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霊器の想起  作者: 甘酒
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第5話

 永岡駅前の通りを進んだ先の、大きな橋を渡り、右に曲がり、数百メートルを歩くと永岡市でも大きな病院がある。

 今までだったら、自分で自動車を運転して通院していただろうが、この身体になってから、そうもいかなくなってしまった。

 僕の見た目は10代半ばになってしまったけど、検査の結果、身体的には本当に15歳前後になったらしい。

 しかも、戸籍操作でも、15歳と書き換えた為に、自動車の免許が無効になってしまった。

 お陰で今、病院に行くには、バスを利用するしかなくなってしまった。


 今、同居している吉川さんからは、女装を強制されていた。

 今の僕は女の子だから、女装するのはおかしな事ではないのだが、だからと言っていきなり普通に、女の子の恰好なんて出来ないよ。

 そんな僕が女装して、バスに乗って病院に行くなんて、それなんて羞恥プレイなんだって言いたいよ。


 そもそもスカートは、スースーして何も穿いていないような気になるし、ヒラヒラしていて、いつ捲れてしまうかと気が気でないよ。

 しかも、パンティーはとても布地が少ないから、心許ないし、その上、とてもフィットしているのだ。

 男の頃に穿いていたトランクスのように、ゆったりとした余裕がある訳ではないのだ。

 だから、フィットしているのは逆に、気になって仕方がない。

 そう、スカートもパンティーも両方とも気になって、歩くのも一苦労だよ。

 しかも、ブラジャーは妙に胸を押さえつけているような気がするし、背中のホックをつけるのが面倒臭くて仕方ない。



「それにしても、慣れって怖いな・・・」

 そうなのだ。

 女装した最初の数日は、恥ずかしさで家から出る事すら出来なかったのだ。

 しかし、吉川さんに家の近所を無理矢理引き回されたりしているうちに慣れたようだ。

 今でも、女の子の恰好で外を歩くのは、物凄く恥ずかしいのだが、一人で病院に通院できる位には慣れた。


 そして最近は、吉川さんから仕草や作法について、色々と教えてもらっている。特訓させられているとも言うね。

 何せ、歩き方1つとっても、内股になれとか、大股で歩くなとか、椅子に座る時はスカートを押さえながら座るとか、座ったら太腿を閉じろとか、大口で笑うなとか、腕を動かす時は、腋を締めろとか、1つ1つ駄目だしを受けている。

 40年間、男として生活しているのに、いきなり女の子の仕草を行なえと言われても中々上手くできるわけないよ。



 今日の病院の検査が終わり、バスに乗って帰ってきた所。

 家の前まで来たので、玄関扉の前で、今日着ているオレンジイエローのワンピースを、着崩れていないか、変になっていないか、チェックする。

 実は、今日から新しい人が家に来ると聞いていたのだ。

 だから、初めにみっともない姿を見せる訳にはいかないからね。

 一通り、服のチェックを終えた僕は、少し緊張しながら、家の扉を開けた。

「ただいま帰りました」

 この家では、そろそろ言い馴れた言葉を言う。

 ふと、足元に目が行くと、玄関には、男物の靴が置いてあった。

 新しい人がもう着いたのかと思いながら、自分の脱いだ靴を揃え、奥の居間に向かった。


 新しい人に挨拶しようと、居間の戸を開けようとした時、居間での話が聞こえてきた。

「だから、可愛いんだって!」

「そんなの信じられないって。男が女になったって、可愛くなるなんて思えないって。しかも、40代のオッサンなんだろ。気持ち悪いに決まっているよ!」

 僕は、戸を開ける手が止まってしまった。


 ・・・そうだよね。

 男が女の子になったら、普通に考えれば気持ち悪いよね。

 思わず俯いてしまった。

 そうしたら、今、自分の着ている服が目に入る。

 さっきも確認していた、オレンジイエローのワンピースだ。

 そうだよね。男がワンピースの乱れをチェックするなんて、気持ち悪いよね。

 そう思ったら、自分でも分かる位に、顔が赤くなってしまった。

 自分のワンピース姿が凄く恥ずかしい。

 あんまりにも恥ずかしくて、居間の戸を開けられなくなってしまった。


「それにしても、英奈ちゃんの帰ってきた声が聞こえたのに、来ないわね。どうしたのかしら?」

 吉川さんが、そう言いながら、立ち上がる音が聞こえた。

 僕は戸の前から離れようとしたが、その直前に、戸が開いてしまった。


「あら、英奈ちゃん。入ってこないで、どうしたの?」

「よ、吉川さん。あの、その・・・」

「まあいいわ。ちょうど新入りの子が来た所だから、入りなさいよ」

「ちょ、ちょっと・・・」

 吉川さんが僕の腕を引っ張って、居間の中に促す。

 僕は、引っ張られた勢いで、バランスを崩しながら入った。

 なんとかバランスを整えて、顔を上げた時、男子と視線が合ってしまった。


 僕の姿を見た男子は、固まってしまっていた。

 ・・・やっぱり、気持ち悪いんだろうな。

 そんな姿を見られてしまった僕は、恥ずかしくて、さっきよりも顔を真っ赤にして、俯いてしまった。

「あ、あの、初めまして。中山と言います」

 テンパってしまった僕は、それだけしか言えなかった。

「あ、ああ・・・」

 相手の男子も、それだけしか答えない。

 僕は、これ以上ここにいるのが恥ずかしいし、男子も何も言いそうになかったので、この場から離れたかった。

「あ、あの、私は部屋に行っていますので・・・」

 居間から出て、僕は部屋に歩き出した。

「え?英奈ちゃん、ちょっと・・・」

 吉川さんが引き留めようとしたけど、構わず、そのまま自分の部屋に向かっていった。




_____________________________________




 僕は、自分のベッドの枕に顔を埋めていた。

 先程の恥ずかしさからは、なんとか復活できた。

 そうすると今度は、さっきの自分の挨拶が、すごく失礼なモノだった事だったことが分かってしまった。

「うぅぅ、何であんな挨拶しちゃったかなぁ?」

 相手が気持ち悪いと思っているからって、挨拶を疎かにするなんて、僕はなんて、みっともないマネをしてしまったんだろう。

 みっともない事はしないようにと思っていながら、みっともないマネを繰り返してしまう。

 それを思ってしまっただけで、恥ずかしさで、顔が真っ赤になってしまう。

 そんな感じに悶えていると、吉川さんの声が聞こえた。

「英奈ちゃ~ん。晩御飯よ~!」


 ビクッ!


