第43話
そこには、刀を振り下ろした姿勢の男性が立っていたのだ。
「っ!」
その姿を見た僕は、息を止まってしまった。
何故なら、その姿は僕のよく知る人間だったのだから。
「・・・加藤?」
そこに居たのは、僕と三井田の友達である加藤がいたのだ。
その加藤が、日本刀を振り下ろした姿勢でその場にいた。
「な、何で加藤がここにいるの?」
僕は思わずそう問いかけてしまう。
加藤は僕の言葉に答えずに、刀を振り下ろしていた姿勢から、自然体の姿勢に戻す。
「か、加藤・・・」
何で、刀を持っているの?
何で、それを僕に振り下ろしたの?
そして、何で加藤は笑顔でいるの?
「加藤・・・」
「お久しぶりですね」
僕が言葉をうまく紡げないでいると、加藤がやっと話しかけてきた。
「!?」
でも、何かおかしい?
だって、加藤は今の僕の姿を知らない筈なんだ。
それなのに、何でお久しぶりなんて言葉が出てくるの?
僕は加藤を観察するようにしながら、ゆっくりと立ち上がる。
ついでに視界に入る状況を見ると、日が傾いてきて、観光客は殆ど居ないようだった。
「どうしました?私の事が分かりませんか?」
加藤が何か面白そうな笑みを浮かべてきた。
どうゆう事なの?
姿は間違いなく加藤だ。
でも、加藤はこんな話し方はしないよ!
「話が無いのなら、このまま行きますよ!」
そう言って、加藤は僕の方に近づいてきた。
その歩き方は、まるで摺り足をしているかのように見える。
これって、古流武術の歩法?
それに気付いた僕は、同じく歩法で距離を取ろうとした。
だがそれよりも、加藤の方が早く僕に肉薄してきた。
「ちょっ!」
加藤は上段から刀を袈裟掛けに斬り下ろしてきた。
滑らせるようにして、右足を左後ろに動かし、それに連動するようにして、身体を半身にして、斬り下ろされた刀を躱す。
加藤は慌てる事も無く、刃の向きを変え、僕に向かって斬り上げてきた。
「ちっ!」
僕は仰け反るようにして、その斬撃を躱し、その勢いを利用にて背中側から倒れ、後転の要領で回転し、そのまま起き上がる。
「ほらほら!避けてばかりいても仕方ないですよ」
楽しそうな声で、そう語りかけてくる加藤。
「貴方は誰?」
僕は加藤の姿をした人にそう訊ねた。
そうすると、加藤の姿をした人は、僕に先を促すかのように攻撃を止めていた。
僕は刀を加藤?の前に向け、構えを解かないまま話はじめる。
「加藤はそんな言葉使いはしないし、何より、武術はやっていないのに、そんな動きは出来る筈がない!」
僕がそこまで話すまで、加藤?は大人しくしていた。
「それだけ?」
加藤?は僕にそう聞き返してきた。
「え?」
聞き返された僕は、そんな声を出してしまった。
「貴女はそれだけしか分からないの?」
まるで呆れたような顔をしていた。
「これでも分からないの?」
そう言って、加藤?は手に持っている刀を、まるで僕に見せるかのように、前に掲げて見せてみる。
「!?」
僕はその刀をよく見てみようと目を細めてみる。
その刀は普通の形と違って見えた。
刀身が、先端に向かう程、幅広になっているのだ。
さらに、日本刀は軽く反っているものなのだが、その刀身は真っ直ぐに出来ていた。
そのかわり、先端の方だけが反っているという変わった形状をしていた。
それって、まるで薙刀を連想する形状だよな。
まるで、僕の持っている長巻直しみたいだ。
それにしても、その刀って、何か見覚えがあるんだよな。
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私は呼び出されて、お館様のいる間に向かって歩いていた。
おそらく、奥方様と和子様をお城から脱出させる為に、その護衛に私達が呼び出されたのだろう。
そう思いながら、お城の奥に向かって進んでいた。
そうしていると、前を歩いている女性が見えてきた。
私は少し早足になって、その女性に近づいて行った。
「お藤ちゃん?」
私はそう呼びかけると、前を歩いていた女性は振り返って、私の方の見てきた。
お藤ちゃんは私を見た瞬間、とても驚いた顔をしていた。
「一体、どうしました?」
お藤ちゃんは信じられないと言うような顔をして、私の方を見てきた。
「どうしたって、お館様に呼び出されて、これから向かう所よ」
私は頭を軽く傾けて、そう答える。
「そうなんですか?」
お藤ちゃんは私の答えにそう返してきた。
「多分、奥方様達が脱出する時の護衛の任につく話だと思うわ」
私はお藤ちゃんに近づきながら、話かける。
「で、でも、もし本当に護衛の任なら、命の危険があるんですよ」
お藤ちゃんは、棒状の物を握り締めて私に詰め寄ってきた。
「・・・でしょうね。でもね、このままお城に居ても敵の攻撃に曝されて、どのみち危険なのよ」
「それはそうですけど・・・」
よく見ると、その棒状の物は、短槍の柄だった。
そして、その柄には穂先ではなく、薙刀の刃が付いていた。
多分、私の武器と同じで、間に合わせで用意された物なのだろうね。
