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霊器の想起  作者: 甘酒
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第27話

 永岡市。

 県内のほぼ中央に位置し、首都圏からの新幹線の到着駅という事もあって、かなり活気がある都市である。

 新幹線駅である永岡駅の前の通りを自動車で10分ほど進み、橋を渡った後、最初の信号を右に曲がる。

 そこを暫く直進すると、僕が入院していた病院を通り過ぎる。

 それからさらに15分位進むと、県を縦断するように国道があるのだが、その手前にハイブ永岡がある。


 このハイブ永岡では、よく色んなテーマを扱った催しが開催されている。

 例えば、世界の名画を展示している名画展とか、名だたる彫刻を展示している彫刻展などが開催された事があるのだ。

 そして、今この場では、戦国展が開催されているのだ。

 名前の通り、戦国時代の武具や農具、書面などの道具、それと当時の着物などを展示しているのだ。



 僕達は何故か、このハイブ永岡の警備の命令を受けたのだ。

 ただ、そこで問題が発生した。

 それは、警備の時に着ている服装だ。

 だって、今まで戦闘用に着ていた服では、警備するには違和感が凄くて、目立ち過ぎるのだ。

 だから、その時はどんな服装にして警備をするのかを、話し合ったりもしたのだ。

 その結果、僕は紺色の着物を着て、袖や袂が邪魔にならないように、肩から脇に斜め十字に交差するように、布を結ぶ。

 そう、たすき掛けをした女中の恰好なのだ。

 そして、女中の恰好をした上、持っている霊器は柄を外し、長巻の柄を付けたのだ。

 本当は、薙刀の方がイメージが合うのだが、替えるわけにもいかないし、刀もイメージが合わないと反対意見が凄かったから、こんな事になってしまった。


 そして、本間君の恰好は、胴体部を覆う胴、肩部を守る大袖、手にはめられた籠手、腰部を覆う草摺、太腿を守る佩楯、脛を守る脛当などを身に纏っている。

 つまり、一言で言うなら武者鎧の恰好をしているのだ。

 その上で、霊器である一文字槍を持っているのだ。


 次に吉川さんなんだけど、これは誰もが悩まなかったのだ。

 だって、いつものように巫女装束に弓で問題無かったんだもの。


 最後に、広花ちゃんなんだけど、これが一番悩んだし、決められなかったよ。

 だってね~、広花ちゃんの持っている霊器が斧。しかも薪割りとかに使う形状なんだもの、これに合う恰好で何があると言われると、お百姓さん位しか思いつかないんだもの。

「そんな地味なコスプレは嫌です!」

 と、広花ちゃんが主張してきたんだよね。


 まあ、気持ちは解るよ。

 ついでに言えば、戦国展でお百姓さんはどうかなと思うしね。


「なら、山岸は何を着たいんだ?」

 そういう風に、本間君が聞いていたんだけど、

「はい!お姫様がいいです!十二単とか!」

 広花ちゃんが手を上げながら、希望を言っていた。

「却下!」

 本間君は即座に返答していた。


「え~?何でですか?」

 広花ちゃんが頬を膨らませながら、文句を言う。

「当たり前だろ!警備なのに、十二単なんて動き辛い服装にしてどうするんだよ」

 本間君の答えに、広花ちゃんはうなっていた。

「うぅ~、じゃ、じゃあ!振袖が良い!」

「それもダメね」

 今度は吉川さんが答えていた。


「そ、そんな~!」

「だって、振袖も動き辛いじゃないの」

「う~~~・・・」

 広花ちゃんが頬を膨らませていた。

 ・・・ちょっと可愛いかも。

「それなら、女武者はどう!」

「武者で斧はどうなのかな?」

 僕はポロッと言ってしまった。

「・・・英奈さん、ヒドイ!」

 広花ちゃんが僕の方を向いて、瞳を潤ませてきた。

「う・・・ご、ごめんなさい!」

 あまりにも悲しそうな瞳に、思わず謝ってしまったよ。


「じゃあ、広花ちゃんの服装はどうする?」

 吉川さんが皆の顔を見ながら、問うてきた。

「「「う~ん」」」

 問われたけど、いい案が思い付かないよ。


「やっぱり、農民?」

「イヤ!」

 本間君の案は即座に却下されてしまった。

「でも、斧を持っている人って、あんまり想像できないよね?」

「そうなのよね~」

 僕の言葉に、吉川さんが同意する。


「ううう・・・」

 広花ちゃんが唸っている。

「ねぇ、広花ちゃん。仕事なんだし、少し妥協しない?」

 僕は広花ちゃんに何とか我慢してもらおうと、そう言った。

「う、うん。そうですよね・・・」

 少し項垂れながら、広花ちゃんが何とか納得してくれたようだった。

「広花ちゃん。ありがとう」



 それで、何とか衣装が決定した。



 結局、広花ちゃんの恰好は、足軽に決定した。

 だから、柄の無い地味目の生地の着物に、胴を付け、後は籠手と脛当を付けただけと言う簡素な感じになった。

