第14話
ゲームセンターに行った翌日、僕達は出撃していた。
廃校になった学校に御霊が出現したらしい。
第2次世界大戦の当時、永岡市は軍事基地など無かったのに、連合艦隊司令長官の出身地だったという理由だけで、空襲を受けたのだ。
廃校になったこの場所も、そんな理由で空襲を受けた場所の1つだった。
現場に向かう自動車の中で、僕は座っていた。
僕達は、そこに行って、また御霊と戦う。
戦うから、命懸けになるだろうけど、そんなのは当たり前の事だし、覚悟の上だ。
その戦いで、もしもの事があったとしても、それは、僕の実力が足りなかっただけだし、それだけの事だ。
どうせ、僕に何か起こったとしても、僕自身の過去とは、もう決別してあったようなモノだし、悲しむような友人は居なくなってしまったのだから、問題無いよ。
「英奈ちゃん。大丈夫?」
吉川さんが自動車を運転しながら、心配そうな顔をしている。
「大丈夫です。問題無いですよ」
僕は、そう答えた。
「本当に大丈夫か?大変なら、休んでいいんだから、無理するんじゃないぞ。」
本間君も、そんな事を言ってきた。
「大丈夫だよ。無理なんかしていないよ」
本間君にも、そう答えた。
僕は、ちゃんと答えたのに、2人は何か納得していないような顔をしていた。
2人のそんな態度が、正直、何か鬱陶しい!
だから、これ以上会話をしなくてもいいように、刀を抱き抱える様にしながら、目を閉じる。
そうしたら、2人からは話し掛けられる事が無くなったけど、沈黙した空気が重く感じられた。
ホントに鬱陶しい!!
そんな沈黙の中、しばらくすると自動車が停まった。
どうやら、現場に着いたのだろう。
だから、僕は目を開き、自動車を降りる。
そこは、事前に話に聞いていたように、閉鎖されて、何年も経っているような、古びた木造の学校だった。
日が暮れそうな夕方の、人が居ない木造の学校は、気味が悪い。
まるで幽霊が出るような気がするけど、そんな事は気にしても、仕方がない。
何せ、この学校の広い校庭には、本物の幽霊が沢山いるのだから。
まあ、幽霊と言うより、御霊なんだけど、同じようなモノだよね。
その御霊たちを見てみると、ほんの数人は、1メートル位の棒状の物を持っていた。
それ以外の多数は、これといって、武器を持っているようには見えないし、それ以外の武装をしているようにも見えなかった。
そして、それらの影たちは、頭に座布団のようなモノをかぶっていた。
「どうやら今回は、戦争時の避難者たちのようだな」
何時の間にか、本間君が隣に来ており、そんな事を言ってきた。
多分、そうなのだろう。
ただ、そんな事は聞いていないのにな。
「余計な事はいいから、早く仕事を片付けましょう!」
僕はそう言って、刀を抜き、御霊に向かって進み出た。
「待て!中山、勝手に進み出るな!」
本間君が何か言っているけど、そんなのは無視する。
「くそ!何なんだよ!」
そんな事をぼやきながら、本間君が走ってくるのが感じられた。
僕が近づいてくるのにやっと気付いた御霊は、持っている棒を、僕に向けてきた。
その瞬間、棒の先端から、何かが飛び出してきた。
「!?」
予想していなかった事態に、僕は足を止めただけでなく、動きも止まってしまった。
飛んできた物が“当たる!”と思った瞬間、
ヒュン!!
という音と共に、目の前を棒状のものが飛び出してきて、ソレを弾いた。
「大丈夫か?」
本間君がそう聞いてきた。
どうやら、さっきのは本間君が槍を突き出して、弾いてくれたのだろう。
「助かった。アリガト」
僕は顔を御霊に向けたまま、そう言った。
本間君も、御霊に顔を向けたまま、僕の隣に立った。
「中山。お前どうしたんだよ。おかしいぞ」
そんな事を聞いてきたから、僕は素っ気なく、
「何でもないよ。それよりも、戦闘に集中した方がいいよ」
と言った。
本間君は、まだ何かを言おうとしたようだけど、思い直したのか、口を噤んだ。
・・・やっと、静かになったよ。
だから、これで遠慮無く、戦闘に集中できる。
さっきの御霊の攻撃からして、おそらくは、銃剣を持っている軍人なのだろう。
そして、その他の多数の御霊は、防空壕か何かに避難していた人々なのかもしれない。
・・・・・・・・・だから何?
僕の仕事は、そいつ等を斬る事なんだよ。
僕は、軍人に対して、斜めに走り出した。
今回は摺り足で移動していたら、銃弾の的になるし、早く走って照準をつけさせない為に、普通の走り方にした。
斜めに走ったあと、方向転換して、逆向きの斜めに走る。
そんな事を繰り返しながら走っていたからか、御霊は僕に向けて、銃弾を発射するが、全て外れた。
《守らなきゃ》
「とっとと斬らなきゃ!」
もう少しだ。
もう少しで刀の間合いに届く。
ビ~ン!
弦の鳴る音が、廃校舎全体に響く。
それと共に、御霊の姿に揺れ動く。
吉川さんが、鳴弦ノ儀を使ったのだろう。
軍人の御霊が、また撃ってきた。
しかし、御霊の撃ってきた銃弾は、鳴弦の鳴り響く中、振らめいて、僕に届く前に消滅した。
御霊本体はともかく、銃弾程度は、1鳴で消滅させる事が出来るらしい。
凄い!
