第12話
「ふぅ・・・、ふぅ・・・、ふぅ・・・」
僕は鼻で息を行ない、呼吸を整えていく。
その間にも、僕は両手で木刀を持ち、木刀を前に出すように構える。
いわゆる青眼の構えだ。
今日は、本間君と戦闘用の訓練を行なう為に、永岡市の市営運動場に来ていた。
やっぱり僕は、座禅したり、瞑想したりするよりは、こうやって動いた方が好きだな。
戦闘用の訓練という事で、実戦を想定して、戦闘時の服装をして、日本刀の代わりに木刀を持ち、小太刀サイズの木刀を腰に差していた。
対する本間君も戦闘時の服装に6尺棒を持っていた。
6尺棒とは、その名前の通り、約180センチメートルの棒だ。
日本の古武術や、中国拳法では棒術として、そのまま武器にしたりしている。
その6尺棒の先端に白い布を巻きつけ、その布部分を刃として扱っていた。
その本間君も僕の前で、槍を模した棒を、僕に向けて構えている。
「ふぅ・・・、ふぅ・・・、ふぅ・・・」
本間君の方も、鼻で息を整えていた。
本間君は息を整えていながらも、僕に向けた槍先は、微塵も揺らさないでいた。
長い棒を持ち続けていると、微妙に揺れるものだけど、さっきから戦闘行動をしているのに、一切揺れていないのである。
これだけで、凄く修行していた事が分かってしまう。
息が整ってきたので、また本間君に仕掛けようと思った。
姿勢を崩さず、かつ、不意を突かれないように、数ミリずつ足を擦りながら、間合いを詰めていく。
間合いの長い槍を持っていた本間君の方が、先に仕掛けてきた。
本間君は予備動作を殆ど感じさせず、いきなり槍が襲ってきた。
僕は後ろに動き、間合いから逃れる事で躱す。
僕は今度は、左右に移動しながら、様子を見る事にした。
そうしたら、僕の動きに合わせて槍が僕の方に向いてくる。
どっちに移動しようが、槍は僕の正面からずれてはくれなかった。
仕方ないから、また行くしかないか。
だから、さっきの様にまたジリジリと間合いを詰める事にした。
そうしたら、また槍が一直線に襲ってきた。
僕は左足を右足の後ろに下がらせる事で半身になり、槍を躱す。
次の瞬間、槍が引き戻される。
ほぼ同じ瞬間、新たに槍が迫ってくる。
それに合わせて、木刀で槍の横を叩いて、軌道を逸らす。
それと同時に、左足を一歩踏み出す。
もう一歩踏み出せば、攻撃の届く間合いに入るから、右足を出そうとした瞬間、木刀に感じていた圧力が消えた。
直感的に、踏み出そうとしていた右足を、逆に後ろの方に廻して、身体をクルリと回転させる。
本間君は、槍の後ろ側を握っていた腕を下に突き出す事によって、槍を回転させたのだ。
さっきまで僕のいた場所に、槍が下から振り上がってきた。
回転して間合いに入った僕は、その勢いのまま、木刀を横薙ぎに振るう。
本間君は、縦向きだった槍の回転方向を横向きに変え、僕の木刀を弾く。
その後、槍をまるでバトンの様に回転させるので、それを避ける為に柔道の前回り受け身の要領で転がり、起き上がり様に木刀を後ろに振るう。
カン!という音が響く。
振り向くと、本間君が槍を引っ込める姿が見えた。
その姿を見ながら、青眼の構えを取る。
また、この状態だ!
