第64話
「やっと、着いたんですね!」
額に汗を浮かべながら山道を歩き続けていた広花ちゃんは、安堵したかの様に、息を吐いていた。
「ま、まあ、ここから、また下に降りて、それからまた、この坂道を登る事になるんだけどね・・・」
ポケットからハンカチを取り出し、それで額の汗を拭いながら、広花ちゃんにそう伝える。
「ええ~~~!?」
広花ちゃんは、明らかに不満そうな顔をしながら、そんな声を上げていた。
文句を言う広花ちゃんを宥めながら、下り坂を降り、それから、最後の上り坂を登っていく。
「やっと、頂上に着いた~~~!」
広花ちゃんは両手を上に伸ばしながら、そう声に出していた。
「つかれた~~~!」
隣にいた僕は、手を膝に乗せ、前屈みになりながら、そう言っていた。
テンションの上がった広花ちゃんを追いかけて、山道を走って行ったら、余裕のあった体力は一気に削られてしまったよ。
「ふ~~~」
僕達の後ろから、そんな声が聞こえてきた。
振り向いてみたら、そこには、本間君が肩にかけていたタオルで額の汗を抜いている所だった。
「流石の本間君も疲れたみたいだね」
僕が本間君にそう聞いてみると、
「そりゃあ、山を登れば俺だって疲れるよ」
そんな風に返してきた。
「そう言う中山は、疲れ過ぎていないか?」
本間君が尚も汗を拭き続けながら、僕にそう聞いてきた。
「・・・うん。特に最後に広花ちゃんに合わせて登ったのがきつかったよ」
僕はハンカチを取り出して、汗を拭きながらそう答えた。
「いや。それを抜きにしても体力が無いんじゃないか?」
「う!?」
本間君の問いに、思わず声が詰まってしまった。
「その様子からして、お前自身もそれを感じているな?」
僅かの変化だった筈なんだけど、本間君はそれを見逃さなかったようだ。
「ナンノコトカナ?」
僕は笑顔を浮かべて、そう答えたんだけど、本間君は話を逸らす気は無いようだ。
「・・・それで、どうなんだ?」
本間君が真顔でそう聞いてきた。
「うん。確かに本間君の思っている通り、体力は無いよ」
本間君の望み通り、素直に答えた。
「どうしてだ?かなりトレーニングしているんだから、それなりに体力は付いている筈なんだけどな」
と、疑問を述べてきたけど、
・・・言えない!
体力作りの為の走り込みをサボっていたなんて言えないよ!
いつもは走っているんだけど、たまに走らなかっただけなんだよ!
「さあ?分からないけど、体力と言うか、持続力が付かないのよね~」
だから、僕は本間君にそう答えた。
「・・・それは何かおかしいな。何か心当たりは無いのか?」
本間君が聞いてきたけど、首を左右に振る。
「・・・そうか?」
本間君が顎に手を当てて、少し考え込む様にしていた。
「本間君。取りあえず、私の事はいいから、今の仕事に集中しない?」
僕がそう言うと、
「・・・そうだな。今すぐ考える事でもないな」
本間君も納得したようだ。
本間君との会話が終わったので、顔を上げて前方を見てみる。
そこには、いま登ってきた与根山の山頂の姿があった。
十数メートルの広さをした山頂は地面を平らに整えただけで、土の地面に所々に草木が生えている。
まるで、公園に来ているかのような雰囲気なのだ。
そして、周囲を見回してみると、360度全ての方向に見晴らしが良くて、周囲の市街地を見通せるのだ。
あらためて、この山頂の中央に視線を戻すと、山頂の中央には一軒の建物の姿が見える。
全体を木で作られたその建物は、少しくすんだ焦げ茶色をしており、まるで年季の入っって良い味を出している平屋建てのログハウスのようだ。
この建物は、山頂に登ってきた人が休める様に用意された休憩所なのだ。
少し息を整えて、視線を巡らせると、吉川さんをはじめ、他の皆が僕の方を見ていた。
どうやら、僕が行動できるまで、待っていてくれたみたいだ。
「皆、ゴメンね。もう大丈夫だから!」
僕がそう言うと、皆は頷き、前にある休憩所に視線を動かした。
疲れているなら、休憩所に入って休めば良いと思うかもしれないけど、今回はそうもいかない。
何せプライベートならまだしも、仕事で来ている以上、色々な事態を想定していなきゃならないしね。
それに、息を整えて落ち着いてから気付いたけど、何か変だ!
