第26話
「よっと!」
僕は、塩コショウをした鰆をトレーに置いていた。
それから15分位たってから、小麦粉を入れておいた隣のトレーに、鰆を移し、万遍無くまぶしていく。
これで、後は焼くだけで鰆のムニエルが出来る。
さて、次はポトフの煮え具合を確認してから、塩コショウして味を調えておこうかな。
そう思って、鍋の中を見ようと思った時、
「ああ~!英奈さん。また抜け出して~!」
キッチンの入口で、ポニーテールを動物の尻尾のようにユラユラと揺らしながら、広花ちゃんが、そんな事を言ってきた。
そして、ズンズン!と擬音を付けたくなるような感じで、近づいてきた。
「ほら!全身傷だらけなんだから、そんな事しなくていいから、早くベッドに戻って、寝ててください!」
そう言ってきたよ。
「別に、これ位は大した事ないから、気にしなくて大丈夫だよ」
心配させないように、広花ちゃんに笑顔を向けながら、そう答える。
「そんな事言って、だいぶ無理しているんじゃないんですか?」
広花ちゃんが頬を膨らませて、怒ったように腕を組んで胸を張る。
その際に、自己主張の激しい胸がブルン!と揺れた。
・・・・・・・・・ホントにおっきいな。
「そんなに大変な事をしている訳じゃないから、ね?」
僕は、広花ちゃんを宥めようとしたんだけど、
「これでも?」
広花ちゃんは、僕の背中を掌でバン!と叩く。
「っ!」
かなり手加減したであろうが、その衝撃が背中の打撲した所に響き渡る。
ズキズキと感じる背中の痛みに、思わずしゃがみこんでしまった。
しかも、それに連動したように、両手両足の擦り傷も痛み出した。
「・・・・・・・・・!」
あんまりにも痛くて、涙が目に溜まってきたよ。
「ほら!やっぱり無理しているじゃないですか!」
広花ちゃんが、呆れた顔をして、僕を見下ろしていた。
僕は涙目のまんま、広花ちゃんを睨み上げてしまったよ。
「広花ちゃん。いきなり酷いよ!」
「英奈さんがそんな姿なのに、動き回っているからです!」
そう言って、僕の手を掴んで立たせようとする。
「痛っ、いたたたた!」
僕の痛がる姿を見た広花ちゃんは、手を離してくれた。
「これが無理をしていないとでも?」
そう言ってから、僕の包帯の巻かれた腕を、そっと触れる。
それから、袖から出た部分や、スカートから覗く足といった、包帯に巻かれた部分を一通り見回す。
僕のその姿に、顔を歪ませてしまう。
そんなに痛々しく感じるのかな?
「でも、ほら、この間の任務もそうだけど、私はあまり役に立つ事も出来ていなかったじゃない。だから、これ位の事しか出来ないんだよね」
この間の野彦山の任務の時、僕は滑落して救出に行く事が出来なかったんだ。
「そんな事ないですよ!そもそも、私達が着いた時にはもう、犠牲が出ていたんですから!」
広花ちゃん達が一の郭に辿り着いた時、一の郭は御霊に埋め尽くされていたらしい。
そして、SOSを出したチームは、5人中、2人が亡くなっていたそうだ。
残り3人も、重症で、全員が入院しているそうだ。
「それでも、役に立てなかった事には変わりないでしょ」
僕がそう言ったら、
「英奈さんの報告してきた井戸での事も、重要な事ですよ!あれが無ければ、訳が分からないままになっていたと思いますよ!」
「そ、そうかな?」
「そうです!」
僕の言葉に、広花ちゃんは力強く返答してくれた。
「だから、そんなに落ち込まないでください!」
その言葉に、気にかけていてくれたんだって、気付かされた。
「うん。広花ちゃん、ありがとう!」
僕は、感謝の意味も込めて、笑顔でそう言った。
「じゃあ!こんな所にいないで、大人しくベッドに戻ってください!」
広花ちゃんが、またそう言ってきた。
「え?でも、ここまでやっちゃったんだから、最後までやらせてよ」
「駄目です!」
僕達がそう問答していると、入口から、吉川さんが顔を出してきた。
「騒がしいけど、どうしたの~?」
吉川さんは、僕達の様子を見て、怪訝な顔をしていた。
「吉川さん。見てくださいよ!英奈さんが、こんな傷だらけの身体なのに、動き回るんですよ~!」
「なんですって?」
吉川さんの瞳が光ったような気がした。
「あ、あの!そんなに大事な事をしている訳じゃないんですから!」
僕は慌ててしまった。
だって、吉川さんが参戦してきたら、どうなるか・・・
冷や汗が出てきそうな気がした。
「ホントなの?英奈ちゃん?」
目、目が怖いんだけど・・・。
「ほ、ほら、私は任務で役に立っていないし、そもそも、料理なんて大した労力じゃないんだし・・」
目がキラッと光ったよ~。
「ふ~ん・・・、動いていたのはホントなんだ~」
ひ、ひぃ~!!
吉川さんが1歩踏み出した。
僕は1歩後ずさる。
吉川さんが微笑んできた。
僕はガタガタ震えだした。
「さて、英奈ちゃんには、現状の理解と、ベッドから出られない様にする必要があるようね!」
な、何をしようと言うの?
