第50話
山田吉彦は先程、提出された報告書を読みながら、左手に持ったカップを口に運ぶ。
少し温くなってしまったコーヒーを一気に咽喉に流し込むようにして飲み干す。
カップをデスクの上に戻すと、また報告書を読む作業に戻る。
吉川のチームからは、先日の柴田城の銅像破壊についての事であり、もう1つのチームからの報告書は、先日の柴田城及びその周辺に大量発生する御霊についての事が書いてあった。
山田は報告書を読み終え、それをデスクの上に投げるようにして置く。
「ふ~~~」
軽く上を向き、眉間を指で挟むようにして、何回も揉む。
手を離すと、この部屋以外には、殆ど人の気配は無いようだ。
まぁ、それもそうだろう。
窓から外を見てみれば、もう暗くなって、街灯が灯っているのだから。
もう日が沈んでから、かなり時間が経っているのだろう。
それを思えば、今、残っているのは、おそらくは緊急時の対応の為の、当直が残っているくらいなのだろう。
「さて、ここまでは想定通りだな。問題は、これからどう動くかだが・・・」
視線を下げると、デスクの上には投げた報告書の近くに、20センチ位のサイズの円形をした物体が乗っている。
この物体の中心部に直径5センチ位の膨らみが有り、まるで其れを囲むかのように、様々な紋様が描かれている。
そして、それには青緑色をした錆が全体的に浮かび上がっていた。
大抵の人は、教科書で見たであろう形をしていた。
つまり、銅鏡である。
「そうだな、また動いてもらうかな」
山田は一言そう言うと、スマホを取り出し、ダイヤルする。
呼び出し音が鳴り、しばらく待っていると、通話中の音が聞こえた。
「あ、どうも。実はお願いしたいのですが・・・」
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「あ!これ可愛い!」
僕は今、自室にいる。
家の掃除は終わったし、着替えの洗濯も終わった。後は夕飯を作らなきゃいけないけど、まだ時間があるから、やる事が無くなったのだ。
だけど、町に出て行く程の時間は無いから、大人しく家にいる事にしたのだ。
だから、とりあえず自室に戻って、ベッドに横になりながら、ファッション雑誌を見ているのだ。
今までは、あまりファッションとかには興味は無かったんだけど、ここ最近は、女装に抵抗感というか、違和感を感じなくなってからは、可愛い服装を見ているのが楽しくなってきたんだよね。
そういうわけで、広花ちゃんに、おススメのファッション雑誌を教えてもらおうと思って、
「それでね、そういうファッションとかが載っている雑誌とかのオススメって、どんなのがあるのかな?」
と、聞いてみたら、
「やっと、そういう事に目覚めてくれたんですね!」
広花ちゃんが、瞳をキラキラと輝かせて、両手を軽く握るようにあわせながら、僕の事を見つめてきた。
「べ、別に目覚めたって訳じゃないんだけど・・・」
「そんなに恥ずかしがらなくても良いですよ!」
僕は少し引きながら、そう返事をしてしまった。
「女の子なら、ファッションに興味を持っても可笑しくありません!と言うか、それが普通なんですよ!」
「そ、そう?」
広花ちゃんの勢いに、一瞬、相談する相手を間違えてしまったかと思ってしまった。
「それなら、私が色々と有りますから、とりあえず最初は、それを見てみてください!」
「う、うん。それじゃあ、お願いしても良い?」
僕がそう言うと、
「はい!今取りに行きますから、ちょっと待っててくださいね!」
広花ちゃんは物凄く嬉しそうな顔をして、すぐに部屋に雑誌を取りに行ってしまった。
僕は広花ちゃんが貸してくれた本を見る為に、枕を本立代わりにして、身体をうつ伏せにして、ベッドの上でファッション雑誌を見ていたのだった。
「これも良いな~!」
フワッと膨らむフォルムにシースルー生地を合わせたスカートなんだけど、かなり可愛いよね。
これって、チュールスカートって言う名前みたいだね?
