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霊器の想起  作者: 甘酒
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第34話

 全員で乗ったワンボックスカーは、永岡の駅前通りを走り過ぎ、その先にある橋を渡り、県を縦断するように伸びている国道に来ると、かなり通行量が増えるが、渋滞する程ではなかった。


 その国道を進んでいくと、高速道路を表す標識が見えてきた。

 そこに向かって走り続けていると、料金所が見えてきた。

 少し減速しながら走り、ETCレーンを通り過ぎる。

 そして、高速道路に乗ると、吉川さんはアクセルを踏み、スピートメーターが反応すると、ワンボックスカーは加速しだした。


 運転しているのは、いつもの吉川さんだ。

 助手席には本間君が座っていて、カーナビをチェックしている。

 そして後部座席には、三井田を中央に座らせて、その左右を僕と広花ちゃんが座っていた。


「それにしても、皆って何時もこんな恰好で出動しているのか?」

 隣に座っていた三井田が、そう聞いてきた。

「うん、そうだけど。それがどうかした?」

 僕はそう答えたら、

「いや~。SATとかの特殊部隊みたいな感じか、全員和服で統一しているのかと思っていたんだけど、防具を付けている以外は、かなり自由なんだなって思ってな」


 三井田がそんな事を言ってきたから、

「私も最初は、そんな事を思っていたかな。確かに予想とは違うよね」

 僕も三井田の言いたい事に頷いた。

「そうだよな。それにしても・・・」

 三井田はそんな事を言いながら、僕を上から下までを視線を動かしていく。

「なかなか可愛らしい恰好だな。スカートからのぞくスパッツと生足がイイな~。英奈ちゃん(・・・・・)!

「なっ・・・!」

 僕は太腿を閉じながら、スカートを引っ張って足を隠そうとする。

「な、な、な・・・何言ってんの?」

 三井田がスカートと足を見ているのが恥ずかしい。

 からかっているのが分かっているのに、顔が熱くなるよ。


「三井田さん!それはセクハラですよ!」

 助手席にいる本間君が振り向きながら、三井田に文句を言ってくれた。

「そ、そうかな?」

「そうです!!」

 慌てて答える三井田に、広花ちゃんが言ってくれた。


「中山、悪かったな」

「ううん・・・」

 三井田が謝ってきたので、そう返す。

 これから仕事だっていうのに、何を考えているのかな。まったく!


「それで、私達は何処に行くんですか?」

 僕は意識を別に向ける為にも、運転席にいる吉川さんにそう聞くと、

「私達がこれから向かうのはね、粕ヶかすがやま城よ」

 吉川さんがそう答えてくれた。

「粕ヶ山?」

 吉川さんの答えに、僕は首を傾げてしまった。

「確か粕ヶ山城って、『軍神』が居城にしていた山城やまじろでしたよね?」

「ええ、そうよ!」

 運転しながら僕の言葉に答えてくれる吉川さん。


 粕ヶ山城址とは、軍神とまで言われた戦国武将が居城にしていた山城で、土を盛って作った障壁である土塁や、土を掘って作る空堀などが特徴的で、難攻不落として有名な名城に数えられている山城の跡である。


