第4話
病院を退院した後、僕は実家のある柏先市を離れ、永岡市に来ていた。
僕は、病院に来た山田さんの事を親に説明しようとしたのだが、既に両親には話がついていた。
山田さん、どれだけ手回しが早いんだか。
説明するのが省けて楽だったが、自分が関わる事なのに、自分の知らない所で、どんどん話が進んでいくのが気持ち悪かった。
まあ、仕方ないので、退院後に住むように指定された住居の前に来て、見上げていた。
柏先市から永岡市の病院に通院するのは、不便だからと用意されたのが、指定された住居である。
「ふわぁぁぁ」
永岡市の郊外にある住居で、最初はアパートか、もしくはマンションかと思っていたのだが、小さな庭の中に物干し台がある、2階建ての一戸建ての家だった。
いつまでも、家を見ているのもどうかと思ったので、意を決して、玄関ドアの横にある呼び鈴を押す。
呼び鈴の音の後に家の中から、玄関に向かってくる足音が聞こえる。
「いらっしゃい。待っていたわよ」
玄関が開き出てきたのは、腰まで届きそうな程の長い髪を首の辺りをゴムで纏めた、20代半ば位の綺麗な女の人だった。
「あ・・・」
僕は、その女の人に見覚えがあった。
柏先の病院で、僕をトイレの中に入れてくれた女の人だったからだ。
「あの時の女の人!」
「はぁい!あの時振り!ちゃんと一人でトイレに行けるようになった?」
僕は一瞬で顔が真っ赤になった。
いきなり、何を言い出すんだろう。この人は。
「だ、大丈夫です。あ、あの時はすみませんでした」
「まぁ、こんな所で立ち話も何だし、早く家に入って」
女の人は僕の腕を引いて、家の中に入れてくれた。
家の居間では、僕と女の人は向かい合いながら座っていた。
「今日から一緒に住む事になっているから、まぁ、まずは自己紹介よね。私は吉川保美。一応、貴女の先輩になるわね」
女の人と向かい合うなんて、あまりないのに、こんな綺麗な女の人と一緒にいるなんて緊張してしまう。
「初めまして。僕は中山と言います。名前は、英奈に変える事になっているみたいです。これから、よろしくお願いします」
本当は初めてではないけど、便宜上、そう言った。
山田さんの話によると、僕の戸籍の性別を操作する時に、一緒に名前を変更すると言っていたのだ。
「英奈ちゃんね。うん、よろしく」
吉川さんは僕の手を握って振ってくれた。
「あの~、その、ちゃん付けは恥ずかしいんですけど・・・」
「似合っているんだから、いいじゃない!」
「でも・・・」
「その位の事、気にしない程度にならないと大変よ」
「そうですか?」
「そうそう!」
吉川さんは、この話は終わりとばかりにパンッと手を打つ。
「一応、確認するけど、当分の間、英奈ちゃんは此処から病院に通院しながら、体調や身体感覚の違いを確認するのよね」
「はい」
そうなのだ。あの戦いの時、僕は身長が低くなり、手や足の長さが短くなった、それはつまり、戦闘の時は自分の間合いが狭くなっている事の意味なのだ。これは早急に慣れないと冗談抜きで死に直結してしまう。
「それにしても、霊器を手にした人で、身体能力が増幅されたり、髪が伸びたりした話は聞いた事はあるけど、性別が変わったなんて、初めて聞いたわよ」
「そうなんですか?」
「ええ、私が聞く限りでは初めてね」
やっぱり、それの検査の為の通院なんだな。
「まぁ、これは今考えても原因は分からないから、これ位にしましょ。それはそうと・・・」
吉川さんは少し難しそうな顔をしていた。
「英奈ちゃんの一人称を私に変えて、女言葉にしない?」
「え?」
「だってね~。僕っ娘はそれはそれで、ニーズはあるけど、やっぱり一人称を私にしていた方が、色々と問題が起きにくいものよ」
「え?でも僕は男ですし・・・」
「女でしょ!」
「で、でも僕が私とか、女言葉を使うとか、変人みたいですよ」
芳川さんが眉間に皺を寄せそうな程、難しそうな顔をする。
僕にとってはごく当たり前の事を言っているんだけど、そうは見られないのかな。
「変じゃないわよ。そんな事を言うなら、世のサラリーマンは全員が変人という事になるわよ」
「な、何でサラリーマンが出てくるんですか?」
「サラリーマンの人は殆どが私って言っているのよ」
そ、そう言えば、そうだな。
「で、でも・・・」
「サラリーマンは変人なの?」
「違います」
「じゃあ、英奈ちゃんが、私と言っても問題ないわよね!」
「で、でも・・・」
「問題ないわよね!」
吉川さん、笑顔なのに目が怖いよ。
「・・・はい」
「それと」
ビクッ
僕は吉川さんの言葉に肩が反応した。
「英奈ちゃん。もしかして、ブラをしてないんじゃないの?」
吉川さんは、そう言って僕のワイシャツのボタンに手を伸ばす。
「え、ちょっ・・・」
僕は、瞬間的に後ろに避けたが、ボタンの1つが外されていた。
「え?」
「ほら、逃げないで、よく見せてみなさい!」
そう言いながら、吉川さんが立ち上がり、にじり寄ってくる。
「ま、待ってくださいよ」
吉川さんの魔の手?を、捌こうとするのだが、何故かスルリと避けられてしまう。
そして、また1つのボタンが外されてしまった。
「ほらほら、そんなに緊張しないで、ゆっくりと寛いで、恥ずかしがらないでね(にっこり)」
「ちょ、ちょっ、ちょっと、待って、待ってください」