このスカートを見ていると思うんだけど、そもそも男の衣服って、女の衣服と比べて、かなり種類が少ないよね。
さらに、男の衣服に使われる色使いも種類が少ないよね。
ホントに、男のオシャレってやり辛いよな~。
コンコン
そんな事を考えていると、部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。
「あ、は~い!」
僕がそう返事をすると、
「中山。ちょっと良いか?」
ドアの向こうから、三井田の問いかけてくる声が聞こえた。
「うん。開けていいよ」
僕がそう言うと、部屋のドアが開いていく。
そこには、ドアのノブを手にしている三井田の姿があった。
「どうしたの?」
僕がそう問いかけると、三井田が、
「いや、お前に聞きたい事があってな・・・」
そう言って、言葉を切っていた。
何だろう?
とりあえず、話を聞かないと分からないか。
「三井田。そんな所で立っててもしょうがないから、入ってきたら?」
僕はベッドから起き上がりながら、三井田に部屋に入るように促した。
「ああ、悪いな」
三井田はそう言いながら、部屋に入ってくる。
僕はベッドから降り、部屋の中央に置いてある、足の長さが30センチ位の低いテーブルの前に座る。
「取りあえず、此処に座ってよ」
三井田に、僕の対面になる位置を薦めながらそう言うと、三井田はその場所に胡坐をかいて座った。
三井田は、座ると直ぐに、持っていたビニール袋から2つのペットボトルと、煎餅を出して、テーブルの上に置いた。
「中山はどっちが良い?」
そう言って、僕に見せるようにして、2つのペットボトルを並べてきた。
それは、コンビニで売っている100円の緑茶と烏龍茶だった。
「用意が良いね!」
僕はそう言いながら、緑茶のペットボトルを手に取った。
ちなみに、僕は三井田の前で、正座を崩したような感じにした、いわゆる女の子座りで座っている。
この座り方に慣れると、胡坐で座るよりも、ナカナカに楽なんだよね。
「それで、何の用なの?」
僕はペットボトルの蓋を回し開けながら、そう訊ねる。
「ああ。お前の事が聞きたくてな」
三井田がそんな事を言ってきた。
「私の事?」
僕は軽く首を傾げてしまった。
「ああ。今までは思い詰めていたのに、最近は逆に弛緩しきっていないか?」
三井田がそんな感じに言ってきた。
「ああ!その事?」
それだけで、僕は納得してしまった。
「ああ。おそらくは、加藤について思い悩んでいたんだろうが、最近は何も考えていないんじゃないかと思う程の豹変ぶりじゃないか」
そう言われてしまった。
「別に加藤の事をどうでもよく思っているわけじゃないわよ」
だから、安心させるように、そう答えた。
でも、三井田は疑いの眼差しで僕を見てくる。
「それにしては、態度が極端過ぎるんだよ!まるで、加藤の事なんて。どうでもよくなったかと思うじゃないか!」
「まぁ、極端なのは否定しないけどね」
僕は、三井田の準備してくれた煎餅に手を伸ばす。
「じゃあ、どういうつもりなんだよ?」
三井田は、ペットボトルのキャップを回し開けている。
「ん~とね。要はメリハリをつけようと思ったのよね」
そう答えながら、煎餅を口に銜えて、割り砕く。
「メリハリ?」
三井田が?マークを浮かべそうな顔で問い返してきた。
「うん」
煎餅を食べながら、そう答える。
「どういう事だ?」
「ほら!この間まで、色々と考えて、皆に迷惑をかけちゃったじゃない。今回は料理を失敗する位で済んだけど、もしも、戦闘中とかだったりしたら、とんでもない事になっていたかもしれないのよね・・・」
僕は其処まで言ったら、三井田は先を促すように、頷いてきた。
