第41話
柴田市。
県の北部を横断するかのように、長い川が流れている。
この川より、更に北側には県庁所在地がある。
その県庁所在地よりも、北側に位置する所に在る市である。
この市には、柴田城と言う城がある。
この県では、山城の方が多いのだが、この柴田城は政治や経済の為、交通の便を見据え、平地に築いた平城である。
この柴田城は、日本初の世界遺産『姫路城』を連想するような白い壁をしており、とても美しい城なのだ。
しかも、この城の周りを覆うようにソメイヨシノやヤエザクラ等の桜が植えてあるのだ。
春になった時は、城を囲う水堀から、これらの桜と一緒に見える柴田城の姿は、美しいの一言なのだった。
何でこのお城に来ているかと言うと、いつもの如く、山田さんから行く様にと指示が来たからなのだ。
指示があるのは別に良いんだけど、何で詳しい内容を伝えないんだろうね。
こういうのばかりだと、下の人間は苦労するんだよ!
「ねぇ!どうかな?何処かおかしくない?」
僕はそう言いながら、本間君と広花ちゃんの前で、身体を左右に動かしてみた。
それを見ていた本間君と広花ちゃんは、軽く首を傾げて僕の方を見てきた。
「そんなに気にする様な事か?」
本間君が呆れた感じで、僕の方を見てくる。
「それは気にするわよ。いつもの恰好と違うんだから」
「そうかなぁ?」
「そうよ!」
そうなのだ。
僕らは山田さんからの指示で、この柴田城に来ているのだが、桜の季節は言わずもがな、それ以外の時期にも観光客が良く来ているのだ。
だから、いつもの出動の時に着ていたTシャツやスカート、スパッツの服装では目立ち過ぎるから、今回の出動では着て来ていないのだ。
そういう訳で、今はいつもとは違う服装をして、この柴田城に来ているのだ。
もちろん、防刃ベストや特殊樹脂製の手甲なんか装備出来るわけがない。
だから、今僕が着ているのは、戦闘とは関係無い様に、水色のシャツワンピースに、同じ色のウエストリボンが付いている服装なのだ。
それに、薄茶色のローファーを履いている。
本当はローヒールのパンプスだったんだけど、それだと流石に踏み込めないから、吉川さん達に頼み込んで、何とかローファーに妥協してもらったんだ。
そして、ローファーと同じ色をしたポシェットを肩にかけているのだ。
そんな服装なのに、戦闘を想定して、竹刀袋に霊器である刀を入れて、手に持っているのだ。
ファッションに疎い僕自身でも断言できるよ。
はっきり言おう!
絶対に似合わないと思うよ、これ!
せめて、ボーイッシュな格好なら、竹刀袋を持っていても、まだそこそこ似合うとは思うんだけど、吉川さんも広花ちゃんも、僕がそういうボーイッシュな服装を嫌がるんだよね。
と言うより、断固とした対応で反対してくるんだよな。
それこそ、実力行使してまで。
何で?
僕がジーパンやスラックスといった、いわゆるズボン系の物を履こうとすると、何で2人揃って僕からそれを剥ぎ取ろうとするんだろう?
お陰で、家を出る前にも2人によって、部屋に閉じ込められ、そのまま着せ替え人形にされてしまったよ。
そのくせ広花ちゃんは、上は白いシャツで、その上に薄いピンク色のパーカーを羽織り、下はダークグレーのスラックスを穿いているのだ。
そして、得物の斧はギターケースに入れて、左手で持っている。
僕もそんな感じの服装が良いと主張したんだけど、全く聞き入れてもらえなかったのだ。
と言うか、僕よりもれっきとした女の子である広花ちゃんが女の子らしい服装をして、僕はボーイッシュな服装の方が合うと思うんだけど、どうして、何で逆の恰好になってしまうんだろう?
