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霊器の想起  作者: 甘酒
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第6話

 近くのスーパーで特売の食材を買い、重いビニール袋を両手で持ち、苦労しながら家まで運ぶ。

 以前なら、片手で持てたのに、この身体になってから、この程度の荷物でさえ疲れるとは、本当に筋肉が落ちてしまったよな。


 そんな事を思い返しながら、僕はフライパンを振っている。

 今、僕は買ってきたオカラで卯の花を作っている。

 油揚げを短冊切りにし、人参やネギ等の野菜は千切りにする、それらをフライパンで炒め、オカラを入れた後、醤油やみりん、出汁を混ぜて作った調味液を入れる。あとは、水分が無くなるまでフライパンで加熱すれば完成。

 オカラは安い上に、簡単に料理でき、大量にできるので何日分もあると、家計に優しいのだ。

 何で、僕が料理をしているかと言うと、この間の事があってから、吉川さんが御飯を作る事を嫌がってしまい、お昼御飯と夕御飯を僕が作る事になってしまった。

 そんな訳で、今着ている水色の肩だしプルオーバーに、白色のプリーツスカートという服装にエプロンをして、夕御飯を作っている最中なのだ。


 因みに、エプロンは最初に僕が用意したシンプルな物では無く、思いっきり少女趣味なデザインをしていた。

 まぁ、例の如く、僕のエプロンは吉川さんに封印され、こんな(少女趣味全開)エプロンを強いられている。

 因みに、その時に、男子高校生の目の前で、吉川さんの手によって、ストリップ紛いの事をされてしまったのは、記憶から抹消しよう。うん。

 それにしても、新しい同居人の本間君は、男の女装は気持ち悪いと言っていたので、本間君と協力して、エプロンのデザインや、スカートではなくズボンを穿く許可を貰おうと思ったのだが、何故か本間君が吉川さん側についてしまい、いまだにスカート姿を晒している。



「ただいま~」

 そうこうしている内に、本間君が帰ってきたようだ。

 本間君は近くの高校に通学しており、運動神経はいいのに運動部には入っていないらしい。

 本人曰く、家業の対魔の方が重要だとか言っていたけど、いいのかな~?


 僕はコンロの火を止めて、玄関に行く。

「お帰りなさい。今日も早かったんだね」

 振り向いた本間君は、エプロン姿の僕を見た瞬間、膠着する。

 ・・・・・またか。

 膠着する位、男の女装姿が気持ち悪いからって、失礼だよね。

 

