73話
今更ですが、新年明けましておめでとうございます。
朝食を食べ終わった僕は席を立ち、色々な御土産を見てこようと、隣にある御土産物店に行こうと歩き出した。
歩いている僕の前には、御土産物店の建物がある。
この建物は1階は駐車場になっていて、実質、2階しかお店がないのだ。
そして、目の前の階段を上がっていくと、御土産物店の入口のガラス扉がある。
そのガラス扉の取っ手を掴んで押すと、ガラス扉は音もたてずに開いていく。
僕はそのまま足を踏み入れるに入る。
店内を見回していると、海に面した場所なだけに、舵や錨が壁に掛けられていた。
そして、店内の棚には様々な商品が陳列されていた。
こういうお店では定番のクッキーにはじまり、パイやお饅頭、県内の酒蔵の日本酒まで売っていたよ。
そして、食べ物以外にも、クジラを模したヌイグルミや、色んな素材を使用して作られている置物などの御土産とかだ。
僕はそれらの御土産を眺めてみたり、手に持ってみたりしていると、ふと、窓の外に見知った人影が映った。
それは本間君の歩いていた姿だった。
どうやら本間君は、御土産物店には来ないで、そのまま奥に続いている道に向かって歩いているようだった。
僕は、ふと興味が湧いてきて、手に持っていたクッキーを棚に戻すと、そのまま歩き出し、お店の外に出る。
「あれ?いない?」
外に出ると、そこには本間君の姿は見えなかった。
「まぁ、いいか・・・」
けれども、急いでいる様子もなかったし、僕も急いで行く事でもないから、本間君の向かっていった先に、のんびりと歩いて行く事にした。
本間君の歩いていった道は、御土産物店の後ろに続いていて、まるで丘の反対側に回り込むかの様に緩いカーブを描いて伸びていたのだ。
道は、舗装はされているんだけど、綺麗に舗装されている訳ではなく、坂道にコンクリートを流しただけのようにデコボコとした道だった。
僕は急ぐ事でもないから、ゆっくりとその坂道を歩いて行く。
「へ~!こっちはこうなっていたんだ」
坂道を歩いていき、下にある御土産物店が見えなくなった辺りから、情景が変わったのだ。
そこはまるで草原のように、様々な草や花が生い茂っており、コンクリートを流しただけの様だった道路はレンガ状の石が敷き詰められて、まるで石畳のようだった。
僕はその石畳に沿って、歩を進めていった。
所々に花が咲いている草原に敷かれている石畳の様な道と、そこから見えてくる波が白い線を描いている感じの海という情景はデートとかをしたら、良い雰囲気になれるんじゃないかな~。
そんな事を思いながら、歩いていると、行き止まりが見えてきた。
どうやら、ここが展望台なんだろうな。
そして、そこには本間君が1人で立っていたのだ。
「本間君。こんな所でどうしたの?」
僕は展望台の中央に立っている本間君にそう呼びかけると、本間君は僕の方に振り返ってきた。
「ああ!中山か。どうしたんだ?」
本間君が振り返って、僕にそう聞いてきた。
「本間君が御土産物屋に来ないで、こっちの方に歩いて行ったから、ちょっと気になってね」
僕がそう言うと、本間君は展望台の柵の方に視線を移した。
「いや、何か妙な気配を感じたというか、何か威圧感みたいなものを感じたんだよな」
そう言って、近くにあった白い柵に付いていたプレートを掴んでいる。
それを見た瞬間、僕はある事を思い出して、この展望台の柵をよく見てしまった。
この白い柵には、ピンク色をしたハート形のプレートがチェーンで、括りつけられてあったのだ。
それも、1個や2個ではなく、柵が見えなくなる程の無数のプレートがチェーンで括りつけられてあったのだ。
それを見た僕は、予想通りだった事を知った。
「ここって、何なんだろうな?」
プレートを手に持っていた本間君がそう言ってきた。
「あ~!ここって、ほら!あれだよ!恋人岬って呼ばれているんだよ」
僕は人差し指で頬を掻きながら、本間君にそう教えてあげた。
「恋人岬?」
本間君が問い返してきたから、
「うん」
僕は頷いて答えた。
「ここは恋人岬と言って、カップルのデートコースになっているんだよ」
僕がそう教えてあげると、
「デートコース?」
「うん」
本間君の疑問に、僕は頷いて返す。
「デートコースって、それなら地元のお前なら、もともと知っているんじゃないのか?」
本間君がそう言ってきたけど、