ついでに言うと本間君の服装は、上はブルー地にグレーの格子模様のシャツに、下はジーンズ、そしてスニーカーという動きやすさ重視の服装なのだ。
そして、得物の槍は、槍をすっぽり収まる専用の袋に入れて、今もその手に持っているのだ。
本間君の服装が凄く羨ましいよ。
僕もこんなに動きやすい服装にしたいな~。
「はぁ~・・・。まぁ~、ここまで来たんだから、この格好でいますけどね」
僕は溜息を吐きながら、2人にそう言った。
「さて、英奈さんも納得したようだし、ちょっといいですか?」
広花ちゃんがそう言って、僕の腕を掴んできた。
「うん?何?」
僕は、広花ちゃんに腕を引っ張られ、されるがままに、本間君の方に連れられていく。
「やっぱり、こうでしょ!」
広花ちゃんがそう言いながら、僕の腕を本間君の腕に絡ませてきた。
「はぁ!?」
「ちょっ!?」
広花ちゃんの突然の行動に、本間君と僕は、思わず声を上げてしまった。
「年頃の男女が2人いるんだから、やっぱり、こうでしょ!」
そう言いながら、広花ちゃんが瞳を輝かせている。
「ちょ、ちょっと待ってよ!それなら、広花ちゃんが腕を絡ませればいいでしょ!」
突然の事で思わず顔が赤くなってしまう。
慌てながら、僕が広花ちゃんにそう言うと、
「え~!ほら!私はこんな色気の無い服装じゃないですか。それよりも、英奈さんみたいな可愛い恰好の方が似合うんだもの!」
なんて事を言ってきた。
「それを言うなら、私をこんな風に無理に着飾らせなくても、広花ちゃん自身が着飾れば良いと思うんだけど?」
広花ちゃんに、僕が疑問に思っていた事を訪ねて聞いてみると、
「だって、女の子に色々な服を着せて、可愛くしていくのって、とっても楽しいじゃないですか!」
「そ、そうなの?」
「そうですよ!」
広花ちゃんが満面の笑顔を浮かべながら、そう答えている。
「で、でも!やっぱり私よりも、広花ちゃん自身が着飾っていた方が似合うと思うし、そのまま本間君と腕を絡ませればいいじゃない!」
「え~?私自身よりも、他の人のそういう姿を見て、騒いでいる方が楽しいじゃないですか!」
「そういうものなの?」
「そういうものです!」
何でそこで胸を張るのかな?
「だから、私はあっちの方を巡回して廻りますね」
そう言って、広花ちゃんが歩き出していった。
「何が、だからなの?」
「それじゃあね~!」
「ちょ、ちょっと!」
「お、おい!」
僕と本間君が歩き出した広花ちゃんに、慌てて声をかける。
「私はお邪魔虫にならないようにしますから、お2人はそのまま楽しんでくださいね」
広花ちゃんが僕達2人の方に振り向きながら、そんな事を言ってきた。
「ちょっと!楽しんでって何?」
僕が広花ちゃんに叫ぶと、物凄くイイ笑顔を向けてきた。
「おい待て!その笑顔は何だ?」
流石に本間君も、見逃せなかったようで、声を上げてきた。
「本間さん、頑張ってくださいね♪」
そんな本間君に、広花ちゃんは手を振ってきた。
「おい!頑張れって何だ!」
本間君は抗議の声を上げるが、広花ちゃんは返事をする事もなく、そのまま走って行ってしまった。
「行っちゃった・・・」
僕は半ば茫然としながら、そう呟いてしまった。
隣にいる本間君も、僕と同様に茫然としているようだった。
広花ちゃんが行った後、僕と本間君は、お互いに顔を見合わせてしまった。
「ねぇ、コレどうする?」
僕は自分の腕に視線を動かしながら、本間君に訊ねてみる。
「この腕を離してもいいか?このままだと、まともに見回りも出来ないからな」
「う、うん。そうだね」
本間君の言葉に、僕は絡ませていた腕をほどいて、離す。
「それにしても、吉川さんも山岸も何を考えているんだか・・・」
「そうだよね。何か仕事そっちのけで、何でもかんでも色事に結び付けようとしているしね」
「そうだよな・・・」
僕と本間君は同時に溜息をついてしまった。
「さてと、これからどうするの?」
