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霊器の想起  作者: 甘酒
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第44話

「さて、私の事を攻撃出来ないんなら、仕方ないですね」

 お藤ちゃんはそう言って、刀を上段に構えてきた。

「さあ!それでは、死んで!」



「加藤!!お前は何をやっているんだ!」

 その時、僕の後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 それは、僕と加藤の共通の友達である三井田の声だった。


 三井田の声に振り向いてしまうと、そこには、僕の方に向かって走ってきている三井田の姿が視界に入る。

 三井田は事態を把握できていないのだろう、慌てた風に僕のすぐ後ろまで近づいて、僕の肩に手を置いた。

「加藤!お前は何をやっているんだよ!」

 三井田は加藤に向かって、さっきと同じ言葉を続けてきた。

「ここにいるコイツは、中山なんだぞ!」

 そう言って、三井田は手にかけている僕の肩を引いて、自分の後ろに廻そうとしていた。


「信じられないかもしれないかもしれないな!この女の子は俺達の知っている友達の中山なんだぞ!」

 その言葉を聞いていた加藤、もとい、お藤ちゃんは詰まらなそうな顔をしていた。

「おい!お前!聞いているのか?」

 お藤ちゃんの対応に三井田は、血が頭に昇っているのか、いつもよりも、かなり乱暴な口調になってしまっていた。


「三井田。待って!あれは加藤じゃないわ!」

 僕は、冷静さを失わせている三井田に、そう言って止めてみる。

「中山。何を言っているんだ?」

 やっぱり三井田は、気付いていないようだ。

「あれは加藤じゃないわ!別の意識に、加藤は身体を乗っ取られているのよ!」

 僕も正確には理解しきれていないだろうけど、多分、これで合っていると思う。

「え?」

 三井田は驚いて、思わず僕の方に顔を向けてきた。


「ホントか?」

 三井田の問いに、僕は無言で顔を縦に振る。

「どういう事なんだ?」

 三井田はあらためて前の方に顔を向けて、お藤ちゃんにそう問いかけていた。


「どういう事も何も、そちらの方の言った通りですよ」

 お藤ちゃんが三井田の言葉に、そんな言葉で返答してきた。

「・・・確かに加藤じゃないみたいだな」

 その返答を聞いた三井田が、呆れたような声でそう言った。

「あら、そう?」

 お藤ちゃんが意外そうな声を出してきた。

「ああ!加藤はそんな女言葉は使わないんだよ」

 三井田がお藤ちゃんに人差し指を刺しながら、そう指摘する。

「それに、大体な!加藤の外見で女言葉を使っていても似合わないし、気持ち悪いだろうが!」


「何気に失礼ね!」

 お藤ちゃんは少し心外そうな顔で、そう言ってきた。

「身体は加藤で間違いは無いんだろ?なら、加藤に対しての話し方で接してやるよ」

 三井田が、何か凄い強引な事を言っていたよ。

「大体な!女言葉で話したいんだったら、少なくとも中山くらいの見た目になってからにしてくれ」

 ・・・こんな時に何を言っているんだよ。ったく!