さっきから、何度も攻撃を繰り返しても、今みたいに攻め切れないでいる。
元々、間合いの長い槍の方が有利な上に、槍の突き刺す動きは、読みづらいのだ。
その槍を掻い潜って、間合いに入るのが一苦労なんだよな。
(だから、試しに新しいやり方をやってみようかな)
僕は青眼の構えのまま、息を整え、心を落ち着かせようとする。
意識を集中し、本間君の全体を視界に捉え、あらゆる動きを見逃さないようにし、耳を澄まして、例え針が落ちた様な音も聞き逃さない様にし、微妙な空気の動きも感知出来る様に、自分の肌の感覚も鋭敏にする。
そうして、間合いに入ってくる気配を読む事に、意識を集中する事にした。
そして、ほんの少し、僅か数センチずつ、摺り足で前に進む。
本間君の槍が襲い掛かってきた。
間合いに入ってきた槍を、僕は木刀で弾く。
そして、また青眼の構えに戻しながら、摺り足を進める。
本間君は槍を引き戻し、一瞬の間をおかずに、また槍を突き出した。
僕は間合いに入ってきた攻撃を、最小限の動きで弾く。
その後も、僕は間合いに入ってきた攻撃を弾き続ける。
「くっ・・・」
本間君は、少し後ろに下がり、槍の間合いを保とうとしている。
僕は攻撃する事はせず、ただ歩を進める。
そう、僕は間合いに入ってくるモノを迎撃する事に専念しているのである。
その上で、歩を進める事で、本間君自身を間合いに入れようとしているのだ。
その後も、襲い掛かってくる槍を、弾き続ける。
やっと間合いを詰め、槍を突き出す事のが辛くなってきたのか、本間君の動きが変わってきた。
今までの突き出す動きから、円を描くような動きに変わったのだ。
確かに間合いが狭くなって、突き出す動きが出来ないような時には有効だけれども、逆に僕の方も、槍の動きが見えやすくなったのだ。
そう、相手の攻撃範囲が広くなったけど、読みやすくもなったのだ。
後は、それを捌ききれれば、なんとかなる筈だ。
・・・少し、読み違いをしてしまった。
本間君の円を描くような攻撃は、見えやすくはなったが、遠心力が加わった分、重くなっていた。
僕は何とか攻撃を捌いていたが、重い攻撃を捌き続けて、手が痺れてきた。
そんな時だった。
間合いに入ってきた槍を弾こうと木刀を振るった瞬間、槍が引っ込み、間合いから出て行った。
次の瞬間、反転した槍が反対側から襲い掛かってきた。
僕は、急いで木刀を反転させたが、痺れてきた腕では攻撃の重さに耐えられなかった。
ガン!
僕の木刀は、槍によって弾き飛ばされてしまった。
「痛ぅ!」
痛みと驚きで、僕は一瞬、動きが止まってしまった。
そんな僕に、遠心力で威力が上がった槍が迫ってきた。
僕は、しゃがみこむ様にして、槍をやり過ごし、立ち上がりながら、本間君に肉薄する。
そのまま床を踏み込み、それによって発生した反発した力を、足から腰、腰に来た力を、腰を捻る事で上半身に送り、上半身に来た力を腕を捻りながら、手首に送る。
それらを同時に、かつ、一瞬に行ない、掌底で本間君の脇腹に叩き込む!
叩き込む。つもりでいたのだが、本間君は僕のその動きに反応して、遠心力で勢いの付いた槍を手放し、無理矢理に身体を捻り、僕の身体に肘を叩き込んだ。
「ぐっ・・・」
僕は吹き飛ぶ事無く、その場に崩れ落ちた。
本間君の肘の一撃の威力は、拡散する事無く、僕の身体に浸透する様に入ってきたのだ。
もし力が拡散して入ってきたのなら、その力で身体が吹き飛んで、ここまでダメージは無かったのだろう。
「しまった!・・・す、すまん!大丈夫か?」
本間君は慌てたように、僕に謝ってきた。
とりあえず、さっきの一撃で、訓練は中断になってしまった。
僕の疲労が限界になってきた事に加えて、さっきの攻撃が、僕の身体に浸透してきて、まともに立ち上がる事が出来なくなってしまったのだ。
「中山、大丈夫か?」
壁際で、休む為に横になっていた僕に、本間君は申し訳なさそうな顔を覗かせて、そんな事を言う。
「う~、まだ痛いけど、そろそろ立てるよ」
僕はそう言って、上半身だけ起き上がる。
「痛っ!」
「だ、大丈夫か?」
お腹を押さえた僕を心配そうにしながら聞いてくる。
僕は痛みで顔を歪めながらだけど、
「だ、大丈夫だよ。」
「御免な」
「そんなに謝らないでよ」
「でも・・・」
「だから、これは戦闘用の訓練なんだから、怪我をしたり、痛い思いするのは当たり前じゃないの!」
「そうだけど・・・」
「しつこいよ。もう」
僕は思わず、少し苦笑してしまった。