「・・・気付いたか?」
僕の隣にいた本間君が僕にそう言ってきた。
「・・・うん」
僕は、只そう答えるだけで頷いた。
この頂上は何かが変だ!
何がとは、はっきりとは言えないんだけど、敢えて言うとしたら、雰囲気が違うと言うか、空気が違う。
何というか、霊峰の頂上とは思えない雰囲気なのだ。更に言うなら、学生時代に登った時とも感じが違うような気がしているのだ。
だから僕達は、万が一に備えて、全員が離れない様に、一緒にその休憩所に向かって歩き出した。
そうすると、あっと言う間に休憩所の前に着いてしまった。
「出来れば、こういう所にはプライベートで楽しみながら来たかったですね」
広花ちゃんが、少し残念そうな顔をしながら、僕に話しかけてきた。
「うん。こんな所で街並みを見ながら皆でお弁当を食べれば美味しいだろうね」
僕は、広花ちゃんに答えるように、そう言った。
「いいわね。それじゃあ、今度、また来ましょうよ!」
吉川さんが、後ろの方から、僕達の会話に加わってきた。
「はい!その時は腕によりをかけて美味しいお弁当を作りますよ」
僕は吉川さんの方に向いて、笑顔で答えた。
「やったね!」
「やった~!」
吉川さんと広花ちゃんが喜んでいると、本間君と三井田の2人も一緒になって喜んでいた。
・・・2人も便乗する気なんだね。
「みんな!その話は帰ってからするとして、先ずは仕事でしょ!」
僕が皆を窘めると、
「は~い!」
僕達は気を取り直して、休憩所に向かう事にした。
まず、僕と本間君の2人が二手にに分かれて、入口の左右に張り付く。
耳を壁に当てる様にして、室内の様子を確認してみる。
室内からは、特に何かが動いている音は聞こえなかった。
視線を上げると、扉の反対側で、同じ様にしている本間君と目が合った。
僕の方では異常を感じなかったから、それを伝える様に軽く頷くと、それに返すかの様に本間君の方も頷き返してきた。
僕は扉のノブに手をかける。
本間君が僕に頷いてきたので、勢いをつけてノブを引っ張り、ドアを開ける。
ドアが開いた瞬間、殆ど同時に本間君は槍を構えながら、室内に入っていった。
それに続く様に、僕も左手で鞘を握り飛び込んでいった。
室内には誰もいなくて、そんな室内で本間君が槍を構えて様子を窺っていた。
何時でも抜刀出来る態勢を取りながら、その隣に並び、僕も周囲の警戒をする。
見た所、人や動物などはいなかったが、それ以外の何かがあるかもしれないと意識を集中しながら、休憩所内を見続ける。
「・・・大丈夫なようだな」
しばらくしたら、本間君がそう声に出して、槍を少し下げる。
「・・・うん」
僕も周囲への警戒を解き、抜刀の構えを解く。
僕と本間君が警戒を解いたのを確認したタイミングで、吉川さんが護衛をしていた広花ちゃんと三井田を伴って、室内に入ってきた。
「どうやら、ここは問題無いようね」
吉川さんが、室内を見回しながら、そう言ってきた。
「そうですね。人もいないし、罠も無い様なんで、ここは大丈夫だと思いますよ」
僕は吉川さんに、そう返した。
「・・・となると、あとは奥にある御堂かな?」
本間君が僕達にそう話してきた。
「うん。それじゃあ行く?」
僕が本間君にそう言うと、
「ああ!」
本間君は頷きながら、返事を返してきた。




