71話 彼らの予感
閑話的な内容です
金属が打ち付け合う音が部屋に響く。
土や岩を斬りつけたことで細かな刃毀れが無数に存在した刀身が、ゆっくりと、確実に新しく生まれ変わる。
それを手掛けている老人が額に汗を浮かべ、力を籠めると一際大きな火花が散る。
それを遠くから見ている影がいくつか。
「あー、すまないマーカス。……ちょっと、調子に乗った」
その中で、最も背の高い男が罰が悪そうに言う。
その隣では女性と少女と少年が、手慰みに札遊びに興じている。
銀髪の彼、レオンはひとり締め出されている現状に特に文句を言うこともない。
こんなことになったのはそもそも、レオンが模擬戦で凄まじく荒い戦い方で大剣を酷使した結果ボロボロになり、とても実用に耐えるものではなくなったことが原因だ。
武器がなくなってはどうしようもないので、こうして武器屋であるマーカスの元へ修復を頼みに来た。
エルス、クルス、ルル、それぞれにやりたいことはあったが、特に重要ではなく、知己であるマーカスとも話をしたかったために、こうして全員で出張ってきた。
クルスとエルスは食事を終えると一人で出かけていることが多くなっていたので、このような雑事の場では久しぶりの勢揃いだった。
とはいえ、それでも自分の不注意から全員の手を煩わせていることに居心地の悪い思いが抜けない。
この中で一番割を食う羽目になった老人は疲れてはいたが、人の良い笑みを浮かべる。
「いいえ。全く構いませんよ。昔に戻ったようで嬉しく思います」
剣の研ぎ具合を看ながら、マーカスは目を細める。
「……懐かしい。昔はよくこうして、扱いきれない剣でごっこ遊びをして、ボロボロにしたものをご両親に怒られると途方に暮れて泣きついてきたものでした」
「う……」
自分の恥ずかしい過去が思い起こされ、顔に熱が籠るのを意識する。
回りは笑いを堪えるように身を震わせている。
幼いころはよく、近所の子供とチャンバラをしたり、親の目を盗んで真剣を振り回していた。
その結果、子供を泣かせてしまったり、剣を壁や地面にぶつけて刃毀れさせていたりすることがよくあったのだが、そんなとき助けてくれたのがマーカスだった。
温和な好々爺なために子供のあやし方がうまく、傷ついた剣を直してくれたりした。
そのため、彼にとってある意味で実父以上に親しみがある人物だった。
ただ、こちらの弱みを知り尽くしているだけに、こちらも反応に困ることが多い。
今も悪気はなく、単に回顧に耽っているだけなのだろうが、それにしたってこんなところで始めなくてもいいだろうと思う。
「マーカス。レイ様はこちらによく来ていたそうだけど具体的には何をしていたの?」
手元の札を出しつくし、一抜けしたエルスが手持ち無沙汰になったのか、会話に参入してくる。
年少二人は、悔しそうににらめっこをしながら札を選んでいる。
「相変わらず強えなお前……。始まってまだ十手ぐらいしかたってないだろ」
「二人が分かりやすいのよ。それに、別に私は強くないわ。あの人、私の半分の手数で勝つわよ。手札が読まれてるとしか思えないくらい簡単に」
「あれと比較すんのがそもそもの間違いだろうが。気にする時点でおかしい」
「ん……。それもそうね」
「……貴方がたの中であの方の評価がどうなっているのか非常に気になりますね」
二人の会話を聞き、マーカスが槌に目を向けつつ苦笑を浮かべていた。
彼らの中では、頭を使う遊びをしたときほとんどエルスの一人勝ちとなる。
誰と誰が手を組もうとも関係なく、真向からたたき伏せられる。
エルスの聡明さと思慮深さがうかがい知れる一幕である。
だが、そんな彼女でも令に勝てたことは一度もない。
こちらの心を読むかのように、的確に、えげつなく嫌なところを抉ってくるのだ。
なので、最近はだれも令に、札遊びを仕掛けることをしない。
