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霊器の想起  作者: 甘酒
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第37話

 林千寺で最後まで立っていた巫女さんは、男性が去った後、緊張が解けると共に倒れ込んだ。

 只でさえ、結界を維持するだけで疲労するらしいのに、目の前で仲間が次々と倒れていったのだ。

 そんな中、攻撃されながらも、1人で結界を維持し続けていたのだ。

 緊張と疲労は相当なものだったのだろう。


 倒れた巫女さんは、そのまま病院に運び込む事になった。

 因みに、巫女さんの周りで倒れていた人達も病院に運び込まれたのだ。

 倒れていた全員は、重傷を負ってはいたが、一応、命に別状は無いらしい。

 ただ、巫女さんも倒れていた人も、当分の間は入院する事になるらしい。



 その後、警護役と作業役が追加で到着し、粕ヶ山と林千寺の補修作業を行ない、無事に完了したのだ。




 そして現在、

「それじゃあ、お願いね」

 ワンボックスカーの運転席にいる吉川さんが、僕達にそう言ってきた。

「はい!他には何が良いですか?」

 僕が吉川さんに希望は無いかと、そう訊ねる。

「後は3人に任せるわ」

「わかりました。それで、三井田は何かある?」

 助手席に座って、こっちを見ている三井田にも聞いてみた。

「いや。特に無いな」

「うん。わかった」

 そう返してきたので、こっちもそう返した。

 そうして話が終わったので、エンジンを動かし、吉川さん達は自動車を発進していった。


「じゃあ、2人共いきましょ!」

 僕は、ここに残った本間君と広花ちゃんに声をかけると、

「ああ」

「はい!」

 2人はそう答えてくれたから、早速向かう事にした。



「ん~と、これも入れておこうかな?」

 僕はそう言って、手に持っている発砲トレイを買い物カゴに入れる。

「ちょ、ちょっと待て!」

 慌てているような声が、横から聞こえてきた。

 僕はそんな声が聞こえてきた方を見ると、そこには本間君が立っていた。

 本間君の顔からは、先程まであった余裕は完全に消え去り、まるで怖い物でも見ているような表情を浮かべて、僕を凝視してくる。

 ・・・何か失礼だよね。



 粕ヶ山と林千寺の事が終わった後、この周辺の神社や寺社などを見回り、現状がどうなっているのか、無事なのかどうかを確認する事になったのだ。

 そこで運転免許を持っている大人組が、遠くにある場合や未成年には大変そうな場所を担当する事にし、子ども組が商業施設や大人数のいる地域を見て回る事になったのだ。

 ・・・所で、僕も子ども組に数えられたのが、複雑な気持ちだよ!


 そういうわけで、いま僕と本間君と広花ちゃんは、粕ヶ山から30分位離れたココ、『ウミテラス奈立なだち』と言う場所に来ているのだ。

 このウミテラス奈立とは、高速道路で南下してから海岸の方向に走り、県を縦断している国道を横切って、すぐの所にある道の駅なのだ。


 この近くに、奈良時代からある観音堂があり、そこを確認したのだが、破壊されているわけでもなく、何かされた感じも無かったのだ。

 もちろん、劣化している所は、しっかりと補強までされていたので、ここは大丈夫と判断する事にしたのだ。


 確認が終わった僕達は、そのまま、このウミテラス奈立で買い物をする事にしたのだ。

 正確には、ここで買い物するついでに確認してこいと言われたんだけどね。


「あ!これも買っていかなきゃ!」

 僕はそう言って、近くにあった棚からガラス瓶を手に取る。

「な、何だよそれ?」

 本間君が額に冷や汗が浮かべて、後ずさろうとしていた。

「あ、これ?これは『かんずり』っていう調味料だよ」


 ちなみに、『かんずり』とは唐辛子を雪の上にさらした後、麹、柚子と一緒にペースト状になるまで発行させた調味料だ。

 鍋物や煮物に少し入れると、ただの唐辛子を入れるのとは、違った感じになっていいのだ。


「そ、そうなのか?」

「そうなの」

 そう答えながら、僕はかんずりを買い物カゴに入れる。

「うお!?」

 変な声を出すけど、本間君の筋力なら余裕なのに大げさだよね。


 ちなみに、今の本間君なんだけど、両手にそれぞれ買い物カゴを手に持ち、僕や広花ちゃんが海産物や地域限定の調味料、それに珍しい加工食品などを見つけては、そのカゴに入れているのだ。

 そろそろ両方のカゴ容量いっぱいになってきたようなんだけど、本間君の筋力なら大丈夫だろう。

 ガンバレ男の子!!


