第58話
ピピピピピ!
脇の下に入れていた体温計から電子音が聞こえてきた。
だから僕は、パジャマの襟首を引っ張り、そこに手を突っ込み、脇の下に差し込んでいた体温計を引っ張り出す。
そして引っ張り出した体温計に表示されている温度を読んでみる。
36.8度
「うん。ほとんど問題無い体温ですね」
僕はそう言って、目の前にいる吉川さんに体温計を渡した。
「そうね。ホントに問題無さそうね」
受け取った体温計を確認していた吉川さんが、そう答えていた。
「それじゃあ、そろそろベッドから起き上がっても良いですよね!」
僕は期待を込めて、吉川さんにそう訊ねてみると、
「ん~、もう少し待ってね」
吉川さんがそう言ってきた。
「え~~~!?」
僕は不満な声を上げる。
砂土ヶ島で生き埋めになり、無事に救出されてから、僕と本間君は永岡市内の病院に入院する事になったのだ。
まぁ、生き埋めになったんだから、身体にどんな怪我や無理がかかっているか分からないから、それは仕方ないんだけどね。
ただ、色々な精密検査が終わった後、本間君は異常無しと言う事で、早々に退院できたのに、僕はまだ入院しているのだ。
だからと言って、何処かが怪我をしている訳でもないし、何処かが異常がある訳ではないんだよね。
そういう訳で、僕も早く退院したいんだけど、お医者さんも吉川さんも許可してくれないんだよな。
何か問題が発見されているんなら、僕にも教えてもらいたいんだけど、何も異常は発見されていないらしいんだ。
それなら、さっさと退院したいんだよね。
早く皆のいる家に帰りたいよ!
だって、いつまでも帰らないと、その分だけ、家の中が散らかっているに決まっているんだから。
それに、皆のご飯はどうなっているの?
聞くのが怖くて、聞けないんだけど・・・。
そう言う訳で、僕の精神衛生上、早く帰りたいんだけど・・・。
「それじゃあ、吉川さん達って、今はどんな食生活をしているんですか?」
僕は心配になっている事を聞いてみようと思い、そう訊ねてみた。
「それは大丈夫よ!今は広花ちゃんが食事当番をしてくれているから、ちゃんとした食事を摂っているわよ」
吉川さんはそう答えてきた。
「それじゃあ、昨夜はどんな料理を食べたんですか?」
僕は更にそう聞くと、
「昨夜はねぇ、えっと・・・、そう・・・、そうそう!ハンバーグだったのよ!」
吉川さんがそう答えてきた。
・・・あやしい!
何で昨夜の料理を言うだけで、あんなに言う淀むの?
僕は、つい吉川さんをジト目で見てしまった。
そうしたら、吉川さんが顔を背けてくる。
「ホントは何を食べているんですか?」
僕は更に問い質すと、
「・・・・・・・・・」
吉川さんは何も答えなかったけど、その横顔からは冷や汗が流れていた。
・・・ちょっと待て!
まさか3食ともカップラーメンとか言わないよね!?
僕が更に聞こうとしたら、
「英奈ちゃんはそんな事を気にしないで良いのよ!」
吉川さんがズイッと顔を近づけて、そう言ってきた。
「え?」
いきなり顔を近づけられ、怯んだ僕がそんな声しか出なかった。
その隙に吉川さんは病室の出入り口に歩き出していた。
「とりあえず、英奈ちゃんはもう少し病院のベッドで大人しくしていてね!」
そう言って、ドアを開けて病室から1歩踏み出していた。
「え?ちょっと!」
僕は慌てて声を出したんだけど、吉川さんはそれには無視されてしまった。
「じゃあ、また来るわね~!」
そう言って、ドアを閉めて病室から出て言ってしまった。
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病院から戻った私は、一息をつく為に、カップにインスタントコーヒーと砂糖を入れて、ポットのお湯をカップに注ぐ。
それから、スプーンを使ってカップの中身をかき回す。
そして、そのコーヒーを一口啜る。
「ふ~~~!」
コーヒーの苦みが緊張を解いたのか、そんな声を出してしまった。
コンコン
そうしたら、部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。
「開いているわよ」
私がそう言うと、カチャッという音と共にドアが開いた。
そこでドアノブを手にしながら、立っていたのは、本間君だった。
本間君は、そのまま部屋に入ってきて、ドアを閉める。
「あら?本間君、どうしたの?」
私は部屋に入ってきた本間君にそう声をかけると、
「吉川さんに聞きたい事が有ってな・・・」
本間君はそう答えながら、私の方に近づいてきた。
「何かしら?」
「・・中山はどんな感じでした?」
本間君は、少し躊躇した後に、そう言ってきた。
「英奈ちゃん?」
私はつい首を傾げてしまう。
「はい!」
本間君は神妙な顔つきで頷いてきた。
「何?そんなに英奈ちゃんの事が心配?」
私がそう言うと、
「当たり前だろ!」
本間君は大きく頷いてきた。
「へ~!そ~!ふ~ん!」
私がそう言うと、
「おい!いま変な想像しているだろ!」
本間君が机に手をついて、大声を出してきた。
「別に~!!」
私はそう答えたんだけど、
「嘘つくな!それなら、何でそんなにニヤニヤした顔になっているんだよ!」
本間君が半眼で睨んできた。
「まぁ、冗談はこの位にしておくわ!聞きたかったのは、英奈ちゃんの様子でしょ?」
私が真顔になって、そう言ったら、本間君が疲れた顔をしてきたわ。
若いのに、体力無いわね~~~。
「は~!・・・それで、どうでした?」
本間君が溜息をついてから、そう訊ねてきた。
「そうね。結論を言うと、いつもの通りで、異常無しだったわ」
私は簡潔にそう答えた。
「異常無し?」
私の言葉に、本間君が問い返してきた。
「ええ!病院で精密検査をした結果、身体的に問題が無い上に、精神的にも問題となるような異常は発見されなかったわ」
私は、病院でも検査結果を本間君に伝える。
「そんな馬鹿な!あの時、中山はまるで別人格みたいになっていたぞ!」
本間君私に向かって叫んでいた。
「このあいだ言っていた、山で生き埋めになる前の事よね?」
私が問うと、
「ああ!あの時の中山は、全くの別人みたいな態度と話し方だった。まるで、昔の人間だけど、現代の事を知っているみたいな言い方をしていたし・・・」
本間君がそこで、言葉を切っていく。
「確かに、そういう姿の英奈ちゃんを、以前、私も見た事があるわ・・・」
私がそう言うと、
「やっぱり、吉川さんも気付いていたんだな・・・」
本間君が嘆息しながら、そんな風に言っていた。
「ええ!」
私が頷くと、
「それなら、何で今まで知らせなかったんだよ」
と、問うてきた。
「だって、まだ何も分からなかったし、変な事を言って、状況を複雑にしたくなかったから、経過を確認していたのよ」
私は理由を話した。
「それなら、もう少し観察する為に、暫くはアイツを前線に出さない様にしませんか?」
そんなような事を、本間君が提案してきた。
「それなんだけどね、上の方から、英奈ちゃんを前線に出し続けるように言われたのよ」
私がそういう事情を言うと、
「何だよ、それ?」
本間君がそれだけを口にしたのだった。
「そんなの私に言われても分からないわよ!」




