第35話
「え?ちょ、ちょっと待ってください!今言われても・・・」
吉川さんが慌てた感じで、スマートフォンにそう言っていた。
吉川さんが困った顔をしながら、ポツリと・・・
「御霊が出現したから、今すぐそっちに行けって・・・」
そこで言葉を切って、僕達に顔を向けてきた。
「どうしよう・・・」
「・・・出動の指示があったんだから、従うしかないよな」
本間君が嘆息しながら、そう言ってきたよ。
「そうだよね。吉川さん。急いで行きましょう!」
歩き出しながら、僕がそう言うと、
「待って英奈ちゃん」
吉川さんが止めてきた。
「なんですか?」
僕が振り返りながら、吉川さんに訊ねると、
「行く事は行くんだけど、ここの警備も残さなくちゃならないの!」
そんな事を言ってきた。
「この少人数を分けるんですか?」
そう言うと、吉川さんが申し訳なさそうに、
「ええ!ここの警備も残すようにって指示なの」
そう言いながら、少し考えるように、顎に手を当てていた。
「仕方ないわ。本間君と三井田さんは、ここに残って警備を続けて!私と英奈ちゃん、広花ちゃんの3人で行くわ」
吉川さんがそう言ってきた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!それなら、本間君を連れて行った方が戦力的に良くないか?」
三井田が慌てたように、そう言ってきた。
「確かに本間さんが居れば心強いんだけど、そうすると、ここの守りが疎かになりそうですからね」
吉川さんが三井田にそう返した。
「それなら、俺が自動車で本間君を連れて行くってのは?」
「三井田さんは、林千寺の場所を知っていますか?」
「いや。行った事は無いよ。でも、カーナビで何とかなるだろ?」
三井田の言葉に、吉川さんは首を横に振った。
「いえ。カーナビだと国道などの大通りばかりで、時間が掛かり過ぎます。それよりも裏道や横道を使って行った方が早く着くんですよ」
そして、そう言い足した。
「だから、最初に私が言った方法が一番早く林千寺に行く事が出来るんです」
吉川さんが三井田にそう言った。
「・・・分かりました。それでいいですよ」
三井田はそう言って引き下がっていた。
「さて、話も決まったし、英奈ちゃんと広花ちゃんは自動車に乗って!」
吉川さんがこっちの方に顔を向けて、そう言ってきた。
「「はい!」」
僕達2人は、吉川さんの言葉にそう返事をして、ワンボックスカーに戻る為に山道に戻ろうとする。
「それじゃあ、私達はこれから行ってくるわね」
「ああ!ここは俺達がちゃんと守っているから、そっちは頼みます」
本間君が吉川さんにそう答えて、こっちに手を振っていた。
僕と広花ちゃんは、本間君に手を振り返しながら、山道を歩いていく。
僕達は転ばない程度のスピードを出しながら、山道を走って降りて行った。
そうしている内に、軍神の銅像のある駐車場が見えてきた。
吉川さんが走りながら、キーを開けてくれたので、ワンボックスカーに着いたと同時にドアを開け、そのまま助手席に乗り込む。
広花ちゃんが殆ど同時に後部ドアを開け、シートに乗り込む。
そして、吉川さんが運転席のドアを開けて、そのまま乗り込み、ドアを閉める。
「さて!行くわね」
吉川さんがシートベルトを締めながら、僕達に言ってきた。
「はい!お願いします」
僕がそう答える間に、エンジンをかける。
バックしながら、ハンドルを回して動き出す。
そして、ギヤを変え前進させながら、駐車場を出ていく。
行きに通ってきた道を逆走するようにして、ワンボックスカーを進ませる。
自動車の通りが少なく、幅の狭くなっている道を走らせている吉川さんに話しかける。
「吉川さん。それで、今度は何が発生したんですか?」
「今、林千寺で結界の補強を行なっているらしいんだけど、そこに御霊が発生したらしいのよ」
そう答えてくれた。
「そこでは護衛とかは無かったんですか?」
広花ちゃんがそう言ってきた。
「居たらしいわよ。別のチームが警護していたらしいんだけど、そのメンバーから増援要請があったらしいの」
ハンドルを回して、十字路を曲がりながら、吉川さんが答える。
そうすると、少しずつ増えてきた通行量が、一気に減ったのが実感できた。
そして、変わりに一般住宅や個人商店が見えてきた。
一言で言うと、寂れてきた商店街みたいな感じになってきた。
商店街を通り過ぎ、しばらく進むと国道が見えてくる。
自動車の通行量の多い国道を横切ると、また同じような道になっていた。
「警備があったのに、その人達から増援要請って、かなりの御霊がいるって事ですよね?」
僕が聞くと、
「ええ!そうだと思うわよ」
吉川さんはそう答えてきた。
かなりの御霊がいるってのに、わざわざ本間君と三井田を分けた。
・・・それって、つまり、
「吉川さん。有り難うございます」
僕は吉川さんにお礼を言った。
「いきなりどうしたの?」
ハンドルを手にしている吉川さんが、此方を見る事もなく言ってきた。
「吉川さん。三井田を実戦に投入しないようにしてくれたんですよね?」
僕がそう言うと、
「私としては、まだまだ未熟な新人に、下手な負傷なんかして欲しくないだけよ」
こっちに視線も向けようとしないまま、吉川さんがそう言ってきた。
「それでも、有り難うございます」
僕は素直に感謝の言葉を口にする。
「でも、それって・・・」
僕と吉川さんの会話を聞いていた広花ちゃんが、後部座席から声をかけてきた。
「吉川さんって、三井田さんに気があるんですか~?」
広花ちゃんが両手で運転席を掴み、ニヤニヤしながら、吉川さんに聞いてきた。
「なっ!?」
吉川さんが顔を赤くしながら、声を上げていた。
それでも、運転が危なくならなかったのは流石だな。
「いきなり何を言っているのよ?」
「え~?素直に教えてくださいよ~!」
広花ちゃんが、座席に頬をつけるような姿勢で聞いて来ていた。
「そんなんじゃないからね!」
広花ちゃんが好奇心いっぱいの顔をして聞いてくる。
「そうだったんですか?何だったら、私も手伝ってあげますよ」
僕がそう言ったら、
「2人共、余計な事はしなくていいからね!!」
吉川さんが声を上げて拒否してきた。
これって、恥ずかしがっているからなのかな?それとも、本当に余計だと思っているのかな?
