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霊器の想起  作者: 甘酒
24/74

第23話

「はぁ・・・、はぁ・・・、はぁ・・・」

 僕は今、暗闇の中にいた。

 それは、この身を漆黒に覆われるのを逃れる為に、このように隠れているのだ。

「んっ!」

 カタカタと手が震えるのを、反対の手を握るように、無理矢理に押さえつける。

 今の僕には、この災厄が無事に通り過ぎるのを、待つ事を祈るしか出来なかった。

 僕は目に涙が溜まりそうになったのを、無理矢理に我慢する。

 この状況を何とかしてくれる援軍は期待できない。


 本間君はまだ戻ってきていない。

 吉川さんは、もう・・・。


 そんな事を思っていると、足音が近づいてきた。

 僕は緊張に全身を強張らせた。

 しかし、見つからないように、気配を消し、過ぎ去るのを待った。


 自分の心臓の音が外に聞こえる訳がないのはわかっているが、それでも、心臓の音がドクンドクンと鳴っているのが煩く感じてしまう。

 そうしていると、足音が遠のいて行った。


「・・・ほっ!」

 足音が聞こえなくなって、やっと安堵の息を吐いた。

 さて、今のはやり過ごす事は出来たが、いつまでも、此処に隠れていられるわけはないし、どうしよう・・・。


 ここに隠れながら、色々考えていたら、また足音が近づいてきた。

 そんなに時間が経ってしまったの?

 僕はまた、バレないように気配を消す事に専念する。


 足音は立ち止まり、この部屋のドアが開けられる。

 ついに来た!!

 足音が近づいてくる。

 足音の一歩一歩につき、心臓が高鳴る音が大きくなる様な気がしてしまう。

 足音が止まった!

 僕の目の前だ!

 今は、布を覆って、見えないように偽装しているが、それでも緊張してしまう。

 ・・・どうする?

 気付かれていないよね?

 もし気付かれて、この布が剥ぎ取られたら、見つかってしまう。

 そうしたら、もはや逃げる事は出来なくなってしまう。

 どうしよう、どうしよう、どうしよう。

 良い手段が思い付かない!

 このままやられてしまうの?

 誰か助けて!



ガバッ!!



「ひっ!」

 布団を思いっきり剥ぎ取られて、僕は思わず悲鳴を上げそうになってしまった。

 そこには、布団を手にしている本間君の姿があった。

「お前なぁ~~~、何をしているんだよ?」

 そう言いながら、ベッドに隠れるように寝ていた僕に、本間君は呆れたような顔をしていた。

「な、何で本間君が此処にいるの?」

「何でって、帰ってきたからだよ。此処は俺の部屋なんだから、居ちゃ悪いか?」

 そう言って、答えてくれた。

 

 そうだ!こうしてはいられないんだった!

「本間君。お願い!悪いんだけど、このまま匿って!」

 僕は切羽詰まった表情でそう懇願してしまう。

 もはや、形振り構ってなどいられない!

「どうしたんだよ?何でそんなに焦っているんだよ?少しは落ち着け」

 そう言って、僕を落ちつかせようと両肩を掴んで揺らしているけど、落ち着いてなどいられないよ!

「焦るよ!このままだと私は・・・」




「ああ~~~!!本間さんが中山さんをベッドに押し倒している~~~!!」

「な、何ぃ!」

「あ、ああ・・・」

 部屋の前で、茶色いポニーテールを尻尾の様にゆらゆらと揺らしながら、山岸さんがそんな事を叫んでいた。

 その声に本間君が驚き、僕は見つかってしまった事に、上手く声を出す事が出来なくなってしまった。


「なんですって~!!」

 そんな声を上げながら、吉川さんが走ってくる足音が近づいていた。

 そして、髪をなびかせながら吉川さんが現れる。


 あ、ああ・・・。

 ついに吉川さんにまで、見つかってしまった・・・。


「見てください!本間さんが中山さんを押し倒しているんですよ!」

「違う!俺はそんな事はしていないぞ!」

 山岸さんの言葉に本間君は反論していた。

「しらばっくれないでください!どうせ、中山さんにいかがわしい事をしようとしていたんですよね?エロ同人誌みたいに!」

「なっ!?そんな事をする訳ないだろ!」

 本間君が慌てた声を上げていた。

「あんな事やこんな事みたいな、人に言えない様な事をしようとしていたんじゃないんですか?エロ同人誌みたいに!」

「だから、していないって言っているだろ~!」

 そのやりとりを聞いていた吉川さんが、半眼になりながら、

「本間君!若さに任せて、欲望に負けちゃダメよ!」

「人の話を聞け~~~!!」

 本間君は頭に血が上って、叫んでしまっていた。



 僕としては、3人のそんな話を聞いている余裕は無かった。

 吉川さんと山岸さんに見つかってしまった以上は、逃げられないかもしれない。

 そうしたら、着せ替え人形にされてしまう。

 あんな服や、こんな服といった、想像するだけでも恥ずかしい服を着させられるに決まっているんだ!