「まあ、そんな事はどうでもいいんだ!アンタは誰なんだ?」

 そしていきなり、脱線していた張本人みいだが話題を変えてきた。

「私が誰かなんて、どうでもいいでしょ」

「やっぱり、いきなり答えてはくれないか」

「当たり前でしょ!」

 ・・・それでも、三井田って正体不明の相手に、何気に会話を成立させているのが凄いよね。


「じゃあ、何で中山に斬りかかっていたんだ?」

 それも普通は答えないと思う内容だと思うよ。

「それはね、この世に未練を残さないようにする為よ」

 ・・・答えたよ。

「未練を残さない為?」

 答えた事にツッコミを入れる事もなく、三井田は聞き返していた。

「ええ!そうよ!」

「何で中山を斬る事が未練を残さない事になるんだ?」

「彼女を斬り捨てる事が出来れば、私自身の未練を断つ事はもちろん、この身体の持ち主もそうでしょ」

 お藤ちゃんはそんな事を言ってきた。

「そんな事をしたら、加藤は人殺しと言う事で、今の世の中ではマトモに生きていく事は出来なくなるじゃないか!」

 三井田は、そうなった時の事を想像して言ったのだが、

「そうね。だから未練が無くなるでしょ!」

 お藤ちゃんは笑みを深めながら言ってきた。


「でもね・・・」

 そこでお藤ちゃんの目が鋭くなってきた。

「貴方にしても、目的は半分は達成できそうね・・・」

 そう言った瞬間、お藤ちゃんは刀を振りかぶりながら、僕達に向かって走り出してきた。

 反射的に、僕は三井田の肩を突き飛ばす。


 その次の瞬間、さっきまで三井田のいた場所に、お藤ちゃんの刀が振り下ろされる。

 そして、振り下ろされた刀の刃を返し、僕の方に斬り返してきた。

「くっ!」

 僕はその斬撃を刀で受けながら、飛ぶようにして後ろに下がる。


 着地すると同時に、お藤ちゃんを見据えると、その後ろで三井田が尻餅をつくように倒れているのが見えた。

 どうやら、僕が突き飛ばした時、バランスを崩してしまったようだ。

 そんな姿が、三井田の無事を実感できてしまい、ホッとしてしまう。


 しかし、そんな一瞬の隙は、するべきでは無かった。


 お藤ちゃんは、左手を左胸のポケットに差し込んで、そこから何かを出してきた。

 それは、2、3枚くらいの木板に見えた。


 まさか?


 あれって、さっきの男性が今までに何回か使っていた位牌じゃないの?

 と言う事は、あれは・・・。

 そう思ったと同時に、お藤ちゃんは手に持っていた位牌を後ろにいる三井田に向かって放り投げていた。


 その位牌は三井田の手前に散らばるかのように、地面に落ちる。


「三井田!それから逃げて!!」

 僕は三井田にそう叫んだのだが、三井田は事態をわかっていないのか、落ちている位牌をただ見ているだけだった。

 そうすると、やはり、散らばっている位牌から黒い煙が立ち昇り始めていた。


「な、何だ?」

 三井田は黒い煙を慌てながら見回していた。

 そうしている間にも、黒い煙は人の姿を模し始めてきた。

 それは人の姿というよりは、戦国時代の鎧武者をイメージした姿になった後、それぞれが右手から棒状の物が握られていた。


 やっぱり御霊か!


 そこまでいった時、三井田も今の事態を理解できたのだろう。

 すぐさま立ち上がり、そのまま後ろに数度ジャンプするかのように距離を取っていた。

 そして、袋に閉まっていた小太刀を抜き放ち、それを構える。

 ・・うん。本間君に習っていた通りの構えが出来ている。


 三井田が構えを取った後、周りにいた御霊は、一番近くにいる生きている人間である三井田に顔を向けてきた。

「ふん!やってやろうじゃないか!」

 三井田は、そう言って、不敵な笑顔をしていた。

 でも、額に冷や汗を流しながら、手や足を小刻みに忙しなく動いている。

 きっと、緊張しているんだ。

 大丈夫かな?


