第20話
永岡駅から、各駅停車の列車に乗って、約45分。
ようやく柏先駅に着いた。
僕は久々に柏先市に帰ってきた。
柏先駅から出てきた僕の服装は、フリルやレースがふんだんに使われている白いワンピースに、ピンク色のフレアースカートだった。
そう、僕が初めて女装した時に着た服装だった。
今日は、久々に家に帰省しに来たのだ。
「さて、行きますか!」
都市部と違って、こんな地方では、数週間や数か月では、町並みに変わり映えなどしないだろうが、久々に故郷を見て歩くのは、何か嬉しくなってくる。
僕は、柏先駅の前を真っ直ぐに伸びている通りに歩を進めた。
駅の前の通りに出ると、ホントに人通りが少ない。
今見えている人なんか、営業職らしきスーツの人が数人、後はお客待ちのタクシー運転手くらいしかいないよ。
都市部みたいに、人が溢れ返っている事なんか、祭りの時以外には、1度も無い。
そんな駅前通りを歩いていると、右手にある郵便局がある。それを通り過ぎ、暫くすると全国展開しているデパートがある。
「そうだな~。何を買おうかな~?」
そう言いながら、僕はデパートに入っていく。
店内に入ると、食料品売り場のある地下に行く為にエスカレーターに向かった。
デパートで買い物を済ませた僕は、買い物袋を両手に持って、数か月ぶりに自分の家の前に立っていた。
自分の家に帰ってきて、入るだけなんだけど、何だか緊張してしまうな。
「ふぅ・・・」
緊張を解すように、軽く深呼吸をすると、インターホンを押す。
ピンポーン!
「はぁ~い」
そんな声が聞こえると共に、バタバタと足音が近づいてきた。
ガチャッという音として、家の扉が開いた。
「どちら様ですか?」
そう言って、家から顔を出してきたのは母さんだった。
「母さん。ただいま!」
僕は満面の笑みでそう言った。
「え?・・・英樹?」
母さんは、本当は白髪がかなり広がっているが、それを白髪染めで染めているので、年齢よりは、まだかなり若々しく見える。
そんな母さんが、不意を突かれて、呆気にとられたような顔をしているのが、妙におかしい。
「母さん。ただいま」
呆気にとられている顔を、笑いそうになるのを堪えながら言ったら、やっと動きだしたようだ。
「え?何で・・・」
まだ混乱している様で、母さんはそんな事を言っている。
「うん。その辺の事も話すけど、とりあえず、家に入っていい?この荷物も重いしね」
そう言って、手に持っている買い物袋を持ち上げて見せる。
母さんはそれを見て、やっと慌てたように、
「あ、ああ、家に入って入って」
そう言って、家に促してくれた。
僕は家に入ると、直ぐに買ってきた物を冷蔵庫に放り込んだ。
そして、居間に入ると、そのまま座り込んだ。
母さんは、急須に茶葉を淹れて、湯呑みにお茶を入れてから、僕に出してくれた。
「あ、ありがとう!」
いつもは、吉川さんや本間君に対して、僕がお茶を淹れている事が多かったから、こうやって、他の人に入れてもらう事は凄く珍しいと言うか、新鮮な感じだ。
そして、考えてみたら実家に居た時は、こういう風にお茶を淹れてもらう事は、当たり前になっていたと思い出した。
母さんは、自分の分のお茶を置くと、僕の前に座った。
「それで、英樹は何で帰ってきたの?」
余程心配なのか、最初にそんな事を聞いてきた。
「何でって、休暇を貰ったから帰ってきただけだよ」
「それって、暇を貰ったって事なのかい?」
暇を貰うって、仕事を首になるって事だよね?
何故そうなる?
