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霊器の想起  作者: 甘酒
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第30話

 ハイブ永岡での日から1週間が経った。

 あの後、大忙しになったらしいよ。

 だってね~。刀や槍が浮いて、そこから人影が現れて、人々に襲い掛かったなんて、普通は起こりえないよ。

 それが起こったなんて知ったら、大事だもんね。


 でも、その大事おおごとには成らなかった。

 色々と情報操作やら、現場に居合わせた多数の人に話を合わせてもらったりしてもらったらしい。

 だから、そうならない様に大忙しで対応していたのは、山田さんやその部下達だった。


 で、その忙しい時期に僕達は何をやっていたかと言うと・・・


「ねぇ、広花ちゃん。これからどうするの?」

「あ、それはですねぇ~」

 僕は広花ちゃんに聞きながら、バターに砂糖を加えて電動泡立て機でかき混ぜ、黄色かったバターが白っぽいクリーム状になったら、それに卵を解いた卵液を少しずつ加えて又混ぜ合わせる。

「えっと、これでいいの?」

「そうそう!練らないように。練っちゃうと膨らまなくなっちゃいますよ」

 振るった小麦粉を加えて、シリコンベラを使って円を描くように、練らないように気を付けながら混ぜ合わせている。

 そうして出来た生地をパウンド型に流し入れて、余熱しておいたオーブンに素早く入れて、焼き上げる。

 つまり、パウンドケーキを作っていたのだ。



 忙しい時に何をやっているんだと思うかもしれないが、実際問題、情報操作のやり方なんか分からないし、ノウハウなんか何も無い人間が下手に動いたら、逆に邪魔にしかならないと山田さんに言われてしまった以上、何も出来ないよ。

