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霊器の想起  作者: 甘酒
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第25話

「いっ、いったぁ!」

 斜面を落ちてしまった僕は、途中にあった木々や石に、身体のあちこちをぶつけてしまった。

 それでも、刀を手放さなかったのは、運が良かったよ。

 身体は痛いが、防刃ベストや手甲のおかげで、殆ど、怪我をしていないと思う。

 念の為に、怪我をしていないか視線を向ける。

「ひゃっ!」

 迷彩柄のスカートが捲れていたのを見た瞬間、急いでスカートを押さえる。


 ・・・ううう。誰も見ていないのに、僕は何をやっているんだか。

 こんな時まで、吉川さんに叩き込まれた動きが出てしまうなんて・・・。

 それでも、思考を何とか現状に引き戻そうとする。


 あらためて、実際に怪我をしていないか視線を向けると、防刃ベストや手甲には、無数の擦り傷が出来ていた。

 これを身に着けていなかったら、この傷を負っていたんだね。

 それに、服やスカートも裂けていたけど、腕や脚には多少の擦り傷がある位だった。

 これ位なら、特に支障は無いだろう。


「さて、どうしようか?」

 出来れば皆の元に戻る為に登れればいいのだが、なかなか大変そうだ。

 それに、本間君や吉川さんなら、僕を捜索するよりも、目的地である一の郭に急行しようとしてくれるだろう。

 一の郭は、戦国時代に天守閣の代わりに使用されていた場所だ。

 今回、SOSを出したチームは、その一の郭にいるはずなのだ。


 とりあえず、立ち上がろうとした。

「痛っ!」

 左の足首から激痛が走った。

 左足を見る為に、ソックスを少し捲ると、足首が膨らんでいた。

 多分、落ちた時に、足を捻ってしまったのだろう。

「やっぱり、都合よく、軽傷とはいかなかったか~」


 これでは、この斜面を登るのは、キツそうだ。

 かと言って、仕事もしないで下山はしたくない。

「しょうがない。こっちに進むかな」

 そう言って、横に視線を向ける。

 そこには、木々が伸びている斜面が続いていた。

 しかし、この山城の構造を考えてみれば、曲輪くるわがあるはずである。

 ちなみに曲輪とは、斜面の土を掘り、人が居れるように整えられた広場である。

 そこまで行けば、一の郭に続く道も見つかるだろう。


「いたた・・・」

 僕は立ち上がり、痛む足に出来るだけ負担をかけないようにしながら、何とか歩き出した。


「よっと・・・」

 足を庇いながら、山道の斜面を横に進むのは、何気に大変だ。

 所々に草はあるし、木々も並列してあるわけではないから、微妙に登ったり、下りたりするのが負担に感じるよ。


 挫いた足を庇いながら、普段、歩かないような斜面を歩くのは、予想以上にキツイ。

 もう、かなり時間が経っているように感じるけど、そんなには経っていないんだろうな・・・。

 それでも、かなり疲れた。ホントに疲れた。

 汗が額を伝うから、それを拭う。

 少し休もうかなと言う考えが、頭を過ぎった時、木々の隙間から、動く姿が目に入った。


「・・・誰?」

 はじめ、SOSを要請していたチームの1人かと思ったけど、少し違うように思った。

 何故なら、その姿からは怪我をしているようにも見えなかったし、疲弊しているようにも見えなかったからだ。

 どちらかと言うと、のんびりしている様にすら見えるけど、遠くて詳細がよくわからない。

 いったい、何をしているんだろう?


 僕は少し警戒したが、いつまでも、此処で見ているだけというわけにもいかないから、意を決して、そちらに向かって歩き出した。


 識別が出来る程度に近づくと、どうやら男性のようだ。

 その容姿は、齢の頃は30代中頃、身長は170位で、腹部は張って小太りだ。

 筋肉は鍛えていないように見えるけど、その背筋は伸びて、姿勢は良い。

 ジーンズを締めているベルトには、日本刀を佩いていた。


 刀を佩いている男は、どうやら、井戸跡の横で何かをしているようだった。

 井戸の石垣には、スコップやバケツ等が置いてあった。


 御霊の発生している山で、武器を持っているし、やっぱり、こっちの関係者なのかな?