「違うわよ!何でそうなるの?」
僕はそう反論した。
そうしたら、母さんは凄く驚いた様な顔をした。
「英樹。やっぱり女言葉を使っているのを実際に見ると、違和感が無いわね?」
何と言うか、色々な感情が混じった様な、複雑な表情をしていた。
そう言われて、僕は苦笑してしまった。
「ああ、それを言われると、少し考えこみたくなるわね。でもまぁ、同僚の人が女言葉の方が問題が少なくなるって言っていたし、この喋り方も、凄く熱心に教え込んでくれたんだよね。だから、もうこの喋り方に慣れちゃったよ」
「そうなの?」
母さんがそう言うから続けて、
「うん。それと同じ理由で、服装もこんな感じばかりなの」
僕は苦笑しながら、母さんにそう教えた。
まさか、セクハラ紛いの扱いで、着替えさせられていたなんて、言わないでおくけどね。
「・・・そうなんだ」
母さんは、何ともいえない様な表情をしていた。
「もしかして、向こうに居るの辛いの?もしそうなら、無理しないで、家に帰っていいんだからね」
「心配しないでも大丈夫だよ。まぁ、少し大変だけど、辛いわけじゃないんだから」
僕の事を心配してくれる気持ちは嬉しいけど、戦闘の事は知らせてないのに、ちょっと心配症じゃないのかな。
そんな事を思いながらも、なんか嬉しくなって、顔は少しばかり綻んでしまった。
僕は話題を変えようと、永岡市で買ってきた買い物の入っているビニール袋を持ち上げる。
「そうだ!母さん。お土産を買ってきたんだよ!」
「そうなの?何を買ってきたの?」
僕の思惑通りに、母さんがそれに興味を持ってくれたから、それを、母さんに見えるように、ビニール袋から出す様に持ち上げる。
「じゃ~ん!母さんの好きな笹団子だよ~!」
笹団子とは、餡子をヨモギ餅で包み、3~4枚の笹の葉で覆った後、イグサの紐で結んで、蒸して作る、永岡市を中心に県内全域に広まっている伝統的なお菓子だ。
「わあ、ありがとう!お土産を買ってくるなんて、いったい何事なの?これは槍でも降るんじゃないの?」
「ヒドッ!折角買ってきたのに、そんな事言うんだ!」
母さんの軽口に、僕はワザとらしく、泣くフリをする。
「ふふ。ゴメンゴメン!」
母さんが、笑いながら謝ってくる。
「そんな事言うんだったら、母さんには、あげないよ~だ!」
僕がそんな事を言ったら、
「だから、ゴメンって!」
母さんは謝りながら、尚も笑っていた。
それから、僕と母さんは一緒になって、笹団子を食べる事にした。
イグサの紐をハサミで切り、笹の葉を1枚1枚剥くと、中からは濃い緑色をした団子が現れる。
「わぁ、美味しそう!」
母さんが嬉しそうに、顔を綻ばせる。
「じゃあ、食べよう!」
僕は、母さんの嬉しそうな顔に、思わず微笑んでしまう。
僕と母さんは、むき出しになった笹団子を、ほぼ同時にパクッと頬張る。
緑色した団子の中からは、つぶあんが顔を出す。
「ん~!!」
これぞ至福!って感じの顔で、母さんが笹団子を食べている。
しばらく、幸福な無言の時間が続いた。
笹団子を2~3個食べた。
「そういえば母さん。こっちの方では何かあったの?」
僕はふと思い出したように、そんな事を聞く。
「ん?特に変わった事は無かったよ。せいぜい、家の中が静かになった事くらいかな?」
「それって、私が騒がしかったと言いたいの?」
「さぁ、どうなんだろうね~?」
そう言って、ニヤニヤと笑ってくる。
僕は憮然とした顔をしてしまう。
「また~!そうやって人を使って楽しまないでよ~!」
「ふふふ」
それからは、お互いに他愛のない感じに、お互いの近況を話し合っていった。
そろそろ夕飯の準備をしなきゃいけない時間なので、僕は立ち上がって、台所に向かった。
「あ、夕飯は私が作るから、お前はゆっくりと座っていなよ」