 本間君の顔の前で、手をヒラヒラと振っていると、再起動したようだ。

「あ、えーと、喉が渇いたんだけど、何か飲み物あるかな?」

 何故か言葉を選んだ様な感じに、そんな事を聞いてくる。

「わかったよ。用意するから、手でも洗ってきて」

「ああ、わかった」

 そう言って、本間君は学生鞄を部屋に置きに行った。

 降りてきた本間君に、冷蔵庫で冷やしていた麦茶を差し出す。

「そういえば、麦茶って、最近美味しく感じてくるな」

「それは慣れてきたんだよ」


 そうなのだ。最初、本間君は飲み物と言えば、コーラとかジュースばかり飲んでいたのだ。

 何が凄いって、食事の時の飲み物ですら、コーラを飲んでいたものだから、僕と吉川さんが2人がかりで、止めさせたんだ。

 今はまだ良いが、将来、絶対に病気になると思ったから、最低でも食事の時は、お茶か麦茶を飲ませるようにさせた。

 まぁ、実際は食事の時以外も、喉が渇いたと言ってきたら、ほぼ確実に麦茶か緑茶を飲ませているんだけどね。


 麦茶を一口飲んだ本間君が、気になったように聞いてくる。

「そういえば、何かいい匂いするけど、何作っているんだ?」

「ん?卯の花を作っているんだよ」

 本間君はよくわからないような顔をしている。

「なにそれ?」

「豆腐を作る時に余ったオカラを使って、作った料理だよ。良かったら味見してみる?」

「ああ、少し食べてみたいな」

「なら、ちょっと待ってて」

 僕はそう言うと、小皿に卯の花を少し盛り、割りばしと一緒に本間君の前に置く。

 本間君は、小皿を持ち、卯の花を少し食べてみる。

「うん、少しパサパサしているけど、美味しいな」

「そう?なら良かった」

 僕は思わず、微笑んだ。

 美味しいって、褒めてくれるのは、やっぱり嬉しいな。


「美味しかった。それで、今日の夕飯のおかずは、他には何があるのかな?」

 本間君から、最近の定番になった質問が出てくる。

「今日はね、今の卯の花と、茄子の煮びたしと、茸あんかけ温豆腐と、ポークチャップと、ご飯とお味噌汁だよ」

「ポークチャップ?」

 本間君が分からないと言いたげな顔をしてくる。

「ポークチャップというのはね。焼いた豚肉に、ウスターソースとケチャップで味付けした料理で、洋食の定番みたいな味だよ」

「へ~、何か美味しそうだな!」

 初めの頃の本間君は、食事なんかどうでもいいみたいな態度だったけど、最近は料理に興味を持ち始めたのか、色々とメニューを聞いてくる様になった。

 僕としても、無頓着な態度よりも、色々と聞いてくれるのが嬉しくて、答えながら、ちょっと微笑んでしまう。


「ふふふふふ。何か初々しい新婚夫婦みたいな感じね」


ごほっ!!


 本間君が食べかけていた卯の花で、咳き込んでいた。

 僕はすぐに、麦茶の入ったコップを本間君に手渡した。

 声のした方を見たら、吉川さんが、ニヤニヤした顔でこちらを見つめていた。

「も~、吉川さん!!。変な事を言うから、本間君が咳き込んじゃったじゃないですか」

 吉川さんは、ニヤニヤした顔を止めずに反論してきた。

「だって、そう見えたんだもの」

 まったく、澄ました態度でいれば、美人なのに、こんな事ばかり言っているから、残念な印象しかない。

 本当に勿体ない人だよね。

 そもそも、本間君が僕に対して、そんな事を思いながら接する筈がないのに、何を言っているのかな。

 吉川さんに文句を言ってやる。

「そんな事言うのは本間君に失礼ですよ。大体、僕なら別に構わないけど、本間君にとっては、いい迷惑だし」

「また言った・・・」

「え?」

 吉川さんが意味不明な事を言い出した。

「わ・た・し・でしょ!」

「あ・・・」

 僕の背中に冷や汗が伝う。

「私があんなに言ったのに、英奈ちゃんは、まだ僕なんて言うのね。お姉さんは悲しいわ」

「え、あ、その、御免なさい。今のは、つい・・・」

 ど、どうしよう。この流れは、このパターンは・・・不味い!

 吉川さんの眼が光ったように見えた。

「これは、お仕置きが必要なようね!」

 やっぱり~!

 吉川さんがゆらりと、まるで幽鬼のように近づいてきた。

「ま、待って、御免なさい。私が悪かったから、止めましょう、ね?」

「悪かったんなら、折檻も納得して受け入れられるわよね」

「嫌です!」

 僕は今、菜箸と小皿を持っていて、両手が塞がっている。菜箸と小皿を捨てる訳にはいかないから、どうしようかと考えてしまった。

 だが、そんな事を思ったのは失敗だった。

 吉川さんによって、僕は両手を上に弾かれ、その隙に後ろに回り込まれてしまった。

 しまったと思った瞬間に、掴まれてしまった。


モミモミモミモミモミモミ


「や、ちょっ、吉川さん、どこ触って、じゃなくて、揉んで、止め・・・」


モミモミモミモミモミモミ


「止め、ちょ、お願・・・」


モミモミモミモミモミモミ


 顔が熱くなる。息も乱れてきた。身体の力も抜けてきた。



ゴン!



 いい音と共に、僕を揉んでいた手が離れる。

 手が離れると共に、へたり込んでしまった。

「まったく、いい加減にしろよな」

 吉川さんが両手で頭を押さえていた。

「だって~」

 どうやら、本間君が吉川さんから助けてくれたようだ。

 お礼を言わなきゃ。

 まだ顔が赤いだろうし、息も乱れているけど、今言わないと、また有耶無耶になりそうだから。

 だから、赤い顔のまま、本間君の顔を見上げた。

「はぁはぁ、本間君。はぁはぁ、その、ありがとう。はぁはぁ」

「いや、いいよ」

 本間君は、口元を押さえながら、何故か顔を背けた。

 ・・・なんで背ける?

 不思議に思っていると、本間君は、やっと顔を向けて手を差し出してきた。

 その手を取って、僕も立ち上がる。

 それにしても、吉川さんを何とかならないかな?