 それと、足軽でもメインの武器が斧ってのは変かなぁと思うから、竹槍を持ってもらって、斧は腰に下げる感じにしてもらおうという事になった。


 そんな感じに決定した後は、特に問題無く進んだ。

 そして、警備に挑んだのだった。


「すみません。これを見るには何処に行けばいいですか?」

 パンフレットを持っている男性が話しかけてきた。

「あ、はい。ここはですね。え~と、ここの道をまっすぐ進んで、突き当りを左に行きます。そうすると、右手側に展示されていますよ」

 だから僕は、パンフレットを確認した後、道を指差しながら案内する。

「ありがとうございます!」

 僕に挨拶して、目当ての展示物の方に歩いていった。


「ふう・・・」

 これでいったい、何回くらい聞かれたんだろう?

 パンフレットを見れば分かるのに、何ですぐに聞いてくるんだろうね?

 僕は内心で溜息をつきながら、そんな事を考えてしまった。


 今は、警備の為にハイブ永岡の中にいる。

 それなのに、館内案内みたいな事ばかりしている様な気がするよ。

「こちら中山。2階は異常無しです」

 僕は襟に付いているマイクに、小さな声で話しかける。

「分かったわ。3階の方が混んできたみたいだから、そっちの方に行ってもらえるかしら?」

 耳にしているイヤホンから、吉川さんの声が聞こえる。

「了解です」

 そう言って、僕は3階の階段に向かって歩き出した。

 本来なら、決まった位置に決まった人員を配置するべきなのだが、そんな贅沢な事が出来る程、人間がいるわけではない。

 だから今回みたいに、その時の状況によって、配置を変更する事になったのだ。

 ・・・こんな少人数で警備なんて、何考えているんだろう?


「中山!そっちはどんな感じだ?」

 階段を上っていたら、上の方から鎧武者姿の本間君が声をかけてきた。

「うん。こっちの方は、特に混雑も混乱も発生していないよ」

「そっか。俺の方も特に問題は発生していないな」

 そんな感じに本間君が教えてくれた。


「そうなんだ。私はこれから3階の警備に回るから」

「わかった。なら俺は此処から左側を巡回しているから、お前は右側から回ってくれないか」

 本間君がそう言っていたので、

「ええ。分かったわ」

 そう答える。

「じゃあな」

 そう言って、本間君が歩いていった。

 僕は本間君の反対側に向かって歩き出した。



「ちょっとすみません」

 まただよ。

「はい。なんですか?」

 また、すぐに声をかけられる。

 なかなか警護に集中する事ができないよ。

 これじゃあ、案内ガイドがメインになってしまうよ。

 そんな事など表に出さず、応対をするけどね。


「はぁ・・・」

 さっきから案内ばかりやっているんだけど、何やっているんだろね。

 パンパンと、軽く自分の頬を叩いて、気合を入れ直す。

 よし、やるぞ~!


「あの~、ちょっといいですか?」

 ・・・またかい!

「あ、はい。何でしょう?」

 何とか笑顔を保ちつつ、声のした後ろに振り返る。

 そして、そのまま笑顔が凍りつく。


 そこに立っていたのは、男の時に友達だった三井田だったのだ。


 な、何で此処にいるの?

 な、何で僕に話しかけてくるの?

 な、何でそんなに冷静な顔を僕を見ているの?


 僕は混乱してしまって、上手く声を出す事が出来なかった。

「あの?大丈夫ですか?」

 三井田は心配そうに僕の顔を覗き込む。

「あ、はい。・・・大丈夫です。申し訳ありませんでした」

 三井田の態度から、僕の正体に気付いて、声をかけてきたわけではないようだ。

 そういえば、そうだよね。

 三井田と遊んでいた時とは、性別が変わっているし、見た目も以前とは変わっているんだから、こんなに簡単に気付くわけはないんだよね。

 そう思ったら、何とか冷静さを回復させる事ができたよ。


「それで、一体どうなさいました?」

 僕は内心を隠して、三井田に話しかけた。

「あ、はい。実は此れは何処にあるかと思ったんです」

 三井田は、見た目が年下に見える筈の僕に対しても、丁寧な態度のままパンフレットを開いて、聞いてきた。


「はい。ここはですね・・・」

 僕は出来る限り、初対面を装い、丁寧に説明をした。

「なるほど、分かりました。有り難うございました」

 三井田はそう言うと、軽く頭を下げて、2階に向かって歩き出した。

「どうぞ、ごゆっくり見て行ってください」

 僕は丁寧に頭を下げる。

 そして、頭を上げると三井田が階段を下りて行くのを、少し寂しく思いながら見送ってしまった。


 ・・・駄目だな。

 この程度の事で、心を乱されるなんて、僕はまだまだ未熟だな。

 そう思いながら、また3階の巡回を再開する事にした。



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