母さんは、そんな事を言いながら、立ち上がろうとしていたので、僕は手でそれを制する。
「あ、母さんは休んでて!今日の夕飯は、私が作るから」
「え?でも・・・」
母さんは、申し訳なさそうな顔をしていたけど、
「いいから!いいから!」
僕は、いつものようにエプロンを着けながら返事をする。
「それじゃあ、お願いしようかな」
その声に答えるように、
「任せてよ!」
僕は台所に入ると、デパートで買って、冷蔵庫に入れておいた食材を取り出す。
「さ~てと、やりますか!」
僕は腕捲りしながら、気合を入れる。
買ってきた食材は、牛肉、焼き豆腐、春菊、しらたき、長ネギ、シイタケ、白菜と沢山ある。
僕は、それらの食材を切ろうと、母さん愛用の包丁を手に持つ。
《美味しいって、言ってくれるかな》
「え?・・・母さん、何か言った?」
僕は振り返って、居間にいる母さんに聞いてみた。
「何も言ってないよ~!」
そんな返事が母さんから返ってくる。
僕は、腑に落ちなかったけど、また包丁を持ち、まな板の前に立った。
そうしたら、また聞こえてきた。
《美味しいって、言ってくれるかな》
「え?また・・・」
僕は戸惑ってしまった。
《美味しいって、言ってくれるかな》
《ちゃんと、食べてくれるかな?》
《これで、食べ物の好き嫌いが治ってくれるかな?》
《温かい食べ物を沢山食べて、早く風邪が治ってくれないかな》
これは、母さんの記憶だ!
母さんの記憶が、この包丁に宿っているんだ。
母さんの包丁が、母さんの想いを長年受け続けて、それを宿したんだと思った。
最初、霊器の説明を受けた時は、実感を持てなかったけど、最近の、刀の想いを感じ取った時から、人の想いが物に宿るという事の意味を、実感するようになってきた。
「いつも、こんな事を思いながら、料理をしていたんだ」
僕は、思わず涙が零れ落ちてしまった。
何か最近、涙腺が緩くなってきた様な気がするけど、どうしたんだろう。
僕は、袖で涙を拭って、料理を再開する。
焼き豆腐は2センチ位の大きさに切り、春菊は5センチ位に切る。しらたきは下ゆでした後、食べやすい長さに切る。シイタケは茎を切り落とす。それで、白菜はざく切りにする。
そして、牛肉は普段は買わないような、お高いヤツ!
もう分かったかもしれないけど、今日の夕飯は、すき焼きにしたのだ。
すき焼き鍋に、牛脂を置き、それが溶けてきたあたりで、牛肉を焼く。
肉に火が通ったら、ザラメとすき焼きのタレをかける。
その後、白菜やネギといった野菜類を入れていき、火が通るまで、煮ていく。
それから、煮えるのを待っていたら、グツグツという音が聞こえてきた。
あまり煮詰めると味が濃くなり過ぎるから、この辺で火を止める。
台所にあるテーブルに鍋敷きを置き、その上にすき焼き鍋を持って来て、置く。
「母さん。夕飯出来たよ~!」
僕は、居間まで行き、のんびりとテレビを見ていた母さんに声をかけた。
「うん!わかったよ!」
そう言って、立ち上がって台所に歩いてきた。
「へえ、すき焼きを作ったんだ!」
母さんが驚いた声をあげる。
「うん!この為に、思い切って、お肉を奮発したんだから、ありがたく食べてね」
僕が笑顔で軽口を言うと、
「はいはい。アリガトね。」
「そんだけ?かなり奮発したのにそんだけ?」
僕がそう言うと、母さんは楽しそうに笑うのだった。
僕は頬を膨らませるのだが、母さんは気にした様子もなく、
「それじゃあ、いただきましょうかね」
「う~~~」
僕は唸ってしまった。
それから、僕と母さんは、一緒に夕飯を食べた。
お高かった牛肉は、やっぱり美味しかったし、母さんとの夕飯は凄く楽しかった。
母さんも終始笑顔だったから、楽しかったんだろう。
また休暇の時は、家に戻って、こんな風に過ごそうかな。