心から安らげるような、優しい声を出しながら、声とは対極な動きで、僕のボタンを外しにくる吉川さん。
僕は懸命に防ごうとしているのだが、1つ1つ外されていくボタン。
自分では、真面目に防いでいるつもりなのだが、自分の認識している手足の長さと、実際の手足の長さの違いで、吉川さんの動きに上手く合わせられない。
その上、今までの自分の反応速度と、現在の自分の反応速度に差が有るのか、動きがワンテンポ、ズレてしまう。
男たるもの、女に手をあげるなんて出来る訳もないから、反撃も出来ず、防戦一方にしかならない。
そんな僕の空しい防戦も、長くは続かなかった。
吉川さんが、僕のベルトを外した時、ベルトによって無理矢理締めていたジーンズが、ずり落ち、バランスを崩してしまったのだ。
そんな隙を見逃す筈も無く、そのまま、押し倒されてしまった。
僕は今、自分の身体を隠すように、両腕で両足を抱えるようにしている。パッと見、体育座りに見えるかもしれない。
なんで、そんな恰好になっているかと言うと、僕のワイシャツとジーンズは、吉川さんの腕にあるのだ。
「やっぱり、そんな事だろうと思ったわよ」
吉川さんは呆れたように、僕を見下ろしている。
今の僕は、服を取られたので、胸にサラシを巻き、下は男物のトランクスという姿を晒している。
「で、でも、僕は男だし、これで誤魔化せればいいと・・・」
「わ、た、し、でしょ!」
吉川さんの笑顔が怖いよ。
「わ、私、このままでもいいと・・・」
「ダメ!」
「で、でも、私は男だし・・・」
「女の子でしょ!」
「で、でも」
吉川さんの額に青筋が浮かぶ。
「そんなに言うのなら、やっぱり最後まで剥いてから、私が直接、ブラとパンティーを着けてあげるしかないわね」
吉川さんの眼が、キラッと光ったように見えた。
ひ、ひぃぃぃ!
「ま、待って!御免なさい!私が悪かったです。着けます。素直に着けますから、だから、それだけは勘弁してください!」
女性に全裸にされたあげく、下着までムリヤリ着用させられたなんて事になったら、僕の自尊心が木端微塵に砕け散ってしまう。
それ位ならば、自分自身で着けた方が、まだ幾らかマシかもしれない・・・。まだ幾らかは・・・。
僕の両目に涙が溜まってくる。
泣いてない。泣いてないよ。
でも、少しは泣きたくなってきた。
・・・やっぱり泣いていい?
「本当に?」
「は、はい!」
僕は、首を縦に勢いよく振りながら返事をする。
舌打ちが聞こえたのは、気のせいだよね?
そして僕は、泣く泣く女性モノの下着を着ける事になった。流石にブラは一人で四苦八苦しているのを見かねたのか、吉川さんがレクチャーしてくれた。
精根尽きたかに思えたけど、僕には、まだソレ(精根)が残っていたのを知ったのは、これからだった。
知りたくなかったけど・・・。
何とか下着を着けた僕を待っていたのは、満面の笑みを浮かべて、服を持っていた吉川さんだった。
「じゃあ、次はこれを着てね」
手渡されたソレを見て、僕の顔が引きつる。
僕に渡されたのは、白いブラウスと、ピンクのフレアスカートだった。
ブラウスはワイシャツの一種と思えば、抵抗が少ないと思うが、これには、襟と袖と前立て(ブラウス前面のボタンのある位置)には、とても可愛らしいフリルやレースが付いている。
ブラウスとフレアスカートは、清楚に見えるから好きだけど、それは、女の子が着ているのを見るからであり、断じて、自分が着たいからではない。
「あ、あの、吉川さん。」
「ん?何かな?」
「流石に、この服は恥ずかしいので、自分で服を選んでいいですか?」
拒否されるかもと、恐る恐る上目使いで吉川さんに訊ねる。
「いいわよ。クローゼットに色々あるから、好きなのを選んでね」
予想に反して、吉川さんは快く答えてくれた。
「あ、有り難うございます」
僕は喜びながら向かい、クローゼットを開いた。
そこには、華やかな絶望が広がっていた。
レモンイエローのワンピース
水色の肩だしプルオーバー
黄緑色のエプロンドレス
白いプリーツスカートや、
紫色のティアードスカートに、
オレンジ色のラップスカート
ズボン系の物は1つとして無かった。
その中で、黒い衣服を見つけたので、思わず手に取った瞬間、
「なに、いきなりゴスロリにイっちゃう?」
目を輝かした吉川さんが聞いてくる。
僕は全力で顔を左右に振った。いきなりゴスロリなんて無理!と言うか、女装に慣れても無理なんじゃないかな?
「あ、あの~、さっきまで、ぼ・・・・・・私が着ていた服にしたいんですけど・・・」
僕と言おうとした瞬間、途轍もない殺気を感じたので、私と言い変える。
「もう、洗濯機で洗っているわよ」
はやっ!
「いつの間に?」
「英奈ちゃんがブラで苦労している時にね」
吉川さんは面白そうな顔で、嫌な事を告げてくる。
「それにしても、いつまでも悩んでいるのは、私に可愛い下着姿を見せ続けてくれる気だからなのかしら?」
着替え終わった僕は、居間のテーブルに、突っ伏していた。
結局僕は、吉川さんが最初に用意してくれたブラウスと、フレアスカートを身に着けていた。
生まれて初めての女装?は、予想以上に恥ずかしく、顔が真っ赤になっている上に、引き攣っているので、まともに人と顔を合わせる事が出来なかったのだ。
やっぱり、TS物としては初めての女装シーンは外せませんよ(笑)




