第29話
来週のお正月、1月2日は投稿をお休みします。
そして、グルリと周りを見回していた黒い影が、逃げ惑う人々を見つけたように、そちらに歩み寄っていくのが見えたのだ。
その黒い影、つまり御霊が誘導している人に近づいているのが見えた。
今まで誘導していた男性。つまり、三井田は御霊を見た瞬間、動きが止まってしまっていた。
《守らなきゃ》
「三井田!!」
僕は名前を叫ぶと同時に、階段を駆け下りていった。
そして、走りながら長巻を構える。
御霊は持っている刀状の煙を振りかぶり、目の前にいる三井田に振り下ろす。
《守らなきゃ》
「させない!!」
僕は走り寄りながら、長巻を下から振り上げる様にして、御霊の振る下ろした刀を受け止める。
質量の差なのか、受け止めるだけではなく、刀を弾く事が出来た。
そして、そのまま三井田を背にして、すぐに長巻を振り下ろせる様に構えて、御霊に対峙する。
「え?」
三井田が呆気にとられたような声を出しているのが、後ろから聞こえてきた。
「三井田!大丈夫?怪我はしてない?」
そんな三井田に、僕は御霊に視線を外さないまま、そう訊ねる。
「え?あ、はい!大丈夫です」
三井田は、状況が理解できないような声を出すが、それでも、返事を返してくれた。
「そう。それなら良かった!」
構えたまま、僕は一瞬安堵してしまった。
「あ、あの、君は一体?」
「三井田!悪いんだけど、このまま他の人の避難誘導をお願い!」
事情を知らない三井田が困惑して、何か言おうとしているようだったけど、それには答えずに、頼み事をする。
本当は、もっと色々言いたい事があったけど、そんな余裕は無さそうだったのだ。
御霊を視界に収めながら、更に左右や奥を見ると、まだ御霊がいるようだった。
「それじゃ、お願いね」
そう言って僕は目の前の御霊に、摺り足で近づいていった。
僕の後ろでは、すぐ後ろから走り去っていく足音が聞こえた。
・・・これで、三井田に気を取られずに戦闘に集中出来るよ。
「はっ!」
僕は摺り足で近づき、間合いに入ると同時に長巻を振り下ろす。
目の前にいる御霊は、僕の長巻に合わせる様に刀を振り下ろした。
刀によって、長巻の軌道を変えられてしまった。
長巻が逸れてしまった隙に、御霊は刀を返し、逆袈裟に斬りかかってきた。
「ちっ!」
僕は右手を長巻から離すと同時に引いた。
そのまま右足を後ろに下がらせる事で、何とか御霊の刀を避ける。
・・・危なかった!
いつも付けている手甲を、付けていない事に気付くのが遅れていたら、腕を斬られていたよ。
僕は数歩後ずさると、また長巻を構え直した。
今度は、慎重に斬り込まない様に、少しずつ摺り足で間合いを詰めるようにする。
そうしたら、今度は御霊が摺り足で近づいてくる。
まだ刀の間合いには遠いと思っていた瞬間、御霊はいきなり突進してきた。
そして、その勢いのまま、刀を突き出してきた。
僕は右足を後ろに下がらせると同時に、身体をずらして突きを躱す。
そして、長巻の柄を跳ね上げるようにして、刀を下から叩き上げる。
御霊は刀を持ったままだったので、バランスを崩してくれた。
そして、刀を跳ね上げた長巻を、そのままの勢いで回転させ、逆袈裟斬りにして御霊を斬り裂く。
「っ・・・!」
望まないが、身体が強張ってしまう。
この身体を止めてしまう程の恐怖、何とかならないか。
一瞬、そんな事を考えてしまった。
その時、棒状の影が差すのが見えた。
「くっ・・・!」
殆ど直感で長巻を掲げるようにする。
ガッ!
その瞬間、柄に衝撃が走る。
長巻を持つ手にまで衝撃が走る。
顔を正面に向けると、逆袈裟で斬った御霊はまだ仕留めきれていなかった。
「くぅ~~~」
御霊の刀が、僕を押さえつけるかの様に、圧力を増してくる。
このままだと、ホントに押さえつけられてしまうよ。
「くっ・・・このっ!」
僕は長巻を斜めに傾けて、刀を滑らせる。
それによって御霊は、バランスを崩して刀を床に当ててしまった。
この隙を逃すわけにはいかない。
僕は斜めになった長巻を、そのままの状態で袈裟掛けに斬る。
「っ!」
やはり怖い!
目に涙が溜まるが、それには構わず御霊を睨む。
正面に立つ御霊は、先の一撃が致命傷だったようだ。
斬られたそのままの姿勢で、身体を維持できず、黒い煙が散るように、霧散していった。
「はぁ・・・」
一息を吐くと、気を取り直して周囲を見回す。
そこには、まだこの階に居残っていた人に襲い掛かろうとしている御霊の姿が見えた。
今、この階に残っている人とは、つまり・・・。
《守らなきゃ》
「三井田!」
僕は御霊から逃げ回っている三井田に向かって、走り出した。
くっ、上手く走れない!
