第61話
今、僕達はワンボックスカーに乗っている。
永岡駅の前の通りを進み、信号をいくつか超えると県を縦断する国道がある。
その国道に沿って走っていると、高速道路のインターが見えてきたので、そこを通り高速道路を走っている。
それから30分くらい走っていると、柏先市のインターが見えてきた。
ワンボックスカーの方向指示器を左に点灯させ、減速しながら柏崎の出口に進入する。
徐々に減速しながら、円を描くように進み、更に減速して、殆ど徐行のスピードでETCレーンを通り過ぎる。
そして、一般道に出ると直ぐに信号がある。
その信号が赤だったので、そこで一時停止する。
信号が青になったから発進する。
そのまま道なりに進み、いくつかの信号を過ぎると大きな通りが見えてきた。
その大きな通り、つまり、国道を進む為に左に曲がる。
後は、このまま道なりに走れば海岸線に出る事が出来るのだ。
「・・・そういえば、今年は閻魔市に行かなかったな」
ワンボックスカーの後部座席で、窓から映し出される、流れる景色を見ながら、そんな事を口走る。
「そうだな。中山は行ってないんだったな」
僕の言葉を聞いていたのか、三井田がそんな事を言ってきた。
「ね~ね~!閻魔市って何ですか?」
広花ちゃんが、僕と三井田の話を聞いていたのか、そう聞いてきた。
「そ~ね~。この柏先市の本町通りの真ん中辺りに閻魔大王が祭られているのよ」
僕がそう言うと、
「閻魔大王?え?それって、地獄で亡者の舌を抜くって言われている閻魔様?」
広花ちゃんが目を丸くしながら、そう聞き返してきた。
「うん!その閻魔様」
僕は広花ちゃんに頷く。
「その閻魔大王が祭られている閻魔堂が本町通りにあるんだよ!」
三井田が僕の代わりに広花ちゃんにそう言ってきた。
「え~?閻魔様を祭ってあるなんて、珍しいですね」
広花ちゃんが目を丸くして、三井田の話を聞いていた。
「だよな~!!」
三井田が一緒になって笑っていた。
「それでね、その閻魔堂のある通りに沿って屋台を出して、縁日を行なうのよ」
僕が三井田に続く感じで補足説明をする。
そんな感じの会話を続けていると、国道をかなり進んでいた。
このまま直進し続けると、鮮魚が販売しているフィッシャーマンズと言う大規模な売り場が有るんだけど、そこには行かずに信号を右折する。
曲がってから、10分くらい進むと海が見えてきた。
「わぁ~!やっと着きましたね~!」
広花ちゃんが歓声を上げながら、そう言ってきたけど、
「残念!まだ着いていないの!」
僕は広花ちゃんに違う事を告げる。
「え?でも、海に着きましたよ?」
広花ちゃんがハテナマークが出るかのような、キョトンとした顔をする。
「うん。海には着いたけどね。この柏先市は海水浴場が13か所もあってね、ここから、隣の海水浴場に移動するの」
こんな感じに、広花ちゃんに説明する。
「ええ~!?そうなんですか~?」
「うん!そうなの!」
そう、僕らが行くのは、ここから隣にある番神岬という所にある祠なんだよね。
それは、町中や山中にあるのではなく、海に祠があるのだ。
それから少し海岸沿いを走っていると、直ぐに番神岬が見えてきた。
「ほら!あれが番神岬よ!」
僕が海側の方を指差して、そう言うと広花ちゃんと本間君がそっちの方に顔を向けた。
「わぁ~~~!ホントに海に祠があるんですね~!」
広花ちゃんが、歓声を上げながら、そんな感想を口にしていた。
そうなのだ!
今、目的地に着いた僕達の目の前には、見渡す限りの砂浜が広がっていた。
その砂浜の一角に、直径数メートルの大きな岩が有り、その上には真っ赤な鳥居が立っており、その鳥居を潜ると、大小さまざまな岩が並んでおり、その奥に小さな祠が設置してあるのだ。
駐車場にワンボックスカーを停め、僕達は全員が降りる。
「ん~~~!!」
ワンボックスカーから降りた僕は両手を上に上げて、伸びをする。
「英奈ちゃん、疲れたみたいね」
伸びをしていた僕に、運転席から出てきた吉川さんが話しかけてきた。
「吉川さんの方こそ、ずっと運転していて疲れたんじゃないんですか?」
僕がそう言うと、
「私は大丈夫よ!だって、私はまだ若いんだからね!」
吉川さんが胸を張りながら、そう言ってきたけど、
「その言い方って、まるで年寄りみた・・・」
そこまで言いかけて、黙ってしまった。
だって、目の前の吉川さんから恐ろしいまでの殺気が感じられてしまったから。
「で?英奈ちゃん。何か言いかけていたようだけど?」
吉川さんが笑顔でそう言ってきた。
「い、いえ!何でも無いです!!」
僕はそう答えるしか無かったよ。
だって、しょうがないじゃないか!