 そんな事を思ってしまったら、身体が震えてしまっていた。



「ほら見てみなさい!英奈ちゃんが震えているじゃないの!」

 吉川さんが何か同情したような目で、こちらを見つめていた。

「可哀相に!信頼していた本間さんに襲われて、怖かったんですね」

 山岸さんが訳のわからない事を言い出していた。

「なっ!?変な事を言うなよ!」


 山岸さんが手を伸ばしてきたから、僕は反射的に逃れようと、ベッドの反対側に行こうとしたんだけど、両手で腰を掴まれてしまった。

「ひっ!?」

 僕は身体を強張らせた瞬間、


ヒョイッと、


 まるで、重さを感じないヌイグルミの様に、僕の身体を持ち上げてしまった。

「え?」

 僕は信じられないモノを見たような気がしてしまった。

 そして、そのまま抱きしめられてしまった。

「そんなに怯えなくても大丈夫ですよ。もう襲われる事は無いですよ」

 山岸さんが優しくそう言ってきた。

「ほら!怯えて逃げ出そうとしていたじゃないの!」

 吉川さんがそう言っていた。

「俺は襲ってなんかいない!」

 本間君がそう主張していた。


「俺は襲っていないし、帰ってきたら、中山が布団の中に入っていただけだ!」

 本間君が、そう言って身の潔白を言っていた。

 その言葉に、吉川さんが答えていた。

「ふ~ん・・・。そう・・・。」

 吉川さんは、ワザとらしくそう言った後、

「なるほどねぇ~。本間君は、英奈ちゃんの体臭を布団に付けていた臭いフェチだったと言うの?」

「「え?」」

 僕と山岸さんが同時に本間君を見てしまった。

「ちょっと待て!何でそうなる?」

 僕が本間君の弁明をしようとした瞬間、山岸さんが僕の頭を抱える様に抱きしめてきた。

「わっぷ!?」

 たゆんたゆんに揺れている谷間に顔を埋めてしまった。

 柔らかくて気持ちいいんだけど、そんな事を思う余裕は無かった。

 だって、その柔らかいモノが顔と鼻を埋めてしまっているんだ。


 山岸さんを引き剥がそうと、両手を使って全力で押しても、全然ビクともしないよ。

 い、息が・・・。

 く、くるしい・・・。


・・・・・・・・・

・・・・・・・・・

・・・・・・・・・


「ぷはっ!!」

 やっと解放された。

 し、死ぬかと思った。

 ぜぇぜぇと息を整える。

 あまりに苦しくて、涙が浮いてきたよ。


 目に溜まった涙を拭っていたら、視界の端に本間君がいた。

 膝をつき、両手が床についていたのだ。

「俺はやってない・・・。やっていないんだ・・・」

 茫然と力なく、そんな事を呟いていた。


 ああ、僕が解放される前に、どうやら女性2人の集中『口撃』によって、撃沈してしまったらしい。

 僕は同情を禁じ得なかったよ。


「さっ!これでもう変な事は企まないと思うわよ」

 吉川さんが、仕事を果たしたかのような、すっきりとした笑顔を浮かべていた。

 違う、違いんです。

 それは誤解なんです。


 けど、そう言おうとしたけど、その前に、


ひょいっと、


 また持ち上げられてしまった。

「ひゃあ!」

 山岸さんがまた僕を持ち上げ、肩に担ぎあげてしまった。

「さっ!早く行きましょ!」

「えっ!?や、待って。降ろして!助けて!」

 僕の言葉に本間君は反応を示さなかった。

「大丈夫よ!直ぐにこの部屋から助け出してあげるからね」

 吉川さんが優しい笑顔を向けて、そう言った。

 違う!違うんだ!

 吉川さんと、僕を担いだ山岸さんは、そのまま本間君の部屋を出るのだった。

 そして、部屋の扉がゆっくりと閉まっていく。

「やっ、ま、待って!」


パタン!



_________________________________________




 それから、2人に拉致された僕は、部屋の中で着せ替えショーをさせられてしまった。

 何で、女の服って、こんなに種類があるんだ~~~!

 少女じゃないと、恥ずかしくなるような服を、何で着せたがるんだ~!