 戦国時代の歴史が好きな人にはたしかに、かなり有名である。


「それで、粕ヶ山城で何かあったんですか?」

 僕は吉川さんにそう訊ねると、

「それがねぇ、分からないのよ」

 そんな言葉が返ってきた。

「分からない?」

 僕は首を傾げて、そう返答してしまった。

「そうなのよ」

「それはおかしくないか?何で分からないんだ?」

 吉川さんの答えに、本間君がそう聞いてきた。


「分からないのよ。山田さんに聞いても、粕ヶ山城に行って警護するようにって言われただけなのよ」

「何ですかそれ?」

 僕は思わず言ってしまった。

「そうだな。何で聞かなかったんですか?」

 本間君もそう聞いてきた。


「聞いたわよ。それでも答えてくれなくて、警護するようにって・・・」

 運転しながら、そう言っていた。


「それで、今襲撃されているわけじゃないのか?」

「ええ!今は大丈夫らしいわ」

 本間君の言葉に、吉川さんはそう答えた。


「・・・まぁ、言われた様に現場に行って、警護するしか無いって事ですね」

 僕は軽く嘆息しながら、そう答えた。

「そうね」

 ハンドルを握りながら、吉川さんはそう言った。


 そういう事を話しながらいたら、一番近くの高速道路の出口が見えてきた。

 吉川さんが方向指示器を出し、減速しながら出口にむかう。

 円を描く様な道路を進むと、料金所が見えてきた。

 さらに減速してETCゾーンを通り過ぎる時、料金が電子音で聞こえてきた。


 一般道路に降りると、信号が赤に変わっていたので止まる。

 信号が青に変わると、粕ヶ山城に向かう為に十字路を曲がる。

 そして、アクセルを踏み、パトカーに目を付けられない程度のスピードで加速する。


 吉川さんの運転するワンボックスカーは、道に迷う事も無く、国道や市道を進んで行った。

 そうすると、少しずつ少しずつ道を走る自動車の数が減ってくる。

 そのまま走り続けていると、粕ヶ山城址と書いてある標識が見えてきた。


 もうすぐ、目的地に着きそうだな。

 と思いながら山の麓あたりまで行くと、大きな駐車場が見えてきた。

 その大きな駐車場を通り過ぎ、細い道を進んで行き、山の中腹くらいまで進むと、小さ目な駐車場が見えてきたので、ワンボックスカーがそこの駐車場に入って行った。


 その駐車場には、他には自動車が停まっていなかったので、吉川さんは山側入口の近くにワンボックスカーを停める。


 停まったので、まずは僕が車から出ると同時に刀を構え、同時に周囲に警戒する。

 その後、広花ちゃんが飛び出し、斧を構えながら車の反対を警戒しだす。

 さらに、本間君が槍を手に持ちながら、車から出てくる。

 僕達の警戒する中、吉川さんが弓と矢筒を携えて車から出てくる。

 そして、その後から三井田が呆れたような顔をしながら、車から出てきた。


「随分と物々しく、自動車から降りるんだな」

 三井田がそんな事を言ってきた。

「それはそうでしょ!何時不意を突かれて襲撃されるか分からないんだから、警戒するのは当然でしょ!」

 僕は三井田の言葉にそう言って答える。


「そうね。まだ慣れていないから仕方ないけど、その内に三井田さんにもやってもらうつもりですから」

 その吉川さんの言葉に、

「マジですか?」

 三井田がそう言ってきた。

「ええ!」

 笑みを浮かべながら吉川さんが返答していた。

「はあ、分かりました」

 三井田が諦めた様にそう答えた。


「それで、これからどうしますか?」

 僕は周囲を確認しながら、吉川さんに訊ねる。

 ここら辺には民家が全く無かった。

 もし、ここで戦闘になったとしても、周囲や一般人に被害が出る心配をしなくて良いようだ。

 さらに言うと、この駐車場は、十数台の自動車しか停まれないような広さだった。

 もし、観光しに来る人がいても、大駐車場の方に行くだろうから、こっちの狭い駐車場には、殆どの人は来ないだろうな。

 そして、木々が並んでいる山側には、鎧と陣羽織を纏って立っている軍神の姿を模した銅像が建立されていた。


「それは勿論、このまま登って、本丸まで行くわよ」

 吉川さんが答えてくれた。

「よし!なら、さっさと行こうぜ!」

 本間君がそう言いながら、軍神の銅像の近くにある山道に向かって歩き出した。

「あ、ちょっと待ってよ!」

 僕は、そう言って本間君に向かって駆け出した。

 そして、吉川さんと広花ちゃん、そして、三井田がそれに続いて走ってきた。


 僕達は駐車場から、すぐに山道に入り、そのまま歩き出した。

 歩いてはいるが、のんびりするわけにはいかないと思うので、全員少し早足で進んでいるのだ。

 ここは舗装されていない土道なのだが、木々をはじめ、見渡す限りに緑が生い茂っていて、まるでピクニックコースを歩いているんじゃないかと錯覚しそうになる。


 僕達が進んでいると、最初の開けた場所が見えてきた。

 ここは三の丸だ。今回は用が無いらしいから通り過ぎる。

 さらに進み、新たに広場が見えてくるが、この二の丸も通り過ぎる。

 そして、次の広場に向かって急いだ。


 山道を早足で歩いたお陰か、1時間もかからない内に開けた場所に着いた。

 この開けた場所の端っこの方に、本丸址と書かれた石で出来た四角い碑があり、その横には歴史が書かれた看板が立て掛けられていた。

 ここから一望できる景色が素晴らしいから、仕事ではなくて、プライベートで来たかったな。


 ここが粕ヶ山城の本丸だ。

「ふぅ、一応着いたけど・・・」

 僕達は、本丸に到着してから周囲を確認するけど、これといった異常は確認する事は出来なかった。

