第65話
僕達は1度、休憩所から外に出る。
そうして、休憩所を回りこんで、その奥にある建物に向かう。
奥にある建物は、前の方にある休憩所と同じ位の大きさで作られた御堂の姿が見えてきた。
この御堂の姿は、形としてはごく普通の木造作りなのだが、5メートル四方くらいの大きさと大きく、更に屋根には黒い瓦が敷いてあり、それが異様に重厚感と言うか、存在感を感じてしまうのだ。
今、僕達がいるこの山は、薬師如来を祀っている霊峰。
薬師如来とは、人々の疾病を治癒して、寿命を延ばし、災禍を無くして、衣食などを満足させる事を誓って仏になったとされる説かれている。
それで、この与根山の薬師如来は、三大薬師と言われているらしいのだ。
「・・・っ!」
僕は、その御堂を見上げながら、息を飲み込んでいた。
外から見た限り、特に異常を発見する事は出来なかったのだが、この御堂を見ていると、違和感と言うか、妙な不安感と言うか、そんなものを感じてしまっているのだ。
「・・・じゃあ!入るよ」
僕と本間君は、さっきの休憩所に突入した時のように、御堂の入口の左右に分かれて待機する。
そして、2人で同時に突入する。
中に突入した瞬間、御堂の中の異様さに動きが止まってしまった。
「・・・な、何これ!?」
僕は余りの異様さに、そう言葉を発してしまった。
御堂の中には、薬師如来の仏像がちゃんと有った。
しかし、御堂の中は、薄暗い靄のようなものに覆われていた。
何て言えばいいのか、ガラスで密閉された喫煙ルームの中が、タバコの煙が充満していて、薄暗くなっている状態に近いのか。
しかも、それは仏像の周囲に置いてある位牌から発してある様だった。
更に言うと、その位牌の配置も物凄く特徴的だ。
中央の位置に仏像が有り、その周囲を囲うかのようにして位牌が配置されてあるのだ。
それも、仏像を中心に三角形を形作る様に配置してあるばかりでなく、それに重なるようにして、逆三角形を形作る様に配置してある物もあるのだ。
それも、仏像の前方に位牌が置かれ、そればかりでなく、仏像のそれぞれ左右にも位牌が置かれている。
さらに、仏像の斜め後ろの方にも、左右ともに置かれていた。
そう!
これって、位牌の位置を線で繋ぐと、仏像を中心にした逆五芒星を描くことが出来るのだ。
そればかりでなく、それぞれの頂点に位置している位牌には、まるで周囲を囲うかの様に、小さな位牌が3つずつ逆三角形の形で配置してあったのだ。
この逆五芒星を境にしてあるように、黒い靄は位牌から外側には出ていこうとはしていなかった。
「これって、まずいわね・・・」
御堂の中を見渡しながら、吉川さんがそんな事を口走っていた。
「まずいって?」
吉川さんの言葉を耳にした三井田が、そう聞いてきた。
「ええ!そうね、何て言えばいいのかしらね」
吉川さんが、三井田の言葉に軽く首を傾げながら、そう言ってきた。
「まず、この与根山って霊峰でしょ?」
吉川さんがそう聞いてきたので、僕と三井田はそれに頷いて返す。
「霊峰ってね、強い霊気を放っていてね、その山ばかりでなくて、その周囲の土地までもを覆っているのよ」
吉川さんがそう言ってきた。
「はい」
僕はその説明にそう返答する。
「それは短くても数百年から数千年の年月が経っているわ。土地はその間に受けていた恩恵に順応しているのよ。だから、もしもその霊気に異変が起きた場合は、周囲の土地全部にまで、その異変が発生するのよ」
と、そこまで説明してくれた。
「それって、つまり、その異変が悪い方だった場合、そう影響も悪い方になるって事ですか?」
僕が気になる事を訊ねると、吉川さんは静かに頷いた。
「何だか、変な感じだな」
三井田が場の雰囲気を読んでいないのか、ワザと読まないようにしているのか、少し軽めにそう言ってきた。
「こんなの、この位牌を退ければ、何とかなるんじゃないのか?」
三井田はそう言いながら、仏像の前に配置してある位牌の1つを掴もうと手を伸ばそうとしていた。
「待って!その位牌に、気軽に触らない方が良いわ!」
三井田の行動を見ていた吉川さんが、慌てて三井田にそう声をかけてきた。
「え?」
伸ばそうとしていた手を、吉川さんの声に反応して急いで引き戻す。
「こんなに濃密な霊気を発散する位牌を素手で触ると、どうなるか分からないわよ」
「それじゃあ、これはどうすれば良いんだよ!」
三井田は、吉川さんの方に振り返り、そう言ってきた。
「やっぱり、これじゃない?」
僕は、自分の手に持っている刀を三井田に見える様に、前に掲げると、
「ええ!やっぱり霊器で、位牌の霊力ごと破壊するのが一番、手っ取り早いし、一番安全じゃないかしら?」
僕の言葉に、吉川さんは頷きながら、そう答えてくれた。
「それじゃあ、早速やってみるね!」
僕はそう言いながら、姿勢を正して、身体のブレを極力無くし、全身を安定させる。
そして、その状態のまま、刀をスラリと抜き、右手を鍔の近くで握り、左手は柄の尻に軽く触るように握る。
そのまま、ゆっくりと刀を上に持ち上げる。
所謂、上段の構えを取っていく。
すぅー、はぁー
僕は目を閉じ、大きく深呼吸をする。
こうする事によって、心の緊張と、身体の緊張の両方を和らげていく。
十分に緊張が解れてきた時、目を開き、
「はぁっ!」
気合の声と共に、上段に掲げていた刀を振り下ろす!
振り下ろされた刀が目の前の位牌に届こうとした時、刀の動きが止まった。
「くぅぅぅ~~~!!」
位牌に当たろうとした刀は、何かに阻まれたかの様にその動きを止めてしまった。
それは硬い壁というよりは、固いスポンジに当たったかの様な感じなのだった。
しかし、それはスポンジの様に押し込める事は出来るのだが、斬れている感じはせず、そこからは推し進める事が出来なかった。
・・・あと、10センチ!
そこまで刀を進める事が出来れば、位牌を斬り裂く事が出来るのに!!
そう思い、足を踏ん張り、刀を押し込もうとしている時だった。
「中山、下がれ!!」
本間君がそう叫んできた。
目の前の黒っぽい空気が濃くなった様な気がした。
「きゃっ!?」
それと同時に刀だけでなく、僕自身まで黒っぽい空気に包まれて、そのまま弾き飛ばされてしまった。




