第36話
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皆さん。読んでくれて有り難う御座います。
そんな会話をしている内に、目的地の林千寺に到着した。
ワンボックスカーは林千寺の専用駐車所に入ると、一番近くにある駐車スペースに滑るかのように停める。
「着きましたね」
「ええ」
ワンボックスカーから降りた僕がそう言うと、吉川さんがそれに答えた。
「それで、何処に行けば良いんですか?」
広花ちゃんの言葉に、
「こっちよ」
と、吉川さんが言いながら、歩きだした。
だから、僕と広花ちゃんは吉川さんの後を追うようについて行く。
少しばかり走ると、緑と木々に挟まれた細長い道に繋がっており、それから、すぐに山門に辿り着いた。
林千寺とは、軍神が幼少期を過ごし、ここで高い教養や、厚い信仰心を育んだと言われている地なのだ。
また、川中島の戦いの戦死者の供養塔などもあるのである。
左右に仁王像が身構えている山門を通り過ぎると、そこはまるで山の中に寺が建っているかのような錯覚を覚えてしまう。
草花に囲まれながら、その石畳が奥へと伸びていた。
その石畳は、西洋の煉瓦のような石材を並べて整備された石畳とは違い、大きめの石材を置いて敷き詰められて作られた、日本古来からある、凹凸のある石畳である。
その凹凸があるのが特徴的な石畳を、僕達3人は駆け抜ける。
この林千寺は、粕ヶ山城の城主一族の菩提寺でもあり、それぞれの一族の供養塔があるのだ。
まず最初に見えたのは、江戸時代になってから粕ヶ山城の城主になった一族の供養塔があった。
最初にそこに行くと思っていたのだが、吉川さんはそこに入らずに通り過ぎ、そのまま走り抜けて行く。
「吉川さん。ここは良いんですか?」
吉川さんの横を走りながら、僕はそう訊ねると、
「ええ!今回は其処じゃないわ!」
視線だけをこっちに向けながら、そう答えてくれた。
そのまま走っていると、石で出来た四角い杭が2本刺さっているのが見えてきた。
右側にある石杭には、御墓所入口と彫ってあった。
そして、左側にある石杭には川中島戦死者と掘ってあった。
石杭が刺さっている所を抜け、進んだ石畳の奥の方には、同じような石材を使って出来た階段があったのだ。
かなり緩い階段だったので、2段飛ばしで階段を上っていく事にした。
そうすると、シャン!シャン!と鈴が鳴り響いた様な音が聞こえてきた。
「吉川さん。この音って?」
隣で一緒に走っていた吉川さんもこの音が聞こえているのだろう。
「この音はきっと、神楽鈴だと思うわ」
「神楽鈴って何ですか?」
後ろを走っていた広花ちゃんが、吉川さんに声をかけてきた。
「神楽鈴というのはね、お祭りとかで巫女さんが沢山の鈴が付いている棒を持っているでしょ?」
「はい」
「あれの事よ」
お祭りの時に巫女さんが神楽舞を舞っているけど、その時に巫女さんが持っている、長さ30センチ位の棒に、3つの環が付いてあり、手に1番近い環には7個の鈴が付いてあり、次の環には5個の鈴、さらに次の環には3個の鈴が付いている物である。
鈴の音が聞こえてくるのは階段の上からだったから、僕達はそのまま、階段を駆け上がる事にした。
駆け上がった先には、まるで山城の本丸のような開けた場所に出た。
その開けた場所には、奥の方に石灯籠のような物があった。
どうやら、あれが軍神の一族を祀った供養塔のようだった。
その供養塔の前には、巫女さんが立っていた。
その巫女さんは、優しそうな顔立ちをしており、艶のある髪の毛をショートカットにしている、多分20歳位の年齢だろう。
そして、その右手には吉川さんが言っていた神楽鈴を握っており、左手には扇子を手にしていた。
その神楽鈴を、シャン!シャン!と鳴らしながら舞を舞っているのだ。
お祭りの時に神社で巫女さんが舞っているのと、同じ舞い方のように見えるから、おそらくは神楽舞なのだろう。
ただ、そこに立っていたのは、その巫女さんだけでは無かった。
巫女さんの10メートルぐらい前に中年の男性が、右手に日本刀を手にしていたのだ。