「だからね、私は加藤を助けたい!けど、其れに拘り過ぎて、イザという時に失敗をしない為にも、緊張を解す時には、のんびりしようと思ったのよ」
「それにしたって、気を抜き過ぎじゃないか?」
と、三井田が言ってきたけど、
「だって、ここまでしないと、何だかんだと考えてしまうんだもの」
と、正直に答えた。
「・・・・・・」
三井田が無言で僕を見てくる。
だから、僕も三井田の視線を逸らさないように、真っ直ぐに三井田を見返している。
それから、多分、1分位が経った時、
「・・・そうか!」
と、三井田は頭を掻きながら、言ってきた。
「お前がちゃんと考えているのは、分かったよ」
僕は内心、安堵しながら、ペットボトルの緑茶を1口飲む。
「ところで、加藤を助け出す方法とかは、分かっているのか?」
三井田が更にそういう事を聞いてきた。
「うん、確かな事は分からないんだけど、おそらくは所持している霊器の意識に乗っ取られていると思うから、加藤からその霊器を取り上げれば、正気に戻せるんじゃないかと思ってはいるんだけどね・・・」
僕は仮定も含めて、素直に三井田に話した。
「もし其れで、加藤の意識が戻らなかった場合は、どうするつもりなんだ?」
三井田はホントに嫌な事を聞いてきた。
もちろん、其れも考えてはある。
考えてはあるけど、三井田に言い辛い事ではあるから、素直に言うべきか困ってしまった。
だから、笑って対応しようと思っていたら、
「答えろよ!」
三井田が語気を強めて、そう言ってきた。
「・・・その場合は、僕が加藤を止めるよ」
僕は三井田から目を伏せて、そう答える。
「止めるって?」
三井田は尚を詰め寄って来る。
「・・・もしも、元に戻らなかった時は、私がどんな手段を取ってでも、加藤が凶行を行なわないようにするから!」
僕は、伏せていた目を開き、三井田をまっすぐと見る。
「・・・どんな手段もって、本気か?」
三井田は驚いた顔をしながら、そう聞いてきた。
「うん!」
「本気なのか?それって、最悪、加藤を殺さなければならなくなるかもしれないって事だろ?」
三井田がテーブルに手をついて、僕に顔を近づけてくる。
「うん!もしも、元に戻れなくて、身体を乗っ取られたままだった場合、下手をすれば大量の人が死んでしまう事態を引き起こすかもしれないじゃない?」
「それはそうなんだが・・・」
「そうならない様にする為にも、加藤を止めなきゃならないじゃない」
僕はそう答えた。
「本気なのか?」
「本気だよ!」
三井田の問いに、僕は答えた。
「何でだよ!下手をしたら殺人犯になるかもしれないじゃないか!」
「だからだよ!加藤は友達なんだよ!友達が犯罪を犯そうとしたら、それを止めるのが当たり前でしょ!」
「・・・・・・」
僕の言葉に三井田は言葉が出なくなったようだ。
「わかったよ」
三井田はようやく喋ったと思ったら、そう言って、立ち上がった。
「三井田?」
僕は三井田に呼びかける。
「変な事を聞いて悪かったな」
「いや、良いんだけど・・・」
僕がそう言うと、三井田は歩き出し、部屋のドアに手をかけた。
「じゃあな!」
「え?用事って、それだけ?」
僕が首を傾げながら聞くと、
「そうだよ。あ、そうだ!今日の夕飯は何なんだ?」
「え?チキン南蛮だよ」
「そうか!それは楽しみだな!」
「うん。楽しみにしててね!」
僕がそう言うと、
「ああ!」
そう言って、三井田は部屋から出て行った。
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俺は中山の部屋から出てきた。
「ふぅ、まいったな」
中山の話を聞いた時、まいったと思った。
まさか、中山がそこまで覚悟しているとは思ってもいなかった。
しかし、中山も気付いていなかったようだな。
「俺だって、加藤の友達なんだよ!」