ちなみに、レオンは頭を使う遊びでは勝率は一割を切るが、運の要素が絡むとそれが一気に八割へ跳ね上がる。
その極端さに、令が何とも言えない顔を浮かべていたのは彼の記憶に新しい。
レオンは令に負けるのだが、それは令が運任せに見せた頭脳戦を仕掛けたり、単純にイカサマだったりと、実に令らしい理由だったりする。
レオンはそのことに気付けないため、令に対してだけは自分の強運が働かないと勘違いしている。
蛇足だが、レオンの強運は遊びのようなどうでもいい場面と、生存をかけたときのみであり、それ以外は神様に悪い意味で気に入られているとしか思えないほど悲惨である。
何とも、いろいろな意味で残念な男なのだ。
マーカスは考えるように間をあけた後、語りだす。
「そうですね。あの方はこちらへ来ると、設備の説明を聞いて、火の温度とかを確認した後は黙々と剣を造っておりました。常人では考えられない集中力でしたね」
「へえ」
令が鍛冶屋の真似事をしていたことに誰も突っ込まない。
その程度のことを疑問に思うほど柔な生き方をさせられていない。
せいぜいが、火の前で暑くなかったのかなというぐらいに収める。
「それ以外は大抵世間話に興じていましたね。主に、皆様の過去についてでしょうか」
「お前何してくれてんのっ!?」
とはいえ、あの男と関わっているからこそ、敏感になっている事柄もあるのだが。
「ど、どうしたのですか?」
「どうしたもこうしたもあるかチクショウっ! 俺の知らないうちに弄られる材料が大量に貯蓄されてんじゃねえか! しかもいままで一度もそれを放出してないとか、絶対溜めに溜めて一気にぶちまけて俺を悶死させる気だよっ!」
突然頭を抱えて悶絶しだした男に老人は目を白黒させて首を傾げる。
自分の行動のどこに不味いことがあったのか分からない。
「ああ。気にしないで。勝手に自分の未来に絶望してるだけだから」
「そこは気にするべきことではないでしょうか」
地に膝を着き、崩れ落ちた男ににべもない言葉を吐くエルスにマーカスは苦笑いも返せない。
だが、今自分がしている仕事を思い出し、直ぐに火へと集中する。
「ねえマーカス、レイ様は剣を打つ手際はどうだった? さすがに貴方ほどではなかったのかしら」
エルスは令の剣を打つ腕に興味がでたので、そう切り出した。
腰の得物に無意識に手が伸びていた。
もし上手いようだったら、自分の剣の手入れもしてほしいと思っているのかもしれない。
普段はマーカスの仕事だが、どうせなら彼にやってもらいたいという乙女心だろうか。
恋慕を持ち込むには、武器の手入れはかなり物騒ではあるが。
「いえ。彼は剣を打ってはいませんよ」
だが、その目論見は簡単に驚きとともに覆る。
エルスの後ろでも、聞き耳を立てていた二人が虚を突かれた顔をしている。
レオンは床に『の』の字を書きながらブツブツ言っていた。
「どういうこと? ここにきて、実際になんだかすごいものを造っていたようだけど」
「確かにこちらで武器を造られてはいました。ですが、それはこちらへ持ち込んできた金属を魔法でご自身で加工されていましたよ。設備の話を聞いていたのは単に興味本位だったようです。……聞いてらっしゃらないのですか?」
<アロンダイト>をここで造っていたことを知っている彼女たちは、マーカスの言葉の意味が分からず疑問が生まれる。
それを彼は、こちらも疑問混じりに返す。どうやら事情を知っているものだと思っていたらしい。
「一切聞いてないわ。でも、だったらどうしてわざわざこんなところまで通っていたのかしら」
エルスたちが普段暮らす家と、マーカスの工房は、それなりに離れている。
鉄火場が必要ないのなら、別にここへと通う必要がなかったのではないか。
その疑問に、マーカスは首を振る。
レオンは現実逃避のためか、ふらふらとそこらにあるものを物色し始めた。