男性が日本刀を横一文字に振りぬくと、この広場一帯に何かが軋むような音が聞こえてきて、それと同時にまるで稲妻のような光が見えたような気がした。
その光は、巫女さんや供養塔を覆うドーム状に光ったかに見えた。
そして、男性が日本刀を振るう度に、巫女さんは苦悶の表情を浮かべていた。
「いけない!あの男性を止めなきゃ!」
「あ、はい!」
状況のよく分からなかった僕と広花ちゃんは、吉川さんの声に返事をすると、男性の方に走り始めた。
僕らが走り寄るのに気付いたのだろう、その男性はおもむろに此方に振り返ってきた。
「たぁぁぁ!」
近づいた広花ちゃんが気合と共に振り被った斧を振り下ろす。
男性は右足を後ろに引いて、身体の向きをずらす事によって、振り下ろされた斧を回避していた。
そして、その状態のまま、持っていた刀を袈裟斬りで広花ちゃんを襲う。
《守らなきゃ》
「っ!」
一緒に近づいていた僕は、自分の持っている刀を滑り込ませるようにして、その斬撃を受け止める。
その一瞬の隙に広花ちゃんは、前回りに転がるようにして離れ、体勢を直しながら起き上がる。
それを見ていた男性は、迷う事無く後ろに下がり、間合いを取ると日本刀を此方に向けて構える。
その動きを目にしながら、僕は追撃する事はせず、男性に隙を見せないように青眼に構える。
構えを解く事なく、かつ、隙を見せないようにしながら男性の動向に気を付けている。
こうやって向き合う事で、この男性の顔を見る事が出来たのだ。
この男性は、齢の頃は30代中頃、身長は170位で、腹部は張って小太りだ。
筋肉は鍛えていないように見えるけど、その背筋は伸びて、姿勢は良い。
ジーンズを締めているベルトには、日本刀の鞘を佩いていた。
よく見ると、見覚えのある顔だ。
この男性を以前見かけたのは、野彦山で滑落した時だったのだ。
あの時は滑落した時に足を挫いてしまったけど、今は万全な状態だ。
だから、今度は逃げられないようにしなければ!
「貴方は・・・何を企んでいるんですか?」
僕は男性と向き合いながら、そう訊ねる。
だが、この男性は僕の言葉には答えずに、神楽鈴を持っている巫女さんの周囲に視線を向ける。
僕は顔を動かさずに、視線だけを動かし、視界の範囲を動かす事によって確認する。
その巫女さんの周囲には、何人かの人が倒れていた。
2、3人はツナギと呼ばれる上下がつながった作業着を着ていた。
そして、その他の倒れている人達は、それぞれ違う服装をしているけど、刀や槍といった武器を手にしていた。
多分、この人達が警護に就いていたんだろう。
「今この場で最後まで立っているのは女子で、増援に来たのも女子と小娘ばかりか。今の時代の男は本当に情けない!」
目の前にいるこの男性がそんな事を吐き捨てるかのように言っていた。
「っ!」
その言葉に僕は、ムカッ!としてしまった。
ここに男がいるじゃないか!
と思ったけど、すぐに今の僕の姿は女性だということを思い出してしまったのだ。
「情けなくない!そこの彼女が立っているのは、いま倒れている彼らが彼女を守る為に戦っていたからでしょ!」
それでもムカついていたから、男に対してそう言ったのだ。
「ふん!それで倒され、女子に戦わせていたのでは、同じ事だ!」
男性は僕の言葉を鼻で笑って、そう返答してきた。
「だから・・・」
男性がそう言った瞬間、姿が揺れたかと思った。
次の瞬間、目の前に片腕を振り上げた男性の姿が現れる。
「こうなる!」
そのまま腕を振り下ろしてくる。
「くっ!」
僕は刀を斜めにしながら、左足を横に移動させて、攻撃の軸をずらす。
振り下ろさせた刀が、斜めにした刀に触れた瞬間、手首を回すようにして男性の刀を弾く。
その動きの流れを利用して、男性に向かって、下から斬り上げる。
だが、僕の攻撃を予測していたかの如く、男性はうしろに下がり斬撃を躱していた。
男性は左手を懐に入れると、そこから数枚の木で出来た板状の物を取り出してきた。
・・・あれは位牌だ。
その位牌を、まるで僕にばら撒くかのように投げてきた。
まさか、また御霊が出てくるの?
そう思って、一瞬緊張してしまった。
ひゅっ!
カッ!