女中さんの恰好って、思ったより走り辛いよ。
僕が四苦八苦しながら走っていると、三井田が此方に気付いたようだ。
そして、三井田が僕に向かって駆け出してきた。
「君!危ないから早く逃げなさい!」
そんな事を言ってきたが、それは僕の方の言い分だよ。
「三井田の方こそ、早く下に逃げて!」
「え?」
そう言いながら、すれ違う。
そのまま、三井田を追いかけてきた御霊に長巻を叩き付ける様に斬りつける。
「っ・・・!」
一太刀で仕留める事が出来た。
しかし、やはり怖い!
この恐怖で全身が強張ってしまう。
「き、君。大丈夫かい?」
三井田がそれに気付いたのだろう。
心配した声が聞こえた。
「だ、大丈夫!それより三井田は大丈夫なの?」
「あ、ああ!」
三井田がそう答えたよ。
良かった・・・。
僕は、安堵で息を吐いた。
「それより君!何で俺の名前を知っているんだい?」
そう言ってきたが、
「そんな事より、今は生き残る事を考えて!」
僕はそう答えると同時に長巻を、後ろに向かって横薙ぎに振るう。
「わっ!?」
三井田が驚いていたが、構わずに後ろを振り返る。
僕は振り返ると、近づいていた2体の御霊は、足踏みしている姿が見えた。
近づいてくる足音が聞こえた気がしたから、牽制のつもりで振るったけど、やって正解だったようだ。
・・・この階に他の人がいなくて良かった。
居たら、出来なかったよ。
2体の内、右側にいる御霊に向かって、摺り足で近づく。
その間に、2体は武器を構え直す。
それには構わず、長巻の長さと重さを活かして横薙ぎに振るう。
御霊は後ろに下がって避けたが、手にしていた刀は躱しきれずに長巻にぶつかり、弾かれてる。
僕は勢いを殺さずにそのまま回転を続ける。
そして、そのままの勢いで軌道を変えて、上段から長巻を振り下ろす。
その一撃は御霊を一刀両断にしていた。
また恐怖が身体を強張らせるが、
《守らなきゃ》
怖がってなどいられない!
怖がっていたら、三井田を守る事など出来ない!
横にいた御霊が横薙ぎに斬りかかってきた。
反応したいが、振り下ろした勢いのある長巻を引き戻す余裕は無さそうだ。
だから、帯に佩いていた小太刀を咄嗟に引き抜いて、御霊の斬撃を受け止める。
キン!
斬撃の勢いを完全に止める事は出来たが、受けきる事が出来ずに、手にしていた小太刀を弾かれてしまった。
「くっ・・・」
手放してしまった小太刀は仕方ない。
次の斬撃を受けない様に、すぐさま前転して御霊との間合いを開け、再び長巻を構え直した。
しかし御霊は、僕が構えるのを待つ事なく、斬りかかってきた。
構えきっていなかった僕は、長巻の柄で斬撃を防ぐ。
斬撃は一回では無かった。
連続で繰り出される斬撃を何とか防いでいるが、その殆どを柄で防いでしまった。
長い柄が邪魔で、上手く捌く事が出来ないのだ。
「くぅ・・・」
どうする?
御霊は、この連撃を止める気は無いようだ。
このままだと、反撃出来ないし、ジリ貧になってしまうかもしれない。
《守らなきゃ》
このままだと、三井田を守る事が出来ない。
どうする?
どうする?
どうす・・・
ドスッ!
御霊が突然動きを止めた。
そして、後ろを振り返ろうとしていた。
よくは分からないが、この隙を逃すわけにはいかない!
だから、長巻を振りかぶり、そのまま振り下ろした。
首を刎ねられた御霊は、斬り裂かれた断面から、徐々に輪郭を失い、霧散していった。
そして、御霊の後ろには誰かの影が見える。
「え?何で・・・」
そこには、小太刀を両手で突き出すように構えた三井田がいた。
その手は、カタカタと震えて、まだ収まらないようだった。
「き、君。だ、大丈夫かい?」
三井田は声まで震わせながら、そう言ってきた。
「う、うん。大丈夫だよ・・・」
僕は安堵しながら、そう答えていた。
それでも、あんな無謀な真似をした事を、思わず問い質してしまうように喋ってしまった。
「で、でも、何でそんな危険な真似をしたの?」
「だ、だって、君みたいな女の子が戦っているのに、大人の俺が逃げるわけにはいかないじゃないか・・・」
「だからって、そんな事しなくても・・・」
僕はそこで、言葉を中断してしまった。
展示室の奥の方から、御霊がゆっくりと近づいてくる姿が見えたからだ。
その御霊は長い棒のような物を持っていた。
しかし、あの奥で展示してあったのは確か・・・
僕の予想通り、それは棒では無かった。
一言で言うなら、それは日本刀だった。
ただし、それは柄だけでも1メートル以上あり、それとは別に、刀身だけでも2メートル以上はあった。
そう!これは斬馬刀なのだった。
「まずい!三井田!早く逃げて!」
そう叫びながら、僕は三井田を背にするように移動し、庇うように構えを取った。
「俺も手伝うよ」
「馬鹿言わないで!三井田は格闘技もやっていないのに、斬馬刀の相手なんて出来ないよ!」
そう言って、三井田の言葉を一刀両断にする。
《守らなきゃ》
守らなきゃ!