「おい!中山!お前も持てよ!」

 本間君がそんな事を言ってきたので、

「えぇ~!か弱い女の子にそんな事言うの~?」

 手の指を軽く握るような感じにしながら口元に近づけて、『必殺!かわいこぶりっこ作戦』をしてみる。

「・・・・・・」

 ・・・本間君のジト目が痛いよ。

「ごめんなさい!持ちます」

 僕はそう言って、近くにあった新しい買い物カゴを手にする事にした。



「きゃっ!ナニコレ?」

 少し離れた所から、そんな悲鳴が聞こえてきた。

 僕と本間君が悲鳴が聞こえた方に顔を向けると、そこには、発砲スチロールの前でしゃがんでいた女の子がポニーテールを揺らしていた。

 僕と本間君は、悲鳴をあげた女の子、いや、広花ちゃんの所に近づいていく。


「広花ちゃん。どうしたの?」

 僕は広花ちゃんの後ろから声をかける。

「あ!英奈さん。コレなんですか?」

 僕の方に振り向いてきた広花ちゃんが、目の前にある発砲スチロール箱に入ったソレを指差してきた。

 僕は指差された先のソレを見てみる。


 そこには、全身がヌルヌルしている魚が入っていた。

 身体全体がゼラチン状のもので覆われているその姿は、見慣れていないと気持ち悪いかもしれない。


「ん?ああ!これはね。ゲンギョって言うのよ」

 その魚を見た僕は、広花ちゃんに教えてあげる。

「ゲンギョ?」

 広花ちゃんがオウム返しに聞いてきた。

「うん。この地域と隣の県くらいしか獲れない魚だったと思うんだけど、幻の魚と書いて幻魚げんぎょと言う地域もあるし、ゲンゲと言ったりする地域もあるのよ」

 僕は広花ちゃんに教えてあげた。

「こんな気持ち悪い魚、食べられるんですか?」

 広花ちゃんが気持ち悪そうな顔をしながら聞いてくるから、

「うん。食べられるよ」

 と答える。

「こんな魚、食べられるとしても美味いのか?」

 本間君までそんな事を言ってくるよ。

「うん。淡白な味だけど美味しいわよ。それと、2人とも知らない様だけど、グロテスクな感じの魚って、結構美味しいのよ」

 2人にそう言ったんだけど、信用していないような目をしてくる。


「本当だって!例えば・・・」

 そう言いながら、本間君の持っている発砲トレイを取り出し、本間君と広花ちゃんに見えるようにする。

 発砲トレイに入っているのは、15センチ位の細長い魚の干した物だった。

 魚に詳しくない人には、シシャモのように見えるかもしれない。

「これ、ゲンギョの干物なんだけど、軽く炙っておくと、酒の肴にちょうど良いのよ」

 実はこれ、吉川さんから買っておくように頼まれていた物なのだ。


「まぁ、今夜のオカズに出すから、楽しみにしていてね」

 僕がそう言うと、

「え~!こんなの食べるんですか~?」

 広花ちゃんが露骨に嫌がってきた。

 横を見ると、本間君も嫌そうな顔をしていた。


「ま、まあ、騙されたと思って食べてみてよ。ちなみに、コラーゲンも豊富なんだって!」

 僕がそう言った瞬間、

「コラーゲン!?」

 広花ちゃんが反応してきた。

「ほんとにコラーゲンがあるんですか?」

 広花ちゃんが僕にすごい勢いで、僕に迫ってきた。

「う、うん!ホントだよ」

 僕は少し引きながら、そう答えた。


「・・・食べます」

 広花ちゃんがポツリと言ってきた。

「え?」

 僕は思わず聞き返してしまった。

「私、食べます!コラーゲンが豊富なんだったら、私が責任を持って全部食べます!」

 そ、そこまで、力説しなくてもいいのに。

「う、うん」

 僕は思わず引いてしまった。




 何とか広花ちゃんを宥めてから、買い物の会計を済ませる。

 それから、3人でそれぞれ買い物袋を持ち、吉川さん達が来るのを待つ為に、駐車場に出る事にした。


 3人で駐車場に立って、吉川さん達が迎えに来るのを待っているけど、全然来る気配が無い。

 ビニール袋を多めに貰って、買い物を入れて、3人で持つ事にしたんだけど、それでも、かなり重い。

 さっきから、右手で持ってて痛くなると、左手に持ち替える等、している。

 少し買い過ぎたかもしれない。

 そんな事を考えていたけど、他にやる事は無いし、少し気になっている事を聞いてみようかな。


「ねぇ。少し聞いてもいいかな?」

 僕は、本間君と広花ちゃんの方に顔を向けて、そう聞いてみた。

「ん?何だ?」

「何ですか?」

 本間君と広花ちゃんの2人は、頭にハテナマークが浮かびそうな顔をして、僕の事を見てくる。


「うん。2人に聞きたいんだけど、・・・その、ね」

 これって何て言えばいいんだろう?

