第32話
今、僕は台所にいる。
インスタントコーヒーと砂糖をスプーンで掬い、コーヒーカップに入れ、ポットからお湯を注ぐ。
それをトレイに載せ、台所を出る。
それから僕は、吉川さんの部屋へと向かい、ドアをノックする。
「吉川さん。いいですか?」
僕はそう言うと部屋の中から声が聞こえた。
「は~い。入っていいわよ」
その返事を聞いてから、ドアを開け、部屋に入る。
部屋の中では、白いブラウスに紺色のタイトスカートという、いかにもキャリアウーマンという服装をしている吉川さんがいた。
普段の言動からは想像も出来ないが、こういう恰好も、巫女さんの恰好も凄く似合うんだよな~。
そこでは、デスクの上のノートパソコンの前で何やら打ち込んでいた。
だから、吉川さんのノートパソコンの横に、コーヒーのカップを置く。
「はい。少し休憩したらどうですか?」
僕がそう言うと、
「ええ。英奈ちゃん。ありがとう」
そう答えて、僕の置いたコーヒーカップを持ち、それを一口啜る。
「それで、吉川さんは何をしているんですか?」
僕はトレイを胸に抱える様にしながら、吉川さんに聞いてみた。
「私達が手掛けた仕事をまとめたものを見ていたのよ」
吉川さんがそう答えてくれた。
「ふ~ん。そうなんですか。でも、何でそんなのを見ているんですか?」
そんな疑問が浮かんできたので、それをそのまま、言葉にする。
僕の言葉を聞きながら、吉川さんはもう1杯コーヒーを口にする。
「ん~とね、何と言うのかね・・・」
カップを口から離した吉川さんは、一息ついている。
「ここ最近の私達の出動がね、今までの感じと何処か違う様な気がするのよね~」
そう言って、軽く首を傾げている。
「そうなんですか?」
そう言って、僕はノートパソコンを覗き込む。
「そうなのよね~。でも、どこがどうと言われてもそれが答えられないんだけどね~」
吉川さんはそう答えると、腕を組んで、デスクチェアの背もたれに体重をかけた。
「う~ん。私はこの仕事を始めたばかりだから、その違いが分からないですけど・・・」
僕も首を傾げて考えるけど、これと言って思いつかなかった。
「やっぱり私の勘違いなのかしらね~」
吉川さんが溜息をつきながら、そんな事を言う。
「そうですね~。何だったら本間君に聞いてみませんか?」
僕は根拠はないけど、何となく、思いついた事を口に出したんだけど、
「そうね~。確かに本間君なら、それなりに経験が長いし、分かるのかしら?」
そんな事を言いながら、軽く目を閉じ、少し考え込む態度を取った。
吉川さんの思考を邪魔しないように、僕は大人しく黙り込む。
「英奈ちゃん。悪いんだけど、本間君を呼んできてもらえないかしら?」
目を開けた吉川さんが、僕に顔を向けて、そう言ってきた。
「あ、はい!本間君をこの部屋に呼んで来ればいいんですね」
「ええ!お願いね!」
吉川さんが僕の言葉にそう答えてくれる。
「はい!」
___________________
居間に戻ると、本間君の他に広花ちゃんも三井田もいた。
どうやら3人とも、携帯ゲーム機で遊んでいるようだ。
「そこ!横に回り込んでくれ!」
「ちょっ、少し回復させて!」
「よし!そこだ!」
とりあえず、きりの良い場面まで待つ事にした。
すると、程なくして終わったようだ。
「よし!」
「きゃあ~~!」
「狩ったど~~~!」
それぞれが声を上げていたのだ。
そろそろ声をかけようかな。
「少しいいかな?」
僕はそう言うと、
「ああ、待ってもらって悪いな」
そう、本間君が答えてくれた。
「ううん、いいの。それより本間君。ちょっといいかな?」
そう言う僕に、
「うん?ああ、良いけど・・・」
本間君は答えながら、立ってこっちに来てくれた。
「どうしたんだ?」
三井田がそんな事を言ってきたが、
「うん。ちょっとね」
三井田じゃ分からないだろうし、そう答えておいた。
「ふ~ん・・・」
そんな感じに答えた三井田が、ふいに訊ねてきた。
「な~、中山。お前って本間君の事をどう思っているんだ?」
「どうって?」
そう問われたんだけど、分からないと首を傾げてみた。
「いや、だから、どう思っているんだ?」
「どうって言われても・・・」
三井田は何を聞きたいんだろう?
「いや、お前と本間君が妙に息が合っている様に思えてな」
三井田は何を言っているのだろうか?
「そりゃあ、相棒なんだから息が合ってないわけないと思うけど」
僕の発言に本間君が頷いていた。
「いや~。何と言うか、本間君って、お前の理想に近いだろ?それなら憧れていないのかなって?」
三井田は僕にそんな事を訪ねてきた。
そう言われれば、本間君ってイケメンって程じゃないけど、かなり整った顔立ちしているし、槍を持たせればチート並みに強いし、ゲームもかなり上手だし、勉強の成績もそんなに悪くないようだし、男女問わずに気兼ね無く話しかけられて、臆する事なく接する事が出来るし、男時代の僕にとっては、かなり理想に近いよな?
そう言う意味なら確かに、
「うん。確かに憧れている、かなぁ?」
そう言った瞬間、
「きゃあ~~~!」
広花ちゃんが黄色い声を出してきた。
「え?うそ?ホントに?」
何か凄いテンション上っていた。
「私とした事が知らなかったわ!英奈さんがそうだったなんて!でも・・・、でも・・・、きゃあ~~~!」
広花ちゃんが顔を赤らめて、左右の手を組み合わせながら、僕と本間君に熱い視線を送っていた。
「あ!」
やられた!
