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霊器の想起  作者: 甘酒
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第42話

 水堀に沿って巡回を行なったので、もう1回、お城に戻ってきたのだが、そこで僕は見つけてしまったのだ。


 柴田城しばたじょうの表門の前、つまり、赤穂義士の像の前には、一人の男性が見えた。

 その男性には見覚えがあったのだ。


 そう!野彦山で足を痛めた時、井戸の前で御霊を出してきた男。

 そして、先日も林千寺で、他チームを壊滅寸前まで追い詰め、僕達が救援に行ったけど、取り逃がしてしまった男。


 その男が今、僕の目の前にいる。


 僕はすぐさま竹刀袋の封をしている紐を解く。

 そして、解いた袋に手を突っ込み、その中に隠していた刀の柄を握る。

 刀をいつでも抜けるように、竹刀袋に包まれている鞘を握っている左手を腰まで移動させ、いわゆる居合術、と言うか、抜刀術の構えを取る。

 その構えのまま、僕は男に近づいていく。


 僕は出来るだけ気配を出さないようにし、その上、足音を出さないように注意を怠らないようにしている。

 男は僕に気付いていないのか、こちらに振り返ってこないし、目立った動きをしていない。


 僕と男の間の距離は、もう5メートルも無いだろう。

 このまま行けば、気付かれる前に間合いに入れるだろう。



「まだこんなに人がいるんだぞ。それでも、このままるのか?」

 まだ気付かれていないと思っていたのに、男はそう言ってきた。


 その言葉に、僕はハッとした。

 確かに、日が傾いてきて、観光客も少なくなっているとはいえ、全く居なくなっている訳ではない。

 そんな中で、戦闘になったら普通の人達は巻き添えをくうかもしれない。


 少し頭が回れば、直ぐに気付く事なのに、僕は頭に血が昇っていたのかもしれない。

 この男を前に、そんな事では危険だ。

 僕は気を落ち着ける為に、その構えのまま、深呼吸をする。

 そうして、周囲に目を向けると、通りかかった何人かの人達が僕達の方に視線を向けながら、歩き去っていく。

 こんな事に気付かなかったなんて、本当に頭に血が昇っていたらしい。


 その間、男はこちらを見る事も無く、只、表門の近くにある銅像を見上げ続けていたのだ。

 今の僕は隙だらけだったのに、攻撃をしてこなかったのだ。

 もしかしたら、今回は何もしないつもりなのか?


 いや!

 それは有り得ないだろ!


 あらためて、この男をよく見てみる。


 服装は、焦げ茶色のYシャツ着ていて、使い古したようなジーンズを穿いていた。

 そして、もう時代遅れと言ってもいい位の古い革ジャンを羽織っている。

 更に、その左手には竹刀袋に入った棒状の物を握っていた。

 多分、中には刀が入っているのだろう。


 見た目は只の中肉中背の男性にしか見えない。

 男は最初に見た時から、銅像を見続けており、1度も此方を振り向こうともしていなかった。

 普通だったら、これ以上無いような隙だらけの筈なのに、その後ろ姿からは、隙を感じる事は出来なかった。

 何でこっちを振り向かないの?

 もしかして、僕の事を舐めているの?

 少しイラついてくるよ。


「貴方は、何でこんな事をしているんですか?」

 一向にこちらに振り向こうとしない男に、僕はそう語りかけた。

 答えが返ってくるとは思っていなかったが、つい、そう聞いてしまったのだ。

「命をかけて戦った結果、このように語り継がれるのだな・・・」

 答えが返ってくるとは思わなかったが、質問を質問で返されてしまった。

 いきなり、何を言っているんだろう?

 だが、これはもしかすると、相手の情報が手に入るかもしれない?


「それは、そうでしょう?」

 それでも、どう返せば良いか分からず、そんな事を言ってしまった。

「何故だ?」

 何か会話が成立できそう?