これ以上戦わせたら、三井田が死んでしまうかもしれない。
でも、どうする?
武器の間合いは、向こうの方が圧倒的に上だ。
そんな事を考えていたら、御霊が斬馬刀を大上段に振り上げた。
「くっ!」
僕は後ろに跳ぶようにして、間合いから逃れる。
構え直している間に、御霊は斬馬刀を引いていた。
とても重い筈なのに、まるで軽い武器の様に扱うな。
攻撃範囲が広いから、間合いを詰めるのが躊躇われるよ。
僕が躊躇っている内に、御霊が構えを変えていた。
そして、直ぐに横薙ぎに振るってきたのだ。
斬馬刀は、近くにあった台を砕きながら、僕に迫ってきた。
僕は軌道から逃れるように、身を低くした。
斬馬刀が通り過ぎた時、立ち上がるようにしながら接近しようとしたが、御霊はその場で回転して、勢いを殺す事無く斬馬刀をもう1回転させてきた。
「くっ!」
立ち上がる勢いのついた僕は、再びしゃがむ事は出来なかった。
仕方なく、長巻で防ぐように掲げながら、横に跳んで勢いを相殺しようとした。
「がはっ!?」
長巻の柄で受けたが、斬馬刀の勢いに押されるようにして、壁に叩きつけられてしまった。
背中をぶつけた衝撃で息を吐き出してしまった!
背中が痛い!
痛みで目に涙が溜まる。
動かなきゃ!
動かないと追撃される。
御霊が振りかぶるのが見える。
でも、力が出ない。
「中山!!」
僕を呼ぶ声が聞こえた気がした。
それと同時に壁が叩き砕かれる音がした。
でも、僕に叩きつけられる衝撃は感じなかった。
代わりに、軽い圧迫感と少しの浮遊感を感じたのだ。
「おい!中山!大丈夫か?」
また声が聞こえた。
声の方を見ると、本間君の顔が真近にあった。
「え?」
何で本間君がいるの?
3階にいた筈だよね?
「おい!大丈夫なのか?しっかりしろ!」
本間君が焦ったように声を荒げてきた。
「う、うん。大丈夫。有り難う」
僕はそう返事して、今の状態を確認する。
本間君が、左手で僕を抱えるようにして、右手には愛用の一文字槍を構えていた。
あの一瞬で、僕を片手で抱えて跳んだというの?
もしかして本間君って、僕の考えている以上に腕力あるの?
「ほ、本間君。有り難う。もう大丈夫だから離して」
そう言って、本間君から離れるようにして立つ。
周囲を見ると、三井田が茫然としたように立っているのが見えた。
良かった!三井田が無事だったよ!
御霊は此方に向いて、また横薙ぎの為の構えをとっている。
そして、僕は自分の武器を見ると、長巻の柄が砕け散っていた。
でも、20センチ位は残っているので、まだ使える。
と言うか、これなら日本刀のように扱えるから好都合だよ。
「本間君。速攻でアイツを片付けよう!」
そう言って、本間君の隣に立ち、刀を青眼に構えた。
「ああ!だが、アイツは俺が片付けるから、お前はそこの人を守っててくれ」
本間君がそう言って、三井田を見ていた。
「え?」
僕が驚いていた間に、本間君が駆け出していた。
「ちょっ!?」
僕が返事をするよりも早く、行動に移しちゃっているよ。
本間君の動きに合わせて、御霊も迎撃に動き出した。
本間君の摺り足は、素早く近づいていながら、パッと見はゆっくりと近づいているように見える。
御霊は、そんな本間君に合わせて、斬馬刀を横薙ぎで振るってきた。
「危ない!」
思わず僕は叫んでしまったけど、いらない心配だった。
襲ってくる斬馬刀に対して、本間君はさっきまでの動きとは違い、目で追うのも大変な程の素早さで屈み、回避していた。
そして、斬馬刀が通り過ぎると、凄まじい速さで突進した。
だが、御霊は先程の時のように、その場で回転してもう一度斬馬刀が襲い掛かってきた。
しかし信じられない事に、本間君はジャンプして斬馬刀の上に乗り上げ、そのままの姿勢で御霊に槍を突き出す。
槍は御霊の左胸に突き刺さる。
その瞬間引き抜かれ、喉、額と続けて刺し貫く。
御霊は槍で貫かれた部分から霧散していった。
そして斬馬刀は、ゴドン!と音をたてて、床に落ちた。
・・・ホントに速攻で倒しちゃったよ。
僕が三井田の所に走りに行く前に片付いてしまった。
あらためて、本間君の強さがデタラメなんだって思ったよ。
そして、三井田の方に顔を向けると、三井田は茫然とした顔をしていた。
「中山?それにあの刀の構え方や動き方って?でも女の子だし・・・。え?」
え~と、何か言っているよ。どうしよう?