流石は、吉川さんだよ。
対して、僕には何も無い!
僕は、本間君の様に、銃弾を迎撃出来るような実力は無い。
僕は、吉川さんの様に、特別な力は無い。
僕は、戸籍改ざんで、今まで所得した資格や経歴は無効になった。
僕は、今までの友達との繋がりを無くしてしまった
昨日の、ゲームセンターでの一件で、それが分かってしまった。
いや、本当は分かっていた。
分かっていたけど、それを考えない様にしていたんだ。
女性になってから、加藤や三井田に連絡しようとしたけど、出来なかった。
どう言えば、信じてくれるか分からなかったし、何か恥ずかしかった。
その後、2人からの連絡も出なかった。
携帯のメールでのやり取りだけはしていた。
そんな状態で、繋がりを保つ事なんか出来ないのに、考えない様にしていたんだ。
目に涙が溜まって、視界が歪む。
もう、僕には何も無いのに、今更、泣くなんておかしい。
《守らなきゃ》
「倒さなきゃ!」
今は、涙を拭う余裕は無いから、僕は涙で歪んだ視界のまま、御霊に向かって刀を振り下ろす。
御霊は、元は軍人だっただけあって、僕の一撃を避ける。
そして、刀を振り下ろした僕に、銃剣を突き刺してきた。
僕は、肘を軸にして、左腕を回転させ、手甲で銃剣の腹を叩く。
それと同時に、右腕を引く。
銃剣を叩かれ、バランスを崩した御霊に向かって、右手に持っていた刀を突き刺す。
腹部を刺された御霊は、霧が散るかのように、そして、僕の顔を覆うように、霧散していった。
そうすると、何時ものように、恐怖が僕の全身を襲うと思っていた。
だが、違った。
恐怖が襲うというのは同じだけど、それだけでは無かった。
今までと違い、たった1度なのに、全身に力が入らなくなり、ガクガクと足が震えたかと思った瞬間、その場にしゃがみこんでしまった。
そして、今までに起こった過去の出来事が、走馬灯の様に思い起こされた。
幼い頃、優しくしてくれた祖父母が亡くなってしまった時の事。
仲の良かった幼馴染が引っ越して、もう会えなくなってしまった時の事。
友達と喧嘩別れして、それ以来、疎遠になってしまった時の事。
気になった子に告白して、振られてしまった時の事。
伯父さんが交通事故で亡くなってしまった時の事。
etc. etc. etc.
それらの事を思い出すと共に、その当時に感じていた、悲哀、苦痛、苦悶、驚愕、恐怖、動揺、喪失、などといった感情が蘇ってきた。
しかも、それらは過去の出来事としてでは無かった。
それら全ての感情が、今現在、起こっていた当時の苦しみを伴って、僕の心を覆っていってしまう。
僕の涙の溜まっていた目からは、涙が止まらずに流れ続けた。
もう、自分を取り繕う余裕なんて無かった。
もうやだ!
こんなの思い出したくないよ!
こんな苦しみを何で受けなきゃならないんだ!
こんなのって無いよ!
もう嫌だよ!
僕は殆ど無意識で、刀を自分の喉元に押し当てようとしていた。
その時、僕の視界の端に、本間君が戦っているのが見えた。
「あ・・・ああ・・・あああ」
本間君は軍人の御霊を倒し終え、座布団を被っているような姿の御霊を攻撃し始めていた。
「奥方様が!」
__________________________
私達は、奥方様や和子様を連れて、お城を抜け出していた。
私達がお城を抜け出して、裏山を越えようとしていた時、追手に見つかってしまった。
山道の木々によって、追手の兵は思うように、私達に追いつく事が出来ないようだったけど、それは私達にとっても同じ事だった。
普段、歩いた事の無い山道。
しかも、奥方様や和子様、それに御付きの方達といった、お屋敷から殆ど出た事もない方達も一緒にいる。
そういう方々と一緒に逃げているのだ。
追手のほぼ全員が、武装した兵。
対して、逃げる私達は少数の上、武装している者は少ない。
追い付かれたら、どうなるかは、分かりきっている。
それでも、私達は一生懸命応戦した。しかし、
ある者は矢に射ぬかれ、
ある者は槍に刺し貫かれ、
ある者は刀に斬り捨てられた。
私も、死に物狂いで長巻を振るって頑張った。
しかし、それでも力及ばずに、斬り捨てられ、地に伏す事になった。
全身を血に塗れながら、朦朧とする意識の中で、見てしまった。
あんなに守ろうと誓った奥方様と和子様が、私の目の前で、槍に貫かれる瞬間を!
「あ・・・ああ・・・あああ」
それが、私の最後に見た光景だった。
____________________
「あ・・・ああ・・・あああ」
奥方様が、本間君の槍に刺し貫かれる。
「奥方様が!」
その後も、本間君は近くにいた奥方様や和子様がたを、次々と刺し貫いて行った。
「止めて。・・・止めて。・・・奥方様や和子様が死んじゃう!」
私は、足が竦んで立ち上がれなかった。
だから、そう声に出す事しか出来なかった。
「いや。・・・いや。・・・止めて!」
だけど、そんな私の声は、本間君には届いていないかのようだった。
そして、最後の奥方様が、本間君の槍に刺し貫かれて、霧散する様を見てしまった。
「いや。・・・いや!・・・いや~!!」
私は、そこで意識を手放した。




