第16話
私達は今、お城から抜け出して、お城の裏山を歩いていた。
現在、私達は、奥方様と和子様、そしてお二人のお世話をするお側付きの方々。後は護衛の任についている私達。
そんな少ない人数である。
何でそんな少ない人数で、こんな山奥を歩いているのかには、訳がある
お館様が治めていた領地は、他の周囲から領地を護る為に、同盟を結んでいたのだが、それが意味を為さなかったのだ。
その結果、領地を襲撃された上に、同盟を結んでいた所からは一切援護が来なかったのだ。
だから、お館様は奥方様と和子様を逃がす為に、私達護衛を付けて、お城の裏山を歩いているのだ。
そんなわけで、奥方様を御生家に送り届ける為に、私達が選ばれ、一緒に山を進んでいるのだ。
急遽決まった為に、人選も、装備も納得のいくものではないが、仕方ない。
私の持っている長巻も、そんな装備の1つなのだ。
これは、元々が長巻ではない。戦の最中に、刃の折れてしまった長巻と、柄の壊れてしまった刀を合わせた、間に合わせで用意させた物なのだ。
これは、他の護衛の人達も、私と大差ないような武器なのだ。
そして、私の隣に立っているお藤ちゃんも、護衛に急遽選ばれた1人だ。
「大丈夫なのかな?」
お藤ちゃんは、不安からか、私にそんな事を聞いてきた。
「きっと大丈夫よ。追手に捕まる前に山を越えられれば、何とかなるわ」
でも私は、お藤ちゃんにそう答える事しか出来なかった。
それでも、奥方様や和子様の他にも、お藤ちゃんみたいな子も守りたいな。
ううん!守らなきゃね!
しかし、私を含め、山道を歩くのを慣れているものは少ない。
そんな状態で、不満が出ないわけは無かった。
「何で私達がこんな獣道を歩かなければならないのかしら・・・」
奥方様のお側付きの、年配の方が、そんな事を言い出した。
確か、お菊さまと言ったかな?
「お菊さま。大変なのは皆も同じなのですから、我慢してくださいませんか?」
他のお側付きの一人が、文句を言っていた人を諌めていた。
しかし、その程度では、功を奏さなかったようで、
「そうは言うが、こんな山道など、それに慣れている者に歩かせれば良いではないですか」
そんな事を言い出していた。
この人は、もしも残っていたらどうなるか、考えないのだろうか?
お側付き2人が言い合っていたが、奥方様がそれを仲裁されていた。
「お菊。不満があるのは分かりましたが、今はそのような事を言っている時間は無いのです。申し訳ないのですが、暫くは我慢してください」
奥方様にそこまで言われては、これ以上文句は言えない。
お側付きの人は、流石にそれ以上は頷くしかなかった。
「はい。・・・分かりました」
これで、また再開できると思ったのだが、
「見て!・・・お城が!」
私と一緒に歩いていた、お藤ちゃんが叫んでいた。
私達も叫び声に反応してお城の方に顔を向けた。
その視線の先には、先程まで私達が一緒に居たお城から火の手が上がっていた。
この場に居る皆から、悲嘆の声が上がっている。
でも、この場にいつまでも居るわけにはいかない。
「皆さん。落ち着いてください。そして、早くこの場を離れましょう!」
お城が落ちたのだとしたら、直ぐにでも追手が差し向けられるかもしれないからだ。
「そうです!いつまでも此処に居ては追手に見つかってしまいます。皆立ちなさい!」
奥方様はすぐに立ち直り、皆を叱咤激励していた。
それを聞いた皆は、まだ立ち直れてはいないようだが、ノロノロと動き出した。
そして、また私達は山道を歩きだした。
それから、一刻ほど過ぎた頃にそれが起こった。
「いたぞ!逃がすな!」
ついに敵の追手に見つかってしまった。
私達は、木々の間を縫うようにして、山道を進んでいた。
「皆さん!急いでください!見つかってしまいましたが、木々が邪魔になって、追手はすぐには追い付けませんから!」
護衛役の頭であるお富さまが、そう言って、他の人を急き立てる。
しかし、護衛役である私達は、もう追い付かれると分かっているが、あえて言わないでいた。
走ったり動いたりする事に、あまり慣れていない人達が、山道を歩き続けているのだ。
これ以上、早く走るのはおろか、現在の速さで進むのも、困難だと思う。
木々が追手の進みを遅らせているとはいえど、それは此方にとっても同じ事なのだ。
木々が邪魔だとはいえ、やっぱり追手は兵である。
女子供である私達よりも、山道を進む足が速く、徐々に追い付かれてきた。
私達は、そろそろ戦う事を覚悟しだした頃、
ヒュン
そんな音が聞こえたと同時に、近くの木に矢が刺さった。
「ひっ!?」
同行しているお側付きの1人が、悲鳴をあげる。
その悲鳴と合わせたかのように、何本もの矢が飛んでくる。
私達はそれらの矢を叩き落とす。
その隙に、かなり距離を縮められてしまった。
もう、逃げる事は出来ない程に近づかれたので、私達は戦う事にした。
「御付きの人は、奥方様と和子様を守れ!護衛は追手を近づかせない様にせよ!」
頭であるお富さまが、そう指示を出す。
「やぁぁぁ!」
私は雄叫びを上げながら、長さを利用して長巻を振り回す。
追手の兵は、その刃を何とか躱す。
追手の手にしているのは、刀である。だから、此方が攻撃できる間合いでも、相手にとっては、まだ攻撃が届かない間合いなのだ。
そして、私の思う事はただ一つ!