僕は本間君にこれからに活動方針を訪ねてみる。
「そうだな。俺達が2人で一緒に居ても、見回りの効率も悪いし、このまま別れて見回ろうぜ」
「うん。分かった」
本間君の提案に僕は納得がいったから、そう答えた。
「それに、このまま一緒にいたら、あの2人が喜ぶだけだしな」
苦笑しながら本間君がそう言ってきた。
「ううん。きっと、三井田も含めて3人だと思うよ」
「そう言えば、そうだな」
本間君も何とも言えないような表情をしてきたよ。
「それじゃあ、俺は城を回った後、城の周囲や水堀といった外周を回って行くから、お前は逆に、先に外周を回ってから城を見てくれ」
本間君が僕の方に顔を向けて、そう言ってきた。
「うん。分かったよ」
「それじゃあ、俺はこのまま行ってくるよ」
「うん。それじゃあ、また後でね」
歩いて行こうとする本間君に、僕は軽く手を振って、それを見送る。
お城に向かって歩いていく本間君が、人ごみに紛れて見えなくなるまで見送ってから、僕は後ろを向いて、そのままお城の外周に向かって歩き出す事にした。
お城の周りに植えてある桜が花開くには、季節が合わないんだけど、何気に観光客が多いよな。
状況確認の為に、周囲を気にして見ているんだけど、一番多そうなのは家族連れの人達みたいだね。
普通に、観光としてお城や桜の木を見て回っている人が多い中、大人の男女が、幼稚園くらいに見える子供に、木や水堀等に指差して、何かを喋っているのが見えるね。
多分、お父さんやお母さんが、自分の子供に色々と教えているんじゃないかな。
これは、情操教育としてやっているのかな?
僕も今度の休暇の時に、お母さんを誘ってみようかな?
そういう姿を見ながら、まるで散策でもしているかのように見えるような足取りで外周を回っていく。
こうすれば、僕も観光客の1人に見えると思うしね。
桜や水堀を見る振りをしながら外周を歩いて回ったから、次はお城に行って、城内を見て回ろうと其方に歩を進める。
桜の木々の下を歩いていると、柴田城の表門が見えてきた。
柴田城の表門の近くに、銅像が立っていた。
その銅像は実は、忠臣蔵の赤穂義士の1人なのだ。
何で、この県に赤穂義士の像があるのかと、不思議に思う人が多いと思うけど、実はその1人は、この柴田の出身なんだけど、知っている人って、そんなにいないよね?
自慢じゃないが、この県の人って、PRとか大の苦手だし・・・。
銅像のある表門を通り過ぎ、そのままお城の中に向かって歩き出す。
お城の中は、観光の為に色々と改修やら補強してあるようだけど、当時の雰囲気を上手く残している作りだよ。
お城の中を順路に従って歩き、最上階まで進むと、窓があった。
その窓から外を眺めてみれば、かなり活気のある柴田市の街中が一望できる。
それを見た後、僕は下に降りて、そのままお城から出る事にした。
お城を出た後、外を見上げたら、太陽が傾き出していた。
それでもまだ、夕方と言う程ではないから、もう一回、見回ろうと思うよ。
僕はまた最初から見回りを始めようと、また水堀の外側に歩き出す事にした。
「おい!中山!そっちはどんな感じだ?」
水堀に沿って歩いていた僕の前から、三井田が片手を上げて、そう呼びかけながら近づいてきた。
「こっちは特に変わった事は無いけど、そっちはどう?」
僕も片手を上げ返しながら、三井田にそう答える。
「そうか。俺は一通り見回り終わったんだが、お前はどうなんだ?」
「私も一通り回ったけど、もう1回廻るつもりよ」
「そうか。俺はどうしようかな?」
「もう1回廻ったら?」
三井田の言葉に、僕はそう言うと、
「そうだな!じゃあ、そうするよ」
そう言って、三井田はお城の方に歩いて行ったのだ。
僕はその姿を見送りながら、手を振ってから、また歩き出したのだ。
水堀に沿って巡回を行なったので、もう1回、お城に戻ってきたのだが、そこで僕は見つけてしまったのだ。