 ワンピースだけで、何でこんなに色んなデザインがあるんだ~!




 そして、今は永岡駅前の通りにいた。

 僕と、吉川さんと、山岸さんの3人で腕を組みながら歩いていた。




 ・・・と、知らない人達には見えるんだろうな~。

 着せ替えショーの後、最後に着ていた服で外に連れ出されてしまったのだ。

 今着ている服は、上から下まで黒色のワンピース。

 ・・・だったら、良かったんだけどね。


 それに加えて、上から下まで、全体をフリルとレースに覆われていたのだ。

 しかも、ご丁寧にヘッドドレスまで用意してあって、頭に載せた後、首の下にリボンを結んで固定している。

 それだけではなくて、首にはチョーカーまで付けているのだ。

 そう、分かったと思うが『恐怖の漆黒』、もとい、真っ黒なゴスロリの恰好をさせられているのだ。


 それで、逃げられないように、吉川さんは僕の右腕に腕を絡めて、関節を極めているのだ。

 何もしなければ何ともないけど、下手に動かしたら激痛が入る、絶妙な極め具合なのだった。

 しかも、山岸さんは僕の左腕に腕を絡めて、絶対に外せないように、ガッチリと押さえているのだ。


 こんな状態では逃げられないし、服装の、余りの恥ずかしさに顔が熱くなってしまう。

 だから、それを隠すように顔を下に向けてしまう。

「痛っ!」

 すると、腕に激痛が襲うのだ。

 だから、恥ずかしいのに顔を下げる事も出来ない。


 これって、なんて羞恥プレイなんだよ!

 誰か助けて・・・。


 恥ずかしさを誤魔化すように、何とか別の事を考えなくっちゃ!

「そ、そうだ。山岸さん。さっきは凄い力で私を持ち上げていたけど、あれって、何だったの?」

 一応、気になっていた事があったから、この機会に聞いておこう。

「ねぇ、英奈さん。同い年なんだから、姓じゃなくて、名前で呼んでよ」

 山岸さんがそんな事を言っていた。

「え?でも・・・」

 いきなり、そんな事を言ってきた。いや、いきなりではないな。

 着せ替えショーの最中に、段々と僕の事を、姓から名前に変わっていったんだよね。

「駄目かな?」

 山岸さんが上目使いで僕を見てくる。

「うっ、そのね・・・」

「駄目なの?」

 そ、そんな悲しそうな目で見ないで~。

「駄目?」

 そ、その目付きは反則だよ~。

「う、うん。わかった」

 僕の一言で、満面の笑顔になった。

「ほんと?やった~!」


 やっぱり女の子は笑った方が可愛いな!

 けど、思わず頷いちゃったけど、女の子を下の名前で呼ぶってのは、僕には難易度が高いんだよ。

 で、でも、これから頑張って呼ぼうかな。


「じゃあ、これからは広花ひろかちゃんって呼ぶね」

「うん!」

 広花ちゃんが嬉しさに、絡めた腕に力を込めた。


ギリギリギリギリ


「痛い痛い痛い!」

 余りに痛くて叫んでしまった。

「きゃっ!御免なさい!」

 そう言って、離してくれたよ。

「い、いいよ。大丈夫だから」

「そ、そうなの?」

「うん!」

 そう答えたら、広花ちゃんは、ほっとした顔をした。

「所で、さっき聞いた広花ちゃんの力についてなんだけど」

 そう言って、話を戻すと、

「あ、ええと、それはね。霊器を所有してから腕力をかなり増加しちゃったんだよね~」

 広花ちゃんが人差し指で頬を掻きながら、そう教えてくれた。

「ほら、英奈ちゃん。初めてうちに来た時に、私が言ったじゃない。霊器を持つと身体能力が増加する人もいるって」

 吉川さんがそう言って、補足してくれた。

「そう言えば、そう言っていましたね」

「ええ。山岸さんが、そういう例って事ね」

 なるほど。

「そうだったんですか」

「うん。そうゆう事なの」

 そう言って、広花ちゃんがまた腕に絡みついてきた。

「さて、これから何処に行こうかしら?」

 その言葉に、広花ちゃんが手を上げた。

「はいは~い!そこの喫茶店に行って、パフェが食べた~い!」

「いいわね!」

 2人がそう言ったけど、

「え?こ、この格好でお店に入るんですか?」

 僕のその発言に、

「「当然!」」

 と、2人の言葉がハモッていた。

「ちょ、ちょっと、それは恥ずかしいんだけど・・・」

「大丈夫よ。ただ慣れればいいのよ」

 そう言って、吉川さん達は同時に笑っていた。



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