 そう思って、声をかけようとしたのだが、何かが心に引っかかってしまって、躊躇われてしまう。

 何だろう?僕は何に引っかかっているんだろう?

 そう思いながら、慎重に歩を進めていると、曲輪の端まで来ていた。


 その瞬間、その男は僕の方を向いてきた。

 その目は、いかにも不機嫌そうな眼差しをしていた。


「・・・あなたは誰ですか?」

 いきなりで、不躾な言い方をしてしまったが、あまりにも不穏な雰囲気を纏っているこの男に、気を許す気にはならなかったのだ。

 もしも、僕のこの勘が間違っていたのなら、後で謝る事になるだろうね。


 目の前にいる男は、僕の言葉には答えずにいた。

「・・・ふん」

 男は、鼻で笑いながら、懐に手を入れた。

 そして、懐から幾つかの木の板らしきモノを取り出した。

 その板には台座のような物と、屋根のような物がくっ付いていた。


「・・・位牌?」

 その男が持っていた物は、黒く塗っていないけど、位牌に見えた。

 僕の頭の中に、クエスチョンマークが浮かんだ時、その男は、持っている位牌を井戸に叩きつけた!

 叩きつけられた位牌は、2つに割れ、それを僕の方に投げつけてきた。

 その位牌の破片は、僕と男の中心あたりに、散らばるように落ちていった。


 なんだ?

 これに一体、どんな意味があるんだ?


 そう思ったのだが、そんな疑問はすぐに解けた。

 地面に散らばった破片からは、黒い煙が立ち昇ってきたのだ。

 その煙は徐々に増え始めて、やがてそれは、人の形を成していったのだ。


「え?」

 僕は、今の状況をうまく理解できなかった。

 黒い煙が立ち昇ったかと思ったら、それが人型に成るだなんて、誰が予想できる?

 その姿って、まさか御霊なの?

 しかも、位牌1つ1つから煙が出て、それぞれが御霊に成ったから、今その数は3体になっている。


 そして、音も無く、すーっと、僕を囲むように移動してきた。

 僕は予想外の事態に、反応が遅れてしまった。

 だって、位牌から御霊が出てくるなんて、予想できなかったよ。


 僕は囲まれないように、後ろに下がろうとしたが、

「っ!」

 足首に痛みが走り、足を止めてしまった。

 痛みを堪えている間に、御霊は僕の後ろに回り込まれてしまった。


 襲い掛かられても対処できるように、油断なく刀を構える。

 そうしながらも、男の方に視線を向けると、男はデイバッグを担ぎ、右手に持ったスコップを肩にかけ、左手でバケツを持っている所だった。

 そのまま、此方に目を向ける事もなく、悠然と歩きだしていた。

 このままだと、逃げられてしまう。

「待って!」

 僕はそう言うが、追いかける事は出来なかった。

 下手に動けば、その隙をつかれて斬りかかられてしまうかもしれない。

 だから悔しいが、男が山を下りていくのを、見ていく事しかできなかった。




 ・・・逃げられてしまった。

 だけど、悔しがっている暇は、今は無い。

 僕を囲っている3体の御霊が動かない以上、此方も下手に動く訳にはいかない。


 しかし、このままじっとしている訳にもいかない。

 だから、此方から動くしかないのかもしれない。

 ここは、覚悟を決めるか。


 僕は、刀を前方に構えたまま、姿勢を低くする。

 その瞬間、3体の御霊は同時に動き出した。

 姿勢を低くしたまま、片足を踏み出し、それと同時に重心を前に移動させる。

 それによって、3方向から振り下ろされる刀を避ける。

 そして、そのまま腰から、肩、腕へと身体を捻る事によって、突きを繰り出す!