「だって!ほら!私がここにいた時って、デートと無縁だったんだもん!」
僕は少しムクレて、そう答える。
「ふ~ん。それで、何でこんなにプレートがかけられているんだ?」
「あ~、それはね~・・・」
僕がそれを言おうとした時だった。
「むふふふ・・・」
そんな笑い声が聞こえた。
その声に、とてつもなく嫌な予感を感じて、僕は声の聞こえてきた方向に顔を向けてみる。
そこには、予感した人物が笑顔を無理矢理止めようとして、逆に変な顔を浮かべながら立っていた。
「・・・ひ、広花ちゃん?」
僕は、後ろに立っていた広花ちゃんに、そう声をかけた。
「ふふ~ん!本間さんと英奈さんが2人で此処にいるなんてね~!2人はやっぱり!・・・ムフフフ!」
広花ちゃんがそんな事を口走っていた。
「あ、あのね!私と本間君は偶然にここで会っただけで、別に一緒にここに来たわけじゃないんだけど・・・」
僕がそう言うと、
「そんなに隠さなくてもいいんですよ。それに、ほら!」
広花ちゃんが手に持っていた物を、僕に向かって突き出してきた。
「ひ、広花ちゃん。それは?」
僕が、広花ちゃんの手に持っている物の事を聞くと、
「これは、ここにかけられているプレートです!」
広花ちゃんがそう言ってきた。
「さあ!これで本間さんと一緒にかけてください!」
そう言って、プレートを更に突き付けてくる。
「そ、それってさ、柵にかけると運命の赤い糸で結ばれるって、アレ?」
僕が顔を引き攣らせながら、広花ちゃんに訊ねると、
「何を言っているんですか?」
いきなり広花ちゃんが怒った様な顔をしてきた。
「え?違うの?」
僕が広花ちゃんにそう聞くと、
「違いますよ!運命の赤い糸なんて、チャチな物じゃないです!」
「え?」
僕は広花ちゃんの言っている意味が分からなかった。
「これは相手との仲を、運命の鎖でガッチリと固めるんですよ!」
広花ちゃんが自身満々にそんな事を言い出した。
「は?」
一瞬、何を言っていたのか分からなかった。
「だから、これでちゃんと本間さんをガッチリと押さえておいた方がいいです!」
何だろう?
最近、広花ちゃん達の話を聞くと、頭痛が起きるよ。
「だから!英奈さん、さあ!」
広花ちゃんがプレートを僕の手に押し付けてきた。
「えっと・・・」
僕が戸惑っていると、
「さあ!さあ!さあ!」
広花ちゃんはそう言って、プレートを僕の手に握らせてきた。
「・・・はぁ」
僕は溜息をつくと、本間君の方に振り向く。
本間君を見ると、冷や汗を流しながら顔を引き攣らせていたよ。
そんな本間君に、僕は広花ちゃんから渡されたプレートを差し出すと、本間君は溜息をつきながらそれを受け取ってきた。
「きゃ~~~!」
それを見ていた広花ちゃんは、両手を口に当てる様にして、黄色い悲鳴を上げてきたよ。
・・・まったく、何でこんな事で悲鳴を上げる事が出来るんだか。
「どきどきどき!」
広花ちゃんは、わざわざそんな事を口にして待っていた。
まったく、広花ちゃん、うるさいよ!
プレートを受け取った本間君は、柵の方に身体を向けていた。
そうして、大きく振りかぶってプレートを、
「おりゃ!」
投げた!
本間君の手を離れたプレートは大きな弧を描き、断崖の下の方に消えていった。
「ああ~!英奈さんのプレートが~!!」
広花ちゃんがそんな事を叫びだした。
いや、そもそも僕のじゃないし!
僕がそんな事を思っていると、広花ちゃんがクルッと向きを変えた。
そして、物凄い勢いで走り出したのだ。
「絶対に見つけてみせるんだから~~~!!」
広花ちゃんはそんな事を叫びながら、展望台から離れていったよ。
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
「・・・え~と、とりあえず助かったね」
僕が何とかそう言うと、
「・・・そうだな」
本間君もやっとといった感じにそう答えてきたよ。
「え~と、とりあえず此処から離れるね」
何となく気まずいから、困ったような顔で本間君にそう伝えると、
「ああ、それじゃあ、また遭遇すると困るから、俺はもう少し時間をおいてから戻るよ」
本間君がそう言ってきた。
「うん。それじゃあ、先に行っているね」
そう言って、本間君に軽く手を振る。
「ああ!それじゃあな」
本間君も手を振り返してきた。
それを見た僕は、広花ちゃんが返ってくる前に、この展望台から離れる為に歩き始めた。