やっぱり僕には、女心がよく分からないよ。
そんな事を話していたら、進行方向に警察官が何人かいて、自動車を停めさせていた。
どうやら、検問でもしてるようだ。
「こんな時に困ったわね」
吉川さんが少し不快そうな顔をして、そう言っていた。
「そうですね。何があったんでしょう?」
少しずつ進んでいるので、仕方なくそれに従っていたが、その検問を見ていると、どうやら殆どの車が方向転換して、戻っていっているようだった。
そうして、ようやく僕達の番になった。
ワンボックスカーに2人の警察官が近づいてきた。
1人はかなり若い警察官だった。
警察学校を卒業したばっかりなのか、すごくやる気満々のような、いかにもな新人さんだな。
そうして、もう1人は50代なのかな?
疲れた様な顔を不貞腐れたような表情に歪ませていた。
警察の制服が、少しくたびれて見える。
「何かあったんですか?」
運転席のウインドーを開き、そこから顔を出して、吉川さんがそう訊ねる。
「いや、ちょっと問題があっただけですよ」
若い警察官が、そう答えた。
「それよりも済みませんが、ここから引き返してもらえませんか?」
若い警察官が、そう言ってきた。
「困りましたわ。私達はここから先に行かなければならないんですよ」
「そうは言っても、こちらとしても職務なので通すわけにはいかないんですよ」
そう言う警察官に、
「これでも?」
吉川さんが懐から手帳を出し、それを警察官に見せる。
「何ですか。これ?」
若い警察官が訝しそうな顔をしてきた。
しかし、そんな警察官の肩に手が置かれ、そのまま引っ張られる。
「え?」
若い警察官がそんな声を出して横を見ると、もう1人の年配の警察官が肩を引っ張ったようだった。
「失礼しました!どうぞ!お通りください!」
年配の警察官が姿勢を正し、そのまま腕を上げ、敬礼を行なっていた。
「せ、先輩!いきなりどうしたんですか?」
若手の警察官が年配の態度に驚き、そのような声を上げていた。
「お前はまだ知らないだろうが、その手帳を出してきた相手の行動は妨げないようにと、指示が出ているんだよ!」
「は?何ですか!それ!」
「俺だって、知らん!だが、上からの指示なんだよ!」
2人の警察官がそんな会話をしていた。
「それでは、私達はこれで失礼しますね」
「は!お通りください!」
吉川さんの言葉に、年配の方の警察官がそう答えてきた。
その言葉を聞いた吉川さんは、そのままワンボックスカーを発信させる。
そのまま走り出したワンボックスカーの中で、僕は吉川さんに気になっている事を尋ねる。
「吉川さん。さっきの手帳って、何ですか?」
僕がそう聞くと、
「ああ、これは私達の身分証明よ。分かりやすく言えば警察手帳みたいな物よ」
そう答えてくれた。
「でも、私達はそれを持っていませんよ」
広花ちゃんがそう言うので、僕もそれに頷く。
「それはそうよ。だって各チームのリーダーが持つようにって話になっているんだもの」
そんな僕達に吉川さんが言ってきた。
「でも、そういうのは全員が所持していた方が良いんじゃないんですか?」
「そうですよ」
「私達は、いつ何があるか分からないし、もし、これを知った外部の者に取られた場合、警察手帳より効果が大きいからね」
「そういう物ですか?」
「そういう物らしいわよ」
そんな会話をしている内に、目的地の林千寺に到着した。
十数行で終わるはずだったのが、1話分まで伸びてしまいました。