 僕の突きによって、前方にいた御霊は胴の中心を貫かれる。

「くっ・・・」

 貫かれた御霊が霧散する事によって、また全身を恐怖に襲われたが、それと同時に足首からも激痛が襲ってきた。

 お陰で、怖ろしさで全身が膠着するのを、免れる事ができた。

 痛みでバランスが崩れるが、それを利用して転がり、前回り受け身の要領で姿勢を直す。


 振り返ると、そこに、僕に向かって刀を振りかぶっている姿が目に入る。

 振り下ろされた刀を、僕は自分の刀でそれを受け止める。

 重い!

 このままだと、押し負けてしまう。

 だから、御霊が刀を押し込むタイミングに合わせて、僕は刀を斜めに構えて、軌道を逸らすようにして、受け流す。

 御霊は刀を振り切って、そのまま地面に叩きつけていた。

 僕は、がら空きになった脇腹に向かって、刀を振りぬく。


 怖い!怖い!怖い!


 余りの怖さに、目に涙が溜まり、振りぬいた腕がカタカタと震えだす。

 身体の筋肉を固めて、震えを押さえつける。


「がはっ!」

 その瞬間、背中に激痛が走った。

 背中に受けた衝撃で、僕は地面に倒れる。

 まるで、鉄の棒で叩かれたかのように痛い。

 余りの痛さに、その場でのたうつ様に転がる。

 転がっている時、僕の横に御霊の立っているのが見えた。

 だから、位置を確認する前に、刀を自分の横になるように掲げる。

 そして、反対の手でそれを支えるようにして添える。


ガギン!


 刀を掲げた瞬間、衝撃を感じる。

「ぐっ!」

 御霊の刀が振り下ろされていた。

 何とか防いだが、背中が痛くて、上手く力が出せない。

 ギリギリと押されて、御霊の刃が、徐々に近づいてくる。


 僕は、何とか離そうとして、御霊のお腹を蹴りつける。

 しかし、僕の足は御霊の身体をすり抜けるだけだった。

 それでも、諦める事は死につながるから、何度も蹴るけど、全く効果が無かった。


 このままだと、殺されてしまう。

 何とかしなきゃ!何とかしなきゃ!何とかしなきゃ!


「やっ!このっ!離れて!離れて!」

 僕は暴れるように色々と動かすが、御霊のバランスを崩す事も出来なかった。

 刀が僕の首に近づく。

 もう、数センチも離れてもいない。


 死にたくない!死にたくない!


 僕はもう、蹴るだけではなく、柄を握っていない方の手を動かした。

 左手で殴る。けどすり抜ける。

 地面の土を掴んで、それをなげつける。それもすり抜ける。

 腰につけていた、予備の小太刀を抜き、それを突き刺す。


「・・・・・・・・・!」

 僕は、今まで感じていた死の恐怖とは別の恐怖を感じて、目を閉じてしまった。

 ・・・・・・・・・

 あれ?

 いつのまにか、刀の圧力が無くなっている?

 そっと目を開けると、御霊は刀を手放して、脇腹を押さえていた。


 よく分からないけど、今のうちだ!

 そう思って、痛みを堪えて立ち上がる。

 そして、足首の痛みを我慢しながら踏み込み、御霊に刀を振り下ろした。




__________




 僕は、井戸に近づく。

 そうすると、井戸のすぐ脇には、土を掘った跡があった。

 それは半径約1メートル、深さ50センチ位はあった。

 掘った跡に近づいてみると、その脇には、いくつかの木片が散らばっていた。


「何これ?」

 片膝をついて、その木片のうち、比較的大きい物を手にしてみると、それは彫刻で作られた腕の様だった。

 もう1つ持ってみると、それは錫杖か、矛のように見える。

「何これ?」

 僕はもう1回、同じ言葉を繰り返してしまった。



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