 今、食堂に行ったら、さっきの男の子にまた会うよね?

 でも、呼ばれたのに行かないわけには行かないよね?

 でも、行って、また顔を合わせるのも恥ずかしいよ。

 でも、ここでじっとしていて、待たせるのも失礼だよね?

 どうしよう!どうしよう!どうしよう!

 ・・・・・・・・・


 僕は、ガバッと自分の顔を枕から引き離す。

「ここで悩んでても、仕方ないよね?今度こそ、しっかり挨拶しよう」

 御飯を食べに、皆の所に行くだけなのに、拳を握りしめて、まるで決戦に挑むかのように、気合を入れるのだった。


 2階から降り、居間に入ると、既に2人が居た。

 今、あらためて男の子を見たけど、高校2年か3年生位かな?身長は175㎝位?僕が男の頃より高い身長が少し羨ましいな。腕は、程よく筋肉があるので何か運動でもしているのだろう。顔はイケメンとは言えないけど、不細工でもないし、明るい笑顔が好印象を与えそうだね。


 僕は、男の子の目の前まで歩き、緊張を顔に出さないようにしながら、

「さっきは失礼な真似をして、済みませんでした」

 そう言いながら、頭を下げた。

「え、いや、こっちこそ失礼な事言ってゴメンな。そ、その、俺は本間和也ほんま・かずやと言うんだ」

 そう言って、本間君は手を差し出してきた。

 僕は、少し戸惑ったけど、手を握り返した。

「私の名は、中山英奈です」


 本間君って、優しいな。

 僕の事が気持ち悪いだろうに、自分から握手しようなんて、なかなか出来ないだろうし、そんな思いを、顔に出さないなんて、自制心も凄いよ。

 僕が思わず微笑むと、本間君が思わず固まったのは、何でだろう?


 手を離すと、僕は今日の夕飯に目を向けた。

 テーブルには、サラダに、ピザに、オードブルに、刺身やお寿司に、パスタが所狭しと置かれていた。

 節操の無い内容だけど、新人が来たので、お祝いとして、吉川さんが用意したんだろうな。

 僕達は席に着く。

 そうしたら、吉川さんが食前に言葉を出す。

「さて、新人も来た事だし、2人も仲直りしたみたいだし、ここで、ささやかながらお祝いしましょ!」

「そうですね」

 僕はそれに賛同する。

 3人がそれぞれコップを手に持つ。

「皆、持ったわね。それじゃあ、かんぱ~い!」


 吉川さんのコップにはビールが入っている。そして僕と本間君のコップにはオレンジジュースが入っている。以前、僕もお酒を飲もうとしたら、戸籍が未成年だから駄目だと言われたんだよね。実際は成年なのに酷いよね。


 そんな事を思っていたら、本間君が吉川さんに話しかけた。

「吉川さん。このサラダ、ドレッシングが無いですけど、何処ですか?」

「え~とね、実は、ドレッシングを買い忘れちゃったのよね。だから、ゴメンね」

 吉川さんが両手を合わせて、謝っている。珍しいモノを見た気がするよ。

「え~!生野菜を何も付けないで食うのは大変だよ」

 本間君は不満そうに、そんな事を言ってくる。

 まぁ、確かにそうだよね。仕方ないから、僕が用意するかな。

「ねえ、吉川さん。本間君。今から持ってくるから、ちょっと待ってて」

 そう言いながら、席を立ち、冷蔵庫に向かう。

 2人が待っているから、時間をかけるわけには、いかないよね。

 だから、即席で作って2人の元に戻っていく。


 吉川さんと本間君は、僕の持っているココット皿に入っている薄いオレンジ色のソースを不思議そうに見ていた。

「え~と、英奈ちゃん?そんなの何処にあったの?」

 吉川さんは不思議そうにそう訊ねてくる。

「え?オーロラソースですよ。2人が待っているから、一番簡単な物を、即席で作ってきました。」

 そう言いながら、2人のサラダにオーロラソースをかけていく。

「え~!ソースって、自宅で作れるの?」

「凄い!」

 2人が異様に驚いているけど、そんなに驚くような事?

「別にそんなに驚く程の事じゃないですよ。これだって、マヨネーズとケチャップを混ぜただけの即席なんですから。」

 吉川さんが、何やら、恐る恐るといった感じに尋ねる。

「もしかして、英奈ちゃんって、料理とか出来るの?」

「はい。一通りの物なら作れますよ」

 僕が結婚できないかもしれないからって、数年前から母親が教えてくれていたのだ。まぁ、母親は和食ばかりだから、最近は僕が洋食を作るようになったけど。

「・・・・・・女子力で負けた」

 吉川さんが絶望したような顔で何かを呟いている。

「・・・・・・」

 本間君は、何やら凄いものを見たような顔をしていた。




 僕が料理するのって、本間君的には、やっぱり気持ち悪いのかな?

 少し、落ち込みそう・・・。




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