「広花ちゃん。やっちゃって!」
「はい!」
広花ちゃんは、何時の間にか僕の後ろにいて、弾んだ声で返事をした瞬間、僕の両手を掴んできた。
「え?」
僕が驚いていた瞬間に、両手を掲げるように上に上げていた。
「ちょ、ちょっと、広花ちゃん。離して!」
慌てた僕は、広花ちゃんにお願いするが、
「嫌です♪」
弾んだ声で、断られてしまった。
・・・しょうがない!
ここは実力行使でいくしかない!
僕は、両方の手首を回転させながら、掴んでいた手を外し、そのまま横に流すようにして、腕を下に下ろす。
「甘いです!」
広花ちゃんがそう言うと共に、僕の腕ごと腰の辺りを抱きついてきた。
「わ!?」
しまった!
腕を外しただけで、気を抜いてしまったよ。
・・・・・・・・・ん?
広花ちゃんに意識が向いていた間に、服がズレているような・・・。
そう思って、自分の服を見てみると、
「わぁ~~~!!」
何時の間にか、エプロンが剥ぎ取られていた。
それだけじゃなくて、僕の着ていたブラウスのボタンが、全部外されている?
突然の事で、恥ずかしくて顔が熱くなってしまう。
「うっ・・・」
こんな短時間で、こんな事が出来るのは、僕の知る限りでは1人しかいない!
だから、それが出来る人を見てしまう。
そうしたら、吉川さんが、ニヤニヤと笑っていたよ。
「ちょ、ちょっと、吉川さん、何するんですか?」
そう言ったら、
「何って、英奈ちゃんがベッドから出られないと思うような事よ♪」
笑顔で何か言っているよ・・・。
「だ、だからって・・・」
「だって、こうしないと、英奈ちゃんは大人しくしてくれないでしょ?」
そう言いながら、ゆっくりと近づいてくる。
「だからって、こんな事しなくても・・・」
僕は危機を感じて、背中から冷や汗が流れてきた。
「私だって、ホントはこんな事はしたくないのよ」
吉川さんは、そんな事を言いながら、僕のブラウスの肩部分を掴んできた。
「そ、それなら、そんな涎を垂らしそうな顔をしないでください~!」
僕は泣きそうな声を出してしまったよ。
けど、吉川さんは、
「そんなの聞こえな~い♪」
極上の笑顔を浮かべながら、掴んでいる手を引き下ろす。
「わぁ~~~!」
まるでバナナの皮を剥くかのように、ブラウスを剥いてしまった。
それによって、ブラウスに隠されていた包帯が露わになってしまった。
前回の戦闘で、背中を斬りつけられた時、防刃ベストのお陰で斬られる事は無かったけど、それでも鉄の棒で殴られたような衝撃を受けて、内出血になってしまったのだ。
だから今は、内出血の所に湿布を貼ってあり、それを固定するように、包帯を巻いているのだ。
前方から見た姿は、胸やお腹まで包帯で覆われているから、まるでサラシを巻いているみたいに見えるかもしれない。
「ちょ、ちょっと、吉川さん!シャレになっていないですよ!」
僕は慌ててそう言ったのだが、
「私は悪くないわ」
ダメだ!この時の吉川さんには、話が通じない!
それなら、
「広花ちゃん!お願い!離して!」
ここは別口に頼もうと思った。
「私も悪くないわ」
そんな事を笑顔で返されてしまった。
僕が前を向いたら、吉川さんは両手の指をワキワキと動かしていた。
「ちょ、ちょっと、そ、その手が怖いんですけど・・・」
す、すごい危機感を感じるんだけど・・・。
そのワキワキが、僕に近づいてくる。
ひ、ひぃぃぃぃ!
その時だった。
ガラッ!
「おい。何をバタバタと騒いで・・・」
台所に本間君が顔を出してきた。
そして、声を掛けようとしたんだけど、途中で止まっていた。
「ほ、本間君!助けて!」
この時、僕には苦難から助けてくれる救世主が現れたように思えてしまった。
しかし本間君は、身体の向きをクルッと返ると、
「お、俺は見てない!関係無いからな!」
そんな事を言いながら、救世主は台所から走るように離れていってしまった。
・・・・・・救世主が、逃げた?
「は、薄情者~~~!!」
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今の僕は、服を剥ぎ取られて、ベッドの中に放り込まれていた。
「あ、あの~。ご飯の仕上げに行きたいんですけど~」
僕の言葉に、ベッドの横に座っていた吉川さんは笑顔で、
「駄目よ!」
一言で切って捨ててきた。
「で、でも、後は仕上げをするだけなんだから・・・」
少しでも食い下がろうとしたんだけど、
「仕上げだけだったら、広花ちゃんでも出来るわよね」
そう言われてしまったよ。
「で、でも~・・・」
「英奈ちゃん」
「は、はい!」
吉川さんの一言で、僕は思わず緊張してしまったよ。
「そんなに、一糸まとわぬ姿になりたいの?」
笑顔で、そんなとんでもない事を言い出してきたよ。
「い、いえいえ!とんでもないです!ここで大人しくしています!」
僕は布団の中で、全力で顔を左右に振り続けた。




