第59話
8月13日のお盆は、投稿をお休みします。
僕は普段着に着替えて、ロビーを通り過ぎて、ガラス戸の前に立つと、静かな駆動音と共にガラスが左右に開いていく。
ガラスが開ききったから、一歩踏み出し、僕は外に出る。
「んん~~~!!」
僕は両手を上に上げるようにして伸ばすと、そんな声が出てしまった。
ヒマで仕方なかった病院から、やっと・・・、やっと退院出来たよ!
そんな感慨を味わっていたら、駐車場の方から見覚えのある人達の姿が見えてきた。
「おお~い!」
僕は片手を上げて、左右に振りながら、そう声を出して呼びかけると、駐車場の人達も手を上げて、振り返してきた。
彼らは、迎えに来てくれた本間君や広花ちゃん、そして、三井田なのだ。
「これで、やっと帰れるわね!」
そう声をかけられたので振り返ると、そこには会計を済ませて、自動ドアから出てきた吉川さんの姿があった。
「はい!」
僕はそう返事をしながら、つい微笑んでしまった。
ようやく病院食から解放されたんだ!
これでやっと、思う存分好きな料理を作れるぞ~!
さぁ~!何を作ろうかな~?
あれをつくろうかな?
それとも、これを作ろうかな?
もしくは、こんなのも作ってみたいな~!
僕がそんな妄想をしていたら、此方に歩いて来ていた本間君達が目の前に来ていた。
「中山。退院おめでとう!」
本間君が開口一番に、そう言ってくれた。
「あ、ありがとう!」
だから、そう返事を返した。
「英奈さん!退院おめでとうございます!」
広花ちゃんがそう言って、荷物を持ってくれた。
「ひ、広花ちゃん。荷物はいいのに・・・」
「いいんですよ!」
広花ちゃんはそう言って、荷物から手を放さなかったよ。
「中山。お勤めご苦労さん!」
最後に三井田がそんな言葉を言ってきた。
「ちょっと!ヤクザが刑務所から出所してきた訳じゃないんだからね!」
三井田に、眉を吊り上げながら、そう言い返してしまった。
「まぁまぁ、その辺にしてね」
吉川さんが宥めてきた。
「・・・はい」
だから、僕はそう返事をする。
「所で、せっかく退院したんだから、何処か行きたい所ってあるかしら?」
引き下がった僕に、吉川さんがそう提案してきた。
「良いんですか?」
「ええ!」
「そうですね~♪」
僕はそう言いながら、人差し指を顎に当てて、頭を少し傾げるようにして、考える。
スーパーやJAの直販所に行って、色々な食材を買うのも良いな~。
ホームセンターに行って、色々な食器や調理器具を買ってもみたいし~。
家電量販店に行って、家電を見て回るのも楽しそうだな~。
「英奈さん、英奈さん」
僕がそう考えていたら、広花ちゃんが何か話しかけてきた。
「ん?広花ちゃん。何?」
僕は広花ちゃんに顔を向けて、そう訊ねると、
「英奈さんって、どこまで進みました?」
広花ちゃんがそう言ってきた。
「は?」
僕は広花ちゃんの質問にそう返してしまった。
だって、何を言われたか分からなかったから。
「だから、恋愛的にどこまで進みましたか?」
広花ちゃんが僕に近づきながら、そう言ってきた。
「はぁ~~~?」
僕はそんな声をつい、発してしまった。
「な、何でそんな話になるの~?」
僕は広花ちゃんに問い返してしまった。
「何を言っているんですか?英奈さんと本間さんは2人揃って生き埋めになったんですよ」
「う、うん。それは分かっているけど・・・」
「だったら、2人は暗くて狭い場所に閉じ込められたんですよ。それなら・・・」
そこまで言って、広花ちゃんが言葉を切った。
「わたし怖いわ」
いきなり広花ちゃんが、握った両手を口元に寄せて、そんな事を言ってきた。
・・・まさかとは思うけど、それって、僕の真似?
「大丈夫だ!俺がついている!」
今度は声のトーンを落として喋ってきた。
え~と、本間君の声真似かな?