そして、持ってきたカバンの中から、準備していたタッパーを取り出す。
タッパーの中には、作っておいたレモンのハチミツ漬けを入れていた。
レモンのハチミツ漬けはビタミンCがあるだけでなく、疲労回復の効果があるらしいので、こういう訓練がある時は持ってくるようにしている。
実は、美肌効果があるらしいと、何処かで聞いたらしく、吉川さんから、是非作って欲しいと頼まれたのが、始まりなんだけどね。
僕は、タッパーの蓋を外して、本間君の前に差し出す。
「はい。少しゆっくりしようよ」
本間君は差し出されたタッパーから、レモンを摘み上げながら、返事をしてくる。
「ああ、そうだな」
僕の目の前に座りながら、本間君がレモンを食べている。
僕もレモンを摘み上げて、食べてみる。
・・・少し苦味が強いかな、レモンの皮を剥いて作れば良かったな。
レモンを食べながら、休憩していると、
「そういえば、そろそろ間合いの取り方は直ってきたか?」
と、本間君が聞いてきた。
「う~ん。手足の長さや身体のサイズの違いには慣れてきたし、間合い自体は問題無くなってきたよ」
「そうか」
「うん。ただね・・・、吉川さんとの日々のアレが、間合いの訓練になっていたのが、納得できないと言うか、何と言うかね・・・」
「ああ、アレか・・・」
本間君が苦笑を隠そうとしている。
「うん。だから、間合いはそろそろ大丈夫なんだけど、ただね・・・」
僕は、軽く溜息が出てしまった。
「ただ・・・?」
本間君が、?マークが浮きそうな顔をしている。
「・・・うん。実はね、行動する度に重心が動くんだよね~。それと、裏当てをやろうと思っているんだけど、どうしても、上手くいかなくなっているんだよ~」
僕のその話を聞いて、
「あ~!最後の掌底打!なんか不自然な動きになっていたけど、裏当てをしようとしていたのか。」
僕は頷く。
古流武術では裏当て。中国武術では発勁と呼ばれている技法の1つで、これが出来るようになれば、攻撃が相手の体内まで浸透するような威力になるのだ。
まるで、身体の裏側まで衝撃が突き抜けるかのようだから、裏当てと呼ばれたらしい。
「おい!それが成功していたら、どうなっていたと思っているんだ!」
「う、そんな事言っても、本間君だって、さっき私に裏当て打ったでしょ!」
「あ、あれは、つい打っちまったんだよ・・・、その、ゴメンな」
本間君は片手で髪の毛を掻きながら、謝ってきた。
「そ、それは、ゴメン!」
僕は顔を赤くして、謝った。
「それで、中山は元々、裏当ては出来たのか?」
その言葉に、僕は小さくなってしまった。
「う・・・、その・・・、突っ立っている相手に、10回に1回程度の成功率だったよ」
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
う~、沈黙が辛いよ~。
「はぁ~。」
盛大に溜息をつかれてしまった。
「その程度の成功率だったら、無理にやる必要は無いんじゃないか?」
僕は、頭を少し傾ける。
「まぁ、そうなんだけどね。でも、こういう仕事をするなら、出来る事は多いにこした事はないでしょ?」
本間君は、深く息をつく。
「そうだな。その通りなんだが、これは一朝一夕で出来るわけじゃないから、気長にやっていこうぜ」
「うん」
今は頷くしかないかな。
「それと、重心が動くと言っていたよな。さっきは、そんな素振りは感じなかったけど、どんな感じなんだ?」
・・・・・・
「どうした?」
・・・言いづらいんだよな。
「言わなきゃダメ?」
「ああ、言ってくれなくちゃ、アドバイスのしようがないだろ」
う~、困ったな。
「・・・・・・が、動くんだよ」
本間君が頭を傾ける。
「だから、何が?」
・・・・・・・・
「・・・・・・その、動く度に胸が動くんだよ。だから、どういうブラとかが良いのか、吉川さんに相談しようと思っているんだけど・・・」
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・
本間君が困ったような顔になっているね。
「すまん。それは俺じゃあ、アドバイスできない」
その言葉に、僕は苦笑してしまった。
「逆にアドバイスされたら、私の方が困るよ」
「だよなぁ。」
軽く汗をかきながら、本間君が笑う。
「まぁ、アドバイスしてくれるなら聞くよ。ただ、今後の本間君の見る目が、生暖かい目に変わってしまうけどね~」
僕の軽口に、本間君が嫌な顔をしだした。