「特にこれといった異常は見当たらないな」

 僕が言おうとした事を、本間君が続けるように喋っていた。


「は、・・・は、・・・は~、は~」

 三井田は息を切らせて、話をする余裕は無いようだった。

「そうね~。問題があるようには感じられないわね」

 吉川さんが三井田に水の入ったペットボトルを渡しながら、そう話しかけてきた。

「それでどうします?」

 広花ちゃんは、肩にかけた斧を両手で持ちながら、そう聞いてきた。


「そうだな。吉川さん。どうします?」

「そうね。とりあえず、このあたりを鳴弦で浄化してから、この本丸を警護するってので、どうかしら?」

 本間君の問いに、吉川さんがそう答えていた。

「でも、それで良いんでしょうか?」

 僕はそのように言うと、

「どうした?何かあるのか?」

 本間君が僕の方に顔を向けながら、訪ねてきた。

「ん~。何かあるって訳じゃないんだけどね」

「ん~と、これって物があるわけじゃないんだけどね・・・」

 僕は何て言っていいのか、言葉に困ってしまった。

 これといった理由は無いのだが、何かが引っかかってしまったのだ。

 だから、本間君に何て言ったらいいのかが分からなかったのだ。


「たぶん中山は、警護を命令されたのに、ここに何も発生していないのが気になっているんじゃないのか?」

 三井田にそこまで言われて、やっと気付いたよ。

 僕は本当に鈍いよな~。

「そうね。言われてみればそうなんだよね」


 三井田と僕の言葉に、本間君は手を自分の顎に当てて、考えているようだった。

 それから、顔を上げて吉川さんに顔を向ける。

「吉川さんは、どう思う?」

 そう聞かれた吉川さんは困ったように首を傾げている。

「そうね~。確かにあやしいけど、何かをする程の事があるわけではないから、大人しくここで警備するしかないんじゃない?」

「そうですね・・・」

 吉川さんの返答に僕はそう言った。


「まあ、とりあえずは、鳴弦で周囲を綺麗にしてから警備するんで良いんじゃないか?」

 本間君がそう言ったので、僕は、

「うん、そうだね」

 と、答えた。

「それじゃあ、やるわね」

「お願いします」

 吉川さんがそう言ったので、本間君が頷いた。


 吉川さんは、本丸にある碑の近くに立つと、意識を集中しだす。

 そして、左手に持っている弓を掲げるようにしながら、ゆっくりと右手で弦を引いていく。

 限界まで引いた弦を離すと同時に、勢いよく弦が鳴り響く。


ビィィィィィィィン


 弦から鳴った音は本丸全体に広がっていく。

 それは本丸だけではなく、周囲一帯まで覆っていく。

 吉川さんは、更に弦を引き、もう一度繰り返した。


 2度、3度と繰り返された鳴弦之儀も本丸だけでなく、辺り一帯に鳴り響き、その範囲が清められていった。

「さて、これでどうかしら?」

 構えた弓を下ろしながら、吉川さんが聞いてきた。

「ああ、良いと思いますよ」

 本間君がそう返していた。

 僕は吉川さんと本間君に近づき、

「それで、これからどうします?」

 と、訪ねる。


「ああ、吉川さんが周囲を浄化してくれたから、この範囲にはもう御霊は潜んではいないはずだからな。このまま本丸の警護をするさ!」

 本間君がそう答えてくれた。

「うん。わかったわ」

 僕はそう答え、三井田の方に顔を向ける。

「三井田。私達はこの本丸の警備をするけど、三井田は吉川さんの傍にいて、吉川さんの警備をお願いね!」

「え?俺も本丸の警備じゃないのか?」

 三井田がそう言ってきたけど、それは本間君が代わりに返答してくれた。

「いえ。三井田さんはまだ慣れていませんし、それならば、近接戦闘の出来ない吉川さんの警護をしながら慣れていってもらえませんか?」

「わかったよ。そういう事なら、言われたように吉川さんを守っているよ」

「ありがとうございます!」

 本間君が三井田に頭を下げていた。


「よろしくお願いしますね」

 吉川さんが三井田にそう言っていた。

「はい!ちゃんと守ってみせますよ」

 三井田がそんな事を言っていたので、


「警備そっちのけで、吉川さんをナンパなんかしてないでよ!

 と、釘を刺しておく事にした。

「ばっ!そんな事するわけないだろ!」

 三井田が慌てたように答えたけど、それは無視して警備の配置につく。




「何も無いね~」

「そうですね・・・」

 僕の呟きに、広花ちゃんが返事をしてきた。


 3時間が経過した。

 あれから何事もなく警備が出来た。

 そう、御霊の発生も襲撃も、何も無かった。


「これから何か発生すると思う?」

 つい、広花ちゃんに聞いてしまった。

「そうですね。このまま何も起きないような気がしますね」

 それにも広花ちゃんは答えてくれたよ。

「だよね~」


 警備をしながら、そんな会話をしていたら、電子音の音楽が聞こえてきた。

 僕と広花ちゃんが音楽の方に顔を向けると、

「はい!吉川です」

 吉川さんがスマートフォンを操作して、それを耳に当てている所だった。

「あれ、何だと思います?」

 と、広花ちゃんが聞いてきたけど、

「さぁ・・・」

 としか答えられないよね。


「え?ちょ、ちょっと待ってください!今言われても・・・」

 吉川さんが慌てた感じで、スマートフォンにそう言っていた。


 吉川さんが困った顔をしながら、ポツリと・・・

「御霊が出現したから、今すぐそっちに行けって・・・」


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