「本間君!!」
広花ちゃんが瞳を潤ませて、縋りつくような視線でそんな言葉を言ってきた。
・・・それって、まさか僕の事か?・・・。
・・・ゴメン!少し頭痛がしてきたよ。
手で額を押さえていても、広花ちゃんはそのまま構わずに続行していた。
「暗くて狭い中で、抱き合う2人の男女!こんなシチュエーションで恋に落ちないなんて、そんなの有り得ないでしょ!!」
広花ちゃんが大きな胸を張りながら、そんな事を言い切っていた。
「え~~~?」
僕は大きな疲労感を感じて、そんな声しか出なかった。
「ね?ね?それで、何処まで進展したんですか?」
僕の疲労に満ちた顔に気付く事無く、広花ちゃんがそう聞いてきた。
「特に何も無かったから!」
そう言ったら、
「そんな事有る筈ないでしょ!素直に教えてくださいよ~」
そんな事を言われても、恋愛脳に燃料を投下なんか出来るか!
あとが大変なんだから!
しつこく聞いてくる広花ちゃんへの返答に困り、助けを求めるように、他の皆に顔を向けると、本間君も頭痛がするのか、額に手を当てていた。
その隣の吉川さんは、何かに期待しているのか、瞳を輝かして、僕の方を見ていた。
そして、その隣には、三井田がいたんだけど、僕と視線が合った瞬間に、顔を背けてきた。
そのまま、ジーと見続けていたら、首筋や背中に冷や汗を流しているのが見えた。
・・・ふ~ん。成程ね~。
三井田が広花ちゃんを唆したんだな!
僕は三井田の目の前にまで歩み寄り、肩をポンと叩いたら、三井田が露骨なまでに、ビクン!と反応していた。
そして、吉川さんに声をかける。
「吉川さん。さっきの話の続きなんですけど、戦闘訓練がしたいから運動場がいいです」
僕の言葉を聞いて、一番に驚いたのは、吉川さんではなく、三井田だった。
「ちょっと待て!何で運動場なんだ?」
三井田が焦った声を上げていたけど、
「私が行きたいから!」
僕はそう答えた。
「中山!お前は退院したばかりだろ~?」
三井田がそう言いながら、後ろに下がろうとしたけど、
「うん!だから、身体が鈍っちゃってね」
僕は答えながら、三井田の肩を力いっぱい握りしめる。
「病み上がりなんだから、無理はするなよ!な!」
三井田は更に冷や汗を流していた。
「怪我や病気じゃなくて、検査入院だから、その辺の問題は無いよ」
僕は肩を握り締めている力を弱めない。
「お、俺は仲良く語り合いたいんだけど・・・」
三井田は声が震えてきていた。
「だから、剣で語り合いましょ!」
僕はニッコリとそう言う。
「嫌だ!俺は言葉で語り合いたいんだ!」
三井田は顔を青くしながら叫んでいた。
「心配しなくても、後でじっくり(・・・・)と語ってもらうから・・・」
「そ、それは尋問とか言うんじゃ・・・」
「・・・気のせいよ!」
「本当か?」
三井田は疑り深い視線でこちらを見てきた。
「ええ!ちゃんと机で向かい合って話し合いましょ!」
僕はそう答えた。
「それなら、良いんだけど・・・」
その返事を聞いて、三井田はホッと息をついていた。
「何だったら、卓上ライトとカツ丼も用意するわよ!」
僕はニッコリと微笑みながら言うと、
「それは取り調べと言うんじゃないのか!?」
三井田は安堵した顔から一転、顔を真っ青にしていた。
どうやら、昔の刑事ドラマでも思い出したようだね。
そうとも言うが、ここは、
「そんな事は無いわよ!」
と、返答しておく。
「取りあえず、ここで立ち話も何だし、早く移動しましょう」
そう言って、三井田の肩を掴んだまま、駐車場に停めてあるワンボックスカーに向かって歩き出す。
「ま、待ってくれ~~~!」
そんな悲鳴が聞こえるけど、無視をする。
「久々にスパルタ式でイこうね!」
僕は三井田に笑いながら、そう言うと、
「いやだ~~~!!」
三井田は全力で叫んでいた。
戦闘訓練が終わった頃、三井田はボロ雑巾の様になっていた。
因みに、15歳位の少女が嫌がる中年男性をワンボックスカーに連れ込み、そのまま走り去っていったという噂が立ったが、それは直ぐに鎮静化していったらしい。




