第55話
「いた!!」
1メートル程、先を歩いていた本間君がそう声を上げていた。
「え?」
僕はその声に反応するようにして、顔を上げる。
顔を上げた僕の目に、見知った人間の姿が映っていた。
「加藤!!」
僕はついその姿に声を上げてしまった。
声をかけられた加藤は、声のした方。つまり、僕に顔を向けてきた。
「あら!こんな所で会うとは思わなかったわ」
加藤が、そんな女言葉で喋っていた。
女言葉で喋っているという事は、やっぱり・・・。
僕は一瞬、言葉に詰まるが、それでも口を開く。
「あなたはやっぱり、お藤ちゃんなの?」
予想してはいるが、確認の為に聞いてみた。
「何を当たり前の事を聞いてくるんですか?」
加藤が、ううん。お藤ちゃんが不思議そうな顔を僕に向けてきた。
・・・やっぱり。
自力では、元に戻る事は出来ないのかな?
・・・いや!ここで落ち込んだり、諦めたりしてたまるか!
気を取り直して、僕は顔を上げる。
「お前はこんな所で何をしているんだ?」
僕が口を開くよりも早く、本間君がお藤ちゃんに話しかけていた。
「そんな事を素直に言うとでも思っているの?」
お藤ちゃんが鼻で笑いながら、そう答えてきた。
まぁ、そうだよね。
素直に答えるわけないよな。
そう思っていたら、お藤ちゃんの足元にディバッグが置いてあるのが目に入った。
「ねぇ、そのディバッグなんだけど・・・」
僕はお藤ちゃんに話しかける。
「これがどうかしましたか?」
「そのディバッグ。何か中身が減ってない?」
つい、そう聞いてしまった。
「そんなにこの中が気になります?」
お藤ちゃんは、そう言いながらディバッグのチャックを開き、その中に手を突っ込んでいた。
そして、すぐに手を出してきたんだけど、その手には何かが握られていた。
それは、まるで太い蝋燭のような茶色い筒状の物の端に縄が伸びている様だった。
「それは・・・」
僕はそこで言葉が止まってしまった。
隣にいる本間君も、顔を緊張させながら、息を飲み込んでいた。
僕はお藤ちゃんからは視線を逸らさずに、左足を後ろに下がらせながら重心を落とし、鞘を握った左手を腰に来るようにする。
そして、右手は柄に触れるか触れないかという位置に持ってくる。
「お藤ちゃん。それってまさか!」
いつでも抜刀できる姿勢を執りながら、お藤ちゃんに問いかける。
「そう!どうやら、ダイマナイトって言うらしいわね」
お藤ちゃんは、いつの間にか左手に持っていたライターに火を灯し、ダイナマイトから伸びている縄、つまり導火線にそれを近づけていく。
「お藤ちゃん!そんな物をどうしようと言うの?」
僕は思わず声を上げた。
「そんなに、毅然とした態度をとっても無駄ですよ!」
お藤ちゃんが何が面白いのか、顔に笑みを浮かべながら、言ってきた。
「ここに来る前にかなり体力を失っているみたいですね。もう既に疲労困憊って感じじゃないですか」
「そんな事・・・」
「そんな透明な着物じゃあ、足がガクガクと震えているのが見えて、誤魔化せませんよ!」
「っ!!」
まるで馬鹿にしたかのような顔で僕を見てくる。
バレている!
やっぱり、シースルースカートでは、足の動きを隠す事は出来ないか・・・。
確かに、僕は此処に来る為に、体力を消費し過ぎている。
正直に言うと、既に立っているのもキツイ。
だけども、それを素直に教えるなんて事が出来るわけないしね。
「それで・・・、これをどうするかと言うと、こうするの!」
お藤ちゃんがそう言いながら、導火線に火を付けた!
そして、ダイナマイトを持った手を下に下げたと思ったら、まるで野球のアンダースローの様に腕を振り上げ、その勢いでダイナマイトを放り投げてきた。
そのダイナマイトは、放物線を描きながら僕の方に飛んでくる。
「このっ!!」
僕は抜刀する為に、左手の親指で鍔を押し、鯉口を切る。
しかし、僕が抜刀する前に、
一条の銀色が一閃した!
その瞬間、ダイナマイトと導火線が寸断されて、それぞれが軽い音を立てて、別々に地面に落下した。
僕は驚いて、その銀閃を放った人物の方に顔を向ける。
そこにいたのは、僕と一緒に此処に来ていた本間君だった。
本間君は、僕の前に移動してきた。
そして、地面に落ちて尚、まだ火が付いて短くなっていく導火線を足で踏み付ける。
導火線は足に踏み付けられて、ジュッ!と音を立てて火が消えた。
「確かに中山はもう限界だけどな。俺はそうでもないんだよ!」
そう言って、本間君は僕の前まで歩いてきたと思ったら、右足を後ろに下げ、半身になると同時に、槍をお藤ちゃんに向かって構える。
「な、何よ!貴方は!」
お藤ちゃんは、少し狼狽した風だったけど、それでも、そう言いながらディバッグに手を突っ込んでいた。
「俺は中山の仲間だよ!」
本間君はお藤ちゃんにそう答えていた。
お藤ちゃんは、本間君の返事を聞きながら、ディバッグから手を引き抜いていた。
その手には、新たなダイナマイトを3つも取り出していたのだ。
「貴方には用は無いのよ!」
お藤ちゃんは、そう言いながら、その全てに導火線に火を付け、3つ共に再び此方に投げつけてきた。
ただし、本間君は慌てた様子も無く冷静に、
一閃!
二閃!!
三閃!!!
本間君が槍を繰り出す毎に、ダイナマイトと導火線が切断されていく。
その動きに、僕は愕然としてしまった。
だって、本間君は槍を横に振って切り裂いているのでは無いのだ。
本間君は槍を突き出して、切断していたのだ。
そもそも、空中で不安定な状態の物を、その技の切れだけで切り裂くなんて、どれだけの技の冴えなんだって言いたいよ。
三本のダイナマイトと導火線が、バラバラと地面に落ちていくのを見ていたお藤ちゃんは、顔を引きつらせていた。
「さあ!これで終わりか?」
本間君が一歩踏み出しながら、お藤ちゃんに語り掛けていた。
「こ、来ないで!」
お藤ちゃんは、そう言いながら、後ずさっていた。
「これで終わりなんだったら、このまま、捕縛させてもらう」
本間君は、更にお藤ちゃんに近づきながら、そう宣言してきた。
「来ないで!現代を楽に生きてきた人間なんかが気軽に触らないでよ!」
お藤ちゃんがそんな事を叫んでいた。
何でこんなに頑なに拒否しようとするんだろう。
何で僕達と話し合おうとしないんだろう。
何で柴田城の時みたいに、強行手段を使おうとするんだろう。
そんな事を思っていたら、急に眠気が襲ってきた。
こんな時に、寝るなんて不謹慎な真似は出来ないと我慢しようとしたが、抗う事が出来なかった。
僕は膝に力が入らず、崩れ落ちそうになる。
そして、そのまま、僕の意識は暗転した。
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私は目の前にいる本間さんの肩に手を置き、
「本間さん。ここは私に任せてもらえませんか?」
と、話しかけた。