「いえ、最初は槌を使おう挑戦しておられました。ですが……その、下手ではないのですが御世辞にも手際が良いとはいいがたい上、そもそも材料がこの工房で扱える代物ではないことが分かってからは『仕方ない。自分に馴染みのあるヤリ方で行こうか』と言って、とんでもない方法を実行なさいました」
「……何かあったの?」
「……それの調整に失敗して工房が吹き飛びかけました」
「ごめんなさい」
「合わせて……八回」
「一度じゃないのっ!?」
これ以上の追及は泥沼にはまりそうだった。
それでも、僅かに好奇心が勝り、これを最後にしよう、と決めて頷く。
「一体どんな方法で、あの人は、その……」
「魔法で地面に陣を大量に書き込み、離れていてもこちらが黒焦げになりそうな、火?、いえ雷? を生み出して、それで形状を整えてました」
「……ありがとう。辛かったのね」
質問を先読みして答え、慈愛に満ちた表情で当時の苦労を労われた彼は、いつの間にか一筋の涙をこぼしていた。
一体彼に何があったのか、それを語るものはだれもいない。ただ二人の被害者と加害者は口を閉ざし、回りもそれを聞いて被害者の心を痛めつける趣味はないからだ。
「……さて、話もこんなところでしょうか。完成です」
話をつづけ、悲しみに囚われつつも職人魂で槌を振るい続けていた英雄は、焼けた刀身を水で冷やし、乾いた布で拭くと、満足げな笑みを漏らす。
磨き上げられ、生まれ変わった大剣の銀色は、微かな汚れやくすみもなく、あるだけで邪を祓ってしまいそうな神聖さを感じさせた。
「相変わらずいい腕ね。私が知る中で貴方以上の鍛冶師はいないわよ」
「そうですね。貴方なら伝承上の<聖槌師>とも渡り合えるのではないでしょうか」
エルスが賞賛すると、クルスも冗談交じりに、だがその瞳に感嘆を称えて割り込んできた。
エルスが後ろを見ると、頬を膨らませてふてくされているルルがいた。その様子から手元を見なくても結果がどうなったのかうかがい知れる。
なんとなくいじけている姿が彼女の兄と重なって見えておかしくなり、彼女は微笑んだ。
「ところで、レオステッド様はどちらに行かれたのでしょうか」
「え? さっきおぼつかない足取りで何かしてたけど、この工房から出てったの?」
「僕は全く気づきませんでした。……お腹でも空いたのでしょうか」
「いくらなんでもその飢えた獣のような認識は兄さんが可哀想だからやめてあげて」
ここでレオンがどこにもいないことに気が付き、全員で辺りを見回す。
だが、自身の未来に絶賛絶望中の漢はどこにもいない。
とりあえず、外へ出て探しに行こうとしたとき、大きな落下音が辺りに響き、わずかに地が揺れた。
「ひぃやほぁああおおおおおっ!?」
……同時に、悲鳴なのか喜鳴なのか分からない叫びも。
誰もが確信した。そしてそちらへ走る。
少し離れた納屋の中に、片足を抱えて転げまわる銀髪の漢が居た。
「……兄さん。弁解はありますか……?」
心配するよりも、何かを聞くよりも先に、既にレオンがなにか馬鹿をやったと決めつけられている辺り、彼の信頼のされ方がよくわかる。
それを実行し、笑顔で怒りを露わにしているのが唯一の肉親な辺り、尚更に。
「れ、レオステッド様! 何事ですか!?」
他二名も白い目を向けているなか、マーカスは脚を抑えて蹲るレオンに駆け寄る。
この中で唯一、まともな感性を保っている人間だった。
「あ、ああ、何でもねえよ……? その、前に見たもんがあったから気になって、いろいろ弄ってたらいきなり……」
顔が冷や汗と虚勢ですごいことになっていたが、レオンは無理やりに笑顔をつくる。
マーカスはレオンの手にある拳ほどの金属塊に目を向ける。
そして目を見開く。
「もしやそれに闘気を送り込んだのですか!? 身体はご無事でっ!?」
「ああ大丈夫だ。こういう時は『俺の体質』でよかったと本気で思うわ。普通の奴だったら足逝ってるぞ」