「だから、何が聞きたいんだ?」

「う、うん。あのね。2人って、人を斬る覚悟って出来ているの?」

 僕がそう言うと、2人はお互いに見合っていた。

 やっぱり変な事を聞いたかな?


「中山。もしかして、この間の事を気にしているのか?」

 本間君が僕にそう言ってきたから、

「う、うん」

 と、答える事が出来た。


 あの時、刀を振り下ろす事が出来たなら、少なくとも手傷を負わせて捕まえる事が出来たかもしれないのだ。

 そうすれば、相手の素性や目的をはっきりと分かったかもしれない。


「そんなに気にする事は無いと思いますよ」

 広花ちゃんがそう話しかけてくれる。

「でも、あの時に私がちゃんとやっていたら、捕まえる事が出来たんじゃないかと思うとね・・・」

 自分で言った内容で、自分自身が落ち込んできたよ。

「・・・そうだな。少なくとも、俺は必要だと思ったら、躊躇わずに人を斬る覚悟は出来ているつもりだ」

 本間君がそう答えてくれた。

「でも、どうして?人を殺してしまうかもしれないんだよ!」

 思わず強い声で、本間君に聞いてしまう。

「俺達みたいな仕事はな、もしそこで、1人を斬る事に躊躇したばかりに、何十人、何百人の人が苦しむ事になるかもしれない事態が発生するかもしれないし、下手をしたら死人まで出るかもしれないんだ。」

 本間君は、僕の目をまっすぐと見据えながら、理由を教えてくれた。

「そうですね。そこまで考えてはいなかったけど、私も覚悟はしているつもりですよ」

 広花ちゃんもそう言って、僕に教えてくれた。

 ホントに2人は凄いよ。


「私は、・・・私には、そこまでの覚悟は出来ていなかったの」

 殆ど独白と言うか、懺悔を告白と言うか、そんな気持ちで2人に今の気持ちを話した。


「まぁ、いいんじゃないか?」

「え?」

 信じられない言葉を本間君が言ってきたのだ。

「中山は、人を斬る覚悟がまだ出来ていないんだろ?」

「う、うん」

「だったら、覚悟が出来るまで無理をしなくていい!」

「で、でも、それだと皆に迷惑が掛かっちゃうよ!」

 僕がそう言ったのに、

「覚悟が出来ていないのに、そういう事で無理をすると、気負いに潰されるぞ!」

「っ・・・!」


 本間君の言葉に、咄嗟に答えられなかった。

「でも!そんな事をしていたら、皆の迷惑かけちゃうよ!」

「かければいい!」

「え?」


 いきなりの断言に、僕は一瞬、次の言葉が出てこなくなってしまった。

「迷惑をかけたくない?何を他人行儀な事を言っているんだよ!俺達は仲間だろ?」

「で、でも、そんな事したら、皆の負担になっちゃうよ!」

「俺達は戦友なんだぞ!困った時は遠慮なんかせずに頼れよ!」

「・・・いいの?」

 僕は恐る恐る聞いてしまった。

「ああ!遠慮なんかしないで頼れ!」

 本間君は自信満々にそう言ってきた。その姿は本当に頼りになると思ったよ。


「でも!そんなのは、ただの甘えじゃない!」

 それでも、甘えるのはみっともないと思えるから、それを口にする。

「英奈さんは、全然甘えないんだから、少しは甘えてください!」

 今まで話に加わってこなかった広花ちゃんが、そう言ってきた。

「そうだな。中山はもう少し皆に甘えてもいいと思うぞ!」

 本間君が広花ちゃんの言葉に頷いていた。

「で、でも・・・」

「中山!お前の覚悟が決まるまで、俺が守ってやるよ!」

 本間君の言葉に、僕は何も言えなくなってしまった。


 本間君や広花ちゃんの言葉が凄く嬉しかった。

 それでも、これだけは言っておいた方が良いかもしれない。

「本間君。それ!人によっては、愛の告白に聞こえるからね」

 僕は苦笑しながら、そう教えてあげた。


 それを聞いた本間君は、顔を引き攣らせながら、

「ち、違う!俺はそんなつもりで言っていないんだ!」

 そう言いながら、横を振り向くとそこには、


 瞳を輝かせている恋愛脳女子がいた。



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