 今のままだと、身の危険を感じるよ。



ピンポーン



 そんな事を思っていると、玄関の呼び出し音が鳴った。

 僕は、小走りで玄関に向かいながら、声を出す。

「は~い!少しお待ちください」

 そう言いながら、玄関をドアを開けた。

「はい。どちら様ですか?」

 開いたドアの先には、眼鏡をした30歳位の男性が立っていた。

 相手は予想外だったのか、思考が止まったようだった。

 僕も予想していなかった相手が目の前にいたので、動きが止まってしまった。


「・・・・・・」

「・・・・・・」


 先に動いたのは、30歳位の男性、山田さんだった。

「中山さん。その恰好は、吉川の趣味ですか?」

 その質問に、僕も動き出せた。

「・・・はい」

 山田さんは、僕の姿の頭から足のつま先までを確認するように見た後、額に指を当てながら、大きく溜息を吐いた。

「なんだか、予想外の迷惑をお掛けしたようで、申し訳ありません」

 山田さんが謝る事ではないと思うけど、素直に頭を下げてきた。

 病院で、僕をスカウトしてきた時の態度と余りにも違うので、戸惑ってしまう。

「えーと、これは山田さんが謝るような事じゃないですよ。それに、この服装も吉川さんが私の事を考えての事だと思いますし、しょうがないですよ」

 山田さんが安堵しながら、

「そう言ってもらえるなら、助かります」

「まあ、こんな所で立ち話も何ですから、どうぞ中に入ってください」

 僕は苦笑を浮かべながら、山田さんを家の中に招いた。




 今、居間には僕、山田さん、吉川さん、本間君の4人が集まっている。

 山田さんが、わざわざこの家に来たのは何の為なんだろう?

「中山さんの霊器が用意できたので、持ってきました」

 そう言いながら、持ってきていた細長い荷物を解きだした。

 そこからは、日本刀と小太刀が入っていた。

 本間君と吉川さんの霊器は、この家に来た時に一緒に持って来ていた。

 これで、僕の霊器が届いたので、全員の武器が揃った事になる。

 しかし・・・

「あれ?私のは長巻じゃないんですか?」

 僕の疑問に、山田さんは当たり前のように答えてきた。

「中山さんは、長巻の扱いは無かったと聞いていたので、砕けてしまった柄を、長巻用の物から、普通の日本刀の柄に変えました。ですから、これは日本刀と言うよりも、長巻直しですね」

 山田さんの言ったように、長巻の柄を外して、日本刀の柄を付け直す事を、長巻直しと言う。

 因みに薙刀の柄を外して、日本刀の柄を付け直す事を薙刀直しと言う。


「でも、あれですよね。もともとは日本刀で、長巻に作り直した物なんだから、それをまた日本刀に戻す事も長巻直しになるんですかね?」

 何気なく、そう言っただけなんだけど、


「・・・・・」

「・・・・・」


 山田さんと吉川さんが、何か鋭い視線を送ってくるのは、何でなんだろう?

「中山さん。その話は誰から聞きましたか?」

 山田さんが、鋭い視線のまま、無表情で聞いてくる。

「え?誰かって、・・・・・そういえば、誰から聞いたんだっけ?」

 そんな山田さんに、気圧されながらも答えようと思ったんだけど、よく思い出せない。

「・・・・・」

「・・・・・」

 山田さんと吉川さんの無言の催促が、何かプレッシャーを感じるんだけど。

「すみません。何か思い出せないです」

 だから、僕は思い出せない事と素直に言って、謝った。

 僕のその言葉で、山田さんと吉川さんはお互いに視線を交わしたあと、2人同時に雰囲気が柔らかくなった。


 何だったんだろう?


「まぁ、いいでしょう。この話はこれで終わりにしましょう」

 山田さんは、そう言ってくれた。

「装備の話に戻しますが、中山さんは出撃の時には、出来る限り、この小太刀を装備していってください」

 そう言って、小太刀を僕に差し出してきた。

 僕はそれを受け取りながら、疑問に思った事を尋ねてみた。

「それは構いませんけど、どうしてですか?もしかして、この小太刀も霊器なんですか?」

 可能性があるかなと思って聞いてみたけど、やっぱり違った。

「違います。永い間、持ち続けた物は霊器になると、中山さんに話しましたが、中山さんに持ち続けてもらい、将来的に、その小太刀も霊器になるようにと考えています」

 成程、それで上手くいけば、僕の予備武器になるし、そうでなくても次代に霊器を残せるという事なのか。

「分かりました。なら、出撃の時には忘れないように思います」

「お願いします」



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