守らなきゃ!
だからこそ、私は攻撃の手を止める事が出来ない。
だって、こんな木々ばかりの所で攻撃の手を止めたら、今度は逆に、長巻の長さが邪魔になって、刀の攻撃を防ぐ事が出来なくなってしまうもの。
そんな風に考えながら攻撃を繰り返していると、周りから悲鳴が聞こえてくる。
「きゃあ!」
思わず其方を見てしまった。
「お藤ちゃん!」
見えた先には、何本も矢が刺さっているお藤ちゃんの姿だった。
「お藤ちゃん!」
私はお藤ちゃんの元に走り出した。
そんな私の前で、お藤ちゃんがグラリと倒れこむ。
倒れたお藤ちゃんに、私は駆け寄った。
そして、戦闘中にも関わらず、その身体を抱き起こす。
しかし、お藤ちゃんはもう、息をしていなかった。
守りたいって思ったのに・・・
守らなきゃって思っていたのに・・・
私の目からは涙が零れ落ちた。
涙が止まらなかった。
ザシュッ!
そんな音が聞こえてきたと思った瞬間、私の胸から刃が生えていた。
「え?」
私はそんな声を出すと同時に、口から血を吐きだした。
そうすると、胸から出ていた刃が、胸に戻っていった。
敵兵が私の背中から、刀を突きたて、そのまま、抜いたんだ。
そして、刀を抜かれた私は、身体に力が入らず、そのまま倒れこんでしまった。
「はっ・・・はっ・・・はっ」
身体に力が入らない。
起き上がる事が出来ない。
出来る事といったら、目を動かして周りを見る事くらいしか出来なかった。
その視界には、私が見たくなかった光景が広がっていた。
つまり、追手の兵によって、護衛の皆やお側付きの方々が、次々と討ち取られる光景だった。
やめて!
やめて!
皆を助けなきゃ!
皆を守らなきゃ!
お願い!誰か助けて!
守る為に動かなきゃ!
立ち上がらなきゃ!
助けたいの!
守りたいの!
私の思いとは裏腹に、私の身体は動いてはくれなかった。
なんで?
動いて!動いてよ!
私の慟哭にも似た思いは、声にすら出せなかった。
「あ・・・、あ・・・、あ・・・」
そして、もっとも見たくなかった光景まで見る事になってしまった。
和子様が奥方様を守るように、前に立ち、応戦しようとしたけど、兵の槍によって刺し貫かれてしまった。
そして奥方様は、刺された和子様に近寄ろうとした所を、別の兵の槍によって、刺し貫かれてしまった。
そのまま、奥方様は和子様に重なる様に、倒れていった。
助けなきゃって思っていたのに!
守らなきゃって思っていたのに!