吉川さんの笑顔がとてつもなく怖いんだから!
ここは逃げるに限る!
「と、取りあえず、祠を見てきますね!」
僕はそう言って、直ぐに歩き始めた。
「あ!ちょっと!・・・」
吉川さんが呼び止める声が聞こえていたが、構わずに砂浜に向かっていった。
駐車場から歩いて10メートル位すると、すぐに砂浜に着くのだ。
一歩踏み出すと、砂浜を覆っている砂が靴に踏まれて、ザクッと音を立てていた。
そのまま、砂を踏む音を鳴り響かせながら歩いていると、後ろから声をかけられた。
「英奈さん。こんな砂浜に来ると海水浴がしたくなりますね!」
広花ちゃんがそう言って、僕の横に並んできた。
「そうだね!こんな仕事じゃなくて、遊びで来たかったね~」
僕が広花ちゃんの方に顔を向けながら、そう答えると、広花ちゃんが凄く嬉しそうに笑顔を向けてきた。
「はい!その時はどんな水着を着て行きますか?」
そんな事を言ってきたよ。
「え?・・・み、水着?」
僕は広花ちゃんの言葉に、狼狽えてしまった。
だって、いくら女装に慣れてきたとはいえ、女性用の水着なんて着た事無いから、まだ抵抗があるんだよな~。
「それで?どんな水着が来てみたいですか?」
広花ちゃんが尚も聞いてきた。
「み、水着ね・・・」
僕はそこまで言いながらも、どう答えるべきか、一生懸命に考えていた。
「わ、私は白いワンピースに、ツバ広の麦わら帽子なんかを被って、砂浜に腰を下ろしているのはどうかな~?」
「水着は?」
広花ちゃんは尚も問いかけてきた。
どうやら、これでは満足してくれなかったようだ・・・。
「み、水着ね・・・」
僕がそう言うと、広花ちゃんが期待に満ちた顔をして、僕の方を見詰めてきた。
中々言い考えが浮かばなかった。
「えっとね。上下が繋がっているワンピース型の水着でいいかな~」
そう言ってみると、
「駄目!!」
広花ちゃんが力強くそう言ってきた。
「だ、駄目?」
僕がそう訊ねてみると、
「全然駄目です!!」
広花ちゃんが胸の前で腕を組み、軽く眉を吊り上げながら断言してきた。
「ど、どの辺が?」
僕は一歩後ずさりながら、思わずそう訊ねてしまったよ。
「全部です!全部!!いいですか!そもそも、海水浴に来ていて、どうして水着になろうとしないんですか?それに、年を取ったら、可愛い水着を着れなくなるんですよ!だったら、可愛くて大胆な水着を着れるのは、今だけの特権なんですよ!それなのに、何が悲しくて何時でも着れるワンピースを着なければいけないんですか!」
「で、でも・・・、水着なんて恥ずかしいじゃない・・・」
「何を言っているんですか?英奈さんだったら、可愛らしいビキニなんて似合うと思いますよ!」
「ビ、ビキニなんて、無理無理無理!!」
「何が無理なんですか?」
「ビキニなんて、殆ど下着と同じじゃない!そんな恰好で外を出歩けないよ!」
「大丈夫です!絶対に可愛く似合いますって!」
広花ちゃんが、ズイッと顔を近づけながら、そう言ってきた。
「そんなに可愛くなんてならなくていいから!」
僕はそう言ったんだけど、
「何言っているんですか!可愛くなったら、色んな男の人にモテちゃいますよ!」
広花ちゃんが力いっぱい力説してきたのだ。
「・・・・・・・・・」
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・全然うれしくない。
「お前らな~!何サボっているんだよ!」
広花ちゃんの剣幕に閉口していたら、そんな声が僕達にかけられた。
「あ!本間君、ゴメンね!直ぐに行くよ」
僕がそう言って鳥居の方に歩き出そうとしたら、
「いいよ!もう終わったから!」
本間君がそう言ってきた。
「え?」
そう声を出して、本間君の方に顔を向けたら、
「お前達がおしゃべりしている間に俺が確認しておいたよ」
そう言って、呆れた様に息を吐かれてしまったよ。
「そうなの?」
僕はつい、そう聞いてしまった。
「ああ!祠は変に弄られてはいなかったし、それに、特に何かを仕掛けられてはいなかったぞ」
本間君がそう答えたんだけど、それが凄く申し訳無く感じてしまった。
「一人で全部やらせちゃってゴメンね」
僕がそう言って謝ろうとしたら、
「気にすんな!それよりも、さっさと次に行こうぜ!」
本間君はそう言って、ワンボックスカーに向かって歩き出していた。
「「うん!」」
僕と広花ちゃんは、一緒に本間君の後を追う様に歩き出していた。