 だから、いっその事、家の中で大人しくしている事にしたのだ。



 で、何故広花ちゃんに聞きながら作っているかと言うと、今までは食事系の料理は作ってきたのだが、お菓子系は作った事が無かったからなのだ。

 そして、広花ちゃんがお菓子作りが出来ると言う話を聞いたのだった。

 だから、この機会を利用して、お菓子作りを教えてもらおうと思ったのだ。


 オーブンに入れて、焼き上がるのを待っている時間の内に、ボールやヘラ等の器具を洗っておく事にしたのだ。


「あ、いい匂いがしてきた!」

「でしょ!私、この時間の匂いが好きなんですよ!」

「何だか、その気持ち分かっちゃうかも!」

 広花ちゃんとそんな感じに話していると、玄関のドアが開く音が聞こえてきた。

 そして、家の中に入ってきて、足音がこっちに向かってくる。

「ただいま~!」

「帰ったぞ」

「「おかえりなさい!」」

 僕と広花ちゃんは振り返り、声をハモらせて答える。


 振り返った先には、吉川さんが台所の出口にいた。

 普段の恰好とは違い、白いブラウスにダークグレーのスーツ、そして、それと同じ色のタイトスカートを穿いていた。

 その表情はきりっと澄ましており、見た目はデキるビジネスウーマンのようだった。

 ・・・いつも、こうだったら良いのに。


 そして、入ってきたもう1人は本間君だった。

 こっちは白いワイシャツに紺色のブレザー、それにグレーのスラックス姿だった。

 彼が着ているのは学校の制服である。


「2人とも何を作っているの?」

 そう聞いてきたのは吉川さんだ。

「はい。英奈ちゃんがお菓子を作った事が無いって言うから教えていたんです」

「そうなんです。広花ちゃんって、お菓子を作るのが得意って言っていたので、それなら教えてもらおうと思って」

「そうなんだ。後で食べさせてね」

「はい!」

「俺も食べていいか?」

「うん!」

 吉川さんと本間君がそう言ってきたので、そう答える。

 だって、せっかく作ったんだから色んな人に食べてもらいたいじゃないか。


「そうそう!突然なんだけど、今日から1人、入る事になったから」

 吉川さんがそんな事を言ってきた。

「え?」

「さぁ!入って入って!!」

 僕と広花ちゃんの返答も待たずに、吉川さんがそう言った。

 どうやら、吉川さんと本間君の他に人がいるようだ。

 吉川さんの言葉に少し間が空いてから、そこに居た人が出てきた。


「え?」

 出てきたその姿に、僕はまたさっきと同じ間抜けな声を出してしまった。

 そこにいたのは、僕の男の頃からの友達の三井田だった。

「な、何で此処に三井田がいるの?」

 訳が分からず、そんな言葉しか言えなかった。

「や、やあ!」

 三井田は気まずそうな顔で、そんな言葉を発していた。

 上手く言葉が出てこなかったので、思わず吉川さんの方に顔を向ける。

 そうしたら、僕が聞きたい事を理解してくれたのか、吉川さんはちゃんと説明してくれた。

「ほら、この間の警備の時、彼が英奈ちゃんが予備で持っていた小太刀で御霊を斬ったじゃない。あれで、霊器になったと判断されたのよ。」

「だからって、何で三井田がいるんです」

「それはね、彼が霊器を使って御霊を斬りつける事が出来たからよ」

「それは・・・」

 これで吉川さんの言いたい事が分かった。

 つまり、霊器も少ないけど、それを使う事が出来る者も少ないらしいと言う事だ。

 霊器だからって、誰でもが御霊に攻撃出来るわけではない。

 技術的な問題だけではなく、何故か霊器でも攻撃出来ない人もいるらしい。

 何故なのかは分からないけど、そうらしいのだ。


「でも・・・」

 それでも、僕が言い募ろうとしたんだけど、それは三井田が遮ってきた。

「中山?で良いのか?俺は無理矢理やらされる訳じゃないから、そんなに必死にならなくてもいいよ」

「でも・・・」

 その言葉に、僕は三井田の方に顔をむけた。

 三井田は本当に無理をしているとは思えない表情をしていた。

「・・・いいの?」

「ああ!」

 僕の質問に、三井田は笑顔で答えたのだった。

 暫く三井田の顔を見ていたが、その表情は嘘を言っているようには思えなかった。

「・・・わかったよ」

 そう言って、僕は引き下がる事にした。


 そうしたら、三井田が予想外の事を言い出してきた。

「所で、アンタが本当に中山だったとして、随分と凄い恰好をしているな」

「え?」

 三井田の言葉に、僕は下に向いて自分の着ている服装を確認する。



 今、僕の着ているのは、薄いピンク色のワンピースに、肩にフリルの付いた白いエプロンをしていたのだ。

 つまり、薄ピンクのエプロンドレスなのだ。


 因みに言うと、広花ちゃんは水色のワンピースに、白いエプロンという、僕と色違いのエプロンドレスを着ていたりする。


 何でこんな服を着ているかと言うと、出かける前の吉川さんに・・・、

 ・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・

 ・・・これ以上、聞かないで・・・。



 三井田に指摘された服を見た瞬間、顔が熱くなってきたのを感じてしまった。

「え?英奈さん?どうしたんです?」

 思わず広花ちゃんの後ろに回り込んでしまう。

 そして、広花ちゃんの背中に隠れるように、身体を小さくしてしまった。


 恥ずかしい!

 凄く恥ずかしいよ!


 女の子の服を着るのにも慣れてきたんだけど、今は恥ずかしいよ!

 やっぱり男時代を知っている友達に、女装を見られるのは、凄く恥ずかしいよ!

 耳まで熱く感じてきた。


 そうしていると、三井田が困惑したように、

「お、おい。大丈夫か?耳まで赤くなっているぞ」

 そんな事を言われても、どうすれば良いのか分からないよ。

「お、お願いだから、あまり見ないで。・・・その、恥ずかしいから」

 僕はそう言う事しか出来なかった。


「英奈ちゃんが恥ずかしがっている姿が、初々しくて良いわ~!」

 吉川さんが嬉しそうに何か言っているよ。

「・・・・・・」

 本間君は、困った顔で頬を掻いているよ。




 何とか落ち着いてきたので、居間に移動して、あらためて話をする事になった。

 因みに、エプロンドレスだと恥ずかし過ぎるから着替えようとしたんだけど、許されなかったよ。吉川さんに。


 居間にいる全員の前にお茶を置き、僕が座ったら話が始まった。

 御霊についての事は既に話してあるらしいし、霊器についても一通りは伝えてあるらしい。

 だから、主に話すのはこのチームについてと、僕についての話だった。


「・・・と言う訳なんだよ」

 僕は顔を俯きながら、隠し事を打ち明けるように、三井田に語った。

「・・・成程ね」

 三井田はそう言って、嘆息する。

「その、今まで黙っててゴメンね」

 怒られるんじゃないかと、僕は上目使いに三井田を見ながら謝った。

「は~~~!」

 露骨に溜息をつかれてしまった。


ビクッ!


 僕は反射的に身体を強張らせる。

「中山!1つ聞きたいんだが?」

「う、うん。何かな?」

 僕の返事に、三井田が話し始めた。


「中山。何でその事を黙っていたんだ?」

 三井田は表情はそのままに、視線だけが鋭くして、そう問うてきた。

「そ、それは・・・」

 僕は言い淀んでしまった。

「それは?」

 三井田が其れだけを言って、先を促す。

「・・・う、うん」

「どうした?」

 い、言いづらい・・・。

「そ、そのね・・・」

「ああ」

 僕は意を決して言い始めた。

「その、男から女の子になったと言ったって、普通は信じられないでしょ?」

「・・・」

「それと、御霊とか霊器とか、普通は信じられないと思うし・・・」

「・・・」

「それに、もしも女になったと喋ったとして、気味が悪いと思ったりしない?」

「・・・それで、俺達にその事を伝えてなかったのか?」

「う、うん・・・」

 三井田の視線が怖くて、僕は顔を上げられず、ますます小さくなってしまう。


「それで中山は、俺達がお前を気味悪がって離れていくとか考えたのか?」

「・・・・・・」

 その言葉に答える事が出来なかった。


「この・・・、バカヤロー!!」

 いきなり三井田は怒鳴ってきた。


ビクッ!


 僕はさらに身体を強張らせた。

「俺達を見くびるな!俺達がそんな事で友達を見捨てるとお前は思っていたのかよ!?」

 そこまで言ってから、三井田が黙った。

「と、加藤なら言い出すだろうな」

 今までの激昂が嘘のように、静かにそう話し出した。


「み、三井田?」

「だから加藤の代わりに怒鳴ってやった。因みに、もちろん俺も同じ想いだからな」

 三井田は静かに微笑んで、そう言った。

「・・・その、三井田は気味悪くないの?」

 僕は恐る恐る、そう訊ねた。

「まぁ、かなり驚いたけどな。だけど別にお前の事を気味が悪いなんて思わないぞ!」

 三井田はそう言って、右手を僕の頭に乗せてきた。

「それから忘れるなよ!姿が変わってもお前は俺達の友達だって事を!」

 その言葉が僕には途轍もなく嬉しかった。


「・・・ありがとう」

 涙が僕の頬を流れ落ちた。

 何で言葉1つで、こんなに涙が止まらないんだろう。

「・・・ありがとう」

 もっと色々と言いたかったのに、こんな言葉しか出てこなかった。


 何で吉川さんと本間君、あと広花ちゃんは優しい笑顔を向けてくるんだろ。




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