マーカスは安堵の息を吐くと、その金属塊を手に取り元の棚の上に置く。その場所は不自然に高い位置だった。
「これはレイ様が持ち寄られた材料です。レオステッド様が体験なされた通り、闘気を籠めるととんでもないことになるのでこうして間違っても小さなこどもの手に触れないようにして置いているのですが……」
少し言いずらそうにしている老人に、レオンは首を傾げる。
「……つまり、兄さんの感性は興味がでたものに思わず手が出る幼児並だということですね」
「貴方、今年でもう二〇になるでしょう。いつまでこどものつもりなの?」
「幼い心に大人の体格と常人離れした力と耐久力、最悪な組み合わせですね。そのうち僕たちも酷い目に会わなければいいですけど。……今の内にヤッておいたほうがいいのかな」
老人の隠していた本音が、あっさりと暴露されるとレオンは顔を両手で覆う。
だが、自業自得だとわかっているので、何もいわない。ただ、クルスの最後の言葉が冗談であることを祈った。
そのまま数秒が経つ。
「よし。持ち直した」
「うわあ。もう駄目だこの愚兄」
一瞬で元の能天気な顔に戻った兄に、妹は冷めた目で色々と諦めた。
「今はじめてその金属の性質知ったけどよ。それ、どう考えてもまともな武器にならねえだろ。闘気籠めれば絶対誰にも扱えねえし、普段はそれだろ? 相手に直撃しても対して効くと思えないぞ」
その金属でつくられた剣について、レオンは疑問をぶつけた。
以前、同様の金属が詰められた袋で思い切り殴られても平気だった経験と、今回の失敗から生まれた疑問。
マーカスはそれを受け、苦笑いを浮かべる。
「確かにそうですね。私も今まであのような最低に『両極端』な武器は初めて見ました。というよりも、普通は考えつきすらしないはずですし」
ですが、とマーカスは続ける。
「あれは、どうやらあの方が使ったときのみ、最悪の兵器になり下がるようです」
思わず、レオンは息を呑む。
マーカスの言葉に、欠片も冗談の響きはなかった。
一体彼は何を見たのか、疑問が尽きない。
「最悪、か。じゃあ最高は何なんだろうな」
淀んだ空気を換えるために、レオンは茶かすように独り言ちた。それは答えを求めていないものだったが、マーカスは律儀に答えてくれた。
「最悪の兵器があれなのなら、最高の兵器は<神器>でしょうね」
「なんだそりゃ?」
「我々鍛冶師や武器商人の間では、伝説のような代物ですよ。決して折れず、朽ちず、曲がらない。この世の創世記から存在すると噂され、一つ一つが信じられない能力を保有しているらしいです。一説によると、過去それが全力で振るわれた際に国が一つ消し飛んだとか」
「……すごく眉唾な話ですね」
クルスが話を聞いた上で、胡散臭そうにつぶやく。
マーカスも本気にしていないのか、笑って流す。
「確かにそうです。事実、少なくとも私の知る限りは歴史の表舞台に出たことはなく、伝承上にしか明確に記されていません。……ああ、でも一説ではデルトの王族がそれを隠れて保有しているらしいですが」
「え」
「伝承で最後に出てきた場面が、<デルト王国>建国の物語なのです。ですから、それを成した王家に代々継承され、それを彼らは入念な情報統制を敷いて隠している、とかなんとか。……どうなさいましたエルセルス様」
話を続けるうちに、みるみる顔色を青ざめさせたエルスに、マーカスは首を傾げる。
回りを見ると、他の三人も似たり寄ったりの顔をしている。
「……レイ様、確か王族と対面しているはずよね」
「もし、あの人がその<神器>のことを知っていて。それが実在していたら……」
「……そんなもの、飢えた猛獣の前に生肉ぶら下げるようなものですね」
しばらく沈黙。
「やべえ……。嫌な予感しかしねえ……」
レオンのつぶやきが、いやに大きく響いた。