「それにね。考えようによっては、上手く脱出できれば、ここに居るよりも安全なのよ」
私はお藤ちゃんを安心させる様に笑顔を作る。
「きゃあ!」
思わず其方を見てしまった。
「お藤ちゃん!」
見えた先には、何本も矢が刺さっているお藤ちゃんの姿だった。
「お藤ちゃん!」
私はお藤ちゃんの元に走り出した。
そんな私の前で、お藤ちゃんがグラリと倒れこむ。
倒れたお藤ちゃんに、私は駆け寄った。
そして、戦闘中にも関わらず、その身体を抱き起こす。
しかし、お藤ちゃんはもう、息をしていなかった。
守りたいって思ったのに・・・
守らなきゃって思っていたのに・・・
_______________
《お藤ちゃん?》
「お藤ちゃん?」
僕は加藤の持っている刀を見ながら、そんな事を口走ってしまった。
「やっと分かったみたいですね」
加藤は満面の笑みを浮かべて、そう言った。
「ちょ、ちょっと待って!」
「なんですか?」
「じゃあ、加藤はどうなっているの?」
「なんだ。そんな事ですか?」
そう言って、露骨に残念な顔をしてくる。
「そんな事って何?」
残念な顔をされたが、加藤の状態の方が重要だから、そんな事は気にしていられないよ。
「だって、どうでもいいでしょ?他人の身体の事なんて!」
「どうでもよくない!」
僕は、思わず声を荒げてしまった。
そんな僕の態度に驚いたのか、目を見開いて、僕の事を見ていた。
でも、そんな態度も一瞬の事で、また笑みを浮かべてきた。
「そうですね~。そこまで言うのなら答えますけど、私はこっちの方ですよ」
そう言って、手に持っている刀を、僕に見せるかのように、目の前に掲げてみせている。
「で、色々と相性やらが何やらが良かったから、この身体を借りているのよ」
「それで加藤は無事なの?」
「さあ?分からないわ。でも、特に意識を殺したとかしていないし、無事なんじゃないですか?」
つまり、あの薙刀の刃の刀に、お藤ちゃんの意識があるって事?
そして、今の加藤って、洗脳されているとか、操られているとかじゃなくて、身体を乗っ取られているって事?
そう思っていると、加藤が、ううん、お藤ちゃんがいきなり飛び出してきた。
いきなりの事だったので、思わず後ずさってしまった。
抜刀の構えのままとはいえ、加藤に斬りかかろうなんて考えてもいなかったから、それ以外の行動が取れなかった。
そんな僕に対して、お藤ちゃんは刀を上段から斬り下ろしてきた。
僕は更に後ろに下がると共に、膝を曲げて、身体を下に沈み込ませる様にする。
その勢いを利用して、地面に倒れ込み、その勢いを利用して、バク天の要領で身体を起こす。
「随分と器用な避け方をしますね」
お藤ちゃんはそう言いながら、刀の向きを変えて、そのまま横薙ぎにして刀を振ってきた。
僕は鞘に収まっている刀を勢いよく抜刀。
それと連動するようにして鞘を引く。そうする事によって、刀を最後まで抜く事が出来るのだ。
そうして、抜けた瞬間に手首を捻るようにして、遠心力を加えながら、刀を回転するように振るう。
そのまま、お藤ちゃんの刀に当てて弾き、刀の軌道をずらす。
お藤ちゃんは、刀を弾かれた勢いのまま、腕を上に上げる恰好になってしまった。
僕は反射的に攻撃しようとしたが、一瞬で身体が加藤だと気付き、追撃をする事はせず、刀を身体の前に持っていき、正眼の構えを取る。
「いきなり、何をするの?」
僕は加藤の姿をしたお藤ちゃんを睨みつける。
お藤ちゃんの動きを逃すまいと、注意深く見ていると、お藤ちゃんは身体を低く構えながら、刀を水平にして、此方に向けてくる。
「何って、分かっているでしょ・・・」
そうすると、此方の予想通り、そのまま突進してくる。
「死んで!」
お藤ちゃんは、突進しながら刀を突き出してくる。
僕は、突き出されるタイミングに合わせて、右足を左後ろに移動させ、身体を半身にして突きを避ける。
そして、突き出された姿勢で、ガラ空きになった背中へ刀を振り下ろそうとしたけど、どうしても出来なかった。
だって、そんな事をしたら、加藤が死んでしまうかもしれない。
と言うか、僕が加藤を殺してしまうかもしれない・・・。
そんな事、出来る訳ないじゃないか!
そんな僕の逡巡を分かっているのか、お藤ちゃんは加藤の顔をニヤリと歪ませて、笑っていた。
「どうしました?攻撃しないと死んでしまいますよ?」
ニヤニヤしながら、お藤ちゃんは悠然と姿勢を正していた。
「くっ!」
僕は思わず後ずさってしまった。
どうする?
僕は加藤を殺したくない!
でも、峰打ちとかで気絶させる事が出来るかは分からない。
そもそも峰打ちと言ったって、鉄の棒で叩くようなものなんだ。
十分に殺傷力はあるんだよ。
「さて、私の事を攻撃出来ないんなら、仕方ないですね」
お藤ちゃんはそう言って、刀を上段に構えてきた。
「さあ!それでは、死んで!」
本当は、柴田城編は2話で終わる筈だったのに、どうしてこうなった?