三井田はこうなる事を見越して、僕に聞いてきたんだ!
ちょっと考えれば気付けたのに、何で気付けなかったかな!
くそっ!
「ひ、広花ちゃん!べ、別に広花ちゃんの思っている様な事じゃないからね!」
僕は急いで広花ちゃんにそう言ったんだけど、
「英奈さん!もう、誤魔化さなくてもいいですよ~!」
「そうじゃなくって~!」
「もう大丈夫です!今まで気づかなくて御免なさい!」
全然大丈夫じゃな~い!
「それ、勘違いだからね!別に本間君の事なんて好きじゃないからね!」
「そんな、今更恥ずかしがらなくてもいいじゃないですか~!」
駄目だ!
全く言葉が通じない!
恨めし気に三井田を睨むと、親指を立ててウインクしてきた。
「・・・・・・・・・・」
・・・こいつ!ぶちのめす!!
とりあえず、広花ちゃんの誤解を解かないと!
「広花ちゃん。私は本間君の事は何とも思っていないからね!」
僕はちゃんと説明しようとしたんだけど、
「でも、今しがた英奈さんは、本間さんの事を、理想の男の人だって言っていたじゃないですか!」
「だから、それは・・・」
「それに憧れているって、ちゃんと言っていたじゃないですか~!」
広花ちゃんが、瞳をキラキラと輝かせながら、そんな事を言ってくる。
「意味が違~う!」
僕が広花ちゃんの説得に四苦八苦していると、三井田が割り込んできた。
「そうそう。この間のハイブ永岡の時なんだけど、中山が御霊に追い詰められていた時に、中山!って叫び声が聞こえてきたんだよ。そうしたら、本間君が颯爽と現れて、中山を抱き抱えながら御霊に槍を向けていたんだよな~」
ニヤニヤとしながら、そんな事を言ってきた。
「きゃあ~~~!」
それを聞いた広花ちゃんが、顔を真っ赤にしながら自分の頬を押さえていた。
「そ、それで、どうなったんですか?」
広花ちゃんが鼻息も荒く、三井田に続きを促していた。
三井田は広花ちゃんの態度に気分が良くなったようだ。
「本間君が、抱き抱えた中山を安全な所で下ろし、庇うかのように、1人で御霊に立ち向かっていったんだよ」
「うわ~~~!」
広花ちゃんはまるで茹でダコのように顔を赤くしていた。
「三井田!」
いくらなんでも、話を盛り過ぎだ!
話を聞いている広花ちゃんは、頭まで血が登って、まるで今にも倒れそうだよ。
「ちょ、ちょっと、広花ちゃん大丈夫?」
流石に心配になって、そう訊ねると、
「だ、だから、英奈さんは本間さんの事を、白馬の王子様のように想って、慕っているんですね!」
ちょっと待って!
「ちょっと!何時の間にか憧れているから、慕っているに変わっているよ!」
僕はそう指摘したんだけど、
「いいな~!私にも王子様が現れないかな~!」
そんな事を言っていた。
駄目だ!どうしたら分かってくれるんだろう・・・。
僕が溜息をついていると、
「英奈さん!それで、どこまで行ったんですか?」
広花ちゃんがそんな事を言ってきた。
「うん?何の事?」
何を言っているのか分からなかったから、そう聞いたんだけど、
「え~、何言っているんですか?」
広花ちゃんはそう言うと、少し黙ったかと思うと、
「・・・Aですか?それともB?・・・、ま、まさかCだとか?」
待て待て待て!
「ちょっと待って!何でABCなんて知っているの?それって、もう死語でしょ?」
そう言うと、
「いや~。中山は奥手だし、本間君はその辺は慎重っぽいから、Cは無いだろ?」
また三井田が言ってきた。
・・・またお前か?
「あのな~。俺達はそんな関係じゃないんだから、そんな事はしていないぞ」
本間君が口を挟んできた。
見ると、こめかみを押さえながら、溜息をついていた。
「そうそう!」
僕は本間君の言葉に頷きながら同調した。
「じゃ、じゃあ、今までの事は嘘なんですか?」
広花ちゃんがそんな事を訪ねてきた。
「いや、嘘ってわけじゃないけどさ・・・」
本間君がそう答えると、
「じゃあ、今までの事は本当の事なんですね?」
広花ちゃんは本間君の答えに、満面の笑みを浮かべていた。
「いや、でも本当って事でもないんだけど・・・」
僕がそう言うと、
「またまたまた~!」
広花ちゃんは左手を赤くなった頬に当て、右手で僕の肩を叩いてきた。
「もう、2人とも、隠さなくてもいいのに~」
駄目だ!
話が通じない!
これは、この場は諦めて、時間を開けた方がいいのかもしれないな。
そう思ったので、
「本間君。こんな2人は放っていこう!」
「お、おい!」
本間君の腕を取って居間を出ようとした。
そうしたら、
「いや~ん!2人が手を繋いでいるわ!」
広花ちゃんが両手で頬を押さえながら、嫌々をするように顔を振っていた。
「これは2人きりで告白しようとしているのかな?」
そんな事を、三井田が広花ちゃんに吹き込むと、
「きゃあ~~~!」
恋愛脳女子が悶えていた。
・・・三井田!今度の戦闘訓練で潰す!
後に三井田を全身打撲にしようとした所を皆に止められたよ。ちっ!