 僕がそう思った時、御霊が一斉に動き出していた。

 前方と右側にいた御霊が、2体とも刀を振り上げ、同時に振り下ろしてきた。

「よっと!」

 三井田は、そんな声を出しながら後ろに下がり、2振りの斬撃を躱している。

 そして、左側にいた御霊が、三井田が後ろに下がったタイミングで刀を突き刺してきたのだ。


「三井田!」

「甘い!」

 僕は思わず名前を叫んでしまったが、三井田は御霊の刀を小太刀を下から跳ね上げるように振るって、御霊の突きを弾き飛ばす。


 そして、三井田は更に一歩、後ろに下がる。

「ふ、ふ~ん♪」

 三井田は軽く鼻を鳴らし、トントンという感じに、小刻みにジャンプしながら、御霊との間合いを取り始めた。


 ホントは僕や本間君みたいに、摺り足みたいな歩法による足運びの方が回避や攻撃の時の、隙とかが少なくて良いと思う。

 だから、僕と本間君が教えていたんだけど、これが中々に身に付かなかったんだ。


 その代わりに、ボクシングのフットワークはかなりサマになっていたんだ。

 どうやら、学生時代に友達と面白半分にやっていたフットワークの真似事が素地になっていたようだね。


 だから、このまま無理矢理に歩法を教え込んで、使える様に時間をかけるよりもフットワークを正式に教えた方が良いをいう事になってしまったんだ。

「なんだ。思っていたよりも何とかなるじゃんか!」

 三井田は、ほっとした表情をしながら、そんな事を言っていた。


 三井田のそんな声が聞こえてきたけど、それを諌める余裕は今の僕には無かった。

「ほらほら!反撃しないんですか?」

 そんな事を言いながら、お藤ちゃんが僕に斬りかかっていた。

「くっ!この!」

 僕は、お藤ちゃんの踏み込みに合わせて、横に一歩移動し、お藤ちゃんの斬撃を狙いをずらす。


 それから、刀を横薙ぎにしてくるが、僕はそれを、時に刀で弾き、時に身体を反らして、その攻撃を悉く躱していく。


 お藤ちゃんの攻撃は、それ程の鋭さは感じないんだけど、上手く反撃する事が出来ないでいた。

 だって、下手に攻撃したら、加藤の身体を傷つけてしまう

 もしかしたら、その攻撃で加藤を殺してしまうかもしれない。

 そして、加藤の持っている霊器である刀を攻撃してしまっても、大丈夫なのかが分からない。

 もしも霊器を破壊した時、乗っ取られている加藤の精神が無事でいられるかが分からないのだ。

 そんな状態で、下手な攻撃をする訳にはいかない。



「そらそら!そんな攻撃じゃあ、当たらないぞ!」

 軽快なフットワークを駆使して、三井田が御霊の攻撃を躱し続けていく。

 三井田は軽口を叩いているけど、実は余裕が無いんじゃないか?

 攻撃を躱し続けているのだが、攻撃を躱した後、タイムラグが発生しているからか、なかなか攻撃に移れないでいるようだ。


 そんな攻防を繰り広げている中、振り下ろした刀を躱された御霊の一体がバランスを崩して、刀を地面に突き立ててしまっていた。


 ・・・おかしい。

 実体の無い御霊がそんなに簡単にバランスを崩すのだろうか?


「もらった!!」

 三井田は、バランスを崩した御霊に対して、そんな事を言いながら、 斬りかかっていった。

 三井田の振り下ろされた小太刀は、御霊の背中に、まるで吸い込まれるかのように入っていった。


「う、うわああああ!?」

 三井田はまるで断末魔のような絶叫を上げながら、尻餅をついてしまっていた。

 その拍子に、手にしていた小太刀を取り落してしまっている。


《守らなきゃ》

「三井田!」

 まずい!御霊に囲まれているのに、あんな状態は命の危険がある!

 僕はすぐさま、三井田の元に駆け寄ろうと一歩踏み出したのだが、それよりも早く僕の前に、お藤ちゃんが行く手を阻むかのように立っていた。

「あら?私を放ったらかしにして、何処に行くつもりですか?」

 お藤ちゃんが、まるで楽しい事が始まるかのような笑みを浮かべて、そんな事を言ってきた。

 僕はそれには答えず、かといって足を止めるような事もせずに、三井田の、ううん。お藤ちゃんの方に走り込む。


「冷静さを失うと簡単に死んでしまいますよ?」

 お藤ちゃんがそう言いながら、刀を振り下ろしてきた。

 僕は、振り下ろしてきた動きに合わせて、自分の左手首をお藤ちゃんの手首に当てるようにしてぶつけ、ぶつかった衝撃で止まった腕をそのまま掴み、そのまま流れるような動きで僕の左後ろに腕を引っ張る。