そんな音がしたと思ったら、位牌に矢が突き刺さり、飛んでいく。
他の位牌も同じように矢が刺さり、さらに飛んでいく。
地面に落ちた位牌は、矢が刺さった所から黒い煙が立ち昇っていた。
矢の飛んできた方向を見ると、そこには弓を構えた吉川さんがいた。
「ほぉ?、思っていたよりもやるな」
男性は吉川さんの方に顔を向けて、感心したような顔をして、そう言った。
《守らなきゃ》
僕は嫌な予感がしたので、予感に従って吉川さんに駆け寄った。
その一瞬後、男性が僕の、いや、吉川さんの方に近づいていた。
「くっ!」
僕は反射的に刀を横薙ぎに振るう。
しかし、男性はそれを屈むようにして躱し、刀を突いてくる。
僕の顔を狙ったその突きを、首を傾かせる事で躱す。
刀がかすった首筋から血が流れるが、それには構わずに、しゃがんでいる男性に蹴りを繰り出す。
男性は左腕で蹴りを受け止める。
だが、それによって男性の動きが止まった。
僕は刀を振り上げる。
そして、振り下ろそうとした瞬間に思った。
このまま、刀を振り下ろしたら?
この人は死んでしまう?
僕は、人を殺してしまう?
人殺しになる?
そう思ったら、刀を振り下ろす事が出来なかった。
「たぁぁぁ!」
広花ちゃんが雄叫びを上げながら、止まった男性に向けて、斧を振り下ろす。
しかし、男性は横に転がるようにして、その斧を躱す。
そしてその勢いを利用して、起き上がる。
「声を出せば、これから攻撃をすると言っているようなものだぞ」
そう言って、鼻で笑う。
でも、その隙に僕は吉川さんの前に立って、守るように身構える。
広花ちゃんは振り下ろした斧を持ち上げ、構え直す。
この男、かなり出来る!
それにしても、いきなり人に斬りかかる男性もどうかと思うけど、男性に躊躇なく斧を振り下ろせる広花ちゃんって・・・。
つまり、2人はその覚悟が出来ているって事なのかな?
僕には、まだ覚悟は無い。
でも、今はそんな事で落ち込んではいられない!
それに気を取られてしまったら、命を落とすかもしれないんだから!
さて、これからどうする?
緊張しながら刀を構えていると、男性がまた懐に手を入れるのが見えた。
また位牌を出すのか?
そう思った瞬間、懐から手を出すと、それを投げてきた。
しかしそれは位牌では無かった。
十字の形をした板状の金属、つまり、手裏剣が投げられたのだ。
投げられた手裏剣は、真っ直ぐに僕の方に飛んできた。
反射的に刀でそれを弾き落とした。だが、すぐ後ろからもう1つ飛んできた。
僕には当たらないと思えたが、
《守らなきゃ》
直感的に、左手を刀から離し、手甲でそれを弾く。
弾き飛ばした手裏剣は、そのまま地面に突き刺さる。
僕はすぐに男性に意識を戻すが、そこには既に男性の姿は無かった。
構えを解かずに顔を回すと、石段に向かっていく男性が見えた。
「待ちなさい!」
そう言って、広花ちゃんが男性に向かって走り出していた。
僕もそれに合わせて、走り出そうとしたのだが、男性はまるで飛び出すかの様に石段を駆け下りたのだ。
僕と広花ちゃんが石段を降りようとした瞬間、
「待って!」
吉川さんが僕達に向かって、そう叫んできたのだ。
「2人共、深追いしては駄目よ!」
「でも・・・」
僕は吉川さんの方に振り返り、反論しようとしたのだが、
「行っては駄目!下手に行ったら、返り討ちに遭うわ!」
そう言われてしまった。
「でも、捕まえて目的を聞き出さないと!」
そう言ったのだけど、
「駄目よ!2人では敵わないわ!」
そこまではっきりと言われてしまった。
確かに僕は、人を斬る覚悟が出来ていない。
相手が殺す気で攻撃しているのに、こっちがその覚悟が無く、防御しか出来なくては、その内に殺られているだろう。
悔しく思いながら階段を睨んでいると、最上段から下を覗き込んでいた広花ちゃんが言ってきた。
「・・・見えなくなりました」
逃げられてしまったのだ。
筆が遅いせいで、先行して書いてある分に追いつかれそうです。