「何故って、それはそうでしょう?」

「だから、何故だ?」

「どんな理由があったって、命をかけての行動なんだから、それは語り継がれるべきでしょう?」


 その瞬間、僕は一歩後ずさってしまった。

 目の前の男から、途轍もない殺気を感じてしまったのだ。

 男は全く動いてはいなかったのだが、男から発されている気配がさっきとは全然違っているのだ。


 僕は普通の答えを言ったつもりだった。

 だけど、その中に男の機嫌を損ねる言葉が入っていたのかもしれない。

 僕がそう思っている間に、男はゆっくりと僕の方に身体を向き直ってきた。

 その顔は、以前見た顔と同じだった。

 ただし、その表情は読み取れなかった。

 つまり、男は無表情なのだ。


「そんなのは、建前だけだ!」

 男は、顔は無表情のまま、今まで聞いた事が無い程の、低い声で言ってきた。

 その声を聞いただけで、僕はまた一歩、後ずさってしまった。

「お前は命をかけて戦った結果死んでも、語り継がれると言ったが、そんなのはまやかしだ!」

 無表情のままに低い声で言われるというのは、かなり怖い。


「何でそんな事をそんな殺気を出してまで言われなければならないの?」

 僕は、足が震えそうな怖い思いだったが、それを隠すかのように男にそう答えてしまった。

 そんな僕の様子に、無表情だった男は、目だけが侮蔑を含んだ表情を浮かべてきたような気がする。

「お前みたいな人間が、命懸けで戦ってきた者を貶めていくのだ!」

 まるで汚物を見るような目で僕を見ながら、そんな言葉をぶつけてくる。

「さっきから、アンタが何を言っているのか分からないわよ!」

 男の視線に負けないように、僕は強気な言葉を発する。

「お前みたいな奴に言った所で何になる」

「そうやって、最初から見下して、言わなければ、誰にも何も分からないわよ!」


 男が見下したような目で見てくる。

 僕はそれに対抗するように睨み返して見る。

 僕と男は暫く無言で睨みあい続ける。


「文句があるなら、思っている事を言ってみなさいよ!」

「・・・ふん」

「どうせ、そうやって悲劇のヒーローを気取って、自分カッコイイ!とか思っているんじゃないの?」

 僕は、男を鼻で笑いながら、そう言う。

「貴様!どれだけ我らを愚弄すれば気が済むのだ!」

「だったら、言いなさいよ!」

「・・・・・・・・・」

「そうやって黙っていたら、誰も何も分からないわよ!」

 そう言ったら、また睨みあいになってしまった。


「そもそも、貴方って誰なの?」

「・・・・・・」

「我らって言っていたけど、貴方達はどんな集団なの?」

「・・・・・・」

「貴方達って、何をしているの?」

「・・・・・・」


 悉く黙秘かい!

 少しは自分達の事を話してくれてもいいのに・・・。

 ホントにこいつら何者なんだか。


「何でこの城の結界を壊そうとするんですか?」

 これも無言で返されるだろうと、ダメ元で言ってみた。

「・・・我らの土地を取り返す為だ!」

 予想に反して、そんな言葉が返ってきたよ。

「土地?」

 思わずその言葉を繰り返してしまった。

「この地を横切るように流れている揚野川あがのがわより北は、本来、我らが治めていた土地なのだ!」

 そんな事を言ってきた。

「それって、何時の話なの?」

「何時の話だろうと、我らは奪われた地を取り戻すまでだ!」

「そんなの、かなり昔の話じゃないの?今そんな事をしても、周りの人達の迷惑や苦労を考えた事は無いの?」

「それを言うなら、土地を奪われた我らの気持ちを考えた事は有るのか?」

「そんな昔の事を考える事は無いわよ!」

「それならば、我らも貴様たちの事を考える事は無いな!」


 ・・・何だろう?

 会話しているのに、話になっていないような気がする。

「何で、そこまでして、その土地を取り戻そうとしている訳?」

「それこそ、先程言ったぞ!」

「そうじゃなくて!もう過去の事じゃない!何でまだ固執しているのかって事よ!」

「本来ここは、我らが治めていた土地なのだ!それを武力で奪っておきながら、自分達は反乱を許さず、我らの存在を歴史から抹消しようとし、あまつさえ、まだ固執していると言うのか?」


 この人って、まるで当事者にような口ぶりだな?

「こういう事を言うと怒るかもしれないけど、あちらこちらにある結界を破壊するのは、多くの人々が苦しむ事になるのよ!」

「それを言うなら、我らの方が既にその苦しめられた側の人間なのだ!その我らの事は無かった事にして、自分達だけ被害者面するのか?」

「・・・・・・」


 この男の事情が分からない以上、何を言えばいいのか僕には判断できなかった。

 そして、これ以上、どう言えばいいんだろう?


ジャリ!


 後ろから土を踏み締めたような音が聞こえてきた瞬間、右足を曲げながら重心を右前に移動させる。

 そうする事によって、身体も前のめりに倒れ込ませて、前回り受け身の要領で地面を転がる。

 そして、その回転を利用して、片足立ちのように身体を起き上がらせる。


 そこには、刀を振り下ろした姿勢の男性が立っていたのだ。

「っ!」

 その姿を見た僕は、息を止めてしまった。

 何故なら、その姿は僕のよく知る人間だったのだから。



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