 動きにつられてバランスを崩したお藤ちゃんの足を引っかける。


 お藤ちゃんはそのまま、耐える事も出来ず、僕に腕を取られているから、受け身を取る事も出来ずに、地面に転がってしまう。


 僕は倒れたお藤ちゃんをそのままにして、三井田の元に駆け出す。

《守らなきゃ》

「三井田!」


 三井田は尻餅をついた状態のまま、後ずさっている。

 そんな三井田に向かって、3体の御霊は刀を構え、近寄っていた。

 ジリジリと近づいてくる御霊の姿に、三井田は涙を流し、まるで駄々っ子のようにイヤイヤと顔を左右に振っている。


 御霊の1体が刀を振り下ろす!

 三井田は反射的に、頭を庇うように腕を上げて、刀を受け止めていた。

「うわあああ!」

 斬りつけられた腕の痛みと、恐怖で顔を歪めて悲鳴を上げながら、地面を転げまわっていた。


《守らなきゃ》

「三井田!逃げて!」

 僕は走りながら、三井田に叫ぶ。


 助けなきゃ!

 守らなきゃ!

 急がなきゃ!

 もっと早く足を動かさなきゃ!

 もっと早く!

 もっと早く走らなきゃ!

 何でこれ以上早く走れないの?

 お願い!間に合って!


 御霊は三井田の目の前で、刀を掲げるかのように、上段の構えを取る。

 


 止めて!

 助けて!

 お願い!

 殺さないで!


 は、また(・・)守る事が出来ないの?

 御霊はの願いを無視するように、その刀を振り下ろす。

 その動きが、スローモーションのように、ゆっくりと感じられる。


ヒュッ!


 飛来してきた矢が、 振り下ろされた刀の根本に当たり、三井田に触れる直前に刀身が霧散した。


「え?」

 その様を見ていた三井田は、まるで呆けた様にそんな声を出していた。

 僕はそのまま走り寄り、そんな三井田の前にいる御霊の背中に、スピードと全体重を乗せて、刀を突き刺す。

 そうすると、その一撃で御霊が霧散する。


「三井田は殺させない!」

 御霊を斬った時に襲ってくる恐怖を、その気合の声ではねのける。


 間に合った!

 御霊を斬った時の恐怖なんて友達を喪い怖さに比べたら、どうって事はないよ!

 そんな恐怖に負けてられない!


 他の御霊は、僕の背中側から斬りかかってくる。

 僕は右足を左後ろに移動させるようにして、身体の向きを変え、その斬撃を躱す。

 更に一歩踏み込み、勢いを利用して刀を横薙ぎに振るう。

 僕の斬撃は、がら空きの胴体を捉える。

 まるで胴体を覆う甲冑が無いかのように、刀は御霊を斬り裂いていた。

 2体目の御霊が斬り口から黒い霧が散るように消えていった。


 もう1体は?

 僕は御霊を探して顔を巡らせる。

 そこには、三井田に刀を振り下ろそうとしている御霊の姿が見えた。

 しかし、その御霊の肩に矢が刺さり、よろめく。


《守らなきゃ》

「三井田はらせないって、言ったわよ!」

 僕はそう言いながら、御霊に駆け寄り、地面を踏み込み、その勢いを乗せるように腰を、肩を、腕を捻りながら、刀を下段から逆袈裟で斬り上げる。

 その斬撃は、防ごうとした御霊の刀を折り、そのまま胴体を斬り裂いていた。

 そして、御霊は崩れるかのように消えていった。


 僕は息をつくと、矢の飛んできた方向を見る。

 そうすると、水堀の反対側、桜の木々の間から、弓を構えている吉川さんの姿が見えた。


 いけない!

 今はまだ安心しちゃいけないんだった!

 僕は急いで、お藤ちゃんのいた方に顔を向けると、そこには誰の姿も無かった。

 何処に行ったかと、探そうとした時だった。


ドゴン!


 城門の方から、何か重い物が落ちたかのような音が聞こえてきた。

 音のした方に顔を向けると、城門の近くにあった銅像が、足元と土台の辺りで砕けて銅像が地面に落ちていたのだ。




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