そんな惨劇を嘆きながら、私の意識は消えていった。
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僕の目の前には、女の子が座っていた。
座っていた女の子は、肩を落としていた。
その姿は、とても悲しんでいた。
僕には、そんな姿の人に、かける言葉が思い付かなかった。
多分、さっき見えた光景は彼女の過去なんだろうと思う。
おそらく、戦国時代にあった出来事なんだろう。
そんな時代を生きた人の悲しみが、現代を生きている僕達に理解できるとは言えなかった。
だから、尚更の事、どう言って彼女を慰めてあげればいいのか、全く思いつけなかったのだ。
そうして、僕は立ち尽くす事しか出来なかった。
「・・・助けたかったの」
女の子は、やっとの思いで、そう言ったようだった。
「・・・うん」
僕は、やっとの事でそう答える。
「・・・守りたかったの」
「・・・うん」
「守りたかったの。それなのに、私は皆を守る事が出来なかったの」
女の子は、俯いたまま、震えていた。
俯き、震えながら、涙を流していた。
その姿に僕は息を飲んだ。
その涙は赤かった。
血の涙を流していたのだ。
「あんなに大人しかったお藤ちゃんは、あんな死に方をする娘じゃなかったわ。あんなに頼ってくれたのに、それなのに、私は守ってあげる事が出来なかった・・・」
「・・・うん」
「和子様は、あんなに一生懸命に頑張って、真っ直ぐに成長していたのに・・・。そして、あんなに懐いてくださったのに・・・、私は守ってあげる事が出来なかった」
「・・・うん」
「奥方様は、あんなに優しい上に、聡明な方だったわ。その上、私達にまで気を使われて、あんな良い方が、あんな終わり方をする様な方ではなかったわ・・・」
「・・・うん」
その女の子は、ゆっくりと顔を上に向けた。
涙に濡れていたその顔を見て、僕は驚き、また息を飲んでしまった。
だって、その顔は僕とそっくり瓜二つだったのだから。
ううん。もっと正確に言うと、今現在の、少女としての中山英奈の顔に瓜二つだったのだ。
「私は、皆を守りたかったのに、どんな手を使っても守りたかったのに・・・」
僕は、その言葉を遮るように、女の子を包み込む様に抱きしめた。
僕には、返事を返すだけではいられなかった。
「うん。大切な人を守りたかったのに、守れなかったんだね」
実際には、女の子の思いは分かってやれないのだろう。
しかし、それでも、例え偽善だったとしても、この子をそのままにはしていたくはないと思った。
「・・・何で?」
「うん?」
「何で、そんな事を言えるの?」
女の子がそんな事を問うてきた。
「何でと言われてもね・・・」
僕は頬をかきながら、返答に窮した。
「もう分かっているんでしょ?貴方がその姿になったのは、私が原因だって」
僕は頷いた。
「うん。君のその姿を見た時、そんな気はしていたよ」
僕の腕の中で、女の子は顔を上げた。
「だったら何で?」
僕は首を傾けた。
「何でと言われても、泣いている女の子がいたら、慰めるものじゃないのかな?」
女の子は驚いた顔をした。
「何よ!私は貴方の身体を乗っ取ろうとしていたのよ。それなのに、何でそんな事が言えるのよ。」
女の子は僕の服を掴んできた。
「でも、出来なかったよね。ううん。もしかして、しなかったんじゃないのかな?」
実際に、本当に乗っ取るつもりなら、とっくに乗っ取られているんじゃないのかなと思うしね?
「私は、乗っ取る為に貴方の姿を変えたのよ!貴方の生活を無茶苦茶にしたのよ!」
更にそんな事を言ってきたけど、
「う、うん。お陰で色々な目には遭ったかな」
僕は、女体化してからの、女性の仕草・マナーやら、セクハラやら、様々な経験を思い出して、冷や汗を流した。
「私のせいで、貴方は友人を無くしてしまったのよ!」
そんな事まで言ってきた。
「確かに友達との交友は無くなってしまったけど、君みたいに死に別れになったわけじゃないよ」
そもそも、交友が無くなったのは、僕に勇気が無かったせいでもあるしね。
そう考えれば、この娘みたいに、大切な人を亡くしたわけじゃないのに、心が荒むなんて、僕はなんて未熟なんだろうな。
「さらに言うなら、君のお陰で、吉川さんや本間君とは出会えたんだよ」
「・・・・・・」
女の子は言葉を続けられなかった。
女の子はようやく話し始めた。
「私は色んな人達を守りたかったの。でも、同じような考えの人は居なかったわ・・・」
僕は、その言葉を静かに聞いていた。
「だから私は、私の思うように、人を守る事が出来るようにしようと思っていたのに・・・、貴方は・・・、自分の事よりも、他人を守る事を大事に思うなんて・・・」
女の子が言う程、高尚な考えで行動しているんじゃないだけどね。
「貴方の身体を乗っ取ろうとしたのに、いざやろうとすると、何もかもが奥方様や和子様や、皆の姿に見えてしまって・・・、私はどうすれば・・・」
そこで、また言葉が詰まってしまったのだろう。
僕は、女の子の頭を優しく撫でた。
「泣いていいよ。泣いて、少しでも立ち直る切っ掛けになるなら、僕は手伝うよ」
そう言ったら、女の子は僕の胸に顔を埋めてきた。
「うっ・・・うっ・・・ひくっ・・・ひくっ・・・」
そのまま、震えながら、咽び泣いていた。
ふと見ると、血涙だった涙は、透明な涙に変わっていた。




